特集 ●歴史は逆流するのか

「西欧文明」VS「新ユーラシア主義」

敗者プーチンの復讐   ポスト冷戦時代に終止符

国際問題ジャーナリスト 金子 敦郎

プーチン・ロシア大統領のウクライナ侵攻。その形は超大国ロシアから見れば同じ東スラブ民族の弱い弟のような隣国を罰し始末をつける地域紛争だ。だが、この戦争は30年余り続いた末に混迷に陥った冷戦後世界に終止符を打ち、新たな未知の混迷の時代へと、歴史の転換をもたらすものになった。

3カ月目に入った戦争はロシア軍の無差別砲・爆撃や暴行・拷問・処刑などによって数万人もの犠牲者を出し、国内外に1400万人の避難民を作り出している。だが、プーチンは国際的な非難を浴びながらも戦争をさらに拡大させようとしている。米国と西欧諸国は核大国ロシアとの直接対決は回避しつつ経済制裁を最大限に強化、ウクライナ軍への武器援助の質と量をレベルアップしてウクライナを守り抜く構えだ。歴史はどちらに与するのだろうか。

プーチン大統領とは何者なのか。何が欲しいのか、何がここまで駆り立てているのか。その答えを探った。

ロシア正教帝国

「欧州でもなくアジアでもなく」

冷戦が終わったときブッシュ米大統領(当時)は「平和の配当」を約束した。これはすぐ裏切られた。グローバリズムの暴走が貧富格差の拡大と分断を引き起こし、民主主義不信が広がり、専制主義が台頭した。イデオロギー戦争の冷戦の次にくるのは「文明の衝突」という警告(S・ハンチントン)もあった。

旧ユーゴスラビアの解体が始まっていて、イスラム世界の動乱が予見されていた。西欧キリスト教文明とロシア正教文明との衝突の可能性も挙げられていたが、それを重視した人は少数だった。ハンチントンは世界には西欧キリスト教、ロシア正教、イスラム教、ヒンズー、中華、日本、ラテンアメリカ、および追加するとすればアフリカの7ないし8の文明があるとしている。

プーチンはロシア正教会と密接な関係を持っているといわれ、先日の復活祭のミサには総主教と並んで立つ写真がテレビに映っていた。西欧キリスト教世界には日本人が知らないことが多いが、ロシア正教についてはさらに不案内である。

佐伯啓思・京都大学名誉教授によると、19世紀のロシア人は西欧的な知識や教養を身に着けつつ、内面に横たわる「ロシア的なもの」を模索した。そこから現れたのがヨーロッパとアジアの重なりつつもそのいずれでもない、いわゆる「ユーラシア主義」。ヨーロッパが生み出した近代文明の典型は米国文明とソ連社会主義だった。ソ連社会主義イデオロギーは冷戦で米国文明に敗れて解体、代わって浮かび上がったのがロシア民族のアイデンティティだった。それは「ロシア的」なもので、大地と憂鬱、神と人間の実在、ロシア正教風の神秘主義といった独特の空気を持ったものだという(朝日新聞3月26日「異論のススメ」欄)。

「悪魔つき」

ロシア文学者・亀山郁夫氏(東京外国語大学学長を経て名古屋外国語大学学長)は、プーチンの2014年ウクライナ侵略戦争に「ロシア文学者をやめようと思った」というほどの「衝撃を受けた」といい、ロシアの地を訪ねてゴルバチョフ元大統領にインタビューしたりしたそうだ。亀山氏は今度の戦争から受けている衝撃を一言でと求められて、強いてあげたのがドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』から引用した「神がなければすべては許される」という言葉。このアナーキーな精神性がロシア人の精神の闇に深く通じているとみている。

亀山氏が疑問を持つのは、あれほど素晴らしい文学、芸術を生みながらロシアはどうしてこうも人命の価値が軽いのかということ。これは深い運命論に支配されているからで、酷薄な自然と長い不幸の歴史によって培われた世界観ではないかという。

プーチンが抱いている夢が、旧ソ連の版図を統制経済とロシア正教の原理で一元化し、西欧でもアジアでもない、独自の精神共同体とみなす「正教の帝国」。亀山氏はプーチンのこうした思想を「新ユーラシア主義」と呼んでいる。プーチンは正教徒として強烈な使命感を持っている。そうした観念的なものへの過度の思い入れが一番厄介で、ドストエフスキーはそうした気質を「悪魔つき」と呼んだそうだ。

これがプーチン大統領のメンタリティーだが、亀山氏はこれとロシア人全体の国民的メンタリティーを同一視するのは危険と警告した。今度の戦争はプーチン独裁マシンの暴走によるもので、根本はプーチンのおごりとヒロイズム、過ぎたる使命感にあり、ロシア人の受動的なメンタリティイーが利用されているとみている(毎日新聞4月15日 夕刊「特集ワイド」欄前編および同22日同後編から)。

帝政ロシアの後継者

プーチンはウクライナ侵攻に際して「ロシアとウクライナは一体」で、「ウクライナはレーニン(ロシア革命の指導者)がつくった国」と言っている。ウクライナはソ連邦時代「ウクライナ共和国」として「ロシア共和国」ともに連邦の中枢を担っていた。だが、これはウクライナがロシアから独立していたと意味するわけではない、ソ連邦時代のロシアは正統なロシアではなく、今の自分のロシアは革命前の正統な帝政ロシアの後継国で、ウクライナはその中にいる―プーチンはウクライナをこう見ているのだ。

プーチンはロシア軍の「戦争犯罪」につながる残虐行為に直接責任があるのか、戦争にともなう偶発的なもので済まそうとしているのだろうか。どちらにしても、プーチンにとってウクライナ侵攻は「国家主権の不可侵」「領土の保全」「戦争犯罪は許さない」といった国際関係の基本的な規範に優先する崇高な目的というのかもしれない。

プーチンはロシア軍の残虐行為はすべてウクライナ軍を支配する極右ファシストの自作自演の「フェイク陰謀」と切り捨てて責任を回避している。これは戦争犯罪が許されないことだと知っているからのウソとみていいだろう。

積る屈辱と憤懣

破られた約束「NATO東方不拡大」

冷戦終結に際して米国はソ連に「北大西洋条約機構(NATO)は1インチたりとも東方に拡大しない」と約束した。NATO がこの約束を破ってウクライナを加盟させようとしたのでプーチンが怒ってウクライナに侵攻した。こうする報道が少なからずある。誤りとは言い切れないが、ほとんど事実に沿っていない。

この「約束」は冷戦終結に合わせて西ドイツと東ドイツが統一し、東ドイツは西ドイツが吸収する形をとって新しく統一したドイツがそのままNATOメンバーにとどまった時の話である。コール西独首相がこの機会を逃すと再統一は難しくなるとブッシュ米大統領に強く訴え、ブッシュが支持に回った。 第2次世界大戦を引き起こしたナチス・ドイツのことが生々しく頭に残っているから、サッチャー(英首相)もミッテラン(仏大統領)もドイツ統一は時期尚早と強く反対した。ゴルバチョフはソ連側の集団軍事同盟であるワルシャワ条約機構は解散するのだからその相手側のNATOも解散するべきなのに、東ドイツを組みこんで存続させることは受け入れられないと強硬だった。

米国は冷戦終結へスムーズに持っていくために我慢してほしいとゴルバチョフ説得に努める中で、ベーカー米国務長官がこの約束をして、ゴルバチョフがやっと受け入れた。「東方不拡大」とはワルシャワ条約機構のメンバーだったポーランド、チェコスロバキア、ハンガリーなどを指していて、ソ連邦の中核メンバーだったウクライナはどちらの念頭にもなかったことは明らかである。

この約束は言葉だけで交渉記録や覚書の類いも残されていない。これを理由に何の効力もないと軽視する学者や評論家の発言もある。だが、冷戦終結の「合意」到達に重要な役割を果たした「約束」だった。外交交渉では記録に残せない、あるいは隠匿される「密約」がしばしば重要な役割を果たすことはよくある。

ネオコンと軍産議会複合体の圧力

ブッシュもベーカーもその場しのぎで、いずれ破られることを前提にこの「約束」をしたとは思えない。ブッシュの「平和の配当」には核戦略の組み替えによる核戦力の一方的削減や海外配備の戦術核撤収なども含まれていた。中距離核は既にレーガンとゴルバチョフによって全廃されていたので、これが実現していれば世界はかなり変わっていたと思われる。

ゴルバチョフは右派のクーデターで失脚したが、クーデター鎮圧で活躍したエリツインがあとに座った。エリツインはゴルバチョフの「西欧化」路線を引き継いだ。この流れの中で東欧諸国も一斉に資本主義経済への移行に取り掛かり、EU(欧州連合)加盟を求めた。これがNATO加盟とパッケージになった。

ブッシュ息子政権内部からもロシア包囲網のNATO維持の強い主張があった。レーガン政権時代に外交・安全保障の重要ポストを握った共和党右派とネオコン(新保守主義、元は民主党系)だった。その中心にいたのがチェイニー副大統領(ブッシュ父政権国防長官)。彼らは冷戦終結後に一国だけ超大国として残った米国は圧倒的な軍事力によって新しい国際秩序を構築するという覇権主義を信奉していた(タカ派と呼んでおく)。

軍産議会複合体(軍部と軍事産業の複合体に議会を加えた)もNATOの「東方拡大」に食いついた。旧ソ連圏の東欧諸国がNATO入りすれば、これらの国の軍備はソ連製から米国製に切り代わる。冷戦終結で失った需要に代る大きなビジネスが期待できる。

ABM・核廃絶演説・リセット・挫折

この後の経緯を詳述する紙数はないので簡単に経過を追うにとどめる。

▽1992年大統領選挙でブッシュの再選はならず、民主党リベラルの若手クリントンが大統領に。新自由主義経済(グローバリゼーション)による経済発展を推進するが、核軍縮や対ロシア協調外交の試みはネオコン勢力に阻まれ、経済優先にひた走ることになった。NATOは1994年に東欧だけでなく旧ソ連圏の中央アジア諸国も加えて広く(ただしロシアだけは除いて)加盟を呼びかけ、1999〜2001年に東欧の旧ソ連圏諸国の大半が加盟した。エリツインのロシアはNATO との間で「お互いに敵国扱いしない」という特別協定を結ぶことでこの「東方拡大」を容認するしかなかった。

▽米ロ関係が悪化の道を進む中でエリツインは次第に米国への期待感を失っていき、後任にプーチンを抜擢して1999年引退。プーチンは2000年選挙で圧勝。米国でも2001年ブッシュ政権が登場、すぐにタカ派の長年の執念だったABM条約からの脱退を決めた(ABM:1972年調印のミサイル防衛網の開発競争を制限する米ソ間条約)。

▽ブッシュは2004年、米本土防衛システム(MD)第1段階としてアラスカ州とカリフォルニア州に迎撃用ミサイル基地の建設を開始。仮想敵にはロシアだけでなく北朝鮮やイランの核開発を加えた。この計画は欧州にも基地を置くことになっていて、ブッシュ政権は2年前から密かにポーランドに迎撃ミサイル発射基地、チェコにXバンドレーダー基地を配備する交渉を進めていたことも明らかになった。

▽2009年に米国に初めて黒人大統領のオバマ政権が生まれる。オバマ氏は核廃絶を目指すと演説、プーチン大統領が憲法の任期制限により一時首相に退き、メドベージェフ大統領が代役を務める間に米ロ関係のリセットを目指して、新START条約に調印、ブッシュ前政権が始めたミサイル防衛網計画を部分的に修正し、欧州配備戦術核の相互削減も呼び掛けた。2012年プーチン、オバマそれぞれ再選。プーチンの冷やかな態度を変えることはできなかった。最大の理由はブッシュMDへの強い不信がぬぐえなかったことだとされる。

「失敗国家」と甘く見た

2014年侵攻の第2幕

ウクライナは冷戦終結で独立した後、親ロシアと親欧米の両勢力の権力奪い合いと腐敗・汚職のまん延で政治はマヒ、「失敗国家」とされてきた。2004年の大統領選の決選投票で親ロシア派が勝ったが、不正投票と抗議デモが起こり、最高裁判断による再投票で親米欧派が当選した(オレンジ革命)。2014年には親ロシア派大統領が前政権から進められてきた欧州連合(EU)との関係強化の準備を凍結、親欧米派の抗議デモと治安部隊が衝突するなかで大統領がロシアに逃亡、政権が崩壊した(マイダン革命)。

この混乱に乗じてロシアとの国境と接してロシア系住民の多い東部ドンバス地方(ドネツク、ルガンスク両州)の一部が武装蜂起してそれぞれ独立を宣言、南部クリミア半島では親ロシア派住民が主導した住民投票でロシアへの編入が決議され、プーチンが同半島を一方的にロシア領に併合した。

これらの動きの裏にはプーチン大統領の直接指示によるロシア情報機関や軍特殊部隊の介入、指導があったとされている。一方ロシア側は逆に、オレンジ、マイダン両「革命」とも背後に米国の指導、介入があり、極右組織(ファシスト、ネオナチなどと呼ぶ)が混乱を引き起こす役目を担っているなどと非難している。今回のロシア軍のウクライナ侵攻は、その第2幕といっていいだろう。

米専門家の警告

ロシアは歴史的に外部世界からの脅威に対して敏感で、常に緩衝地帯を求める。プーチンは特にそれが強いといわれる。2014年の「マイダン革命」が起きた時、その事態を米国の有力な外交専門家やジャーナリストがどう見たかを振り返っておこう。

▽H・キッシンジャー(元国務長官):ウクライナの親欧米派と親ロシア派のどちらかがすべてを支配しようとすれば内戦か分裂を引き起こすし、西側が手を出せばロシアがどう反応するかもわかっているではないか。ウクライナあるいはクリミアはプーチンにとって単なる外国ではない。

▽ I・ブレマー(ユ―ラシアグループ社長):親欧米派は極右のクーデターに乗るという賭けに失敗し、それに乗った米国(オバマ政権)も誤った。米欧が自分たちのために本気で軍事力を行使してくれると思ったら大間違いである。

▽T・フリードマン(ジャーナリスト):(冷戦終結後のNATO東方拡大を批判した当時のG・ケナンとのインタビューを引用しながら)ロシアの脅威が最も減退して民主主義への機会が生まれていた時にこれを摘み取り、逆にロシアに西側に対する不信感と安全保障への不安を強めさせ、屈辱を与えたNAT0東方拡大が「ロシア再興」を掲げる独裁者プーチンを生み出した。

「素人」大統領登場

米欧側の情報機関を引用した報道によると、プーチン大統領は首都キーウを数日で制圧、傀儡政権を据えてウクライナ全土を支配下に納められると見ていたという。だが、ウクライナ軍と市民の頑強な抵抗でロシア軍は大きな損害を被って立ち往生、開戦1カ月の3月末に首都制圧を断念して部隊を再編し、東部ドンバスからクリミア半島に接する南部一帯に主戦場を移して攻勢に出ている。プーチン大統領は2014年の経験からウクライナ軍民の抵抗力を軽視する大誤算を犯した。「失敗国家」と言われたウクライナは大きく生まれ変わっていたのだ。

3月2日付ニューヨーク・タイムズ紙国際版意見欄にミシェル・ゴールドバーグ氏の寄稿が載った。2019年にゼレンスキー政権がスタートして間もなくウクライナを取材訪問した時、国会議員、ジャーナリスト、市民団体リーダーたちから汚職追放・改革への決意と、プーチンが再び侵攻してきても勝てるという強い士気を感じて驚いたという。ゴールドバーグはこうした確信が彼らにチャンスを与えていると結んでいる。ワシントン・ポスト紙のベテラン軍事問題記者D・イグナチウス氏も4日付電子版で、ウクライナには国民を鼓舞するゼレンスキーという秘密兵器があることを知らなかったことが、プーチンの最大の誤算だったと記している。

ワシントン・ポスト紙電子版3月2日意見欄では、米陸軍退役将軍M・リーパス元准将がウクライナ軍の再編・増強が着々と進められてきたことを明らかにした。同准将は米軍欧州特別作戦部隊司令官を務めた後、2016年からウクライナの安全保障についての支援に当たってきたという。それによると、ウクライナは2014年危機の後、NATOの支援を受けて正規軍の強化を進めるとともに、主要地方都市と25州に地域防衛部隊を配置、ロシア軍侵攻に対して戦うための志願兵による民兵部隊を編成した。今回のロシア軍侵攻に対しては13万人が民兵部隊に志願している。この国防体制を公にするための地域防衛軍法は昨年7月に議会で成立したばかりだった。

モスクワ特派員を務めるなどロシア問題を長くカバーした日本の大手メディア記者は、2014年以降の各種選挙結果をもとに、均衡していた親ロ派と親西欧派の勢力比が大きく変わって親ロ派はほとんど消え、それまではあまり目に見えなかったウクライナ・ナショナリズムが生まれていることがわかると解説してくれた。プーチン自身の8年前の侵攻が思いもよらない変化を生んでいたのだ。

プーチンの復讐

「崩壊寸前」の米民主主義

ロシア・ウクライナ関係や東欧に詳しい歴史家T・スナイダー教授(イエール大学)は、プーチンがウクライナ侵攻のシナリオを次のように描いていたとみる。

「1月6日の米議会襲撃デモの映像を見たロシア人は、あれを『平和デモ』というのだから(西側世界の)民主主義も法の支配も、いたるところでジョークになっていると受け取った。トランプがこうした行動で選挙結果をひっくり返そうとしていることは米国民主主義が脆弱になっていることを示している。あと一押しで崩壊するのではないか」

「ウクライナに侵攻して成功を収めれば、バイデンの無能ぶりを見せつけ、屈辱を与えることになる。トランプの政権復帰(2024年選挙で再選)を助け、世界のポピュリスト勢力を元気づけることになる」

スナイダー教授は、プーチンは米国民主主義のありさまを見、世界的な専制主義の高まりを見て、冷戦の敗北以来の米国に対する屈辱感と積み重なった憤懣を晴らすチャンス到来と判断したとみるのだ。

スナイダー氏はこれをプーチンの「幻想」だったという。特にバイデンを過少評価したことは、ウクライナ軍と市民たちの決死の抵抗を甘く見たことに加えて、2つ目の大誤算だったとスナイダー氏は指摘している(3月25日ワシントン・ポスト紙電子版の同紙コラムニストG・サージャントとのインタビュー)。

「世界的文化戦争」始まる

プーチンのウクライナ侵攻決断の背後には、米国民主主義の脆弱化につけ込めるという計算があったと見るのはスナイダー教授だけではない。民主党支持の論客でノーベル経済学賞受賞のP・クルーグマン氏やワシントン・ポスト紙客員コラムニスト、M・バイ氏(元ニューヨーク・タイムズ紙日曜版記者ら)もそうだ。バイ氏はロシアおよび中国との「第2の冷戦」が始まろうとしているとの見方があることについて、冷戦に米国が勝利したのは軍事力と民主主義の力があったからで、現在のトランプ登場で衰退した米国民主主義では新たな冷戦も勝てると思うのは誤りだと論じている(ロシア軍のウクライナ侵攻が始まった直後の2月25日電子版)。

共和党系の穏健保守主義の理論家で民主党左派には厳しいD・ブルックス氏もニューヨーク・タイムズ紙に1頁半を費やして「グローバリズムが終わり、米国の民主主義が衰えて、世界的な文化戦争が始まった」(4月12日国際版)とプーチン・ロシアのウクライナ侵攻を論じていることも注目されている。

「プーチンは天才」とトランプ

トランプはプーチンのウクライナ侵攻について「プーチンは天才だ、実に賢い」と称賛するコメントを出して、反撥を買った。その後は自分が大統領だったらプーチンはこんなことはしないなどと取り繕っている。だが本人もトランプ支持者もいまだにプーチンを直接批判することは避けている。プーチン、トランプ両氏の間には何か「特別な関係」があるように見てもおかしくない。

2016年大統領選挙の共和党候補に選ばれたトランプ。対する民主党クリントン候補はオバマ政権の国務長官で、米ロ関係のリセットの担当者だったが、プーチンには嫌われたとされる。ロシア情報機関がクリントン候補に不利になる情報を大量にSNSなどに流して足を引っ張り、トランプを支援したという疑惑が今もくすぶっている。トランプはこの疑惑に関しでトランプに不利な情報がウクライナ政府筋から流されたという疑いを持っている。

ゼレンスキー・ウクライナ大統領は2019年4月当選するとすぐ、支援要請のためにホワイトハウス訪問を申し入れた。翌2020年の大統領選挙の対立候補と目されるバイデンの息子がウクライナのエネルギー企業役員で汚職捜査の対象になり、同氏が前副大統領の立場を利用して捜査を中止させたとの情報があった。トランプ大統領(当時)はバイデン親子の捜査再開を条件にしたり、議会で決まった軍事援助を一時凍結したりした。この時の電話記録が表に出てトランプは議会の弾劾裁判にかけられた(結果は3分の2票の支持は得られず無罪)。

バイデンも試されている

ウクライナの「プーチンの戦争」がどこに行き着くのか、まだ全く分からないが、その結果はバイデン大統領の評価に大きくかかわり、11月の中間選挙から2024年大統領選挙という政治日程を通して 米国の行方に大きな影響を及ぼすことになるのは間違いない。バイデンを軽視したのはプーチンの大誤算だったかもしれない。だが、バイデンもプーチンによって試されている。これを乗り切ればトランプを制することにつながるだろう。

(4月26日記、敬称略)

 

かねこ・あつお

東京大学文学部卒。共同通信サイゴン支局長、ワシントン支局長、国際局長、常務理事歴任。大阪国際大学教授・学長を務める。専攻は米国外交、国際関係論、メディア論。著書に『国際報道最前線』(リベルタ出版)、『世界を不幸にする原爆カード』(明石書店)、『核と反核の70年―恐怖と幻影のゲームの終焉』(リベルタ出版、2015.8)など。現在、カンボジア教育支援基金会長。

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