特集 ● 混濁の状況を見る視角
気候の危機と対策の緊急性
“地球温暖化から、地球沸騰の時代”への課題は何か
京都大学名誉教授・(公財)地球環境戦略研究機関シニアフェロー 松下 和夫
はじめに
「現代の理論」編集部から、「気候変動や環境問題の何が問題か、総論的にわかりやすく解説してほしい」との要望がありました。これは実はとても難しい課題ですが、気候の危機と対策の緊急性を中心に述べてみます。
1.地球温暖化から地球沸騰化の時代へ
長かった2023年の夏は、日本でも世界でもかつてない猛暑と気候危機を実感する日々でした。現在の状況は、人間が温室効果ガス(二酸化炭素、メタンなど)を排出し続けると、気候にどのような変化が生じるか、いわば地球規模での実験をしていることになります。その結果が次々と顕在化しているのが現状です。
2023年7月、国連のグテーレス事務総長は、「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰の時代が到来した」と述べています注1。これは世界気象機関(WMO)と欧州委員会(EC)のコペルニクス気候変動サービス(C3S)による、「7月が人類史上最も暑い月となることを裏付ける公式データの公表」 を受けた記者会見で述べたものです(図1参照)。事務総長は、さらに次のように述べています。
「これらはすべて、科学者の予測や度重なる警告と完全に一致している。唯一の驚きは、その変化の速さである。気候変動は今ここにある。恐ろしいことだ。そしてそれは始まりに過ぎない。」。「世界の気温上昇を1.5℃未満に抑え、気候変動の最悪の事態を回避することはまだ可能だ。しかし、それは、劇的で早急な気候変動対策によってのみ可能なのだ。加速する気温は、加速する行動を求めている。私たちはまだ最悪の事態を食い止めることができる。しかし、そのためには、猛暑の1年を野心の1年に変え、気候変動対策を加速させなければならない。」
2023年9月20日に国連本部で開かれた「気候野心サミット」注2では、国連事務総長は「人類は地獄の門を開いた」とまで述べ、「化石燃料から巨万の富を集める利権むき出しの強欲によって失われた時間を埋め合わせなければならない」と各国の対策加速を呼びかけています。
留意すべきは、グテーレス事務総長の発言は、彼の個人的意見や見解ではなく、最新・最良の科学的知見に裏付けられていることです。
2023年9月6日には、「コペルニクス気候変動サービス」が、23年6〜8月の3カ月の世界の平均表面気温が16.77度と1940年以降の最高を記録し、世界の海洋では記録的な高海面水温異常が見られたと発表しています注3。北極と南極の海氷面積が、衛星観測が始まって以来の最小水準になったとも伝えています(図1)。さらに同機関は23年が人類史上最も暑い年になる可能性が高いと見ています。
国連事務総長が指摘するように、気候変動の影響は異次元の速さで現実化しています。それに対処するにはかつてないスピードでの取り組みが必要なのです。
ところが現実には、日本国内のみならず、世界各地から日々届く猛暑、豪雨、山火事、干ばつなどの極端な気象現象の報道に接し、私たちはそれらをどう受け止め、どう対処すればよいのか途方に暮れてしまいます。このような時には基本(信頼できる科学的な知見)に立ち返ることが必要です。
(注1) Hottest July ever signals ‘era of global boiling has arrived’ says UN chief(国連ニュース:英語)
(注2) 「気候野心サミット2023」(国連公式ページ:英語)
(注3) 9月の気温、4カ月連続で最高更新 2023年は観測史上最も暑い年の公算大(CNNニュース、2023年10月5日)
2.気候変動をめぐる世界の現状を明らかにしたIPCCの新たな報告
既述のように国連事務総長の警告は、最新・最良の科学的知見に基づいています。その代表的なものが、世界の多数の気候関連の研究者や各国政府代表から構成される「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」という国連組織です注4。IPCCは、気候変動に関する世界中の専門家の科学的知見を集約し、1990年から5~6年ごとに評価報告書を発表しています。その内容は、気候変動枠組条約などの国際交渉はもちろん、各国の気候変動対策の基礎となる、信頼ある科学的知見とされてきました。
報告書の内容は大きく次の3つに分かれています。
第1作業部会 温暖化の科学(自然科学的根拠)
第2作業部会 温暖化の影響(影響・適応・脆弱性)
第3作業部会 温暖化の対策(気候変動の緩和策)
最新の第6次報告書第1作業部会報告注5の主要メッセージをまとめたものが、表1です。
表1 IPCC 第6次報告書WG1(2021.8.6)の主なメッセージ
A.1 人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない。
A.2 気候システム全般にわたる最近の変化の規模と、気候システムの側面の現在の状態は、何世紀も何千年もの間、前例のなかったものである。
B.1 世界平均気温は、本報告書で考慮した全ての排出シナリオにおいて、少なくとも今世紀半ばまでは上昇を続ける。向こう数十年の間に二酸化炭素及びその他の温室効果ガスの排出が大幅に減少しない限り、21 世紀中に、地球温暖化は 1.5℃及び 2℃を超える。
B.5 過去及び将来の温室効果ガスの排出に起因する多くの変化、特に海洋、氷床及び世界海面水位における変化は、百年から千年の時間スケールで不可逆的である。
D.1 自然科学的見地から、人為的な地球温暖化を特定のレベルに制限するには、CO2の累積排出量を制限し、少なくとも CO2 正味ゼロ排出を達成し、他の温室効果ガスも大幅に削減する必要がある。
(出典)京都府地球温暖化防止活動推進センター
以上のなかでも、「A.1 人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない。」と断定していること、「D.1 自然科学的見地から、人為的な地球温暖化を特定のレベルに制限するには、CO2の累積排出量を制限し、少なくとも CO2 正味ゼロ排出を達成し、他の温室効果ガスも大幅に削減する必要がある。」と、CO2ネットゼロ排出の必要性を強調していることが注目されます。
(注4) 「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」ホームページ(英語)
(注5) IPCC 第6次評価報告書第1作業部会報告書(自然科学的根拠)(出典:京都府地球温暖化防止活動推進センター)
3.IPCC第6次統合報告書のメッセージ
2023年3月20日には、最新の統合報告書(AR6、第6次評価報告書 政策決定者向けの統合報告書)注6が発表されました。
この報告書では、次のような内容が述べられています。
① 世界の平均気温は産業革命前からすでに1.1度上昇しており、2030年代には1.5度に達する可能性が高いことを改めて指摘。
② 洪水や熱波などの異常気象の頻度が増しており、すでに人が適応できる限界を超えて、損失や損害にまで至る事象も発生。
③ こうした損失や損害の拡大を食い止めるため、温暖化防止の国際協定である「パリ協定」では、今後の地球の平均気温の上昇を、産業革命前と比べ「1.5度」に抑えることを長期目標に掲げ、各国政府にその実現を求める。
④ しかし、現在までに世界各国が示している温室効果ガスの排出削減目標では、全部合わせても、この「1.5度目標」を達成するには不足しているのが現状。
⑤ 各国政府には、この排出削減努力の不足を補うべく、すべての分野において急速で大幅な削減を行なうことが求められる。
以上のことから、温室効果ガス削減目標の一層の強化の必要性を示唆しています。
(注6) 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書 統合報告書の公表について(環境省)
4.日本でも気候変動の被害が現実化している
環境省の資料によると、日本でも近年豪雨や台風による被害が激甚しています。今後気候変動により大雨と台風のリスク増加が懸念され、激甚化する災害に今から備える必要が示されています(図2参照)。
また、すでに起こりつつあるまたは近い将来に起こりうる影響として、農林水産業への影響、自然生態系、自然災害、健康への影響(熱中症・感染症)が列挙され、それぞれに対し対応策(適応策)が求められています(図3参照)。
5.気温上昇を1.5℃に抑える──「解決策」はすでにある
パリ協定に基づく1.5度目標の達成は、気候変動による損失と損害といった、破壊的なリスクを避ける上で、欠かせません。IPCC 第6次評価報告書(AR6)では「1.5度目標」の達成に向けた道筋を示し、1.5度に抑える「解決策」はすでにあるとしています。そしてその実現のためには、今から2030年にかけて、世界全体が総力を挙げて、温室効果ガスの排出量をほぼ半減させることがカギであることを強調しています。また報告書では、すべてのセクターが1.5度目標に沿って、2030年までに排出量を半分に削減できる解決策があること、しかもそのコストは下がってきており、二酸化炭素1トン当たり20ドル以下の施策で、2030年半減の半分以上が可能だと示されています。
たとえば太陽光発電は、2010年から2019年の間に85%もコストが低下し、風力発電は55%、リチウムイオン電池も85%コストが低下しています。1.5度に気温上昇を抑えるための技術もコストも、すでに十分に実現可能な、手の届く範囲にあります。
こうした急速な状況の変化が、1.5度目標を実現するための「解決策」を可能としていることを明らかにしているのです。しかし残された時間は少なく、未来に向けた脱炭素の加速が必要です。「各国政府は実効的な政策を導入し、企業や自治体もそれぞれのビジネスや行政の改善を通じて、脱炭素化を加速させていく必要がある」と報告書では強調しています。
6.日本の取り組みの課題
2020年10月の国会で、菅首相(当時)は所信表明演説で、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするということを宣言しました。この宣言は、パリ協定の目標実現に必要な宣言として画期的でした。しかしながら、その実現は容易ではありません。
図4は、我が国の1990年以降の温室効果ガスの排出量の実績、2030年の目標、および2050年ネットゼロの目標を示しています。2013年以降は少しずつ温室効果ガスが下がる傾向にありますが、この傾向を加速させ2030年目標もより上積みし、2050年ネットゼロを達成すると、非常に困難な課題です。とりわけ、最大のCO2排出源である石炭火力発電所を早期に廃止することが課題です。日本はG7(先進国首脳会議)メンバー国で唯一石炭火力の廃止時期を明示していない国となっています。
21世紀経済は脱炭素市場獲得をめぐる脱炭素大競争時代です。カーボンニュートラル(ゼロエミッションで脱炭素な社会)が新たな国家開発戦略として世界の主要国で標準となり、脱炭素化の推進が経済存続の前提条件となっています。まさに「脱炭素大競争時代」が始まっています。そして脱炭素社会への移行に向けた世界の動きは、加速しています。脱炭素市場の先行者利益を得ることができた企業や国が優位な立場に立てるのです。それに向けた経済社会の変革の道筋、政策手段、財源を検討し、脱炭素社会ビジョンと緑の産業政策を構想する必要があります。
ではネットゼロ経済への移行の課題は何でしょうか。
第一は、脱炭素社会ビジョンの明確化です。脱炭素社会は、国民に我慢を強いるものではなく、より豊かで夢のある生活ができる日本をつくっていく、そのための新しい経済と生活の姿を描いていくことが望まれます。
第二は、日本版の緑の復興策です。これには、技術、社会システム、ライフスタイル等社会のあらゆる分野で積極的な政策を導入し、ゼロカーボンで持続可能な経済への移行を加速することが必要です。
第三は、自立分散型の地域社会、地域循環共生圏づくりです。地域資源(地域の人材、自然資源、資金、技術)を活用して、より多くの雇用を地域で創出することが必要です。
第四は、計画と規制によるガバナンスです。カーボンバジェット(炭素予算、排出できるCO2の上限)の導入、再生可能エネルギーの大幅拡大策、化石燃料への依存からの脱却の加速などが必要です。
第五は、参加型・熟議型プロセスです。これまでの日本のエネルギー環境政策等は、行政側と一部の産業界、あるいは専門家だけで議論されて、国民の参加は乏しく、直接の問題として考えられてこなかった傾向があります。様々な関係者が参加する民主的なプロセスを経て政策をつくり、それを実施していくことが必要です。
第六は公正な移行です。脱炭素化への移行には当然産業構造の転換が必要です。エネルギー多消費型産業からクリーンな産業への労働者の移行に対する支援を強化する必要があります。これは公正な移行と呼ばれる考え方です(この点は後により詳しく記述します)。
第七は、独立した科学的助言、システムの必要性です。
日本においては、個々の産業技術、とりわけ脱炭素技術において最近まで世界的にも優位な地位を占めてきました。例えば太陽光パネルの世界市場では日本メーカーが世界の過半を占め、また電気自動車(EV)の実用化でも世界に先駆けていました。しかしながら現状は太陽光パネルも、EVも日本メーカーの優位性は失われています。
脱炭素に向けた政府としての野心的目標設定が立ち遅れてきたこと、カーボンプライシング(炭素の価格付け、炭素税や排出量取引制度の導入など)などの経済的刺激策の導入が乏しかったこと、石炭火力などに過度に依存してきたことなどから、結果として脱炭素市場のシェア獲得をめぐる国際競争に立ち遅れていると言わざるを得ません。個々の産業技術の強みを生か、システムとしてとして日本全体の戦略的な脱炭素に向けた経済社会変革が必要です。
7.再生可能エネルギーの拡大
脱炭素社会の実現とエネルギー安全保障の強化のためには、再生可能エネルギーの拡大が不可欠です。再生可能エネルギーは、ひとたび初期投資さえすれば、燃料費がゼロ(限界費用ゼロ)であり、枯渇することなく、価格高騰や供給不安も起こりにくいものです。また再生可能エネルギーは、小規模分散型の利用が基本なので、災害時の対応力が高く、地域の経済循環にも貢献できます。さらに太陽光、風力、水力などの再生可能エネルギーは化石燃料とは異なり、世界中に存在します。そのため、「太陽をめぐる戦争はない」とも言われているのです。
これまで再生可能エネルギーは、水力発電を除いて発電コストが高かったため、その普及が妨げられてきました。しかし、1990年代以降、欧州各国は政策的に再生可能エネルギーを推進してきました。2010年代からは風力発電や太陽光発電のコストが急速に低下したため、世界的に再生可能エネルギーの大量導入が進んでいます。この流れは今後ますます強まります。
国際エネルギー機関(IEA)が発表した世界の電力構成の将来予測によると、再生可能エネルギーが占める割合は、2019年の26.6%から2050年には87.6%になるとされています(IEA 2021)(図5)。一方、原子力は2019年の10.4%から2050年には7.7%に減少します。また、将来の脱炭素電源の候補とされる水素火力は2.4%、炭素回収貯留火力は1.9%にとどまります。
このように、近年の再生可能エネルギーによる「脱炭素化」は、気候変動対策として現実的な手段になっています。
2019年12月、欧州連合(EU)は、カーボンニュートラル達成を目指す「欧州グリーンディール」注7(Europen Commission 2019)で2050年までに達成することを表明し、2020年秋には、当時の米国大統領候補のジョー・バイデンと中華人民共和国国家主席の習近平が2020年秋にそれぞれカーボンニュートラルを宣言し、脱炭素化が国際的優先課題となりました。
各国のエネルギー政策において温室効果ガス排出がほぼゼロの再生可能エネルギーが重要視されています。そこで2021年現在の世界の主要国の電力構成(図6)をみると、日本国内の発電電力量に占める再エネの比率は22%ですが、イギリスやドイツは既に40%以上を達成しています。また、2030年までの再エネ比率向上の目標は、ドイツで80%、スペインで74%、EUで65%、カリフォルニア州で60%が掲げられています。これに対し、日本では36〜38%にとどまり、韓国では20%、オーストラリアでは50%、カリフォルニア州では40%となっています。
化石燃料の価格高騰や供給不安は、化石燃料の使用から必然的に発生するリスクであり、これらのリスクを回避するためには、再生可能エネルギーを中心とした脱炭素化しかありません。
(注7) The European Green Deal(EUページ:英語)
8.グリーン・ニューディールの世界的な推進
再生可能エネルギーを中心とした脱炭素化を進める経済戦略がグリーン・ニューディールです。
グリーン・ニューディールとは、気候変動対策や生物多様性保全などの分野に集中的かつ大規模に投資することで、新たな雇用の創出や環境保全型の開発を促進し、経済の活性化を目指す政策です。この名称は、1929年の世界恐慌の際に当時の米国大統領フランクリン・D・ルーズベルトが提唱したニューディール政策に由来しています。これは、政府が積極的に公共投資や社会保障を提供するというニューディールの政策手法を環境分野に応用した政策です、経済危機と環境危機を同時に解決する政策であるため、「緑の景気対策」とも呼ばれます。
EUは2019年12月に「欧州グリーンディール」注8を発表しました。これは、温室効果ガス排出量を 2030年までに55%削減し、2050年までに実質ゼロエミッションにし、環境への投資を通じて雇用を創出し、イノベーションを促進しながら、自然と調和した経済活動を行い、人々の幸福度を向上させことを目指す経済戦略です。このようなグリーン・ニューディールの世界規模での展開が期待されますが、とりわけ日本でもその導入が強く望まれます。
(注8) 同上
9."ローカル・グリーン・ディール"の可能性、必要な政策を
今後は、地域における再生可能エネルギーの拡大を中心とした脱炭素社会への移行、すなわち "ローカル・グリーン・ディール"の推進が重要です。
日本政府は2021年6月に「地域脱炭素化ロードマップ」注9(国・地方脱炭素実現会議.2021)を決定しました。このロードマップは、地域の成長戦略となる「地域脱炭素化」の道筋と具体的な施策を示したものです。地域課題の解決や地域社会の魅力・質の向上に向けて、国の取り組みや地方創生に資する施策に重点を置いています。2030年までに脱炭素化をリードする地域を100以上創出し、太陽光発電のオンサイト化や省エネ住宅などの重点施策を全国に展開し、地域脱炭素化モデルを全国的に普及させることが目標で、脱炭素・自然共生・循環型・自立型、そして人間性豊かな社会を地域レベルで構築することです。その前提として、国レベルでのより野心的な温室効果ガス削減目標の設定と、それを支える省エネルギーや再生可能エネルギーの具体的な政策が望まれます。
10.公正な移行
脱炭素社会への移行は、必然的に産業構造の変革をもたらします。そのため、脱炭素社会への移行による経済や社会への負の影響を回避し、質の高い雇用を創出し、持続可能な経済を築くための考え方として注目されているのが「公正な移行(Just Transition)」です。
公正な移行とは、脱炭素社会への移行において誰も取り残されないようにするため、影響を受ける関係者を含むステークホルダーが実質的に協議に参加し、地域の人々が選択について発言権を持ち、労働者が働きがいのある仕事と安定した収入を確保できるようにすることです。さらに、地方・地域・国レベルで持続可能な経済の多様化を促進し、コミュニティのレジリエンスを強化することでもあります。これらは全て、脱炭素社会への移行を円滑にし、また成功裡に実現するために不可欠です。
パリ協定においても、公正な移行は気候変動に対する取り組みに不可欠な要素として掲げられています。日本でも、2050 年排出実質ゼロ宣言を踏まえ、公正な移行に向けた行動をとり始める必要があります。今後、生じかねない負の影響を回避し、持続可能なエネルギーに支えられた脱炭素社会への移行による社会的・経済的な便益を拡大する機会を逃さないように、適切な計画を立てて取り組んでいくことが必要です。
おわりに
気候の危機は、人々の生存の基盤を脅かすという意味で人権の危機であり、将来の世代から発展の可能性を奪う「子どもの権利の危機」でもあります。その意味で、2050年までにカーボンニュートラルを達成することは、将来の世代に対する責任を果たすことでもあります。
パリ協定の1.5℃目標を達成するためには、2030年までに温室効果ガス排出量を世界全体で45%以上削減し、2050年までにネットゼロ、すなわち脱炭素社会を実現する必要があります。脱炭素社会への移行はすでに始まっています。しかし、私たちに残された時間は限られているのです。
【参考文献】
European Commission. 2019. A European Green Deal.
IEA (International Energy Agency). 2021. Net-Zero by 2050: A Roadmap for the Global Energy Sector.
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書(AR6)
国・地方脱炭素実現会議 2021 地域脱炭素ロードマップ~地方からはじまる、次の時代への移行戦略~
「松下和夫 (2022) 『1.5℃の気候危機 脱炭素で豊かな経済、ネットゼロ社会へ』、文化科学高等研究院出版局」
まつした・かずお
1948年生まれ。京都大学名誉教授、(公財)地球環境戦略研究機関(IGES)シニアフェロー、日本GNH学会会長。環境庁(省)、OECD環境局、国連地球サミット等勤務。2001年から13年まで京都大学大学院地球環境学堂教授(地球環境政策論)。専門は持続可能な発展論、環境ガバナンス論、気候変動政策・生物多様性政策・地域環境政策など。主要著書に、『1.5℃の気候危機:脱炭素で豊かな経済、ネットゼロ社会へ」(文化科学高等研究院)、『気候危機とコロナ禍:緑の復興から脱炭素社会へ』(文化科学高等研究院)、『地球環境学への旅』(文化科学高等研究院)、『環境政策学のすすめ』(丸善)、『環境ガバナンス』(岩波書店)、『環境政治入門』(平凡社)など。
個人HP: 松下和夫公式サイト
(公財) 地球環境戦略研究機関(IGES)内ページ: 松下和夫
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