論壇

インフレ襲来、貧困・経済格差を放置するな

最低賃金引上げと累進課税の強化で、庶民の生活を守れ

東京統一管理職ユニオン委員長 大野 隆

本誌前号の金子勝さんの「予言」がその通りに的中してしまった。じわじわと進んできたコロナ禍の物価上昇、アメリカの金利引上げから、「ウクライナ侵攻があれば」との条件付きで「急激な円安が進み、利上げのできない日本経済は出口を見いだせなくなる」との情勢認識だったが、それがその通りになってきている。 

アベノミクス・黒田日銀が8年かかってできなかった「物価上昇2%」がいとも簡単に実現しそうだが、産業衰退の日本は売るものを持たない(電気自動車転換で自動車も危ない)。財務省の試算でも、金利が1%上がると国債費が3.7兆円上振れするという。だから日銀は利上げができず、日米金利差がある限り、円安が進む。つまりは物価は高騰する。しかも、安倍政権で蔓延した不公正が社会をゆがめてもいる。

経済格差・貧困はますます大きな問題になるだろう。

賃金下落・雇用劣化が進んでいる

ガソリンや食料品などが目に見えて値上がりしているが、政府は無策である。それでも不思議なほど世の中から怒りの声が聞こえない。コロナ禍に加えてロシアのウクライナ侵略、知床の事故など、話題が多くてマスメディアが肝心の報道をしないのかもしれないが、人々は生活実感を失っているようにも見える。

おそらくコロナで打撃を受けた貧困者がさらに困難に直面し、食うや食わずという人がさらに出てくるだろうと思われるが、そうしたことに関しては社会的な関心が薄く、当事者も声を上げられない。悲惨な時代がくるのだろうか。

格差・貧困問題と一括りにするが、格差問題と貧困問題は区別して考えるべきではないだろうか。「格差」はここでは経済格差のことで、要するに金持ちと貧乏人の差である。経済格差が大きい場合でも、金持ちに富が集中する一方で、低所得者もそれなりの収入を得て暮らせれば大問題とは言えないのかもしれないが、現実はそうではない。コロナ禍の結果もあり、日本ではすでに食べ物に事欠く人たちが増えており、実際一日一食でしのいでいるというレポートも多い(NHK『目撃にっぽん』など)。その意味で、貧困対策が具体的課題であろう。

橘木俊詔著『21世紀日本の格差』(岩波書店2016年2月)は、福祉国家論を展開するアトキンソンの提言を前提にして、日本における貧困対策は「『所得税の累進度を高めよ』『所得税と資産税を確実に徴収せよ』『最低賃金を引き上げよ』『児童手当をもっと包括的に充実せよ』『年金や医療という社会保険制度のさらなる充実を』ということである」と述べる。2016年刊行と少し古いデータによる主張に見えるが、現在でも全くその通りと同感する。

そこで、最低賃金について、改めて述べる。

労働組合運動に携わる私の立場からいえば、何よりも賃金下落や非正規労働者・「個人事業主」拡大に見られる雇用の劣化が大問題だ。

最近では当たり前のこととして知られるようになったが、世界的に各国と比較すると、この30年間日本だけが賃金が変動していない(以下、朝日新聞デジタル,2021年10月20日)。いつの間にか、先進国でも平均以下となり、差が大きかった韓国にも追い越された。「OECDの2020年の調査(物価水準を考慮した「購買力平価」ベース)によると、1ドル=110円とした場合の日本の平均賃金は424万円。35カ国中22位で、1位の米国(763万円)と339万円も差がある。1990年と比べると、日本が18万円しか増えていない間に、米国は247万円も増えていた。この間、韓国は1.9倍に急上昇。日本は15年に抜かれ、いまは38万円差だ。世界との差はどんどん開いていた」とのことだ。

「企業は人件費が安く、雇い止めをしやすい非正規の労働者を増やしてきた。90年ごろは雇用者の2割ほどだったが、いまでは4割近くにのぼる。19年の国税庁の民間給与実態統計調査では、正規労働者の年収は503万円で非正規は175万円。賃金が安い非正規の割合が増えたことで、平均賃金が押し下げられた」ともいう。非正規労働者は全国で2100万人いると言われ、上記のとおり全体では4割を占めるが、女性雇用者のうちでは6割を越えている。日本の企業は業績が好調なときでも賃金を低く抑え、代わりに危機時にも解雇や賃下げはなるべく小幅に抑えるという傾向が強いと言われるが、そんなことはない。その間、企業の内部留保が大きく増えて、現在では総額484兆円というのだから、要するに労働者には全く分配しないというだけなのだ。

これは、小泉「構造改革」から安倍「働き方改革」まで、政策的につくられた雇用の劣化である。

今の日本は「貧困大国」

ここで、各国の2019年の貧困率[全データを大きさの順に並べ、その真ん中の値(中央値)の半分の値以下の割合、一部はそれより前の年のデータ]を示そう。

先進国と言われる国々の中ではアメリカの貧困率が突出して大きいが、日本はそれに次ぐ。北欧、中央諸国に比べた時の落差は極めて大きい。「一億総中流社会」などというのは遠い過去の物語なのだ。

毎日新聞(2022年4月30日)が伝えるところによると、内閣府の今年3月の資料によれば「全世帯の年間所得の中央値は94年の550万円から19年は372万円と32%(178万円)下がった」「所得再分配を加味しても、中央値は509万円から374万円へ27%(135万円)下がっている」とのことだ。この間、世帯構造が大きく変わって、高齢者世帯や短信世帯が大幅に増えたこともあるとは言え、大変な事態である。

改めて日本の賃金の実情を見よう。

本誌17号(2018年秋号)に掲載したと同じく、私の住んでいる神奈川県の最低賃金近傍の労働者の賃金分布を示す。図を変形しているので見づらいが、厚生労働省のホームページから取り出したものである。変形したのは人数の目盛りを2006年と2011年で同じ大きさにして、実際の人数を比較するためである。時給10円刻みで該当する労働者数を棒グラフにしているので、黒い部分の面積が労働者の数を表していることになる。

2006年の各グラフの左側の縦線はその時の最低賃金712円を示す。2020年の最低賃金は1011円である。非正規の労働者(短時間労働者)の賃金が、最低賃金に張り付く傾向がよくわかる。この15年間で山の頂上が大きく左へ動いている。今や山ではなく断崖絶壁だ。労働者総数が大きく増えている傾向も、黒い部分の面積からよく分かるが、増えたのはほとんど非正規労働者であることも見えるだろう。

上段:2020年神奈川県賃金分布 10円刻み 1番上は10万人  下段:2006年神奈川県賃金分布 10円刻み 1番上は3万5000人 クリックで拡大

正確な統計データも発表されているが、ここでは自分で実感すべく、上記のグラフを基に面積を考えて推計してみた。神奈川県ではそのグラフで拾われている全労働者がおよそ110万人と計算できるが、そのうち最低賃金近傍(最賃以下から最賃+100円の範囲の時給、月収で言うと194,000円程度以下)で働く労働者はおよそ33万人で、ちょうど3割となる(うち最賃以下と文字通り最賃そのもので働く労働者は13万人程度)。この数字を見ると、最低賃金の引き上げがそのまま賃金引き上げにつながる労働者の数がいかに多いか、よくわかる。

最低賃金を引き上げれば、必然的にグラフの山の頂上が右へ動き、低賃金労働者の賃金が上がる。その恩恵を被る労働者は現実に全体の3割はいるということだ。法定の最低賃金が現実の賃金を決めているという事実に、もっと注意を払いたい。

全国一律最低賃金の実現と最低賃金制度の問題点

最低賃金には、全国一律にすべきだという課題もある。全国一律でないと都会へ流出して地方の人材不足を招くとして、自民党も「最低賃金一元化推進議員連盟(会長 衛藤征士郎)」をつくって主張している。

現在最低賃金額は、全国の都道府県をAからDの4つの「ランク」に分けて、その地方ごとの経済や生活の実情に合わせて決定するとされている。そのため、東京1041円、神奈川1040円から最低の高知と沖縄は820円となっており、その差は最大221円である(全国加重平均は930円)。しかし、今や地方では生活に自動車が欠かせないなど、生活費そのものは大都市と変わらないから、極めて不公正な額になっている。

たとえば、コンビニは全国で物を同じ値段で売っているが、賃金には地域ごとに差があるというのは、誰がみてもおかしい。この「ランク制」は5年毎に見直すと定められており、本来今年3月が見直しの時期だったが、先述のとおり自民党からも見直しを求める強い意見が出ているためだろうか、結論を1年先送りして議論すると、最低賃金審議会は言っている。そういう意味では、現在が全国一律を進めるための「チャンス」であり、これを見直して地方の最低賃金を引き上げることによっても、低賃金労働者の処遇改善につなげることができるだろう。

また、最近は解消されたかのように言われる「最低賃金が生活保護費よりも低い」という問題も実は解決されていない。単身者で比較しているのでおおよそ最低賃金の方が高いのだが、生活保護の場合、家族の生活費も考慮されるので、実質的には最低賃金の方が低いことになる。たとえばシングルマザーの場合はそれがはっきりする。つまり、単身で子育てをする場合、生活保護費の方が高いことになるのである。

こうした問題は、全労協や全労連が主張しているように、それでもなお低いとは言うものの、最低賃金を1500円にすれば、解決するのである。

さらに、最低賃金審議会のあり方も問われている。たとえば中央最低賃金審議会の議論は基本的に非公開で、特に額を決める「目安小委員会」は密室の議論である。地方でも傍聴できないところも多く、議事録も公開されない場合が多いという。これまで述べたような重大な意味を持つ最低賃金の決定が公開されないことにこそ、貧困問題を放置する政府・資本の意図が伺えるということだ。

本当の「同一労働同一賃金」を実現する

上述の賃金分布図からも分かるが、非正規労働者の割合がこの間大きく増えている。2006年から2020年の間に増えている労働者は、すべてが非正規だと言ってもよいくらいだ。

一昨年10月の非正規労働者と正規労働者の差別撤廃を訴えた、郵政ユニオン、大阪医科大学、メトロコマースなどの労働契約法20条最高裁判決では、非正規労働者側が勝利したと報じられたが、厳しい見方をすれば一部手当を非正規労働者にも正社員同等に与えよということが認められただけとも言える。基本賃金、退職金,一時金は、格差があっても当然として、「同一」はおろか「相応の処遇(均衡待遇)」も一切拒否された。これが現在の大問題である。

同一労働同一賃金(均等待遇、均衡待遇)が実現すれば、当然のこととして非正規労働者の賃金は正規社員(一般労働者)に近づくので、上がる。現在の非正規労働者の賃金は正社員の半分から7割程度と言われているからである。

安倍政権は「働き方改革」と称して、「同一労働同一賃金ガイドブック」までつくっている。それが実際に即効力を持たないとしても、世の中の趨勢を動かすことにはなるであろう。せめて安倍の置き土産として、それを拡充・実現しなくてはならない(実際にはすぐに均等待遇につながる制度からはほど遠いとしても)。

同一労働同一賃金(均等待遇)や、少なくとも均衡待遇が実現すれば、先のグラフの賃金分布の山が正規社員(一般労働者)の山のある右方向に動くことは明らかなので、低賃金労働者の賃上げが確実に実現することになる。

上記の基本賃金と一時金の均等待遇(正社員と契約社員の差別撤廃)をめぐって、全国一般労働組合全国協議会宮城合同労組のTさんが、新たな闘いを始めている。中堅警備会社キステムの水沢営業所(岩手県奥州市)で10年間契約社員(非正規)として働いてきたTさんは、数名規模の同営業所では唯一の事務担当だ。東北支店には4つの営業所があり、各営業所に正社員の事務担当者1名が地元採用で配置されている。同じ業務を行っているがTさんの月給は正社員の平均よりも約5万円低く、賞与に至つては正社員が年間5.5ヵ月分支給されるのに、非正規契約社員には1円も支給されない。これに対してTさんは正社員との均等待遇を要求して闘いを挑んでいる。労働契約法20条がパート・有期法に移されてからの初めての闘いで、全国から支えていきたい。

背景にある新自由主義

しかし、現実には私たちの主張に逆行する動きが進んでいる。岸田政権の「新しい資本主義」は、「シフト制勤務」を推奨しているし、最近の「多様化する労働契約のルールに関する検討会」の報告書は、一見すると「契約明確化」などを主張して労働者保護を拡充しようとしているようだが、解雇しやすく賃金の安い「限定正社員」などの新たな制度を広げることに大きな狙いがあるようだ。

すでに私が何度か本誌にも書いているように(27号など)、ウーバーイーツなどのフリーランス(「個人事業主」と言われる)に労働者としての保護を加えることも、なお重要な課題である。また、この問題は、とりわけ女性労働者の課題でもあり、賃金、雇用で大きく差別される女性の闘いをどのように強めるか、労働組合も問われている。

背景にあるのは新自由主義(=市場至上主義)だろう。分かりやすく言えば、なんでもお金で買えるのか、ということを考えることでもある。マイケル・サンデルの『それをお金で買いますか 市場主義の限界』(ハヤカワ文庫2014年)や『実力も運のうち 能力主義は正義か?』(早川書房2021年)には考えさせられた。

普通、「運も実力のうち」とは言うが、サンデルの言う「実力も運のうち」は、学歴至上主義とも言えるアメリカで、結局高学歴を得るためにはお金持ちの家に生まれる幸運が必要だということである。

日本も同じことになりつつある。たとえば、日本でも、マスメディアはなぜ大学入試をやたら取り上げるのか、疑問に思ったことがある。「共通一次試験頑張ってください」という類のニュースが多すぎないか。大学に行くのは同世代人口の半分に過ぎないのだから。

大学入試はまだよいのかもしれない。今春朝日新聞が数回にわたって「中学入試」を取り上げ、入試問題の「傾向と対策」のようなことを結構大きな紙面を割いて報じているのを見て、朝日の記者から見ると中学入試は当たり前かもしれないが、世の中を見ているのだろうかと、驚いた。そういえば、TVコマーシャルは、銀行、人材、不動産など、金持ち相手が非常に多いし、NHKが「退職金」の額をテーマに番組をつくるなど(退職金などと無縁な労働者がどれだけ多いことか!)、マスメディアからは庶民が見えないのかもしれない。そういう意味で、社会の二極化は日本でも極まりつつある。

『なぜ中間層は没落したのか アメリカ二重経済のジレンマ』(ピーター・テミン 慶應義塾大学出版会2020年)は、アメリカの二極化を描いている。一部の高所得者と多くの低所得層に分裂したかのようなアメリカでは、今や選挙の投票に行けるかどうかにまで格差が影響しているという。日本でも同じような社会が広がるように見える。

以上、少し脱線したようだが、格差と貧困に向き合うためには、そして非正規労働者や貧困に苦しむ人たちが自ら立ち上がるためには、こうしたことを考えなくてはならないと思ったところである。

法人税増税と所得税の累進強化を

この間、不公平な税制をただす会の税理士・菅隆徳さんにお話を伺い、大企業の納税の実情を知って、このことはしっかりと抑えておかねばならないと思ったので、以下に分かりやすい資料のみだが、掲載する。いずれも菅さんからいただいたものである。

菅さんは、消費税を廃止するという主張の文脈で、とりわけ大企業の支払う税金が不相応に少ないことを批判している。私は、同じ資料から、格差是正、貧困解消のための再分配の財源として大企業への課税強化を考えることもできると思い、資料を引用させていただく。

すでに私が本誌に書いたことだが(25号2021年2月)、消費税は金持ちの懐に消えているということを菅さんに教えられたのが、私が税金に注目することになったきっかけだった。つまり、1990年度と2018年度の国の税収は総額60.1兆円と60.4兆円でほとんど差はないが、所得税は6.1兆円減、法人税は6.1兆円減に対して、消費税は13.1兆円増となっている。この3つの税目が国の税収の8割を占めるが、「主として大企業と富裕層が恩恵を受ける法人税減税と所得税減税の穴埋めに、消費税が使われ、消費税は一般庶民と中小企業に覆いかぶさった」(『中小商工業研究151号』菅論文)ということである。現状の税金の仕組みを知ることがいかに重要か、分かりやすい事実である。

さて、菅さんから受け取った以下の各図表である。「法人所得、法人税率、法人税収の推移」は、法人の所得が大きく増えているのに、税率も税収も減っていることを示す。

 

左の「法人3税 実際の負担率」は、利益の大きい企業が、極めて低い負担しかしていないことを示す。ソフトバンクグループに至っては、税金を払っていない。同社は税引前純利益1兆4538億円で、法定実効税率30.62%だから、4500億円程度の税金がかかるはず だが、実際はゼロである。これらは大企業優遇税制の結果で、「受取配当益金不算入」という制度が一番大きな効果を持っているとのことだ。「試験研究費の税額控除」というのもあるという。

さらに、法人税の税率が、所得が増えても税率が上がらない一律課税であるために、儲かった大企業ほど負担割合が低くなることも問題だとのことだ。要は、法人税も累進税率を導入すべきだということであろう。

次の「大企業、中小企業の実質法人税負担率」は、文字通り大企業の負担が低いことを示している。

以下の図は、橘木俊詔著『21世紀日本の格差』からの引用である。こちらは個人の所得税の累進制が、この30年の間弱められてきたことを示している。要するに金持ちからの税金を減らしてきたのである。

所得税率の変遷 地方税がこの所得税に加わる(財務省HPより)

以上、要するに税制を普通にし、税率も変更して法人税も所得税も累進度を強化すれば、十分にお金ができるということであり、それを貧困対策に使えばよいということが分かるのだ。

労働組合が賃上闘争を闘うことと合わせて、金持ちから応分の負担をしてもらうこともまた実現すれば、日本の貧困問題の解決の道筋が見えるだろうと考える。

おおの・たかし

1947年富山県生まれ。東京大学法学部卒。1973年から当時の総評全国一般東京地方本部の組合活動に携わる。総評解散により全労協全国一般東京労働組合結成に参画、現在全国一般労働組合全国協議会副委員長。一方1993年に東京管理職ユニオンを結成、その後管理職ユニオンを離れていたが、2014年11月から現職。本誌編集委員。

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