論壇

地域は介護・福祉の救い主になり得るか?

現実の矛盾を覆い隠す<コミュニティー幻想>批判

大阪市立大学大学院創造都市研究科特任准教授 水野 博達

はじめに

「行政の皆さん、覚悟はできていますか? 地域で活動している皆さん、やりましょう。できますよね。」

壇上から、まるで、どこかの宗教団体の教祖か、投資コンサルタントのようなハイテンションの呼びかけがなされる。その声の主は「さわやか財団」の堀田力である。

6月3日、大阪市の東成区民センターで「これからの地域支援事業を考えよう」と題するフォーラムが開催され、大阪府下の市町村の行政関係者、社会福祉協議会、介護事業者やボランティア団体など530人あまりが参集した。

「来年度から介護保険制度の見直しを受けて、地域包括ケアシステムの構築と介護保険制度の持続可能性を基本とした改定が行われ、新地域支援事業として市町村へ要支援1・2の多くのサービスが介護保険から移行されます。/地域で要支援者に対する生活支援を含めて、困っている方々を支えるためには介護保険制度だけでは対応することは不可能です。地域の地縁団体(地区協議会・自治会・町内会・地域活動協議会など)による日常的な助け合いと、NPOなどによるテーマ型(家事援助・配食サービス・外出支援サービスなど)の助け合いがネットワークを組み、地域を面として支える体制が必要です。/(中略)・・・介護保険制度だけでは実現が難しい『安心して住み続けられるまちづくり』の構築を官民が協働して考えます」(下線は筆者)との趣旨で開かれたフォーラムである。主催は、さわやか財団、NPO地域ケア政策ネットワーク、後援には、厚労省、全社協、日本生協連、大阪府・大阪市・堺市・高槻市、大阪府・大阪市・堺市の社協が名前を連ね、住友生命保険が協賛になっていた。

厚労省老健局の川部課長補佐の介護保険改定の説明などもあったが、中心は「新しい地域支援の仕組みと今後の展望」をどう考えるかであった。

一人高揚して語る堀田力の話を聞いていて、彼の言う「地域」とは一体、何時の、何処のことなのかと、疑問ばかりが浮かんだ。少なくとも、高齢化と貧困化が進む大阪市では、彼の語るような地域は例外的にしか存在しないであろう、という思いが重なってくる。

1.福祉サービスの市場化がもたらしたものは?

介護保険は、「介護の社会化」「地方自治の試金石」などといわれ、多くの人々、ことに介護の重圧にあえぐ女性や地方自治の前進を願う団体・諸個人の期待を背負って産まれた。制度の誕生にあたって、政治的な条件もあり、「とにかく制度を出発させ、走りながら問題点を考え、改革していく」とも言われていた。

2005年の最初の制度見直しの時点で、既に「制度の『持続可能性』を高める観点から」「給付の効率化・重点化」が強調されたことを思い出すのであるが、(1)介護保険制度が始まって間もなく15年になろうとする今日、何が問題かを考えてみることにする。

今日この頃、介護保険制度だけでは実現が難しいので、「安心して住み続けられるまちづくり」を官民が協働して押し進める必要があると言われる。介護保険の限界を超えていくために、地域の能動的で自主的な助け合いなどの努力により、地域のコミュニティー力再生が求められているのである。

介護保険は、措置から契約への転換により、サービスの選択が自由になる、と喧伝された。「契約」とは、つまるところサービスの市場化である。この市場化は、地域にどのような変化をもたらしたか。

2011年に「第41回毎日社会福祉顕彰」を受賞するなど、全国的に注目されてきた大阪市東住吉区の今川社会福祉協議会のボランティア部の活動と介護保険の関係について、岩間伸之らが次のように分析・総括している。(2)

 「生活するなかで困ったことがあれば、まず介護保険を使うことになった」(中略)介護保険サービスに頼ることに慣れると、人びとは、近隣の住民や地域の活動に頼らなくても生活が成り立つと考えるようになります。(中略)
 介護保険を利用するようになって、それまで築いてきた関係が途絶えてしまったという声もありました。ここから、介護保険がもたらした影響のひとつに、介護サービスの利用者と地域の人たちの関係の希薄化があげられます。(127~128頁)

さらに、こう分析・総括している。

 こうした分離傾向に加え、さらに小地域福祉活動として地域住民が担ってきた部分を介護保険の側が浸食してしまったパターンも見受けられます。(中略)「介護保険があるのだから、使えるものは使おう」という住民の意識とサービスの導入を積極的に図りたい事業者の思惑もあって、小地域福祉活動と介護保険が分離されるだけでなく、(A)(=小規模福祉活動)の部分を介護保険サービスが浸食してしまうことで、結果的に小地域福祉サービスの衰退を招いたことが想定されます。(129頁)

農村共同体をベースにした前近代から近代への移行、すなわち、資本主義の成長は、家族・地域の互酬的・互助的関係を後退させる。近代の産業化・都市化に伴う労働力の移動や女性の労働市場への編入などによって従来の家族・地域の在り方は変貌し、互酬的関係や相互扶助的機能は生産活動や地域社会を維持・発展させる活動の後景に退く。この機能の後退に替わって構築されてきたのが公共事業や社会福祉事業である。社会福祉・社会政策が、家族・地域の諸機能を後退させる原因ではない。社会政策が求められる「要因」を社会政策の「結果」とみなす誤りを確認した上で、今川の小地域福祉活動の分析・総括を考えてみることにする。

その一つは、今川の地域に根付いた小地域福祉・ボランティア活動ですら、介護保険に大きな影響を受け、地域の住民の自主的な福祉的活動が衰退したという指摘である。これは、公的な介護保険が地域の機能を後退させたことになり、先の確認は、意味をなさなくなるように見える。だが、従来の社会福祉事業と介護保険との相違について、いま少し検討してみよう。

・公的介護保険は、介護サービスの供給を市場化しているが、サービス自体は現金支給ではなく現物支給である。被保険者の介護目的外に利用・使用できず、サービスの転売は行えないので、介護保険制度自体が、人びとの金銭的欲望を増殖することはない。

・措置制度による従来の社会福祉は、家庭(企業・地域)機能の社会的な補助・補完として発展したが、介護保険は、被保険者個人への支援である。(「日本型福祉」の影響で、家族の役割が不断に織り込まれて来るが)

・また、サービスの契約主体は、高齢者本人であり、介護サービスは家族への支援ではない。その結果、被保険者本人(=高齢者)は、家族や地域への遠慮・気兼ねによって給付を抑制しなくてもよい当事者主義を促進させる制度の枠組みである。

・しかし、要介護認定により利用限度額が決められ、通常10%の利用料の負担が求められるので、どのサービスをどの程度利用するか等を金銭に換算して考えることになる。

要するに、介護保険は、プライバタゼーション(「個人化」)に基づいて、(擬似)市場で介護サービスを「買う」という制度である。「契約」に基づく「市場での(サービス選択の)自由」という市場原理が組み込まれている結果、互酬的関係や相互扶助的機能は、サービス(商品)の売り買いに組み替えられるのである。ここに、従来の社会福祉制度との違いがある。

その結果、今川地域で見られたように、小地域福祉活動と介護保険が分離されるだけでなく、地域住民の福祉的活動の部分を介護保険サービスが浸食してしまうことで、結果的に小地域福祉サービスの衰退を招くのである。すなわち、地域の地縁的組織と活動の衰退に帰結するのである。

2.新自由主義の浸透と人びとの暮らしの変貌

二つには、地域の互酬的関係や相互扶助的機能の後退は、介護保険制度の影響だけではない点である。1990年代には世界を席巻した新自由主義的グロバリゼーションによって、規制緩和と市場化が進められた。新自由主義的グロバリゼーションは、実は、日本では、高度経済成長の時代にその下地が作られ、1990年代の小泉政権以降その展開が加速化された。 

高度経済成長におけるフォーディズム(大量生産・大量消費)は、人々の生活観・価値観の中に消費文化(=労働や倹約よりも消費に価値を見出す文化現象)を押し広げた。その上で、戦後資本主義の行き詰まりの後に登場した新自由主義的グロバリゼーションは、富の蓄積の3つのフロンティアを開拓した。①金融と情報及びサービスの商品化、②第3世界を安価な資源・労働力のみならず生産拠点と消費の市場として新たに位置付け直す、そして、③ニュー・パブリック・マネジメントなどの手法により福祉・医療・教育をはじめとした公共財産・公共事業を市場化する、という三つである。

このような資本増殖のターゲットの重点移動はあるが、人びとのあくなき経済成長への願望と消費文化の様相は変わらず、社会の諸領域にプライバタゼーション(私化・個人化)が浸透した。

介護保険制度それ自体は、③のニュー・パブリック・マネジメントの手法による介護サービスの疑似市場化であったのだが、介護保険制度の準備⇒発足⇒展開過程の20年余りは、世界と日本社会が、新自由主義的グロバリゼーションの波に席巻された時期でもあった。外食店舗や配食・ケータリングの開発、商店街の衰退とコンビニ店舗の拡大、学校自由選択制と学習塾とスポーツクラブやジムの群生、さらには<婚活>が民間事業者によって組織されたことなどに象徴されるように、公的領域や家庭や地域の「親密圏」の互酬・互助の領域が圧迫・縮小され、全てを商品化・市場化することを「是」とし、それが合理的・効率的だ、とする風潮を蔓延させた。

こうした時代の特徴と「その一」のことと合わせて考えれば、介護保険施行の15年の間に、全国の家庭・地域で人々の生活は、かつては、市場の外にあった互酬的関係や相互扶助的領域であった介護関連の多くの要素が介護保険制度を通じて「サービス商品市場」へと組織された。「介護の社会化」とは、さしあたり「介護サービスの市場化」として展開されたのである。こうした流れに抵抗し、異を唱えることは、相当の覚悟が求められたのである。

三つには、たいていの地域では、かつて盆踊りやお花見などの地域の活動・行事を自治会・町会といった地縁組織の活動が担ってきた。しかし、こうした組織と活動が1990年代頃には、長期の停滞と衰退状態に陥った。それは、少子高齢化という人口構成によるものだけではなく、「二つ」目にあげた新自由主義的グロバリゼーションに基づく社会変動の結果でもある。人びとの繋がりが、消費者として<個人><個人>へ分解され、消費文化へと溶解されてきた結果である。

この間、町おこし・村おこし、祭りや地域の文化遺産の復活が話題になり、マスコミでも紹介されるようになってきた。しかし、それは、全国的に地域の力が向上してきたからではなく、むしろ地域の停滞と衰退を何とかしたいとする数少ない貴重な取り組みであるからだ。しかも、この「地域おこし」の内容と目的は、厚労省やさわやか財団などが考える地域の助け合いを生みだすものばかりではなく、商業主義的な地域再開発の手法によるものも多いのである。

こうした現実を踏まえると、介護保険の限界を超えていくために、地域の能動的で自主的な助け合い活動により、地域コミュニティー力の再生が必要と言われても、その中心となることが期待されている地縁的組織自体が、既に機能不全に陥っていることを直視しなければならない。

3.介護保険は、都市中間層にとってof/for/byの関係

介護保険は、選別主義の福祉から「誰でも、どこでも、ニーズに応じてサービスを受けられる」普遍主義の福祉への転換点であるとされた。

かつての行政処分としての措置による社会福祉サービスの給付は、既に見たように家庭機能の社会的な補助・補完であった。高齢者の介護の責任を負うのは、本来、家族であるという考えを前提に、しかし、経済的な理由や病気や障碍、仕事で日中独居になるなどの世帯構成員の事情等で介護に欠ける世帯だと行政が判断した場合、介護給付が措置されたのである。こうした選別主義による給付においては、世帯・家族の所得、世帯構成と介護の必要な事情などが詳しく調査・判定された。

その結果、介護保険以前の制度では、当然にも低所得者層が措置決定を優先的に受けることになった。特別養護老人ホームや在宅サービス(デイサービスやホームヘルプサービス等)の供給量が少ないという事情もあって、サラリーマンなどの中間層(3)世帯は、高齢者に対する介護サービスや居場所を求めることができず、「介護地獄」が出現していた。

他方、アッパークラスは、高額な有料老人ホームを利用したり、看護師・家政婦を雇って在宅生活を維持したりすることができる。だから、普遍主義による介護保険は、何よりも、中間層にとって切実なものであった。こうして、選挙の結果を左右する中間層を納得させるためには、福祉政策は普遍主義に至りつくというわけだ。つまり、介護保険制度は、中間層のもの(=of)と言い得るのである。

さらに、各保険者(市町村)が定める特別養護老人ホームの「入所判定基準」によって、在宅生活が困難な低所得者世帯が不利益を被ることになる(4)ことや、措置時代の累進制による特養などの階層別利用料金と比して、介護保険制度の下では、介護保険料を含めて考えると低所得者の費用負担が「逆進制」となるなど中間層にとっては、有利な制度として設計されてきた。つまり、中間層のための(=for)介護保険と言い得るのである。

中間層は、源泉徴収などで多額の納税を行い、介護保険料では、各市町村の平均保険料を超える保険料を支払うことによって介護保険財源を大きく支えてきた。

また、サービス受給における問題だけではなく、サービス提供の側面を見ると、在宅サービス、とりわけ、ホームヘルプサービス事業を支えて来たのは、30歳代後半~50歳代の「専業主婦」層であった。家計収入の大部分は夫で、ヘルパー資格などを活かして、近隣の介護事業所で、家事・育児の都合に合わせて、上手に短時間働くという「登録ヘルパー」「非正規パート」の存在によって在宅介護サービスは成り立ってきた。つまり、介護保険の大きな部分を成す在宅サービスは中間層の中高年女性によって(=by)支えられてきたのである。(5)

さて、その中間層は、今日どうなっているのか。1997年をピークに、給与総額は減少しており、年間所得650万円台以上の割合が低下し、600万円台以下の割合が上昇している。団塊の世代のリタイア、中高年の賃金カットなどで中間層は、下方に転落しながらやせ細ってきた。貧困と格差が、新自由主義的グロバリゼーションと人口の高齢化によって拡大してきたのである。

4.介護保険の行詰まりと地域コミュニティー幻想

介護保険の財源構成は、国庫から25%、都道府県の税収から12.5%、市町村から12.5%、被保険者の保険料が50%となっている。

2000年当初、事業規模は3.6兆円で、保険料は、全国平均で約3,000円(2,911円)であったが、2014年度の事業規模は10兆円、第5期の保険料が全国平均で約5,000円(4,972円)となっている。団塊の世代が後期高齢者(=75歳)になる2025年度には、事業規模は21兆円で、保険料は、全国平均で8,200円程度になると厚労省は予測している。現状でも、夫婦二人で支払う全国平均の保険料は1万円に届き、2025年度では、16,400円になるという予測である。

保険料は、市町村毎の介護保険事業の総量等によってその額は全国平均を上下する。また、各被保険者の保険料は、所得に応じた累進制なので、実際には、各個人が保険料を高いとみるか適切とみるかは、様々であろう。しかし、高齢者にとって決して安い額ではない。当然にも、低所得者は、規定の保険料を支払うことができない。この層については軽減率を現状5割から7割にして、現在の保険料と同等程度の額に抑えることなどが検討されているが、現状でも、市町村民税非課税世帯は65歳以上の約3割となっており、年金支給額切り下げや経済情勢によっては、さらに市町村民税非課税世帯が増加することもあり得る。将来、軽減率や所得に応じた各被保険者の保険料金がどうなるかは、実のところ、かなり不透明である。

いずれにしても、安倍政権の新自由主義的経済政策により、「分厚い中間層の復活」(2012年度版「労働経済の分析」)などはあり得ない話だ。中間層は、やせ細り、不安定な状態となっている。現状の保険制度の枠組みを前提とするなら、高齢化による介護需要の伸びをカバーできる介護保険財源の確保は、ほとんど不可能になって来ることは疑いの余地がない。

こうして呼び出されたのが、いつもの介護保険制度の持続可能性のための事業の「重点化・効率化」論であり、今回、新たにサービス移転(=切り捨て)の受け皿としての市町村と「地域」なのである。

「重点化・効率化」の主なものは、以下である。

① 要支援1,2の「予防給付」事業を市町村がとりくむ(新)地域支援事業に移すこと

② 特別養護老人ホームへの入所者を原則要介護3以上とすること

③ 一定の所得のある利用者の自己負担を1割から2割にすること

④ 低所得者の施設利用者の食費・居住費を補填する「補足給付」の給付要件に資産(貯金や遺族年金・障害年金のある者、配偶者の収入)の有無などを追加して制限すること

ここでは、紙面の関係もあり、①の点を中心に批判的検討を行うことにする。

第1に、そもそも介護保険の出発にあたって、「介護予防」という考え方により、要介護度の低いレベルをも介護保険の給付対象に入れた。このことについて総括・反省が求められると筆者は考える。

「介護事故」に対する給付を行う保険制度に「介護事故にならないように予防する」事業まで組み込んだ「保険制度」の語義矛盾は置くとして、要介護の低い(1から2の中程まで)レベルは、本来、介護保険に馴染まず、地方自治体と地域住民の自治的活動によるスポーツ・娯楽・余暇などの活動を組み込んだ健康増進と生きがい事業、高齢者の地域貢献事業などとして構想されるべきであった。高齢になっても住み慣れた地域で生き生きと暮らすための人々の活動・取組は、それぞれの地域の文化・伝統・習慣や住人の状態に即した多様で柔軟なものであるべきだ。それは、基本的に住民自治に支えられ、サービスの担い手と受け手が一方に固定化されない、時間と場面、事柄によって相互に入れ替わる双方向の活動なのである。お互いが主人公・主体となる活動なのである。しかし、例えば、介護保険がメニュー化(=画一化)するデイサービスのように、高齢者を施設に囲い込み、地域から切り離して、一方的に利用者をサービスの<消費者>にしてしまうような事業ではなかったはずである。今さら、地域で「多様化した地域支援事業を」と厚労省に言われると失笑してしまうのである。

第2に、今川の活動経験に見るように、いまだ能動的な自活能力のある高齢者をこの15年余りにわたって、介護保険サービスの<消費者>に組み替えることになってしまった。このことによって、既に活動が停滞していた地域では、地域の福祉的活動の根拠が奪われ、また、活動が展開されてきた地域では、これまで築いてきた近隣地域の人々の繋がりが希薄化されたのである。

第3に、全国的な地域の現状を勘案すれば、さわやか財団などが語る「新しい地域支援活動」の提唱は、現実の可能性がどの程度あるのか、また、その性格はどうか。

堀田は言う。「その地域では日常的にご近所どうしの交流が行われているほか、地域の絆を深めるため、誰もが気軽に立ち寄り交流できる居場所(人の集まる場所)が設けられている。/また、地縁組織が、見守りや交流(居場所、イベントなど)、ご近所どうしで行う日常生活上の助け合い、地域の景観保持や健康体操など、住民の地域活動を誘導している。市区町村や社会福祉協議会などは、地縁組織の活動を支援している。/さらに、福祉や助け合い、子育て支援、権利擁護や町づくりなどの分野で活躍するNPOその他の非営利団体、それに企業の社会貢献活動部門などは、地縁組織と連携して、地縁組織では満たせない助け合いのニーズを満たす活動を行う・・・」(6)と目指すべき地域社会像を描いている。

増田寛也(日本創成会議・人口減少問題検討分科会)らが「提言・ストップ『人口急減社会』」(7)で警告を発しているように、2040年には523もの市町村が消滅しかねない危機的状態である。また、大都市の中にも、「限界集落」に似た高齢者や障碍者、生活保護受給者、シングルマザーなどの生きにくさを抱えた人々が集住する地域が現われており、町の清掃活動などの担い手も存在しないという現状が広がっている。(8)

堀田らの言うような地域社会像を描ける地域はどこにあるのか。今や、介護問題だけでなく、新たに生活困窮者自立支援の事業も市町村と小地域の活動へとその課題が振られている。介護・福祉・健康・育児、防災などの問題をトータルに考え、その解決の主導力になれる地域とはどこにあるのか。

おそらく分厚い、しかも安定した「中間層」が集住する地域以外には考えられない。とするなら、堀田らの主張は、動揺する中産階層が、過去の失われた記憶に新しい味付けを加えて描く<コミュニティー幻想>とでもいうべきものであろう。

5.自らを助け得る者は救われ、その余は切り捨てられる

制度はおうおうにして、その存在意義・意味を顧みられることなく、その存続が至上目的化される。介護保険15年の歩みから見えるのは、このことである。一旦できた社会制度は、その制度にまつわる利害関係者と利害関係の網を編み上げる。多くの制度の利害関係の頂点に立つのは所管省庁である。介護保険制度では、その頂点は、厚労省の「省益」である。

本来、保険制度に組み込むことが疑問視された「介護予防」を取り込んだのは、高齢者に反対されることなく全ての高齢者に被保険者になってもらうためであったと考えられる。低いレベルの要介護者とボーダー層を捕獲するための大きくて幅広い<投網>が必要であったのだ。

今日、その大きな網を引き揚げるのが重荷になって来たので、低いレベルの要介護者およびボーダー層へのサービスを市町村・地域に、かねてから狙っていた通り、払下げにするのだ。厚労省が本気で、腹の底から、さわやか財団などの主張を全面的に支持しているとは思えない。全国の地域の状態がどうなっているか位は、おおよそ認識しているはずである。厚労省は、介護保険制度という「省益」を守るために、低いレベルの要介護者およびボーダー層を切り捨て、その切り捨てたサービスの受け皿として市町村と地域を指名し、呼び出しているだけなのだ。

介護サービスが多少高額でも購入できるアッパークラスとミドルクラスの上の者、そして、分厚い中間層が集住する地域に居住する者、つまり、自らを助け得る階層の者は救われる。しかし、その余の階層の者やその余の中山間部や都市の生きにくさを抱えた人々が集住する地域で暮らす者の多くは、「介護の社会化」の埒外に置かれていくことになる。

今回の法改正は、底辺層と多くの地域の切り捨てへの一里塚なのである。まさに、堀田らの熱心な「新しい地域支援活動」への主張と活動は「地獄への道は善意で敷き詰められている」という格言がお似合いと言うべきなのかも知れない。

おわりに

地域との関係で介護保険のことを述べて来たが、最後に、介護の担い手の問題に触れないわけにはいかない。

介護労働者の現状、とりわけ、民間営利企業のグループホームなのどの施設における過酷な労働条件、あるいは、介護労働者全体の低賃金と将来性のなさについてはマスコミでも多く報じられてきた。介護保険が始まった頃とは対照的に、若者が介護の仕事を忌避していることも重なって介護人材欠乏はどの事業所でも悩みの種である。また、在宅介護の担い手のヘルパー不足は、都会では深刻だ。かつてはヘルパー事業の担い手であった「専業主婦」層はどんどん高齢化し、新規補充が困難になっている。つまり、中間層世帯の不安定化とやせ細りによって、主婦のパート戦略は機能不全を起こしているのだ。

こうして、2025年には、介護労働者が、120万人~138万人不足するという予測まである。これらの解決の道は、介護労働がディーセント・ワークになることである。すなわち、介護報酬の増額による介護労働の社会的認知と労働条件の改善である。ところが、これまで述べてきたように、厚労省は、省益を守ることには熱心だが、介護保険の本質的危機の一つである介護労働力の問題を解決するために、保険制度の解体的再編を含めた抜本的な制度の見直しは避け続けている。

去る6月24日、新たな成長戦略「日本再興戦略」(改定2014)を安倍政権は閣議決定した。この「日本再興戦略」のなかで、①外国人の介護労働者を「技能研修制度」の対象職種として追加する検討(2014年内に結論)、②国家戦略特区において家事支援人材の受け入れを可能に(早ければ、今秋から大阪府・市などの特区で実施)の2点が入っている。介護の担い手の不足を抜本的に解決するのではなく、外国から3~5年の短期の出稼ぎ型労働力の導入でしのごうというのであろうか。

①,②は、ともに、実施内容や管理監督方法、つまり、外国人の労働条件・権利問題についての検討などをすっ飛ばして「日本の成長戦略として必要」という極めて独善的で横暴な視点からの政策の「枠組み」設定である。

①については、これまでも、日本の外国人を対象にした「技能研修制度」は、国の内外から様々な批判・問題点が指摘されてきた。研修生を派遣する国の斡旋業者と日本の受け入れ仲介者(エイジェントなど)の暗躍によって法外な借金を背負わされる研修生の問題も指摘され続けて来た。そもそも、「研修」に名を借りて、実態は労働力として受け入れるが、最賃制や労働法制を守らず、賃金不払いやパスポートを取り上げるなどの人権無視が横行している制度だとの批判だ。つまるところ、少子化で日本人が嫌がる分野の「労働力」は欲しい。しかし、「移民」は認めない。つまり、外国人が日本に永住し、労働者として家族(を呼び寄せたりして)と日本で普通に暮らせる『多民族・共生社会』に日本がなることは忌避し、「労働力」だけは外国から確保しようというのが日本の「技能研修制度」なのである。

②については、日本の女性の社会進出・就労を支えるためという理由で、外国(東南アジア)から家事労働者を「特区」(=法規制を緩和した『特別区』)に導入するという。家事労働についてのILO第189号「家事労働のためのディーセント・ワークに関する条約」を批准することなく、日本の働く女性とその家族の生活を下支える労働者を東南アジアに求めることになる。

家庭内(親密圏)での外部から隠された空間での労働が生みだす様々な困難・問題が指摘されている。言葉や文化・習慣の違いに基づくトラブルや①と同じような斡旋業者(エイジェント)の暗躍も後を絶たない。フィリピンやインドネシアなどの女性労働力を送り出す社会の側では、家庭生活の困難や育児・高齢者や医療分野のケア労働者の欠乏を生みだしており、送り出し国の家庭生活やケア環境の荒廃の上に、女性労働者の移動がなされるのである。その底辺を支える家事労働者の問題について、十分な検討・検証が求められているのであるが、橋下大阪市長が、軽薄にも真っ先に家事支援労働者の受け入れ「特区」に名乗りを上げている。

問題は、①②ともに、政府や各地方行政で、どこまで、どのように「受け入れ」の内実が検討されているのかが、全くわからないことである。しかし、いずれにしても、日本の労働環境に大きな変化をもたらし、家族の在り方や危機に瀕する日本の介護保険制度などに大きな影響をもたらすことが予測される。労働、ジェンダー、介護、家族制度と家庭生活、アジア民衆との連帯などの視点から、二つの問題を注視し、検討・監視していくことが求められる。

介護の課題は、こうして一挙に、グローバルな問題として検討することにもなる。問われていることは、小手先の手直しや幻想ではなく、新自由主義的なグローバリズムを超えていく日本/世界の社会を組み替える構想であり、その推進主体形成の戦略であることが明らかになってきたのだ。

注)

1)2005年 1月、水野博達著「生きて来たようにしか死ねないのか?」(『現代の理論』05新春号、2号)

2)2014年6月、岩間伸之、圖書三智羽著「介護保険が今川の小規模福祉活動に与えた影響」(『小地域福祉活動の新時代』上野谷加代子、竹村安子、岩間伸之編著、CLC発行)

3)「中間層」とは?:時代とともに所得のどの層を「中間層」とするかは移動するが、2010年以降では、400万~700万円の所得階層を「中間層」(構成比約28%)とみなすことにする。なお、1990年代後半以降、労働生産性が上昇を続ける一方で、実質賃金は横ばいで労働生産性の伸びに賃金は対応していない。給与総額は1997年をピークに減少が続き、650万円台以上の割合が低下し、600万円台以下の割合が上昇している。団塊の世代の退職、中高年の賃金カットなどで中間層は下方に転落しつつある。

4)前掲「生きて来たようにしか死ねないのか?」(177~178頁)

5)2014年3月、大阪宅老所・グループハウス連絡会編著「大阪・小規模福祉事業者の実態調査報告」(大阪宅老所・グループハウス連絡会発行)

6)2014年5月、堀田力著「新地域支援事業の推進戦略」(『さあ、言おう』通巻249号、公益財団法人さわやか福祉財団発行)

7)2014年5月、増田寛也著「提言・ストップ『人口急減社会』」(『中央公論』2014年6月号、中央公論新社)

8)2014年3月、水野博達著「試論・都市部落における『揚水ポンプ論』の検討」(『共生社会研究』No,9,大阪市立大学共生社会研究会発行)

みずの・ひろみち

名古屋市出身。関西学院大学文学部退学、労組書記、団体職員、フリーランスのルポライター、部落解放同盟矢田支部書記などを経験しその後、社会福祉法人の設立にかかわり、特別養護老人ホームの施設長など福祉事業に従事。また、大阪市立大学大学院創造都市研究科を1期生として修了。現在、同研究科の特任准教授。大阪の小規模福祉施設や中国南京市の高齢者福祉事業との連携・交流事業を推進。また、2012年に「橋下現象」研究会を仲間と立ち上げた。

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