論壇

“市民運動ユニオニズム”の時代(下)

コミュニティ・ユニオンなどの可能性を探る

現代の労働研究会 小畑 精武

Ⅲ アメリカにおける労働NPO 

3、権利擁護・労働条件改善活動

① NDLON以外にも、DWU(家事労働者組合)、NYTWA(ニューヨークタクシー労働者連合)、ROC-NY(レストラン機会センター・ニューヨーク労働)KIWA(コリアタウン移住労働者連合)などは、事実上の労働者組合として運動している。日本ならば労働組合法の適用を受けるだろう。だが労組法上の労働組合ではない。アメリカの労働組合法では職場、職種など交渉単位で過半数の労働者の賛同がなければ労働組合として法的に承認されないからだ。また、家事労働者、タクシードライバー、港湾トラック運転手などは、個人請負・自営労働者として扱われ公正労働基準法の対象労働者にもなっていない。しかし、これらの労働者団体は組織的にはNPOの認証を持ち、寄付金の税金控除、郵便料金の軽減などの対象になっている。

このなかで2008年にはロサンジェルスのNDLONとKIWAを訪問し、2009年にはニューヨークのDWUを訪問した。

ロサンジェルスのコリアタウンにあるKIWAでは、労組結成に失敗しても、団結権、団体交渉権、スト権がなくてもリビング・ウェィジをスーパーで勝ち取った例を聞いた。

「労働組合としての団結権はないけれど“結社の自由”はあります。団体交渉権はないけれど店前でのピケやボイコット運動などをして会社を“交渉”に引っ張り出すことができます。ストライキはできないけれど“表現の自由”はあります。解雇されていればストライキは意味がありませんね。」「なるほど?!」「韓国系Aスーパーマーケットの組織化選挙で過半数の賛成を得ることができず失敗しました。しかし、あきらめずに、低賃金をなくしリビング・ウェィジ(生活賃金)を実現するために運動を継続しました。4~5年にわたって店の前でピケットとデモを毎日行い、ボイコット戦術を梃子に会社を包囲しました。ボイコットで売上は25%低下、会社は音を上げて解決に追い込まれ、時間給は8.5ドルになったのです。」(2008年3月、ロサンジェルス)

KIWAは市民が活動する「労働団体」だが、コミュニティ・ユニオンの活動と変わらない。こうした草の根の運動もUCLAダウンタウン・レイバーセンター(注11)や LAANE(注12)などとともに「アメリカ労働運動の新たな高揚」の一角をしめている。こうした労働者の人権を守り貧困問題に取り組む市民の運動は社会正義、経済正義を実現する運動でもある。アメリカではシュプレヒコールも「Justice! Justice!」だ。労働運動が社会運動として市民と労働者の協働によってすすめられている。

② DWU(家事労働者連合)が有給休暇を獲得

ニューヨークの下町にある家事労働者の団体を訪問した。

「私たちは労働法から排除され、労働者としてみなされていません。昔はアフリカ奴隷だったのです。ハウスキーパー(家政婦)や高齢者の自宅介護の仕事で、奴隷解放後も黒人女性が多く担って、元奴隷、女性ということで低く評価されてきました。今は有色の移住労働者の女性が多く、家事労働者は仕事への最初の入口となっています。今でも搾取の構造は変わっていません。

DWU(家事労働者連合)の事務所でスタッフと
筆者(左端)と吉村臨平福井県立大教授(右端)

ニューヨークには少なくても20万人の家事労働者がいますが、各家庭が雇い主になるので孤立し分断されています。簡単に首切りが行われ、時給1ドルから20ドルと賃金格差が大きく、言葉の暴力、肉体への暴力そしてセクハラを3分1が経験しています。不法滞在といわれている人もいますが、ニューヨークは家事労働者を必要としているのです。」

DWUは法的には労組ではないが、日本のユニオン以上の活動をしている。

「私たちは、①力をつける組織づくり、②個人の尊敬、③公正な労働基準の確立、④仕事への尊厳を目標に活動し、会員は2300人います。今年(09年)から年会費を取りはじめ60ドルです。私たちは時給14ドルを求めています。ニューヨークのブルックリンでは娯楽なしの生活でも14ドルは必要です。州の最低賃金法(時給7.5ドル)は適用されますが、労働基準法は適用されません。現在ニューヨーク州に対して有給休暇など労働基準法の適用を求める『権利の章典』の成立をはたらきかけています。労働基準法が適用されないと労働組合法も適用されないからです。民主党が州議会多数派になったので成立する可能性がでてきました。」(2009年1月、ニューヨーク)

翌年2010年、州議会で『権利の章典』が成立、有給休暇が認められるようになった。アメリカの労働NPOの対議会活動(ロビーイング)は巧みである。このような議会に向けた活動が「アドボカシー」である。自治体の建設工事や委託事業の最低報酬額を定める日本の公契約条例はようやく10自治体を超えた段階にあるが、1994年に始まったアメリカのリビング・ウェィジ(生活賃金)条例は150の自治体に広がっている。

組織の拡大・強化もDWUの重要な活動である。

「高級住宅地で有色人に声をかけるとその90%は家事労働者です。その人たちに声をかけリクルートするのです。第二はリーダーシップの養成です。みんなの前での話し方、組織の運営と管理、組織化の仕方など組合員の中からリーダーが生まれるような養成教育を行います。第三はキャンペーンです。先ほどお話した『権利の章典』制定や暴力的な雇い主への抗議行動を行っています。未払い賃金を50万ドル(5千万円)取り返しました。第四は文化活動です。絵を描いたり歌を歌ったり、ダンスをしたり、お話をしたりして、交流を深めています。第五は連帯活動です。労働組合や宗教者はじめ他の運動との連携協力を重視しています。労働者のための幅広い活動に参加するとともに、パレスティナへのイスラエル侵攻反対行動にも参加しています。第六は組織強化のための寄付集め、民主的運営、さらにスペイン語などにも取り組みラテン系の会員を3倍にしました。」(2009年1月、ニューヨーク)

事務所はニューヨークの古いビルが立ち並ぶ下町のビルの一室だが、若い女性の活気がみなぎっていた。家事労働者の全国連合も、ニューヨークが中心になって13の団体でつくり、2007年にはサンフランシスコ、ロサンジェルス、シカゴ、ワシントン、ヒューストン、マイアミなど10都市、19団体の参加で第1回総会を開催している。さらに、DWUの活動は、ILO(国際労働機関)も動かし、2010年のILO総会では家事労働者にディーセント・ワークを保障する条約を採択させたのである。

ニューヨークでは、タクシードライバーのワーカー・センター(NYTWA)も自治体を動かし、労働条件改善を実現している。この他にも9・11から立ち上がったレストラン関係のROC―NY、生活保障(共済)を土台としたフリーランサーズ・ユニオン、ホームヘルパーの労働者協同組合など、ワーカー・センターを超えたさまざまな労働NPOがある。それらを新しい労働組織として「権利擁護」「職業訓練・職業紹介」「社会保障と相互扶助」に分類し、遠藤公嗣明治大学教授たちが紹介している。(注13)

Ⅳ 労働課題を取りこむ地域住民・市民運動

1、住宅立ち退き問題からリビング・ウェィジ条例運動へ

「テナンツ&ワーカーズ支援委員会」(Tenants’ and Workers’ Support Committee)」はアメリカの首都ワシントンDCの郊外、アレキサンドリア市にある。地域の労働組合が力をなくすなかで、住宅問題が地域運動として盛り上がり、さらにリビング・ウェィジ条例制定へと発展していった。

「この団体は22年前、高級マンション建設のために強制退去を迫られた2000のアパート、8000世帯の低所得の『テナンツ(借家人)』の運動からスタートしています。構成は75%がラテン系、25%がアフリカ系と少数の低所得の白人で、立ち退きに対して市へ公的住宅の確保を求めるデモや運動を労働組合や教会の支援を得ながら展開しました。結果として立ち退き料や入居の権利を獲得し、テナンツを守る300室の賃貸アパートを持つ住宅協同組合も設立しました。

労働者からの相談が増えて労働問題に取り組みはじめ、リビング・ウェィジ運動を展開しました。最初はリビング・ウェィジに賛成してくれる議員は一人もいませんでした。労働組合も休眠状態でした。運動のなかでAFSCME(自治体職員労組)やSEIU(サービス従業員労組)が活性化し、ビル清掃労働者の労働組合もできたのです。3年間の運動によりリビング・ウェィジ条例制定へ8名の議員全員が賛成に回ることになりました。

住宅問題を取りまとめるグループ、ホテルで働いている女性たちのグループの二本立てで活動を開始しました。90年代半ばから後半にかけてリビング・ウェイジ運動を始め、教会や労働組合などの協力を得て共闘のなかでそれぞれのグループがリビング・ウェイジをまとめていきました。オルグ活動の成果です。」(2009年1月インタビュー)

事務所があるコミュニティ・センターは、自治体や連邦政府から補助金を得てTWSCが建設した。そこには会議室とともにHERE(ホテル・レストラン労働組合)の事務所、タクシー運転手の労働者協同組合事務所が入っている。さらに、移民のための教室や100万円を超えるような高額医療費をタダにしたり、安くしたりする運動も展開し、まさに地域社会運動の「デパート」だ。

クリントンやオバマ大統領選出に大きな力を発揮したACORN(即時改革を求める地域協議会)は1970年に設立され、最大時には100都市、1200支部、会員数50万人を超す低-中所得市民の地域組織だった。(注14)この組織も各地のリビング・ウェィジ条例制定の先頭に立った。また、会員の中からの労組づくりをすすめ、シカゴでのSEIU880支部、ニューオリンズを中心としたSEIU100支部を生み出している。

2、「CBA(地域社会利益協定)」の運動

地域社会利益協定(Community Benefits Agreements)

カリフォルニアでも市民社会の中に労働を課題とするNPOやコミュニティ・カレッジが生まれている。ロサンジェルスのLAANE(新しい経済のためのロサンジェルス連合)はNPOの中間組織として地域の再開発に対し、その地域の労働者家族の生活を守る活動を展開している。その一つが「地域社会利益協定(CBA=Community Benefits Agreements)」で再開発事業のなかで関係する地域住民、労働者、運動体が協力して連合体をつくり、低所得の労働者や住民の利益になるような地元雇用、開発事業にかかわる労働者へのリビング・ウェィジや住宅、保育、環境問題を開発業者(自治体も含む)と交渉して結ぶ協定である。関係する住民や地域団体がバラバラに交渉していては開発業者のほうが強い。だが団結すれば市民・労働者は対等に交渉できるというわけだ。サンフランシスコの対岸には同じような組織としてEBASE(持続経済のためのサンフランシスコ湾東岸連合)がある。

3、コミュニティ・カレッジでの労働者教育

労働者教育をすすめているのが、UCLAレイバーセンターの支援を受けているロサンジェルス・コミュニティカレッジ(地域の公立短大)だ。カレッジは18歳から50歳ぐらいの労働者がよりよい仕事を得るために通う大学で、9つのカレッジからなり学生数13万人のマンモス大学だ。20%がUCLAなどの大学に進学する。研究所のスタッフは2人で、労働運動の理解を深め、労働者の階級意識(この言葉が出てきてびっくり!?、アメリカでも消えている言葉らしい。)を広めることを既存の講義の中ですすめている。50人の教員が担い、受講生は5000人に及んでいる。教員に対し資料提供などをWEBで提供しているとコンピュータでその事例をみせてくれた。冊子にすると10㎝ほどの分厚いもので、なかにはEconomics of Working Family (勤労家族の経済学)や労働運動、AFL-CIOとそこから分裂したCTW(勝利のための変革)との違いを示すページもある。学生からは「これまではカーネギー(アメリカの鉄鋼王)の話は聞かされたが、労働者について教えてもらったのははじめてだ。」との感想も寄せられているという。教員による教え方についてのミーティングもすすめている。「ユニオンリーダーは全員コミュニティ・カレッジに通った経験があるので、カレッジで労働を教えることは大事だ。」と意気軒高だった。

ロサンジェルスの労働運動の新しい高揚の土台にはこうした労働組合と市民との協働がある。日本にもかつて総評時代には「地区労働運動」として地域の労働組合が主動力となり様々な地域組織や運動体が協力していく運動があった。地域春闘、反戦平和運動やコミュニティ・ユニオンの運動もそうした中から生まれた。企業別組合の弱点を補い、地域に開かれた労働組合として革新自治体の土台にもなっていた。だが、あくまでも労働組合が機関車役だった。工場が海外に移転し国内ではサービス産業が増え、ラテン系をはじめ移住労働者が増加し低賃金労働者が増えるアメリカ、その象徴でもあるロサンジェルスでの新しい労働運動の高揚は地域市民団体とともにすすめる地域社会運動として注目される。

4、ロンドンオリンピックに地元雇用とリビング・ウェィジ(生活賃金)

2012年にロンドンで開催されたオリンピック事業においても、リビング・ウェィジの遵守(時間給8.3ポンド、1021円)と地元雇用の拡大が実行された。その協定の住民側の主体がTELCO(ロンドン東部地区地域組織)だ。現在TELCOの運動はイギリス各地に広がりつつあり、ネットワークの名称はシチズンズUKになっている。

ロンドンオリンピックはロンドン東部の「地域再生」がテーマだった。マルクスやエンゲルスの時代、港湾や造船労働者の街だったイーストロンドンはオリンピックを通じて一新された。オリンピック実行機構(ODA)は中小企業にもオリンピック関係の調達を広げる活動をすすめた。公契約に求められる通常の条件やリビング・ウェィジに加えて、移民が多い地域での開催のため失業者が多い地元での雇用確保、中小企業・地域振興、オリンピックの物品やサービスの調達は社会や環境への貢献が求められた。調達の原則は「持続的な調達、デザインの質、ベストバリュー」などと並んで、「ロンドンのリビング・ウェィジ(生活賃金;時給8.3ポンド、1452円)」「地元雇用(9000人のうちの20%)」「環境への配慮」「従業員の代表制」「公正で道義的な雇用供給」「職業訓練」「地域貢献」「健康と安全への配慮」などである。さらに、ODAはアフリカ系、アジア系など外国系少数住民にも入札と契約の機会を保障し、できるだけ開放的で透明なものにしていった。

シチズンズUKは低賃金労働者、移住労働者が多いイーストロンドン地区でTELCOとして1996年に地域住民の組織化活動を開始。その手法はアメリカのIAF(産業地域振興事業団)を設立したソウル・アリンスキーの地域民衆組織化手法で、多くのアメリカのコミュニティの組織化に使われている。今、ヨーロッパにも広がっている。

「『シチズン(市民)UK』は、ロンドン、バーミンガム、カーディフ、ミルトンケインズの地域コミュニティ組織化団体の力強い連合です。私たちは教会、モスク(イスラム)、ユダヤ教会、学校、カレッジ、大学、労働組合、シンクタンクと住宅協会、年金者、慈善団体と移住団体が協力し、共通の利益のため活動しています。」と自らのホームページでその性格を明らかにしている。

Ⅴ コミュニティ・ユニオン、労働NPO、そして「市民運動ユニオニズム」へ

1、コミュニティ・オルガナイジングの手法

ロンドンのTELCOはリーダー養成をすすめ、賃金、住宅、安全な街、移住問題に関するキャンペーンを成功させている。地域ではリーダーのチームが、1対1の対話を通じ、安全、公正でよりよいロンドンの行政をつくるコミュニティと相互の関係を構築している。

12年のオリンピック以降もロンドン・リビング・ウェィジ(生活賃金)運動を継続している。現在、ロンドンのリビング・ウェィジは時給8.8ポンド(1549円)、全国最賃は21歳6.31ポンド(1111円)18~20歳5.03ポンド(885円)を大幅に上回る。アメリカのニューメキシコ州の州都サンタフェ市長は「公共サービスに従事する労働者が貧困であってはならない」とリビング・ウェィジ条例を公契約の範囲に留めず、市内全体の最賃へと適用対象を広げている。サンフランシスコも同様の地域最賃を条例化している。最近6月2日、シアトル市では数年かけて時間給15ドル(1500円)の地域最賃を実施していく条例を全会一致で採択している。(これに対して、マクドナルドなどは違法として裁判をおこしている。)残念ながら日本においては、東北の大震災復興事業においても、東京オリンピックにおいても、リビング・ウェィジを定める公契約条例(特区では法)の動きがみえない。

アメリカにおける1980年代からの地域ワーカー・センターの組織化においても、また地域環境、街づくりの中でリビング・ウェィジはじめ「労働」を包摂するCBA(地域利益協定)においても、注目すべきはその組織化手法である。なんとその手法の原点は1930年代にシカゴでソウル・アリンスキーによって開発された市民運動のコミュニティ・オルガナイジング(注15)にある。彼はその手法を当時台頭してきたCIO(産別会議)の工場内座り込み、スト、ボイコット、ピケットなどの戦術などから学び、地域市民運動に取り込んだ。1940年にはIAF(工業地域協会)を設立し、今日もIAFは地域での活動を続けている。株式会社に乗り込む市民株主運動も彼が編み出した。オバマ大統領は大学卒業後シカゴでコミュニティ・オルガナイザーとして3年間活動し、ヒラリー・クリントンも卒論にソウル・アリンスキーを選んでいる。そして今や2008年を皮切りに大統領選挙でもコミュニティ・オルガナイジングの手法が使われているという。

アリンスキーはアメリカのラディカルが「労働組合組織というゆりかごのなかに深々と眠りながら、おちつかず、寝返りを打っている。」と批判し、「組合を、特定産業の特定職種に従事している人々のみの組織と考えるのではなく、アメリカ市民の組織として、すなわち、労働者やその家族を悩ませるあらゆる破壊的勢力を征服するために団結した市民組織として、組合をみなおすようになるのである。その時、『高賃金と労働時間短縮』という労働組合の伝統的要求は、多種多様な目的の一つとなるであろう。」と述べ、「組合は、その本質としてあらゆるものと対処しようとする思想と攻撃精神をもつ、広く一般的な民衆組織(People’s Organization)の建設に助力しなければならない。もっと簡単に考えれば、この民衆組織は、組織的な団体交渉の原則と実践を、現在のように工場内にとどめておくのではなく、それを広く拡大してゆくものである。」と、労働を包摂した市民運動の展開を打ち出した。(注16)

彼がモデルとしてつくった民衆協会(People’s Organization)の規則では、その目的として「本組織は、人種、皮膚の色あるいは信条のいかんにかかわらず、地域全住民の福祉を増進するために、いかして、全住民が民主的生活様式を通じて、健康、幸福、安全をみいだす機会を持つために、地域内のあらゆる団体を統一する目的をもって設立される。」を明確にしている。会員は団体と個人からなり、副会長4名は労働組合、教会、実業家団体から各1名、奉仕・社交・親睦・民族およびスポーツの諸団体から1名とされている。彼の著書の日本語題名は「市民運動の組織論」だが、原題は「Reveille for Radicals(目覚めよ!ラディカル)であることに注視したい。(注17)

コミュニティ・オルガナイザーの育成、リーダーの養成、民衆の教育・学習、労働と市民を結ぶネット中間組織とネットワークの形成、座り込みなど直接行動、ボイコットなど多様な手法を展開してきた。

2、市民運動ユニオニズムの検討

日本においては、非正規雇用が年々拡大するなかで、従来の企業別正社員労組の周辺部に誕生したコミュニティ・ユニオンは様々な不安定雇用層に広がり、「新しい労働運動」として労働運動、社会運動の一角を占めるにいたった。そのネットワークは連合や全労連のユニオン、単独のユニオンをいれれば、ほぼ47都道府県に広がっている。非正規雇用労働者を代弁する「代表性」と「労働相談」にみられる「公益性」を有してきてはいる。だが、その組織力と社会的影響力はまだまだ弱い。労働NPOも生まれて間もない。まして、市民運動からの労働へのアプローチもまだほとんどない。だが、この分野に「労働」の旗を立てることは、従業員労組への閉じこもりから日本の労働運動を解き放つことになる。

「市民運動ユニオニズム」とは図2にあるように、主として非正規雇用労働者を主体と考え、労組法を活用し労働組合の視点から組織化を進めるコミュニティ・ユニオンや労働に焦点をあて労働組合の経路とは別の視点から労働問題に取り組む労働NPOとも異なる次元にある。「市民運動ユニオニズム」は市民社会において独自のドメインを有する。市民運動の主体は市民である。取り組む課題は「労働」に限らない。地域の生活、環境、医療・福祉(介護・保育など)、まちづくり、教育など様々だが、「労働の視点」を重視し、「労働」自体を地域社会の主要な課題とする。労働者一人一人の人権を尊重し、公正な労働基準、適正な労働条件(ディーセーントワーク)を目的とし、雇用の安定、リビング・ウェィジ(生活賃金)、安全で健康な労働環境、均等待遇を課題とする「労働する市民」の運動である。

現在、非正規雇用増大による雇用不安や生活できない低賃金が、殺傷事件や毒物混入事件の要因とみなされ、日々社会不安が高まっている。労働者を搾取するブラック企業が跋扈している。介護や保育においては「民営化」がすすみ、女性労働への差別による低賃金化が進行、施設・サービスの不足と共に、サービスの質への不安が生じている。年々拡大する公共サービスの民間委託と「官製ワーキングプア」問題も同様である。安全安心、健康で快適な市民生活をおくるために、今やこうした公共サービス、コミュニティ労働の担い手の労働環境を市民は直視しなければならない。市民は公共サービスの消費者であるとともに、公共サービス労働者の賃金となる税金を払う「使用者」でもあるからだ。

公共サービスに限らない。本も、酒も、生協の品物も身近なサービス社会のなかで便利で安価な注文・宅配の網が築かれているが、それを支える労働現場がどうなっているのか、ブラック企業のような労働実態になっていないか、利用する市民としてのチェックが不可欠だ。

最近では自治体の公契約に「社会的価値」の実現をめざし、公共工事建設労働者や委託労働者に独自に最低賃金(報酬額)や継続雇用を求める公契約条例運動にも市民の主導・参加がみられる。最初(2009年9月)に公契約における最低賃金を定めた野田市の公契約条例は「低入札価格の問題によって下請けの事業者や業務に従事する労働者にしわ寄せされ、労働者の賃金の低下を招く状況になってきている。」と前文で謳い、「労働者の適正な労働条件を確保すること」を目的にかかげている。(注18)すでに10を超える自治体が公条例における最低賃金を制定している。

高齢化社会をむかえるなかで「高齢社会を良くする女たちの会」(樋口恵子代表)は介護の質を確保するために介護労働者の適正な賃金労働条件を求めている。生活クラブ生協の組合員は「市民労働」を追求し、市民自らが介護、保育、製パンなどの生活サービスの働き手になる「ワーカーズ」(労働者協同組合)を組織してきた。そのなかで保育のワーカーズは「年収300万円達成、350万円目標」「常勤、短時間の同一時間給」などを実現している。(注19)

京都では、社会保険労務士、研究者、教員、労働者、市民が“自立と協働の勤労者・市民ネットワーク”「NPO法人あったかサポート」を組織し、労働に係る情報発信、労働教育、労働相談、就労支援に取り組む運動をすすめている。

だが、こうした市民運動の中での労働課題の追求はようやく緒についたばかりだ。安倍政権によって進められている「残業代未払い」「生涯派遣」など労働者の人権を無視する「成長戦略」とあらためて対峙し、市民社会の課題として「労働の尊厳」を柱として据えることが求められている。職場からの企業別労組の運動、地域における非正規雇用労働者の人権確立・ディーセーントワークをめざすユニオン運動とともに、時代は労働NPOと「市民運動ユニオニズム」の運動、組織づくりを求めている。

(注11)UCLAレイバーセンターは、カリフォルニア州立大学ロサンジェルス校のもとにあり、地域の労働組合、労働NPOなどと協力し、労働問題調査・研究、労働者教育、労働政策の提言に取り組んでいる。

(注12)LAANE(Los Angels Alliance for a New Economyの略、ロサンジェルスを中心に環境、医療介護、リビングウェィジ、街づくりに取り組むNPO、1993年設立)

(注13)遠藤公嗣、筒井美紀、山﨑憲「仕事と暮らしを取り戻す―社会正義のアメリカ」(岩波書店、2012)

(注14)ACORNは財政不正問題が内部に生じ、各種の公的補助や寄付が打ち切られ、全国組織としては2010年に清算消滅した。

(注15)アリンスキーのコミュニティ・オルガナイジングについては、山﨑憲「支え合う社会を復活させる-ソーシャルネットワーク化する組織」(遠藤公嗣、筒井美紀、山﨑憲「仕事と暮らしを取り戻す―社会正義のアメリカ」第4章)(岩波書店、2012)を参照。

(注16)アリンスキー、長沼秀世訳「市民運動の組織論」(未来社、1972)

(注17)同上

(注18)小畑精武「公契約条例入門-地域が幸せになる〈新しい公共〉ルール」(旬報社、2010)

(注19)介護労働処遇条件のあり方研究会「魅力ある保育労働への3つの提言」(市民福祉サポートセンター、2013年)

【参考】

アリンスキー、長沼秀世訳「市民運動の組織論」(未来社、1972)

遠藤公嗣編著「個人加盟ユニオンと労働NPO‐排除された労働者の権利擁護‐」(ミネルヴァ書房、2012)

遠藤公嗣、筒井美紀、山﨑憲「仕事と暮らしを取り戻す―社会正義のアメリカ」第4章)(岩波書店、2012)

呉学殊「労使関係のフロンティアー労働組合の羅針盤」(労働政策研究・研修機構、2011)

小畑精武「ユニオン運動の可能性を探る」(「現代の理論 20号」2009)

小畑精武・山崎精一「アメリカの労働社会を読む事典」(明石書店、2012)

チャールズ・ウェザーズ「アメリカの労働組合運動」(昭和堂、2010)

山田信行「社会運動ユニオニズム-グローバル化と労働運動の再生-」(ミネルヴァ書房、2014

おばた・よしたけ

1945年生まれ。69年江戸川地区労オルグ、84年江戸川ユニオン結成、同書記長。90年コミュニティ・ユニオン全国ネットワーク初代事務局長。92年自治労本部オルグ、公共サービス民間労組協議会事務局長。現代の理論編集委員。「コミュニティ・ユニオン宣言」(共著、第一書林)、「社会運動ユニオニズム」(共著、緑風出版)、「公契約条例入門」(旬報社)、「アメリカの労働社会を読む事典」(共著、明石書房)

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