特集 ● 混濁の状況を見る視角
<ジャニーズ帝国>にすがったマスメディア
深刻な自浄能力の欠如、第三者による徹底検証を
同志社大学大学院教授 小黒 純
ジャニーズ事務所の創業者、故ジャニー喜多川氏による未成年男性タレントに対するおびただしい性加害。今年3月、英国の公共放送BBCが制作したドキュメンタリー番組が、昭和の時代から続いていた問題をあらためて告発した。しかし、その後も事務所は「ジャニーズ」の名称を消さず、巨大なビジネス<ジャニーズ帝国>を維持しようとした。社長が記者会見に姿を見せるのに5か月以上、名称の廃止と廃業という大きな方針転換には実に半年を要した。やり過ごそうとしていたのは、新聞・テレビなどの既存のマスメディアも一緒だ。「マスメディアの沈黙」。これほどまでにマスメディアの対応が鈍いのは、人権意識が低かっだけでなく、崩落ぎりぎりまで<ジャニーズ帝国>にすがろうとしていたからではないか。そして、ジャーナリズムの社会的責任を放棄しているからではないか。各メディアの社内で何が起こっていたのか。自浄能力が欠如したマスメディアには、第三者による徹底した検証が必要だ。(小黒 純)
「ジャニーさん、ありがとう」
東京ドームの巨大なスクリーンに、感謝の言葉が映し出された。
「(東京五輪や関西・大阪万博で)日本が大きく盛り上がっていくまさにこの時に、ジャニーさんを失ったことは本当に残念で仕方ありません。日本中に勇気と感動と与えてくださり、本当にありがとうございました」
弔辞を送ったのは安倍晋三首相(当時)だった。2019年9月4日に行われた「お別れの会」は、各界からの感謝の言葉に包まれた。民放の情報番組は、若いタレントたちが献花する映像とともに、「ジャニー喜多川さんが残した功績と熱い思いは若い世代に引き継がれていきます」というナレーションを流した。
当日午後からの一般の部には、約8万8000人のファンが別れを惜しんだ。一国のトップがこんな調子だから、「ジャニーさんは私たちにとっても大きな存在。直接、感謝の気持ちを伝えることができてうれしい」という女性ファンの談話が掲載されている(毎日新聞9月5日付朝刊)。
ジャニー氏が同年7月に死去した際、全国紙3紙はどう伝えたのか。社会面を中心に記事の見出し(東京本社版)を確認する。
【朝日新聞】
「『ユーやっちゃいなよ』原石磨く ジャニーズ王国半世紀」(評伝)(7月10日付朝刊)
「オンリーワンのYou 明るく熱く育てた」(7月10日付夕刊)
【読売新聞】
「若い才能見出す嗅覚」(評伝)(7月10日付朝刊)
「夢見させてくれた『父』」(7月11日付朝刊)
【毎日新聞】
「大衆文化の巨人」(評伝)(7月10日付朝刊)
「『ユー、やっちゃいなよ』挑戦、いつも後押し」(7月10日付夕刊)
本誌34号の拙稿 「<権力>に沈黙するメディア」でも触れたように、朝日新聞1面のコラム「天声人語」も、手放しに功績を称えた。「人前では素顔を見せず、裏方に徹し、日本の大衆文化に新風を吹き込み続けた希代のプロデューサーだった」。その一方、「素顔や肉声をさらさない主義で知られた」としている。ジャニー氏の素顔を知らなかったとしたら、安易に褒めすぎだろう。犯罪行為まで隠されてしまうようでは、記者の仕事は務まらない。
<ジャニーズ帝国>に飲み込まれてしまったマスメディア。メディア組織の中で、報道部門(ジャーナリズム)は、権力の不正や不都合なことは、誰からも横やりを入れれることなく、報じなければならない。ジャニーズ事務所も、創業者のジャニー氏も、巨大な権力である以上、批判すべきことは批判するのが、ジャーナリズムのあるべき姿だ。
マスメディアの中で、エンタメ部門だけでなくジャーナリズムまでもが、無邪気なまでにジャニー氏を持ち上げてしまった。「ジャニーさんはウォルト・ディスニーがそうであったように、エンターテイメントにおける『満足保証の名前』だったのだ」(毎日新聞の評伝)。後述する「メディアの沈黙」にとどまらず、マスメディアがこぞってジャニー氏を賛美していたことは特筆に値する。
ニューヨーク・タイムズが2000年に報道
1999年10月28日発売号から、週刊文春が「ジャニーズ事務所の非道」として、さまざまな問題を報じ始める。第2弾(11月4日号)の見出しは、「ジャニーズの少年たちが耐える『おぞましい』環境 元メンバーが告発」。ジャニー氏から性被害を受けたとする元タレント(当時高校生)の証言を掲載した。批判キャンペーンは翌年2月17日号の第14弾まで続く。
しかし、他のジャーナリズムが追随することはなかった。当時を振り返る形で、さまざまな理由が取り沙汰されているが、新聞にとっては「所詮は格下の週刊誌のネタ」という扱いだったのかもしれない。では、海外メディアの報道についてはどうなのか。
米国の有力紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)も2000年1月30日付で、「日本のスターメーカーに醜聞 大手誌に載ったおぞましい記事(”In Japan, Tarnishing a Star Maker Lurid Accounts In a Big Magazine”)」と題する長文の記事を掲載した。ジャニー氏が未成年タレントと性的関係(sexual liaisons)を持っていると週刊文春が報じるまでは、新聞やテレビなど他のマスメディアは、ジャニー氏や事務所に逆らおうとしなかった、と伝えた。
NYTは、週刊文春の協力を得ながら、性被害を受けた40歳代の現役ミュージシャンに接触し、匿名を条件にインタビューに応じてもらっている。記事によると、この男性は当時12歳でジャニー氏にレイプされた。「もし拒めば、(事務所を)追い出され、行き場を失っただろう」と苦しい胸の内を明かした。NYTの取材に応じたのは、週刊文春の記事を読み、その後もジャニー氏が少年たちに性的虐待を繰り返していたことに怒りを覚えたからだと、語っている。
この記事は、芸能レポーターの梨本勝氏(2010年、61歳で死去)のコメントで締め括られている。「私自身を含め、マスメディアがもっと昔から、とりわけ告発本が最初に出版された時、こうした疑惑を全力で調査していたら、他の少年たちが虐待の被害を受けるのを避けられたかもしれない」。
NYTの報道内容は、まるで今年に入ってからの記事ではないかと見紛うほどだ。もっと昔からマスメディアが報じていたら、被害を食い止められたかもしれない、という見解が22年半前に掲載されていた。しかも、NYTは米国を代表する、信頼性の最も高いニュースメディアだ。世界中のメディアはしばしば、同紙の報道内容を引用しながら報じるほどだ。
ところが、22年半前にNYTが報じたこの記事は当時、国内のマスメディアからは完全に無視された。週刊文春については「格下の週刊誌の芸能ネタ」という言い訳を持ち出すが、NYTという「格上の米国高級紙の報道」を知らんぷりした理由は何なのか。
ジャニー氏側が週刊文春の報道を名誉毀損だとして訴えた民事訴訟をめぐり、東京高裁は2003年、同氏の性加害を認めた。最高裁も上告を退けたため、高裁の認定が確定した。この際も、新聞の報道は最小限の扱いだった。
BBCのドキュメンタリーも無視
英国の公共放送BBCは、信頼度が高いという点では、NYTにも引けを取らない。最近では、ロシアに侵略されたウクライナの現地取材で、他国のメディアを圧倒した。BBCは今年3月18日、「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル」と題するドキュメンタリー番組を日本国内に配信した。ジャニーズ事務所とメディアの関係が論じられる時、BBCのドキュメンタリーの衝撃が大きく、国内のメディアがジャニー氏による性加害問題を取り上げるようになったという言説が散見される。
しかしながら、これはミスリードだ。むしろ、22年半前にNYTが報道した時と同じように、国内マスメディアの大半は、BBCの告発型ドキュメンタリーを正面から受け止められなかったと言える。「これは一大事だ」「こんなことがあったのか」という反応では全くない。半世紀続いた「メディアの沈黙」は、今年3月以降も続いた。
配信に先立ちBBCのスタッフが記者会見したのに、新聞やテレビは1社も報じなかった。BBCの動きを受けて、まともに報道したのは、またしても週刊文春1誌だけだった。3月16日号で「ジャニーズ事務所 英BBC性加害告発番組の衝撃」と報じて以降、半年以上連続で、積極果敢に関連の記事を掲載してきた。
週刊文春のジャニーズ担当デスク、高橋大介氏は、一連のキャンペーン報道について、次のように振り返っている。「とにかく被害者の声を集めるのに集中していて、(岡本)カウアンさん以降は、実名で、という人も増えてきたので、そこが多分、ジャニーズ事務所にとっても追い詰められていく一番の原因だったんじゃないか」(YouTube「元週刊文春記者チャンネル」No.265、10月13日配信)。
一方、今年3−4月、ジャーナリズムの担い手として全国紙3紙はどう報道したのか。ジャニー氏による性加害に関する報道を各社の記事データベースで調べてみた。3紙とも3月はゼロ(朝日新聞は外部の論壇委員の論考だけ)だった。4月は、朝日新聞が社説「ジャニーズ『性被害』調査が必要だ」を含む3本、毎日新聞は社説「ジャニーズと『性被害』まず事実関係を明らかに」を含む4本、読売新聞は2本にとどまっている。ジャニーズ事務所を追い詰めるという週刊文春のような熱量は、新聞報道からは伝わってこない。
テレビはさらに静かだった。NHKを含め、ジャニー氏による性加害問題を、ニュース番組や情報番組で取り上げたことはほとんどなかった。音楽、バラエティ、ドラマから、スポーツ、ニュースまで、事務所のタレントを多数出演させているテレビ業界にとっては、最大の関心事であることは疑いない。死人に口なしなので、事務所は創業者の性加害を認めず、逃げ切るのではないかという観測も流れていた。
BBCのドキュメンタリー放送後、ジャーナリズムは、ジャニーズ事務所側に対してどういう取材を試みたのか。記者会見の開催をいつ申し入れたのか。どこかの記者クラブが働き掛けたのだろうか。それとも、他社にらみで、指をくわえていたのだろうか。
記者会見が実現しないまま、5月14日、当時社長のジュリー喜多川景子氏が短いビデオ動画と文書を公表した。加害行為をした側が一方的に見解を述べて済ませる形式が、ジャニーズ事務所についてだけは許された。ジュリー氏が公に姿を現したのは、ずっと先の9月7日の記者会見だった。
以上のように、マスメディアが3月、BBCによって一斉に叩き起こされたのではない。5月はジャニーズ事務所や国会の動きがあり、関連の新聞報道はいくらか増えたが、6月から8月中旬にかけて下火になってしまう。テレビでは、NHKが5月17日の『クローズアップ現代』で、「誰も助けてくれなかった 告白・ジャニーズと性加害問題」を報じた。また、TBS『報道特集』も、6月17日に「検証・ジャニー氏性加害問題 2度の裁判とメディアの責任」を報じるなど、いくつかの動きはあった。が、全体としては、様子見を決め込み、ほぼ「沈黙」の状態を続けたと言える。
BBCが3月、ドキュメンタリーで告発した。人々はもはや古い人権感覚ではなく、21世紀にふさわしい人権意識を共有している。こうした状況下で際立ったのは、マスメディアの何かと消極的な姿勢だった。<ジャニーズ帝国>の問題をどう取り扱っていいのか、相手の顔色を伺いながら、社内で秘密裏に「ジャニ担」を中心に対策会議を重ねていたのではないか。
特に、ジャーナリズム部門の体たらくぶりは、読者・視聴者の期待を裏切るものだった。ジャニー氏による性加害の実態を解明しようとする勢いがない。事務所に対する取材は、明らかに腰が引けていた。メディア間の連帯もない。最高責任者の動画配信を許し、記者会見にはさらに4か月を要したことが、ジャーナリズムの弱腰ぶりを端的に物語っている。
不祥事を起こしたり、疑惑が取り沙汰されたりした場合、当該組織は通常、記者会見を開き、事態を説明する。だが、ジャニーズ事務所は特別扱いだった。つまり、マスメディアの方が事務所にコントロールされていた。弱いモノは叩くが、強いモノにはひれ伏す。ジャーナリズムの仕事が機能不全に陥っていた。公正・中立であるはずのジャーナリズムが、一企業によってねじ曲げられていた。
被害者救済についてはどうだったのか。「被害者・被災者に寄り添う」という言葉を、ジャーナリズムはたびたび口にする。だが、週刊文春のように、是が非でも新たな被害者証言を掘り起こそうとする取材は、他のマスメディアにはほとんどなかった。
自浄能力に欠けるマスメディア
「メディアに問題あり」と外部から指摘したのは、国連人権理事会「ビジネスと人権」作業部会だった。来日中のメンバーが8月4日に記者会見を開き、政府に被害者救済を要請した。そして「日本のメディア企業は数十年にもわたり、この不祥事のもみ消しに加担したと伝えられている」と指摘した。
立て続けにメディアは外部からの指摘にさらされる。今度は、ジャニーズ事務所自らが設けた「外部専門家による再発防止特別チーム」からの指摘だった。8月29日に公表された調査報告書は次のように「マスメディアの沈黙」を取り上げた。
「アイドルタレントを自社のテレビ番組等に出演させたり、雑誌に掲載したりできなくなるのではないかといった危惧から、ジャニー氏の性加害を取り上げて報道するのを控えていた状況があったのではないか」
そして「ジャニーズ事務所は、ジャニー氏の性加害についてマスメディア からの批判を受けることがないことから、当該性加害の実態を調査することをはじめとして自浄能力を発揮することもなく、その隠蔽体質を強化していったと断ぜざるを得ない。その結果、ジャニー氏による性加害も継続されることになり、その被害が拡大し、さらに多くの被害者を出すこととなったと考えられる」。
「自浄能力」に欠けるのは、ジャニーズ事務所だけでなく、マスメディアにも当てはまる。<ジャニーズ帝国>の栄華の中に、未成年者に対するジャニー氏のおびただしい犯罪を埋め、見えなくさせてしまった。その責任についての検証を、8月に国連の指摘や、再発防止特別チームの指摘を受ける前に、行おうとしなかった。
朝日新聞は6月28日、いわゆる「メディアの沈黙」について、マスメディア各社の見解を尋ね、回答を掲載している(読売新聞は無回答)。「批判を重く受け止める」「指摘を真摯に受け止める」などと、判を押したように反省の言葉が並ぶ。朝日新聞自身は野村周ゼネラルエディターの談話を掲載している。「性加害、とりわけ男性への性加害という問題に対する認識が不足していたことなどが根底にあったと思います。ご批判は真摯に受け止めます」。
NHKは「性暴力について、NHKとしては『決して許されるものではない』という毅然とした態度でこれまでも臨んできたところであり、その姿勢にいささかの変更もありません」とコメントしている。しかし、全く実行が伴っていない。何らの説明もなく事務所との契約を維持していた。それを「毅然とした態度」とは呼ばない。
表明された真摯な受け止めはどう具体化しているのか。逆に「後出しジャンケン」が横行していたのが実態だ。大手企業が次々とジャニーズ事務所のタレントを用いた広告見直しを発表する中、朝日新聞出版が発行する週刊誌『アエラ』は、9月25日発売号でも、表紙に事務所タレントを起用している。毎日新聞出版は、自社の週刊誌『サンデー毎日』の表紙に、ジャニーズ事務所所属のタレントを当面起用しない方針を、9月下旬になってようやく示した。それまでは盛んに用いていた。
結局、マスメディアは、<ジャニーズ帝国>の繁栄を支えることが最優先で、実は被害者の人権など二の次だったのではないか。テレビで言えば、人権よりも視聴率優先だったのではないか。
「ジャニーズ」名称存続を批判せず
ジャニーズ事務所は初めて、9月7日に記者会見を開いた。再発防止特別チームが求めた「解体的出直し」については、ゼロ回答に近かった。例えば、ジャニー氏の性加害を認める一方、具体的な被害者救済策が示されなかった。新社長は「ジャニーズ」の名称は残すと述べた。
記者会見を受けて、在京テレビ局は大甘のコメントを発表した。テレビ東京は「改革に乗り出す重要な一歩」としながら、「経営ガバナンスの強化など、残された課題は多い」と指摘した。しかし、テレビ朝日は「再発防止特別チームの提言を真摯に受け止めたもの」と積極的に評価した。「ジャニーズ」の名称存続に対する批判はどの社からもなかった。事務所との取り引きを見直すという表明もなかった。
タレントの起用についても総じて寛容な態度を示した。日本テレビ、テレビ朝日はいずれも明確に「これまで通り」とした。その理由としてテレビ朝日は「タレント自身に問題があるとは考えておりません」とした。NHKは「事務所の人権を尊重する姿勢なども考慮して、出演者の起用を検討したい」とあいまいな表現にとどまった。「当面は起用を見合わせる」とする社は1つもなかった。
この期に及んでも、テレビ各局は「自浄能力」がないまま、<ジャニーズ帝国>にすがろうとしていたと言える。その後、NHKは9月11日の『クローズアップ現代』で、両者の関係を検証した番組を放送した。また、日本テレビも10月4日に約30分の検証番組を放送した。紙幅の関係上、詳細な検証は別の機会に譲るが、どちらも不十分な検証だと言える。そもそも、なぜこのタイミングなのかについて疑問符が付く。日本テレビについては、事務所のタレントを起用した、大型チャリティー番組『24時間テレビ』を8月下旬に終えた後だ。また、その後も、報道番組『NEWS ZERO』に櫻井翔氏を起用し続けていることなど、説明が十分なされていない。
ジャーナリズムが主な事業である新聞はどうなのか。ひと言で言えば、遅すぎるし、不十分すぎる。例えば、事務所の1回目の会見後、朝日新聞デジタルは9月10日に「性加害の認識に立てず 鈍感だった新聞 ジャニーズ依存深めたテレビ」と題する記事を配信している。社内の証言は、放送芸能を99年当時担当していた記者1人だけ。日本大学の末冨芳教授は「この程度の記事では検証とも言えないでしょう」とコメントしている。取材力がないのか、やる気がないのか、お粗末すぎるとしか言いようがない。
マスメディアの業界団体も責任を果たしているとは言いがたい。日本新聞協会はこの問題関連の見解を一切発表していない。協会が発行する『新聞研究』も5〜10月号で特集を組んでいない。新聞、放送、出版、広告など約210のメディア企業が加盟する、マスコミ倫理懇談会全国協議会は9月末に2日間の全国大会を開いたが、ジャニー氏やジャニーズ事務所の問題を主要テーマとして取り上げていない。
日本民間放送連盟は公式な見解を発表していない。遠藤龍之介会長は、6月21日の定例会見で「業界団体として事務所に対して発表や会見を求めないのか」と聞かれ、「性被害は告発する権利もあるし、沈黙を守る権利もある」と答えをはぐらかした。9月21日の定例会見では「タレント起用は各社の判断」とし、被害者救済については「民放連としてという形で考えることは難しい」。
「真摯に受け止める」は舌先三寸か?
いったいマスメディア各社の社内で何が起こっていたのか。在京の民放各社や大手出版社に置かれている「ジャニ担」は何をしていたのか。ジャニーズ事務所側と当時、どういう話をしていたのか。メディア対策を一手に引き受けていたとされる、白波瀬傑副社長(当時、9月5日辞任)とはどのようなやりとりをしていたのか。
そして、各マスメディアはジャニーズ事務所とどういう契約を結んでいたのか。事務所側にどんな業務を何件、いくらで発注していたのか。どの契約は継続し、どの契約は見直すのか。その際、どういう条件で判断するのか。企業秘密の部分はあろうが、できるだけ開示し、説明する必要がある。
20年以上の前に各社の内部で何が起こっていたのか、例えば、なぜ週刊文春の報道に呼応しなかったのか、当時の事情を詳らかにするのは困難が予想される。対して、今年3月以降は、社内メールやSNSには膨大な記録が各社内に保存されているはずだ。会議や打ち合わせのメモも残されているだろう。よって、今年に入ってからの社内事情の検証は比較的容易だ。ただし、一般的に企業で起こった問題を組織内で調査するのには限界がある。第三者による調査でなければ、全容を明らかにすることは期待できない。
NHKは組織全体ではなく、番組制作の現場に検証を任せる方針を、稲葉延雄会長が9月27日に示した。テレビの場合、番組へのタレント起用や、関連のCMを通じての関係が濃いほど、<ジャニーズ帝国>の繁栄への関与が大きい。例えば、報道部門がニュースや特集で取り上げるのは、現場に過剰な負担を強いることになる。事務所のタレントだけが使える専用の部屋まで用意していたNHKこそ、第三者による大がかりな検証が必要だ。
テレビ局に比べ新聞社は、確かに<ジャニーズ帝国>との関わりは小さい。だからと言って、本格的な検証が不要なわけではない。ジャーナリズム組織なので、恒常的に紙面にタレントを登場させてはいない。それだけに、何らのしがらみなしに自由に報じることができたはずだ。特に、地方紙など加盟社からの資金で経営する共同通信社は、マスメディアの中で、<ジャニーズ帝国>から最も離れた位置に立っていると言える。もし、共同通信だけがジャニー氏による性加害を精力的に取材し、報道していたら、他のマスメディアが追随したかもしれない。
NHKについても同じことが言える。受信料で成り立つNHKは、ジャニーズタレントを必ずしも起用しなくてもよかったはずだ。タレントの中には、民放の番組には登場するが、NHKの番組ではほとんど見かけないという例がある。可視化されていない「NHK基準」が存在するのだろう。もし、他のマスメディアがどうであれ、NHKだけが報道したり、良識を示してタレントを使わなかったら…。
「重く受け止める」「真摯に受け止める」「向き合う」という言葉は舌先三寸なのか。徹底検証なしでは、マスメディアは失った信頼を取り戻せない。
おぐろ・じゅん
同志社大学大学院教授。同志社大学ジャーナリズム・メディア・アーカイブス研究センター長。上智大学と米オハイオ州立大学で修士課程修了。毎日新聞と共同通信で調査報道に当たる。調査報道とファクトチェックのサイト「InFact」代表理事。
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