編集委員会から
編集後記(第18号・2019年冬号)
――どうなる2019年 蔓延する“教養の劣化”は深刻
●2019年を迎えもう2月。平成最後の年となり5月1日には新元号となる。期せずしてメーデーの記念日だ。本誌の春号の発信予定日。もう遅いが元号を西暦に統一してはどうか。まあ元号も併用してもよいが基準は西暦で。社会的には西暦表示への移行が進んでいるが、役所は相変わらず。だが、実は役所自体が困っているとか。日本―世界はどうなるか。一層の劣化、危機の進行か、反転して“良識”が踏ん張るのか。悲観論が多数を占めるのが残念ながら現実。トランプと中国の抗争は、新たな冷戦の到来を思わせるが果たして今年はどのような展開をみせるか。アメリカの属国日本の論壇では真相が見えにくいが、中国の「一帯一路」路線の真実とは。進藤榮一さんにまず論じてもらった。悪い冗談では済まされないがトランプの再選はあるのか。EUはどうなる、極右の台頭の真相と行方は。各論者に寄稿いただいた。
●日本のアベ政治、もう黄昏であろうが、その悪運の強さと非力な野党、これまた日本の現実。本誌の住沢さんが、「ポスト安倍政権へ問われる政権構想力」と重要な問題提起の巻頭論文。7月には政治決戦といわれる参議院選挙、野党共闘の成立如何。小沢一郎氏が国民民主党に合流し、参院選での野党統一名簿構想をぶち上げる(日本版オリーブの木)。確かに日本的にはなじみは薄く無理筋かもしれないが、さてどうなる。統一戦線とは、立場の違う者の課題の一致での共同行動だ。まさに今は“アベ政治を許さない、アベ政治を終わらせる”が最大で最小の一致点。立派な野党共闘の大義名分ではないか。目を沖縄に転じれば、アベや菅によって無残にも強行される辺野古の埋め立て、まさに平成の“琉球処分”だ。本土の我われが問われている。
●厚労省―毎勤統計などの不正調査問題。アベノミクスの破綻から国民の目をそらす偽装だったのか。アベは連合の賃上げ発表額まで持ち出して防戦のお粗末。それは厚労省の官僚の忖度だったのか、アベ官邸からの指示か。真相究明へ野党は徹底して頑張れだ。ただ一点注意も必要。この問題にからみ、従来から囁かれていた厚労省(労働省)の解体策動も顕在化するのではないか。今は全く希薄になったが、旧労働省はまがりなりに労働者の保護官庁であった。労働省は資本家・経営者から本来的に忌避・嫌悪される存在でもあった。その劣化は一方の圧力団体である労働組合(連合)の弱体化も大きな加速要因。新自由主義的な小さな政府・行政の効率化の名の下に先年、財界の手先・竹中平蔵らによって労働基準監督業務の民営化も画策された。今回の不始末を奇禍として一挙に厚労省(労働省)解体か。これには厳重注意が必要。
●外国人労働者問題。酷い昨秋臨時国会であった。中身無しの法案が数の力で強行採決が許される異常(アベ政治の本質)。この問題は現在進行形の課題。日本が開かれた外国人労働者との共生社会を築けるのかが問われる。排外主義の強い日本、その困難性は今に続く在日朝鮮・コリアンの人たちの戦後の苦悩の歴史が物語っている。新たな外国人労働者の受け入れ(実はすでに150万人といわれる)の課題は明らかだ。単なる人手不足の業種への低賃金労働力の確保としか考えていないような政府や経営者の思惑を許してはならない。核心点は外国人労働者(その家族)の人間としての尊厳を保障し、日本人と同等の処遇をし、社会的に共生する社会をつくりあげることにある。そのための施策づくりが問われる。新たな日本社会の形成でもある。そもそも入管行政など監視と管理業務主体の法務省が法案を所管するのがおかしいのだ。本号では、この外国人労働者問題に初期から長年取り組んできた旗手明、鳥井一平、小山正樹さんから渾身の寄稿を頂いた。また「日本は移民国家になりえるか」と、国籍問題を佐々木てるさん。かつて移民送り出し国家であった日本は、その移民政策から何を学ぶべきかを本誌の橘川さんが論じる。進行中の重大課題、読者の皆さんの熟考を。
●早稲田大学の片山善博教授(元総務相)は、毎日新聞(2019.1.30朝刊)で国会の現状を憂い、「教養の再生を 議論の劣化は深刻」と題して語っている。「国会のチェック機能は劣化し、退廃している・・数の論理で決める安倍政権の姿勢では国論が分裂し、国民を統合できない・・はぐらかす、逃げる、強弁を張る、証拠を隠す。とても劣化して退廃したやり方だ」。一発逆転を狙う野党もピントがずれている。「政対官」の問題として改善する視点、完璧でなくても独自に調査し、自分たちの手で事実を明らかにする姿勢が必要だ、と指摘。また「社会全体に、真剣に物事を突き詰めて考え、説明責任を果たさねばならないという価値観の共有がなくなった。首相答弁はその代表例だ。首相のやり方を受け入れる素地が社会にできていた。『教養』のレベルが落ちたためだろう。自らの知的スタンスを保つことにこだわりを持つ人が、とても少なくなった」「国会議員が思考停止に陥るのは、首相官邸に逆らうと干されて次の選挙が危うくなると思っているからだ。是は是、非は非で最高権力者に臨むことを有権者が評価し、支えてくれると確信していれば自立できる。ただ、有権者の方も『風』に流され、御利益の多い人の方になびくなど劣化」「教養の再生が必要だ。本や新聞を読み、きちんと対話する。世界共通の根深い問題で、遠大な作業」。蓋し慧眼である。(矢代)
●鳥井論文が指摘するように、むしろ外国人労働者問題が日本社会の抱える課題を明らかにしている。自民党の衛藤征士郎ら有志議員が、最低賃金を全国一律にすることを目指して、2月に議員連盟を立ち上げるという。低賃金を理由に外国人技能実習生が失踪する問題や、今後も来日する外国人労働者が都市部(東京)へ一極集中することを避けたいらしい。それは地方からの人口流出が止まらないことと同根で、大きな社会矛盾があらわになってきていることを示している。
●今の最低賃金は、東京が時給985円、最低の鹿児島が761円で、その格差が問題なのだが、本誌で何度か指摘しているように、実際の賃金が最低賃金と同じレベルに張りついていることが深刻だ。厚生労働省の統計によれば(その信頼性が揺らいでいる問題は重大だが)、労働者の賃金を10円刻みで集計すると、そのピークが最低賃金になる。要するに一番低いところに一番多くの人の賃金が集中しているわけで、世の中の賃金のギリギリの下限が最低賃金によって決められているということだ。外国人労働者の問題を賃金の観点から見ると、その下限を押し下げようとする政権・資本の意図も見えてくる。
●一方、経済同友会は外国人の在留資格について「技能実習制度と、労働力不足への対応策である新たな制度とは目的が異なる」と指摘し、技能実習制度の廃止も含めた検討を求めた。彼らの狙いは、外国人労働者を安い労働力そのものとして使いたいというところにあろうが、当面の彌縫策では何も解決できないということが、共通した認識になりつつあることも事実なのだ。外国人労働者が労働者として自由に移動し、暮らせる社会をつくらねば、私たちもまた自由にはなれないということだろう。(大野)
季刊『現代の理論』2019冬号[vol.18]
2019年2月3日発行
編集人/代表編集委員 住沢博紀/千本秀樹
発行人/現代の理論編集委員会
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