特集 ●総選挙 結果と展望
着々進む社民党・緑の党・自民党の連立交渉
ドイツにエコロジー社会改革政権が誕生するか
在ベルリン 福澤 啓臣
9月26日に行われたドイツの連邦議会選挙は、前回同様76%の投票率で社民党と緑の党と自民党に有利な結果をもたらした。キリスト教民主・社会同盟とAfD(ドイツのための選択肢)と左翼党は票を減らした。その結果、いわゆる勝ち組3党による連立政権に向けての話し合いが続いている。選挙戦から、選挙結果の分析、新政府の課題、連立予備協議と順を追って見てみよう。
Ⅰ. 選挙の結果と分析
2021年当初には、公共第二放送のアンケートによる支持率はキリスト教民主・社会同盟(以下CDU/CSU)37%。緑の党20%、社民党15%であった。
その後与党のCDU/CSUがコロナ対策の不手際のせいか、下がりはじめ、3月末には30%を切る。4月19日にアナレーナ・ベアボック氏が緑の党の首相候補に指名されると、同党の支持率が上がり始める。4月末にCDU/CSUはアルミン・ラシェット氏をやっと指名するが、党員や国民の人気を無視した選考のせいか、CDU/CSUの支持率はさらに下がる。
緑の党は5月初めにCDU/CSUを27%付近で追い越すが、ベアボック氏のいくつかのミス(不正確な経歴発表、自著への無断引用など)が重なると、5月末には25%付近で逆転される。緑の党はそれ以降も長期低下傾向から抜け出せない。すでに昨年オラフ・ショルツ氏を首相候補に指名した社民党は相変わらず15%付近で低迷する。
7月半ばに集中豪雨による大洪水が起きて、180名以上の犠牲者が出る。ショルツ氏(副総理兼財務相)が被災地に見舞いに出かけ、多額の経済援助を約束する。その頃から社民党の支持率が上昇し始める。ラシェット氏も災害地の州首相として被災地を回るが、シュタインマイヤー大統領が悲痛の表情で犠牲者へ見舞いの言葉を述べている最中に、後ろで控えていた数人と談笑しているラシェット氏の姿がTVで流れる。それ以来、同氏への支持率は下がり始める。反対にショルツ氏と社民党への支持率が急上昇する。
9月に財務省に検察の手入れ(検察官はCDU党員)が入った。そこはマニーロンダリング、つまりマフィアなどによる非合法の金の流れ(ドイツは不動産の売買でも現金支払いが可能なので、マフィアが暗躍している)を追っているが、情報を流していないという疑惑だった。ラシェット氏はショルツ氏を監督不行き届きと攻撃したが、社民党の支持率にはあまり影響しなかった。
次期政権の課題として、気候保護も大事だが、社会的な問題、特に格差是正が重要であるという認識が広まったのも、社民党に有利に働いた。
「3者決闘」と名付けられた三人の首相候補者による90分ほどのTV討論会が何度も放映される。そして激しい選挙戦が各地で繰り広げられる。ラシェット氏の不利が伝えられると、メルケル首相も何度か応援演説に駆け付ける。
選挙直前にはCDU/CSUは23%にまで失地回復し、SPDの25%に肉薄する。緑の党は15%に下がったままで選挙の日を迎えた。
9月26日の夕方6時に投票所が閉まり、ニュースで最初の結果予想が発表されると、社民党と緑の党と自民党の党本部では喜びの声が上がった。キリスト教民主同盟の党本部では、意気が上がらなかったが、ラシェット氏はまだ強気で1%ほどの違いなので、我々にも組閣の権利があると発言していた。つまり、敗北を認めなかった。最初の予想から数%の動きはあったが、左翼党以外の結果は変わらなかった。
社民党25.7%(2017年より5.2%増加)、CDU/CSU24.1%(8.8%減)、緑の党14.8%(5.9%増)、自民党11.5%(0.8%増)、AfD10.3%(2.3%減)、左翼党4.9%(4.3%減)の結果に終わった。簡単に言ってしまえば、国民は半分安定、半分改革を、高い年齢層は現状維持を、若い年齢層は改革を望んだと言える。緑の党の票がもっと伸びていれば、より改革を望んだと判断することもできたのだが。
議席の配分は、社民党206、CDU/CSU197、緑の党118、自民党92、AfD83、左翼党39、さらにSSW1で、合計736議席の大所帯に膨れ上がった。その結果政権獲得には369議席が必要になった。新人議員は281名で38%と多数である。女性議員は255名で34.7%と少なく、批判を受けている。
連立政権に至るには三つの可能性がある。
1)信号機連立=社民党+緑の党+自民党(赤・綠・黄色)=416
2)ジャマイカ国旗連立=CDU/CSU +緑の党+自民党(黒・綠・黄色)=406
3)大連立=社民党+ CDU/CSU=402
保守陣営が恐れていた左翼連立は363議席で、政権獲得には6議席足りない。
連邦議会選挙と合わせてベルリン市政府とメクレンブルク=フォアポンメルン州で州議会選挙が行われ、それぞれ社民党が勝利した。9月26日は社民党にとって23年ぶりに大変喜ばしい日になった。
支持票の移動を公共第一放送の発表に従って重点的に見てみると、
CDU/CSUは4年前の1533万票から1110万票に減る。社民党に153万票、さらに緑の党に92万票、自民党に49万票移ったのだ。
社民党は954万票から1197万票に増える。CDU/CSUから153万票、左翼党から64万票、自民党から26万票得る。緑の党に26万票失う。
緑の党は416万票から684万票に増える。CDU/CSUから92万票、社民党から26万票、左翼党から48万票移る。自民党から24万票移る。緑の党だけが全ての党から票を獲得している。
自民党は500万から531万票に増える。CDU/CSUから49万票移る。社民党に26万票、緑の党に24万票失う。
年齢別で見ると、60歳以上の投票者の割合はCDU/CSUで66%、社民党で67%と驚くほど高い。前回の支持者の内この4年間で亡くなった人の数は、CDU/CSU 110万人、社民党69万人、AfD32万人である。
この4年間で成人に達し、初めて投票した18歳から21歳の若者たち(285万人)は、 緑の党に45万票、自民党に40万票、社民党に31万票、CDU/CSUに21万票投票、左翼党15万票、AfDには11万票投票した。96万人(34%)が投票しなかった。
学歴別に見ると、大卒では緑の党が最も多い。中卒者の場合、主にCDU/CSUと社民党に投票した。
ドイツの選挙制度は小選挙区比例代表併用制で、日本の小選挙区比例代表並立制と似ている。有権者は小選挙区と比例代表にそれぞれ票を投じる。政党の議席数は比例代表票の得票率に従って分けられる。
ドイツの制度にはいくつかの特例規則がある。ワイマール共和国で小党乱立が続き、ナチスの台頭を許した苦い経験があるので、それを防ぐために議会進出には5%以上の得票率を義務付けている。ただし、小選挙区で3議席以上獲得した政党には議会進出が許される。今回左翼党は4.9%だったが、小選挙区で3議席を獲得したので、辛くも議会に残れた。
併用制の特徴として超過議席制がある。ある政党が小選挙区で比例代表の得票率より多くの議席数を獲得した場合、それらの超過議席は全て認められる。公平を期するために、この超過議席数は割合に応じて「調整議席数」として他の政党にも与えられる。そのため、連邦議会の定員は598議席なのに、今回のように736議席に膨れ上がってしまう。議会が狭くなる上に、数十億円の出費になってしまう。2年前にこの膨大な超過議席数を抑えようと、選挙法を改正したが、同制度の恩恵を蒙るCDU/CSUのせいで抜本的な解決には至らなかった。ちなみに2017年は709議席だった。
CDU/CSUの敗因は、まず国民及び党員の多数が、姉妹党CSUの党首ゼーダー氏を候補者として適任と見ていたにもかかわらず、CDUの幹部会がこれらの意向を無視し、ラシェット氏を選んだことだ。メルケル首相の人気(いわゆるメルケル・ボーナス)がこれまでの支持票に大きく寄与していることを過小評価したこともあるだろう。それらにラシェット氏の個人的なミスが重なった。
社民党は、長い間党内の左派と右派の争いや個人的な足の引っ張り合いなどで党勢が弱まる場合が多かった。今回はこれらの問題が起きずに、一丸となってショルツ氏を盛り立てた。特に青年部の跳ね上がりと、左派に属する二人の共同党首の発言を幹事長のクリングバイル氏が最低限に抑えたのが社民党の勝因につながったと言われている。最後にショルツ氏が個人的なミスを犯さなかったことも幸いした。同氏は党内右派に属し、2年前の党首選では左派の二人に負けている。
Ⅱ. 新政権の課題
投票日の翌日から自民党と緑の党は早速話し合いを始めた。これまでの慣例では、国民政党として40%前後の得票率を誇っていた第1党が連立候補の党(10%以下の得票率)を招いて交渉を進めていた。前回この方式で苦い経験をした自民党のリントナー党首が新しい交渉順序を提案し、緑の党が賛成した。同党首のハーベック氏が州の農林大臣を務めたシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州は、その方式でジャマイカ連立政権を成立させている。大きな政党に連立条件を先に決めさせないようにとの目論みもあるが、第1党の社民党の得票率が今回は25%と低いので、同党が強く出られなかったこともあるだろう。
気候保護が新しい政権の最大の課題であることは誰もが認識している。社会経済のグリーン化を積極的に進め、2045年までに炭素中立化(温暖化ガス排出ゼロ)の達成というゴールは決まっている。実現にはいくつかの道があるが、妥協点は比較的見つけやすいだろう。
ドイツの経済界は、産業のグリーン化(グリーン経済成長)を進めて、450兆円と言われる世界の脱炭素市場で先進工業国としての地位を守らないと、雇用と豊かさが将来も確保できないことは自覚している。緑の党は積極的に一昨年ぐらいから産業界のリーダーたちとの話し合いを進めているが、彼らからの同意、さらに支持があると発言している。
ドイツ最大の産業団体であるドイツ産業連盟は、3年前の研究報告では「2050年の炭素中立化は達成できない」と結論づけていたが、今年10月の報告では「2045年までの温暖化ガス排出ゼロは、非常に意欲的な目標だが、達成可能だ」と発表している。さらに、30年までにインフラに32兆円、交通に30兆円、建物に23兆円、エネルギーに55兆円、合わせて140兆円の投資が必要だと弾いている。
緑の党はこれから10年の間に毎年6兆円以上のエコロジー社会投資を求めている。企業にとっては炭素の排出をゼロにするには技術的な試行錯誤が必要だ。それには膨大な資金を投入しなければいけない。それらを財政的に支援・補助するのが政府の役目だ。
ところが、自民党はこれらの資金を企業に任せればいいと言っている。原価償却法を改正すれば、企業にとって補助金と同じ効果があると言うのだ。
社会経済グリーン化に関する各党の公約を具体的に見てみよう。
エンジン車の販売禁止:社民党はできるだけ早くと言っているが、期限を切ってはいない。緑の党は2035年で新車を販売禁止にする。CDU/CSUと自民党は期限を切らず、合成燃料などの発明により、長く走らせる目論見。
脱石炭:現政権が2年前に2038年までに廃止すると決議したので、社民党と CDU/CSUは踏襲する。自民党も同調している。緑の党は2030年への前倒しを要求している。
アウトバーンの速度制限:緑の党と社民党はCO2と安全性の観点から130k/hの導入を要求している。CDU/CSUと自民党は個人の自由への侵害だと速度制限に反対。
炭素税(カーボンプライシング):緑の党は、今年から導入された炭素1トン当たり25€を23年から60€への引き上げを要求。社民党とCDU/ CSUと自民党は政府案通りに25年から55€に。緑の党は、暖房費や化石燃料の高騰化による国民の負担を和らげるために、炭素税の収入から重点的にエネルギー金を支給する。他の政党は再生可能エネルギー賦課金の廃止によって電気料金を下げる。
コロナ・パンデミックにより、ドイツ社会、特に学校や公共機関でデジタル化が非常に遅れていることが露呈した。さらに、デジタル化のために連邦政府は数年前から6000億円も予算を組んであったが、ほとんど引き出されていないという事実も判明した。連邦予算の消化には、連邦政府と州政府、さらに地方公共団体の間に面倒な行政上の手続きもあり、あまり申請しなかったのが主な理由だ。
スイスの市場調査機関MIDによる国別デジタル化を見てみると、ドイツは18 位に位置している。ちなみに 1位は米国で、中国は16位である。英国は14位、フランスは24位、日本は27位である。このように見てみると、それほど悪いとは言えないが、ドイツが将来EUのリーダー国としてこの両スーパーパワーに挑戦するには、強力なスパートが必要だ。
風力発電所を建設する場合、役所に申請してから完成するまで平均6年もかかると言われている。今回の選挙戦でもよくこのことが問題視され、ほとんどの党が半年に縮めると公約で謳っている。だが、風車や超高圧送電線網建設などのスピードが遅いのは、煩雑な役所の手続きと厳しい規制のせいだけではない。これらの建設計画が発表されると、様ざまな環境団体や地域の住民が反対の声を上げ、裁判に訴えることが多い。法治国家なら当然のことが、厄介なのは、環境に敏感な環境保護団体だけでなく、AfDも自然景観保護という名目で建設に反対していることだ。同党は温暖化そのものが自然現象だと言っている。
Ⅲ. 財政と社会格差
残る問題は財政規律と社会格差の是正だ。片や新自由市場主義的経済を信条とする自民党と反自由市場主義的な立場をとる社民党と緑の党では根本的な対立が予想される。具体的な懸案事項としては、まずコロナ対策として出費されたドイツの国家予算に匹敵する40兆円の赤字額がある。さらに2045年までに炭素中立を達成するには、マッキンゼーの試算によると、官民合わせて400兆円もかかるそうだ。これらの莫大な出費を捻出するには税制改革と債務ブレーキの凍結が必至と言われている。
債務(赤字)ブレーキは2009年に憲法に取り入れられた規定で、連邦政府はGDPの0.35%(GDP450兆円とすると1.6兆円)を超える財政赤字が禁じられている。2020年から22年までの財政ではコロナ危機のために債務ブレーキの凍結(22兆円の財政赤字)が例外として認められた。
緑の党と社民党と左翼党は、ドイツはメルケル政権下でますます不公平な社会になっていると批判している。だから、相続税を含めた税制改革、さらに富裕層への財産税の導入を訴えている。もちろんCDU/CSUと自民党は反対している。どちらの主張が妥当なのか、所得のジニ係数(税引後、社会保障受給後の可処分所得)を見てみよう。分かりやすいようにドイツと日本と米国を比較してみよう。
表1 所得のジニ係数(税引後、社会保障受給後の可処分所得)の比較
ドイツ | 日本 | 米国 | |
---|---|---|---|
2018 | 0.29 | 0.34 | 0.39 |
(出典:ドイツ語Wikipedia)
ジニ係数は0が完全公平社会なので、この三カ国の比較によれば、ドイツが二国に比べてより公平な社会ということになる。次に財産の分布を示すジニ係数を見てみよう。
表2 財産のジニ係数の比較
ドイツ | 日本 | 米国 | |
---|---|---|---|
2000 | 0.66 | 0.54 | 0.80 |
2016 | 0.78 | 0.64 | 0.86 |
2019 | 0.81 | 0.62 | 0.85 |
(出典:ドイツ語Wikipedia)
ドイツは米国ほどではないが、日本と比べても不公平な社会であることがわかる。メルケル政権下では米国よりも不公平の度合いを強めている。ドイツでは最も豊かな国民の1%が国の富の30%を所有している。英国は24%、フランスとイタリアは22%である。富裕層の富の蓄積がますます増えているにも関わらず、メルケル政権は効果的な対策を採らなかったのである。
この30年間でドイツも高額所得者への最高税率を56%から42%まで下げている。問題なのは、最高税率42%がすでに課税所得額771万円(5万8千€を1€=133円で換算)から始まることだ。本来ならこの所得層は中間所得層である。ちなみに日本では課税所得額771万円では23%で、最高税率45%に達するのは、課税所得額4000万円以上である。緑の党と社民党と左翼党は高額所得者への課税強化を求めている。CDU/CSUと自民党は増税には反対している。
税制改革に関して各党の公約内容を具体的に見てみよう。
CDU/CSU:現在の7万3千€(970万円)以上の収入を得ている富裕層にかかっている連帯税(ドイツ再統一後の旧東ドイツ救済のための時限法)廃止と、具体的な数字が挙げていないが、中間層への減税を約束している。相続税も改正しないし、財産税も導入しない。同党にはキリスト教が党名についているように、本来は弱者救済の考えがあるが、最近はそのカラーが薄まっている。
社民党:現在課税所得5万8千€から最高税率42%が課せられるが、9万€から45%に、23万€から48%に課税強化する。さらに財産税を再導入するが、具体的な数字は発表していない。連帯税は存続させる。
緑の党は10万€から45%に、23万€から48%に課税強化する。さらに2百万€以上の財産に1%の財産税を導入する。連帯税は存続させる。子供への財政的支援の強化。
自民党は最高税率43%が所得額90 万€から始まるように改正して、中間層への減税を約束している。連帯税は廃止。財産税及び金融取引税の導入には反対。
このように社民党と緑の党は中間層には減税を約束している上に、富裕層への課税強化を計画している。CDU/CSUと自民党は富裕層への課税強化には反対している。
社民党と緑の党は現在の最低賃金時給9.60€から12€(1596円)への引上げを推している。CDU/CSUと自民党は反対。実現すれば、現在12€以下の仕事をしている約1千万人が恩恵を受ける。レストランやスーパーなどで働いている女性が多い。彼女らには一挙に20%以上の賃金上昇になる訳だ。社会の格差の減少にもつながる。
Ⅳ. 連立交渉の行方
ショルツ氏は緑の党と自民党との交渉に当たって「同じ目線で尊敬の念を持って話し合う」と言っている。「尊敬」は今回の社民党のスローガンである。選挙の後二日後から毎日、それも週末にも4党の間で話し合いが持たれた。
選挙後二週間で社民党と緑の党と自民党による予備協議が終了し、それぞれの党に正式の連立交渉に入るように勧めた。10月18日発表の12ページにわたる予備協議内容を読むと、緑の党が16年間、自民党は12年間野党として過ごし、社民党は12年間CDU/CSUの足枷の中で窮屈な与党として過ごした経験から、これまでのフラストレーションを政策に盛り込めるという意気込みが感じられる。主だった項目を読んでみよう。
まず社民党だが、主要要求であった最低賃金12€(時給1596円)は認められた。しかし他の格差縮小のための富裕層への課税強化、財産税の導入、相続税の改正、債務ブレーキの凍結などは全く認められていない。毎年40万戸の集合住宅を建設し、その4分の1は公営住宅にする。年金は、ショルツ氏が選挙公約で約束したように、保険料金(19.9%)も上げないし、年金受取年齢(66歳から67歳)も延ばさない。ただし、自民党案として、株式投資用の年金基金の設立を検討することにした。ハルツ4(失業給付金II。受給者370万人)の改正案として「市民分配金」が導入される。ハルツ4は2001年に社民党のシュレーダー政権が導入した労働市場改革制度だが、社民党支持者に頗る評判が悪いので、以前から改革を望んでいた。
緑の党が重視する気候保護に関して、脱石炭が既に決議されている38年よりできるだけ30年に前倒しするとなった。それと風力発電用に国土の2%が確保される。可能な限り屋根に太陽光パネルの設置を義務付ける。新建造物には初めから義務付ける。エンジン車の販売を35年で禁止する。再エネ賦課金をできるだけ早い時点で廃止する。これによって市民のエネルギー費用の負担が減る。しかし、緑の党が以前から要求しているアウトバーンの時速130kmの制限速度は導入されない。
子供たちの貧困を救済するために、子供への財政的支援を強化する。ドイツでは280万人(5人に1人)の子供たちが貧困生活を送っている。そして195万人がハルツ4で生活している。その基準は、国民の収入の平均値(現在では1500€)の60%以下の収入の家庭を言う。長期失業者や母子家庭で育つ子供に多い。朝ごはんも食べないで学校に行く子供達に登校後朝食を食べさせるNPOの活動が広まっている。
自民党は、社民党と緑の党が要求してきた「債務ブレーキ」の凍結、富裕層への課税強化、財産税の導入、さらにアウトバーンの速度制限の導入を阻止できた。その代わり富裕層にかかる連帯税の廃止を断念した。減税に匹敵する減価償却期間の短縮を導入すれば、企業はこぞって産業グリーン化に投資するだろうと主張している。行き詰まっている資本主義にとってグリーン経済が新しいフロンティアになり得ると考えているのかもしれない。
三党の共通の課題として、社会経済のエコロジー転換の推進、デジタル化推進、行政の効率化がある。
課題ではないが、ドイツとEUにおける投票年齢が16歳へ引き下げられることになった。これによって緑の党と自民党は有利になる。
予備協議のペーパーを読むと、コロナ危機で40兆円もの債務がある上に、これからのエコロジー社会改革を賄う財源はどう確保するのかという疑問が残る。通常なら、増税をするか、国債を発行して資金を調達するところだが、自民党の反対でこれらを断念するという。自民党は、不必要な助成金・補助金のカットなどによって、通常の財政の範囲内でやり繰りすれば、捻出できると主張している。だが、経済研究所の専門家たちは、その方法に疑問を呈している。一つの案として、来年の22年はまだ債務ブレーキ凍結の例外規定が有効なので、一挙に巨額の赤字を計上してしまうなどが考えられる。
19日の深夜トーク番組にハーベック氏が登場し、ジャーナリストの質問に答えたので、いくつかの疑問が解けた。
まず23年以降も債務ブレーキを凍結するには、基本法(憲法)の改正、つまり議会の三分の二(490名)の賛成が必要になる。CDU/CSUとAfDが反対するだろうから、改正できない。財産税は州政府の税なので、再導入しても国庫を潤すことにはならない。相続税も州税なので改正しても同じ。所得税の改正については、交渉の余地がある。
「進歩への新しい出発」、「ドイツの近代化」「大改革によって成長を」などの意欲的な言葉がちりばめられたペーパーを読むと、緑の党と自民党が交渉をリードしているという印象を受ける。社民党は一歩下がって見守っている感じだ。閣僚経験者も多いし、人材が豊富なので、まず両党に発言させた上で、まとめ上げる考えなのかもしれない。三党の代表者たちは、建設的な議論を経て信頼関係が築けたことをしきりに強調している。小規模の党大会で予備協議の結果に同意が得られたので、10月21日から正式の連立交渉に入っている。緘口令が敷かれていて、交渉の具体的な内容はマスコミに漏れてこない。
10月26日に281名の新人を含む736名の議員が議会に初登院した。社民党と緑の党と自民党の新人議員たちが帝国議事堂前でやる気満々の様子でテレビのインタビューに答えていた。新政権の出発を象徴するかのように、連邦議院議長はCDUの長老ショイブレ氏(79歳)から社民党のベアベル・バース氏(女性、53歳)に引き継がれた。新政権誕生までメルケル氏が職務執行内閣の首相を務める。連立交渉が長引けば、新年の挨拶はメルケル氏がするだろうが、ショルツ氏は、聖ニコラウス祭の12月6日までに連立政権の成立を目指すと言っている。果たしてどちらが新年の挨拶をするだろうか。ベルリンにて 福澤啓臣(2021年10月26日)
ふくざわ・ひろおみ
1943年生まれ。1967年に渡独し、1974年にベルリン自由大学卒。1976年より同大学の日本学科で教職に就く。主に日本語を教える。教鞭をとる傍ら、ベルリン国際映画祭を手伝う。さらに国際連詩を日独両国で催す。2003年に同大学にて博士号取得。2008年に定年退職。2011年の東日本大震災後、ベルリンでNPO「絆・ベルリン」(http://www.kizuna-in-berlin.de)を立ち上げ、東北で復興支援活動をする。ベルリンのSayonara Nukes Berlin のメンバー。日独両国で反原発と再生エネ普及に取り組んでいる。ベルリン在住。
特集/総選挙 結果と展望
- 男女共同代表制で立憲民主党の再生を本誌代表編集委員・日本女子大学名誉教授・住沢 博紀
- 宮本太郎提言は“神聖なる憎税同盟”の壁を打ち破れるか中央大学教授・宮本 太郎×労働政策研究・研修機構研究所長・濱口 桂一郎
- 政治における「女性活躍」を考える東海大学教授・辻 由希
- のど元過ぎても忘れてはならないことがある神奈川大学名誉教授・本誌前編集委員長・橘川 俊忠
- ドイツ保守政党の混迷をみる大阪市立大学教授・野田 昌吾
- 着々進む社民党・緑の党・自民党の連立交渉在ベルリン・福澤 啓臣
- 合衆国vs.合州国の間隙突くトランプ「虚偽」戦略国際問題ジャーナリスト・金子
敦郎 - パンデミック対応としての緊急事態法の実際龍谷大学教授・松尾 秀哉
- 琉球遺骨返還訴訟が暴く京大の史的暗部ジャーナリスト・西村 秀樹
- 「ヤマトンチュ」として沖縄「遺骨土砂問題」に向き合う「遺骨で基地を作るな!緊急アクション!」呼び掛け人・西尾 慧吾
- ICT教育(デジタル化)の陥穽河合塾講師・川本 和彦
- 改めて「介護の社会化」を問い直す元大阪市立大学特任准教授・水野 博達