特集 ●歴史は逆流するのか

立憲民主党、参議院選挙をいかに戦うか

日本とアジアのデモクラシーの分岐点――危険な敵基地攻撃・核論議、
強い野党の存在が戦争を防ぐ

キーパーソンに聞く(第10回)――辻元清美、有田芳生さん

語る人 立憲民主党前副代表 辻元 清美、参議院議員 有田 芳生

聞き手 本誌代表編集委員 住沢 博紀

1.辻元清美、7月参議院選立候補決意の経緯

住沢:  立憲民主党の有力な政治家に、インタビューという形で色々と問題を語っていただくということで、辻元清美さんにはちょうど一年前、『現代の理論』第26号 (2021.5月発信)、「女性・市民パワーを活かし、総選挙は30%目標」というタイトルで語っていただきました。今回は有田芳生参議院議員ともども、7月参議院選挙に向けて日本全国を回っておられるという話を聞き、立憲民主党の厳しい現状、地域や現場からの生の話を聞けるのではないかと思っています。

辻元さんの詳しい紹介は26号を見ていただくとして、昨年秋の衆議院選挙では維新の会の候補者に敗れ、7月の参議院選挙では比例区候補として国政への復帰を目指しています。

有田芳生さんは1952年生まれで、現在70歳。18歳で日本共産党に入党されて、立命館大学経済学部卒業後、新日本出版社に入社、さらに80年代後半以後はフリー・ジャーナリストとして、統一教会批判とか、江川紹子さんと共にオウム批判のコメンテーターとして、よくメディアに登場されてその時の印象が強く残っています。

前後してですが、1990年に『日本共産党への手紙』(松岡英夫、有田芳生編)を出したことで自己批判を求められましたが、それを拒否したために共産党から除籍され、2007年には田中康夫代表の「新党日本」に所属、その後2010年には民主党比例区から立候補し、37万票でトップ当選して参議院議員になられました。議員活動の重点事項として、拉致問題解決に向けた日朝交渉の再開やヘイトスピーチ解消のための立法化の試みなどがあります。7月の参議院選挙では3期目となりますが、現時点(3月29日)では立憲民主党のホームページの候補者リストには名前がなく、この点からお聞きします。

有田:  公認申請をずっとやってこなかったのです。何故やってこなかったかと言うと、組織の人は早く公認されないと組織もあることで活動が難しいのですが、僕の場合は、辻元さんもそうですけども、組織があるわけじゃない。慌てる必要もないという思いです。3月19日の沖縄県連の執行役員会で沖縄県連から公認申請を本部に出してもらっていて、今その手続き中で4月5日に決まります。比例区です。辻元さんと良きライバル関係となります。

今日は辻元さんとの対談ですが、実は学生時代から知っています。1980年に「文化評論」という雑誌の編集者として、作家の小田実さんと共産党副委員長の上田耕一郎さんとの対談を企画しました。代々木ゼミに小田さんに会いに行きました。小田さんに「上田耕一郎さんとの対談やってください」と言ったら「ええよ」と了解してくれ、打ち合わせをしていたら、そこに活きのいい女性がやってきた。それが当時の辻元さんでした。年齢は20歳で、僕は28歳。それが出会いなのです。

辻元:  私はその後23歳でピースボートをやるのですけど、代々木の共産党本部の向かい側にある、べ平連の吉川勇一さんのマンションの一室を借りて始めました。有田さんは憶えているかどうかは知りませんが、マンションの前に踏切があるのですが、そこで再び有田さんにばったり会いました。共産党をやめるかどうかなどを話されている時でした。

ですから国会議員の中では有田さんが一番古くから知っていて、その次が今世田谷区長で私と一緒に初当選をした保坂展人さんです。保坂さんは「学校解放新聞」というのをやっていて、その道の並びに事務所があったんですね。それで保坂さんと私で、ピースボートの船の一回目に、一緒に乗っていきました。

今回も私が落選した後、有田さんから激励のメールを頂いて、それで一緒に立憲を立て直そうっていうメールくださった。2022年の参議院比例代表選挙は、有田さん自身もたたかわれることになります。そうすると普通、色々な現職も含めて予定候補者が出てくると、競合相手になるから自分も不利になるかもしれない、ということで嫌がられることが多い。でも有田さんは一緒にやろう、党を立て直そうといってくれて、私はもうこれ正直に申し上げると、涙出るほど嬉しかった。

私も立憲民主党のことはすごく心配していて、自分が落選したのにそんなこと言ったら 尊大かもしれないけれど、維新の議員のように対立と分断をあおる人たちを、特に関西から大量に国会に送り込んでしまった。それで立憲民主党が野党第一党として苦戦する。後で話になると思いますが、維新というのは、ネオリベラルというか、非常に危ない政治勢力だと身に染みて知っています。それを阻めなかったということで、自分自身を責める感じだったんです。そこをどうすればいいのかと思っていた時に有田さんから、「辻元立ち上がれ。このままでは立憲民主党はダメになる」というメールをいただいて、そうだ参議院でたたかうという事もあるんだと思ったのですね。

有田さんのメールは選挙直後でしたが、同じころ枝野さんからも、もう一度、立憲民主党のために参議院選をたたかってほしいといわれました。新執行部からは、12月の年末に泉さんから電話があり一度話したいという事でした。泉さんとは選挙区が隣同士で支持者が重なっていることもあり互いに気が合います。それで12月31日に泉さんの事務所に行って、是非、夏の参議院選挙でも立憲民主の旗を掲げて全国を回ってほしいといわれました。

2.侵略者プーチンを増長させた安倍晋三元首相

住沢:  立憲民主党の現状と参議院選挙の課題に入るまえに、お二人に、プーチンのウクライナ侵略について見解をお願いします。なんといっても1945年以後の国際秩序を揺るがす大事件ですし、これから先の世界の在り方に向け、客観的な分析だけではなく、政治家一人一人の見識が問われる問題ですから。

有田:  フェイクニュースがずっと飛びかってますね。たとえばドンバスという地域でロシア系の住民が13000人殺されたと。 Twitterやネット上で広がっています。ウクライナが悪いという根拠になっている。でも国際司法裁判所やアムネスティも否定しています。また2014年のミンスク合意をウクライナが破ったから、ロシアが侵攻するのは当たり前だという。

びっくりしたのは、沖縄に行った時、地元でよく知られている学者までもがそういう発言をしていたことですね。ある集会に行って沖縄の地元紙の中心的なメンバーが、ロシアが悪いのは前提だけれどもという言い方で、どっちもどっちみたいなことをみんなの前で言っていたこと。沖縄でこれかという驚きがあったのです。

NATOとの関係でウクライナが危ない状況になるというのは、1990年代にたとえばジョージ・ケナンも主張していた。ウクライナが NATO に加盟するようなことになると危ない状況が生まれるといっている。キッシンジャーも2014年に、ウクライナを「対立の劇場」にしてはいけないって言っているんですね。戦争では双方の言い訳 が広がっていくんだけど、もう一つ特徴的なのは、さっき言ったように学者やジャーナリストをふくめて、戦争いけないけどもねっていう言い方で、どっちもどっちみたいなことが広まっている。この風潮は危ない。

小田実さんから僕はいろんなものを学び、本人からも色んな話を聞いてきました。ベトナム戦争の時に小田さんが一言でいった「殺すな」、これに尽きます。いろいろな経過があったとしても、ロシアの侵略です。それを曖昧にしてはならない。バイデン大統領がもっと率先して、ロシアとの間で休戦協議に入るべきだと思うんですが、その努力がないですよね。今、口汚くののしることはやっている。でも直接の交渉をやらない。

日本についていえば、27回もプーチンと仲良く会談をやっていたのが安倍晋三元首相です。この歴史的危機にあって、何もしていません。本当に平和を思うのだったら、親しい元首相というのであれば、間に入って努力をすべきでしょう。寺島実郎さんが言っているように、プーチンを増長させた責任は安倍晋三という政治家にある。これは正しい指摘です。

辻元:  私は「政治は戦争させないためにある」と言ってきたし、戦争を止められるのもやはり政治の力です。プーチン大統領が最初ウクライナに侵略をかけた時に、自国民保護ということを大義にして戦っているわけです。どんな戦争も、かつての日本の戦争も、自国民保護ということで始まったということをまざまざと見せつけられたように思うんです。

それともう一つが、冷戦が終わってその後ですね。社会主義の国々が分解され、市場経済に参入してくると、いろんな地殻変動が起こってきています。一つは中国の台頭です。経済的に非常に大きな力を持ってきて、覇権主義的な動きもあります。それからロシアはというと、今までもEUと対峙してきました。そんななかで、90年代には社会的な連帯を唱え進んできたそのEUも最近はほころびも出てきているわけです。

ロシアはこうした均衡が崩れてきている機会を狙って、ウクライナに入ったように私には思えます。何かプーチン大統領の個人の問題で起こったというよりも、そういう国際的な力関係みたいなもの、地殻変動みたいなのが起こってきている中での戦争じゃないか、というように今私は感じているんですね

ただ一方で日本に引き付けていいますと、私は日露関係について国会でも安倍元総理に何回か質問しているのです。今、有田さんがおっしゃったように、安倍元総理は27回プーチンと会っていたじゃないかと。そしてあのクリミア半島を併合するっていう時も、日本だけ経済的に企業に支援して、ヨーロッパからどうなっているんだと言われながらも、安倍元総理はウラジーミル、ウラジーミルって言っていたわけですよね。

この日本の政治の失敗、4島が2島になったり、さらには今までの歴代の首相は、ロシアの大統領やソ連時代だと書記長と交渉して、帰属する四島の名前を列記させるとか、お互いにサインをするという取り決めをずっとやってきました。しかし安倍・プーチンになってから、こちらの文書では国後、択捉とか言っているけれども、あちらの文書では南クリル諸島というロシア表記で書かれても平気だったんです。

安倍さんはあれだけウラジーミルって言っているのに、お互いがサインした合意文書は1枚もないのです。それで何をサインさせられてきたかって言うと、経済協力だけは日本と取り組み、それぞれの経済担当大臣がサインして進めてきたわけで、安倍さんがあのプーチン大統領という人を増長させていたと私は思います。

今日もちょっと街頭で言ったんですけど、ロシアで強い野党があれば戦争になってなかったかもしれないのです。プーチンを牽制する、戦争に反対する強い野党があれば。時の権力をきちんと批判的にチェックし反対をする強い野党を、どこの国でも作っておかないと。政治が究極的には戦争させないためにあるんだということで、強い野党や対抗勢力を権力の暴走を食い止める歯止めとして、それぞれの国の政治にちゃんと作っておこうということです。

今日も朝、地元の街頭でビラを配ってから来たんですけれども、日本はちょっと危ないなと思うのは、このウクライナの戦争に引きずられてしまうのではないかということで、異常に軍事に偏った方向に行きやしないかと心配しています。この間、野党は反対ばかりしているとか、批判ばっかりしているというような空気が醸成されてきたわけです。野党が政権を批判するのは当たり前なのに、これがなくなったら究極的には戦争に向かうんですよね。ですからそういう意味では、今回のこのウクライナへのロシアの侵略という戦争は、大きな時代の一つの地殻変動をどう捉えるかということと同時に、民主主義を各国がきちんと機能させないとこういう事態になるという証左だと、私は今回の戦争を見ていて思いました。

3.ウクライナと沖縄が訴えること

住沢:  現在のウクライナ戦争の前から、辻元さんのいう「大きな時代の地殻変動」として、米中の覇権競争が、経済安全保障や自由社会と権威主義体制との陣営対立として議論されています。日本はG7の一員、つまりアメリカとEUの自由世界の一員として名前を連ねていますが、戦争をしない国家、戦争をさせない政治体制の21世紀へのバージョンアップは弱いままです。

いま、お二人のプーチンのウクライナ侵略戦争への考えは分かりましたが、それは個人の見解であり、立憲民主党の多くの政治家もお二人と同じ流れでしょうか。また党としての見解や対応はどうでしょうか。

辻元:  どうですか。現職の有田さんから

有田:  立憲民主党はロシアのウクライナ侵略をきっかけに募金活動をやっています。募金活動をやる前提として、いまのロシアとウクライナあるいは世界的な情勢を、党としてこのように評価をしているのでこれをやるんだ、という理論的な枠組みができた上でのものにはなっていない。

戦争はいけないというのは当然前提として、立憲民主党としてのロシア・ウクライナ関係をふくめた世界情勢の分析が見えないのです。旧立憲民主党の時からそうだったと思います。日韓関係あるいは北朝鮮との関係、もっと大雑把に言えば外交について、個々の議員の見識はあるのですが、党としての総合が弱いのではないか。岡田克也議員たちを招いた研究会をやろうと考えたこともありますが、実現していません。

3月19日に沖縄市民会館で、「ノーモア 沖縄戦 命どう宝の会」の発足集会があったんです。南西諸島の自衛隊増強が続いています。今年は沖縄復帰50年、そればっかり強調されるんだけども、沖縄復帰50年ってことは自衛隊進駐50年ということです。沖縄でもタブー視されてきた状況があるのですが、いざ沖縄の人たちの目から見ると、与那国・宮古・石垣の自衛隊配備、ミサイル配備、さらに陸上自衛隊とアメリカ海兵隊の共同訓練までやっている。沖縄の人たちの中で、もう一度沖縄戦があるんじゃないかという危機感が広がっている。その集会も高齢者が多かった。沖縄戦の記憶はいまだ消えていません。多くの人たちが感覚レベルで危惧しているのです。

ウクライナとの関係でいうと、安倍さんたちが核シェアリングを言ったり、日本のメディアもふくめて台湾有事を報じます。沖縄が戦場になるということです。この集会の結論は、あの「台湾有事を平和的に解決しよう」でした。辻元さんがおっしゃる政治の力、世論の力が決定的に重要です。それが崩れてきている恐ろしさがあるんです。よく沖縄から日本がよく見えると言うけども、本土の人たちからはそういうことは聞かないです。

私は60年代から日本の政治を子供ながらに見てきて、60年代70年代80年代、自民党も強かったけども、野党、市民運動もふくめてもっとイキイキしていましたよ。結論だけ言うとやっぱり安倍政権の10年というのが日本をギスギスした社会にしてしまった。敵か味方か、僕が批判してきたことでいうと、在特会=在日特権を許さない市民の会です。

ヘイトスピーチが吹き荒れはじめたのは、2012年、安倍政権ぐらいからなんです。第2次安倍政権では我が世の春みたいになって国会にも浸透してきた。そういう議員があちこちにおり、街を歩いていても攻撃されるようなときがあった。私は60年以後の日本政治が、とても危険なところに来ていると思っています。

辻元:  これがあのジョン・レノンの T シャツで、今日はずっと着ているんですけれども、結局70年代とかは運動も生き生きしていたし、80年にはベルリンの壁が壊れて行くという時代だったんだけど、その後ちょっとおかしくなってきて、特に政治の場面で、敵基地攻撃能力とか核シェアリングとかで、憲法九条を変えるんだとか、緊急事態とかいう話がすぐ出てくるじゃないですか。でも結局はそれでは守れないですよね。

今回の私がこのウクライナへのロシアの侵略戦争によってわかったのは原発占拠されたでしょう。日本は54基も原発があるのです。そうなるとですね、もう海岸線上に守りきれない原発がある限り、日本は絶対に戦争ができない国なわけですよ。原発一発やられたら終わり。

私はかつてこの原発について、ミサイルに耐えうる格納容器になっているのかと質問したことあります。そんなことを想定してございません、が答弁でした。なのでダメなんですよ。だからもう日本は絶対戦争ができない国なんですよ、原発がある限り。じゃあそこから逆算してどうするのかっていうことは、相手を挑発したり、よその紛争に口出しはしないっていうことです。したらやられるから。

だからもうこの敵基地攻撃なんてことは絶対言ったらあかんわけですよ。原発報復されたら終わりだから。それから核シェアリング、これらは沖縄に配備されるのではないかと、多くの沖縄の人が懸念しています。さっきの南西諸島のミサイル要塞化の話も、ここにミサイルを要塞化してどうするんだと。じゃあ沖縄が攻撃の対象になるだけじゃないか。地元から見ればそう思っているのですよね。だからやっぱり政治は戦争をさせないためにあるという原則を徹底して日本は貫く、ということ以外には日本を守れないと。

政治は戦争させないためにあるって言うのは、もう一つの文脈で申し上げればグレーゾーンですよね。あの台湾の蔡英文は非常にたくみに政治をやっていると私は思うのです。踏み込みすぎないことが大事なんですよ。もちろんアメリカとの関係を強化するとかやっているけどギリギリのラインですね。あの白か黒か、どっちにつくかっていうことじゃなく、中国ともウネウネとやっているわけです。フィンランドなんかもそうだったわけですね、かつてのソ連や今のロシアと隣同士ですから。

4.2021年衆議院選選挙は僅差――維新へのメディアの異常なアゲ記事

住沢:  お二人はまだまだ発言したいようですが、時間の関係もあり次のテーマ、2021年秋の衆議院選挙についての個人的な解釈、見解と、そこから導き出される立憲民主党の課題についてお伺いします。とりわけ辻元さんには1年前のインタビューで、枝野執行部も含めかなり楽観的な選挙結果を期待していた発言がありました。

辻元:  衆議院選挙を戦った私から申し上げれば、紙一重だったですよね。接戦で負けた選挙区があと20いくつあるわけですよ。その選挙区で勝っていればまた状況は違ってたわけです。ですからギリギリのところでやっぱり負けたということなんですね。ですから数で言えば96議席かな、減ったわけですけれども何か大幅に減らしているわけではないんですよね。接戦まで頑張ったと。

野党共闘とかをしてなければもっと惨敗したと思いますので、そのプラスの面が出たと思うんです。ただ比例票が伸びなかったというのは、結局二つの党が合流したけど、合流した票が上に乗ってないのです。2017年の立憲民主党のときとほぼ同じぐらいの数字なんです。1000万票少しというのは。だから票で見れば、国民民主と一緒になった分が乗っていないという事です。

総括として、私は立憲民主党が民意とずれていたと思います。それはいきなり政権交代とか言ったことだと思います。国民はみんな、そんな政権交代すぐできると思ってなかったんですよね。それでなぜその民意とのズレができたかって言うと、菅政権の時に自民党はどん底に落ちたけれど、自民党の政権維持装置が働いて、女性2人男性2人という今までになかった総裁選をやりました。それで岸田政権になって直後の選挙でしたよね。けれどこちらは舵を切れなかったわけです。それでそのまま政権交代というようなことをメインに据えた組み立てで行ってしまった。

おそらく民意は、いきなり政権は無理だけど与野党伯仲ぐらいに野党の数を伸ばして、数で押し切るような政治ではなく、文書改竄して忖度する議員ばかりという政治ではなく、国会で健全な議論ができればいいな、というぐらいだったと思います。私達っていうのはサーフィンと一緒なんですよね。民意が本当に政権交代へと高まっていれば、その上にボードを乗せたら勝手にシャーと行くんです。ところが民意が高まっていないのに自分たちでバチャバチャやっても、なかなか前に進まないんですよね

住沢:  今、僅差で負けたという事ですが、多くの国の大統領選挙でも、1~2%の差という事はしばしばあり、それでも勝敗は決定的です。また僅差であれば選挙後にそれを踏まえた前向きの方針が出ると思いますが、衆議院選挙を境に潮目が大きく変わり、立憲民主党民への逆風が吹き荒れ、代表交代まで行きました。有田さんは党内にいてこれをどう考えますか。

有田:  私は衆議院選では応援する立場で全国をまわりました。あの2009年の政権交代の選挙のとき、実は東京11区(板橋)から、当時の民主党の推薦で立候補しました。いまでも思い出しますが、高島平団地などで新党日本の候補者としてマイク持って訴えていると、上の階の窓があちこちでパッと開いて、多くの人たちが聞いていた。なんだこれはと思ってびっくりするような状況がありました。おそらく全国で政権交代の雰囲気があった。

昨年の選挙は全国に応援に行ってきました。たとえば沖縄で「政権交代」という旗をずっと置いてる候補がいたのですけど、雰囲気が全く冷めていました。中村喜四郎さんがおっしゃっているように、政権交代は10年単位で考えてじっくりと取り組まなければならない。昨年の選挙については伯仲をめざすのが現実的な課題だったと判断していました。

ただし13議席減ったから負けかって言うと、そうは思わない。枝野さんも代表を辞める必要がなかったと思っています。枝野さんには何回もメール送ったんだけども残念ながらおやめになられた。だって選挙の結果というのは、見方によって全然評価が違うじゃないですか。2017年は自民党284ですよ。こないだの選挙は自民党261で23減っているのです。立憲だけ見ると、国民民主との合流がありましたが、2017年の55議席から今回の96議席です。数は増えている。辻元さんがいったように比例票では1000万を超えています。

参議院選の比例区でいえば、11議席ほど当選する可能性がある。それが一気に停滞する状況になったのは、主体的な問題が大きいけれど、メディアの扱い方も歪んでいる。立憲に対する攻撃と裏腹に維新を持ち上げる。朝日新聞もふくめてなんだけど最近そうなってしまっているところがあります。主体の問題、客観の問題、メディアもふくめて問題がある。

辻元:  大阪の場合は特殊で、19選挙区 あるうちで4つは公明党、15は維新にしたでしょう。大阪は自民と公明が手を組むのではなく、維新と公明なんですよ。大阪は日本一公明党が強いところですね。だから私の選挙区も維新と公明が手を組んだということで、自民党の候補者がドーンと票を減らした分、維新の票が増えましたが、私の票が極端に減った、というわけではない。だから立憲の地力が落ちたとかっていう感じではなくて、何か政治のマジック的なものでした。

これはあの自民党に乗るべき公明の票も、接戦のところでは維新に乗った可能性がずいぶん高いわけです。それで維新議員がたくさん輩出されて、今41議席のうち26が近畿から来ています、比例も含めて。

ただ私は、私たち自身も含めて立憲が生まれ変わらなきゃいけないと思っている部分があります。これは立憲というよりもリベラル勢力のアップデートをしなきゃいけないと。私は選挙を戦いながら、トランプ対ヒラリー・クリントンの選挙戦を思い出していたんですね。ヒラリー・クリントンは民主党でリベラルです。そしてガラスの天井を破るんだって言って、ものすごく改革的なことを言ってきた。しかしトランプは何を言ったかって言うと、共和党も民主党も既存の政治であり、ここまで政治を悪くしてきた既存の政治勢力だと、これをぶっ壊すのは僕じゃなきゃダメだと。

これは維新の出方とちょっと似ているわけです。自民党も立憲も共産党もみんな、そして公明だけ違うのですが、みんな既存の政治勢力だと。それを私たちは壊すんだと。このベクトルが私はトランプの現象とちょっと似ているように思うんです。ですからそういうレッテル貼りをされるという事があるので、これをどうリベラルの方がリニューアルしていけるかと。これをずっと私は今考えているわけですね。

だから私たちも生まれ変わらなきゃダメだと。そのための一つの対立軸はマチーズモウ(注:machismo強靭な男性らしさ)に対抗することだと。プーチン大統領もマチーズモウですよ。維新も候補者全員男性だったんですよ。大阪は公明党も全員男性で、19選挙区全部男性になりました。

選挙のやり方ももう私の選挙区だけ落とせば全部いけるということで、徹底的に50人ぐらい、堺の市長まで来てビラをまき、全ての駅を占拠してこっちの運動を封じてやるんですね。維新には決められているルールがあって、議員は1日600件電話とかやるんですよ本当に。でそういうことを徹底して行って一つずつ制圧していくみたいな政治をやっています。それと同時に首長が他の政党とは違う現象があります。

維新の首長は維新という勢力を伸ばすために活動しています。普通、知事というのは当選したらですね、自民党に応援されていても大阪府民とか県民を全部守らなきゃいけなのですが、知事が先頭切ってですね、私の選挙区なんかだと昼の1時から夜の8時までずっといて、辻元は仕事してないとかいって車で回るんですね。そういうことを平気でやっています。そういうことを私はマチーズモウというか、維新はそういう戦いを基本にしているように私は見えるわけです。

5.リベラル女子で参議院選を戦う

辻元:  これに対抗するのは、私はリベラル女子だと思っています。これは自民党にもできないのです、ジェンダー平等というのは。安倍晋三という人がいるし、維新にもできない。私はたたかうリベラル女子を今回の参議院選挙で結集したいと思っていて、全国の女性たちのネットワークを作ろうとしています。今この選挙が運動になればいいと。もう一度リベラルの旗を元気にする。今、ほら少し委縮しているから。

そのためにはリベラル女子ですね。そしたらこれちょっと変な話ですが、若い20代30代女性で気候変動の運動をやっているグループがあって、私がたたかうリベラル女子だ、リベ女だって言ったら、リベ女革命隊をつくるって言って。

住沢:  ちょっと待ってください。今、お二人の意見を聞いていて、二つの質問があります。昨秋の衆議院選挙の結果を立憲の敗北とみるのはメディアによってつくられたものであるというなら、現在の泉執行部にそうした逆風を跳ね返す力があるとお考えですか。

もう一つの質問は、リベ女で参議院選挙を戦うという事です。『現代の理論』では、年末の立憲民主党の代表選挙に際して、ドイツにあるような男女共同代表制を提起しました。また前号での西村智奈美幹事長とのインタビューでも、泉執行部は7月の参議院選挙にむけジェンダー平等は重点政策であり、候補者を男女同数にするといっています。しかしリアルに政治や選挙活動を見ると、こうした場合、シンボルとなる、中心となりイメージができる政治家が必要と思うのですが、西村幹事長は現在のところそうした役割ではない印象です。どなたか想定されていますか。もちろん辻元さんが当選されて代表に選出されていればよかったのでしょうが。

辻元:  跳ね返す力はあるのではないでしょうか。例えば私は、昨日、立憲カフェとか、夜カフェとか、ウーマン・カフェとかいってやっていたわけですよ。ネットでね。それは立憲を各地で応援したいっていう女の人に呼びかけたら、25人くらいかな、普通の女の人達がボトムアップで出てきているのです。私はその人達に、ぜひ次の参議院選挙で立憲の票を伸ばすようにみんなで作戦会議をしようとか呼びかけているわけです。

各地に女性の地方議員がいるのです。その女性の地方議員のネットワークもできつつあります。私も呼びかけて、やっぱり女性議員が立憲を救わなきゃいけないっていうことで、そうしたネットワークづくりをやっているわけですね。ですから誰かが旗を振ってやるっていうのもあるけれども、私はそういうボトムアップの力を強くしていくことに力を入れています。

住沢:  確かにそれは正しいですが、時間がありますか。今、立憲民主党は時間との競争だと思うのですが。立憲民主党のホームページを見ますと、3月初旬段階で女性候補者を公募していますが、それで間に合いますか。

有田:  沖縄県連の代表をやっていたとき、候補者を公募しました。しかし応募者は来ませんよという否定的な意見が多かった。応募者は来たのですが、残念ながらうまくいかなかった。時間がないのは確かなんだけれども、辻元さんがそうやって選挙運動と重ねて組織を作っていくのはいいことだと思います。2017年に立憲民主党ができて嬉しかったのは、自分たちで党をつくろうという熱気があったことです。

かつてのイタリア共産党が実現したように、100万人の党をつくろうと発言したことがある。その息吹が感じられたのは2017年、2018年あたりです。それが崩れていったのは何か。私は地方組織の強化が基本で、それがまだまだ弱い。沖縄県連の代表だったとき、組織の略称を「沖縄立憲民主党」にしました。本部の下部組織ではなく、自律した組織だという意思です。一般の講師を招いて定期的に「琉球・沖縄セミナー」を開催しました。作家に依頼して「人間だから」という脚本を書いてもらい、朗読劇も行なった。地方組織は本部の下請け機関ではなく、それぞれの地域の特徴を前面に出した組織として成長していくことです。昨年の総選挙について十分な総括ができたとは思っていません。選挙運動を組織運動として行っていく試みはすごく大事だと思います。

蓮舫さんも今度選挙の年ですが、彼女は初日と最終日しか選挙区に入らないと聞いています。辻元さんと一緒に全国を歩いて行くなら、そういう試みは大事だと思います。

辻元:  私と蓮舫さんと二人で全国を歩きます。

有田:  みんなを励ますと思います。

住沢:  もう一人いないですか。3人とか。辻元さんも蓮舫さんも全国クラスの著名人ですが、すでに20年以上、政治家として活動しています。若い世代を代表するあと一人が加わると、立憲民主党もイメージが変わるとか、あるいは西村智奈美幹事長が加わるとか。

辻元:  そうですね西村さんも一緒に行ってもいいかもしれませんね。私は今度の参議院選挙は日本の分かれ道でもあるし、立憲民主党の正念場であるとも思っています。立憲民主党の正念場っていうのは日本の分かれ道とつながっているんですよ。なぜかというと野党第一党ですから。

この野党第一党がどれだけこの選挙を通じて強くなり、選挙を通じてもう一度ボトムアップをやれるか、選挙を通じてどう生まれ変われるか、ということが試されていると思っています。れいわ新撰組とか社民党とかも、本当に特徴を持っているのですけど、れいわの国会議員は5人です。社民党は2人です。それぞれの議員は優秀な方々なんだけれども、100人以上いる野党第1党を強くしないと。

先ほどのロシアに強い野党があれば戦争回避できたんじゃないかっていう話なんだけれども、この国際情勢の地殻変動が起こって何が起こるかわからない、この世界情勢の中でやはり立憲民主党をきちんと権力の歯止め役として鍛えあげる選挙にしなきゃいけない、と私は思っています。

住沢:  辻元さんにお聞きしたいのですが、リベ女を集めてジェンダー争点で、選挙戦と組織拡大を試みるという場合、政策の具体的な論点は何ですか。確かに社会党の土井さんの時代に、消費税をめぐり生活者としての女性の動員に成功したと思うのです。当時は「山が動いた」ともいわれましたが。その21世紀版は何ですか。

辻元:  今やはりウクライナのことがあるから、憲法のこととか心配している人が多い。けれども土井さんとの比較で質問されるのはどうでしょう。土井ブームの後どうなったか、ということからも学ばないといけません。

住沢:  土井さんの「専業主婦」の時代とは異なり、女性の大学進学率も50%を超え男性以上で、しかし男女の賃金格差や職場での地位の改善は遅々として進まず、ジェンダー平等指数でも日本は156カ国中120位と、底辺で定着しています。現役世代の女性の間では不満がたまっていると思うのですが、そうした不満をくみ上げる包括的な提言はできないものですか。やはり憲法問題ですか。

辻元:  確かに女性の不満はたまっていますし、女性の賃金格差などの問題は取り組んでいます。たとえば私昨日、高槻の地元の駅を歩いてたら、若い10代の女の子が二人が来て、「辻元さん、ジェンダー平等ね」言ってきたんですよ。追いかけて行ってビラを渡しましたが、やはりあの森元総理の発言あたりから、このジェンダー平等というのは、あらゆるところで浸透してきていると思います。選択的夫婦別姓もそうだし、差別禁止とか同性婚の問題も含めて特に若者層には響きますよね。格差や差別の問題は、女性が集まればたいてい話題になります。

ただ男女平等や平和の問題は、議員になる前から取り組んできました。ピースボートの運動をしてきたし、その延長でいまも平和の問題をやり、男女平等についても運動としてもやっているつもりなのです。

有田:  いま、女性とウクライナという話がありました。大きな社会の枠組み、時代の枠組みというのは、人の心に大きな影響を与えている。今日も法務委員会で質問しましたが、スリランカ女性のウィシュマ・サンダマリさん(33歳)が、去年の3月6日に名古屋入管で亡くなった。ひどいことです。

びっくりするのは、全国各地の集会やデモで、若い人たち、十代二十代と思われる人たちが集まってくることです。「牛久」というドキュメンタリー映画を見に行きましたが、圧倒的に若い人たちが来ている。普通、入管なんてこれまで関心がないですよ。運動としては地道に続いていましたが、残念ながらウィシュマさんが亡くなることで、入管に対する関心が一挙に若い人の間で広まった。ウクライナに関しても同じことがいえて、いま街頭に立つと、若い人たちがカンパをくれます。

辻元:  こないだ新宿のバスタ前で、若い人たちがコンサートとウクライナ戦争反対をやったのですよ。1000人ぐらい、ものすごく集まりました。今そういう意味では、あの頃の土井さんのお話はどうかと思います。私は土井さんを尊敬していますが、あのイメージで政治を語らない方がいいと思うんです。

いま地殻変動みたいな、若い人たちや女性の間で口コミとかで広がっているとか、 SNS を通じて広がっている雰囲気は感じるところがあるんですね。やはりそことうまくマッチしているということができるかどうかだと、私は思っているんです。

7月の参議院選挙の目標として、自民・公明・維新で2/3議席を取らせないっていうことは非常に大事だと思っています。しかし選挙の争点は、今はまだ見えないですね。ウクライナの情勢、それから経済、今物価がすごく上がってきていますから、それから与党は年金受給者に5000円配るという国民を馬鹿にしたような政策を出してきています。

やはり経済と憲法は大きな争点になると思うんですけれども、ゴールデンウィークが明けてくるぐらいになれば、どこが一番の対立軸かっていうのが見えてくると私は思っています。その時にいち早く対応できる体制が必要です。

つじもと・きよみ

1960年奈良県生まれ、大阪育ち。早稲田大学教育学部卒業。学生時代にNGOを創設、世界60カ国と民間外交を進める。1996年、衆議院選挙にて初当選。NPO法を議員立法で成立させ、被災者生活再建支援法、情報公開法、児童買春・ポルノ禁止法などの成立に尽力する。2009年 国土交通副大臣(運輸・交通・観光・危機管理担当)、2011年 災害ボランティア担当の内閣総理大臣補佐官、2017年女性初の国対委員長(野党第一党)を歴任。衆議院議員7期務める。前 立憲民主党副代表、衆議院予算委員会野党筆頭理事、国土交通委員、立憲フォーラム幹事長、NPO議員連盟共同代表、など。(元 立憲民主党幹事長代行、国会対策委員長、憲法審査会委員、平和安全法制特別委員など)現在、立憲民主党 参議院比例 第20総支部長。

ありた・よしふ

1952年京都府生まれ。2010年に参議院議員初当選。民主党(当時)比例区で37万票を獲得してトップ当選。現在2期目。立憲民主党沖縄県総支部連合会代表代行。参議院法務委員会筆頭理事、北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会委員、憲法審査会委員。(参議院 経済産業委員長、政治倫理の確立及び選挙制度に関する特別委員会委員長などを歴任)。フリージャーナリストとして霊感商法、統一教会、オウム真理教による地下鉄サリン事件、北朝鮮拉致問題に取り組む。日本テレビ系「ザ・ワイド」にコメンテータとして12年半出演。著書に『北朝鮮 拉致問題 極秘文書から見える真実』(集英社新書、6月刊)、『歌屋 都はるみ』(文春文庫)など多数。

すみざわ・ひろき

1948年生まれ。京都大学法学部卒業後、フランクフルト大学で博士号取得。日本女子大学教授を経て名誉教授。本誌代表編集委員。専攻は社会民主主義論、地域政党論、生活公共論。主な著作に『グローバル化と政治のイノベーション』(編著、ミネルヴァ書房、2003)、『組合―その力を地域社会の資源へ』(編著、イマジン出版 2013年)など。

特集/歴史は逆流するのか

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