論壇
安倍政権の歴史認識を打破しよう
徴用工問題―日本は何を考えるべきなのか
朝鮮問題研究者 大畑 龍次
韓国大法院の判決
韓国大法院(最高裁判所に相当)は昨年10月30日、新日鉄住金に対し4人の元徴用工への慰謝料の支払いを命じる判決を下した。この判決に被告新日鉄住金が応じなければ、裁判所はその資産差し押さえを実行することができる。これに対し日本政府は、「1965年の日韓請求権・経済協力協定によって完全かつ最終的に解決している」という立場であり、「極めて遺憾」「国際法に反する」「毅然として対応」などと主張し、国際裁判所に持ち込む姿勢を隠していない。また、在韓日本企業を集めて、日本政府の方針にしたがって対応するよう働きかけている。
同様の訴訟は三菱重工、不二越など70社ほどに及ぶと言われる。一方、韓国では与野党ならびにマスコミは判決を支持する姿勢を鮮明にし、韓国政府も「司法判決を支持する」との立場をとった。日本政府の抗議に対しても内政干渉と反論。この問題では、朴槿恵前政権が司法に圧力をかけて判決を遅延させてきた疑惑もあり、キャンドル革命で生まれた文在寅政権として前政権との違いを国民にアピールしたところもある。
さらに、韓国大法院は11月29日、三菱重工の元徴用工と女子勤労挺身隊員に同様の判決を下し、同日午後にはソウル地裁が新日鉄住金の八幡製鉄所で働いていた元徴用工への支払いを命じた。今回も韓国政府は「司法判断を尊重する」との見解を表明し、日本政府は河野外相が「対抗措置」をとると強く抗議した。
日本政府は韓国政府の対処を見極める姿勢であり、その後国際裁判所に持ち込むとしている。原告と弁護団は三菱重工などに話し合いを求めているが、日本政府の意向を受けた企業側は対話拒否をしている。弁護団は期限を切って企業側の韓国内資産の差し押さえに出ることを明らかにしている。12月14日には光州地裁が三菱重工の元女子勤労挺身隊員と挺身隊員の遺族への損害賠償支払いを命じる判決を下した。こうした訴訟はほかにも10件ほどあり、同様な判決が下されるものと思われる。
今年に入って韓国の裁判所が日本企業の資産差し押さえを認めたことから、日本政府は日韓請求権協定に明記されている協議を申し入れた。協定の解釈について齟齬があると判断した際に協議を申し入れることができるという。以前に韓国側が協議の申し入れを行ったものの、日本が拒否したことがあるという。したがって、今回も韓国側が拒否する可能性があり、その場合には第三国も含めた仲裁委員会や国際裁判所への提訴が予想される。
個人の請求権は消滅しているのか
10月30日の判決内容を検討してみよう。
日本共産党は昨年11月1日、「徴用工問題の公正な解決を求める-韓国の最高裁判決について」という文書を発表し、志位委員長が記者会見に応じた。そのなかで、日本政府も日本の最高裁判決も個人の請求権を認めている、としている。文書では日本政府の見解について「1991年8月27日の衆院予算委員会で、当時の柳井俊二外務省条約局長は、日韓請求権協定の第2条で両国の請求権の問題が『完全かつ最終的に解決』されたと述べていることの意味について、『これは日韓両国が国家として持っている外交保護権を相互に放棄したということであり、個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたものではない』と明言している」としている。
また、最高裁判決については、2007年4月27日、中国の強制連行被害者が西松建設を相手に起こした裁判で「日中共同声明によって『(個人が)裁判上請求する権能を失った』としながらも、『(個人の)請求権を実体的に消滅させることを意味するものではない』と判断」したとしている。その結果、西松建設は被害者との和解を成立させ、謝罪して和解金を支払っている。
日本政府が個人の請求権を認めていたのは、日本国内の戦争被害者、例えば原爆被害者や空襲被害者が日本政府に賠償請求した場合、日本政府の賠償責任を回避するためだった。「その話は米国に…」と言えるように個人の請求権を認めたのだという。
日本は真摯に謝罪していない
そもそも、1965年の日韓基本条約および日韓請求権協定の過程で日本は植民地支配に対する謝罪も賠償も行っていない。日韓条約は冷戦構造が鮮明になるなか、米国の肝いりで結ばれたものだった。南北対立を固定化し、冷戦構造に巻き込まれるとして、日韓両国内で反対運動が起こったことは言うまでもない。
民間も含めた無償有償の8億ドルが「経済協力金」として提供されたが、それは賠償金ではなく、「独立祝い金」であった。当時の朴正熙政権は、これらの資金を経済建設に振り向けて「漢江の奇跡」を実現した。その過程でそれらの資金が日本企業に還流する構造となり、日韓癒着ともいわれた。
前述の共産党の文書によると、「日本の韓国への植民地支配への反省」を日韓両国が公的文書で初めて明記したのは、小渕恵三首相と金大中大統領の間で交わされた「日韓パートナーシップ」(1998年)だという。昨年は期せずして20周年だった。
「日韓パートナーシップ」には次のように書かれている。「小渕総理大臣は、今世紀の日韓両国関係を回顧し、我が国が過去の一時期韓国国民に対し植民地支配により多大の損害と苦痛を与えたという歴史的事実を謙虚に受けとめ、これに対し、痛切な反省と心からのお詫びを述べた」。しかし、あらためて賠償することにはならず、いわば「未来志向」的に処理されただけだった。
ここで、もう一度韓国大法院の判決内容を見てみたい。
判決文によると、原告たる元徴用工は「朝鮮半島が日本の不法で暴圧的な支配を受けている状況で、労働の内容や環境をよく知らないまま日本政府と日本製鉄の組織的欺きによって動員」され、「生命や身体に危害が及ぶ可能性が非常に高い劣悪な労働に従事した」。この請求権は、「不法な植民地支配や侵略戦争遂行に直結した日本企業の反人道的な不法行為を前提とする強制動員被害者」のものである。この判決で示されているのは、未払い賃金や賠償ではなく、こうした強制動員された被害者への慰謝料である。
さらに、日韓請求権協定について次のようにいう。協定は、「日本の不法な植民地支配に対する賠償を請求するためのものではなく、日韓両国間の財政的、民事的債権・債務関係を政治的合意により解決するためのものだった」。すなわち、協定は「植民地支配に対する賠償」を対象としていないと述べている。
日韓両国は日韓請求権協定そのものにたいする理解が全く違うのである。それではなぜ「日本の不法な植民地支配に対する賠償を請求するためのものではない」と言えるのかというと、「日韓請求権協定の交渉過程で、日本政府は植民地支配の不法性を認めず、強制動員被害の法的賠償を根源的に否定し合意に至らなかった」からだとしている。
問われる植民地支配への反省と人権問題
日韓間では、徴用工問題のほかにもギクシャクした関係が続いている。
第一に、「和解・癒し財団」の2018年内解散がある。これは朴槿恵前政権時代の2015年12月に両国政府による慰安婦合意が成立し、日本が拠出した10億円によって設立されたものだ。当事者の慰安婦ハルモニの意向を聞くこともなく、謝罪もないまま金で解決しようとしたものだった。当事者が求めている謝罪については、なんら言及されなかった。構図は徴用工問題とまったく同じである。
日本が拠出した10億円の返還が計画されている。この問題が公然化したのは昨年9月の日韓外相会談で康京和外相から伝えられた。同月下旬の国連総会でも文在寅大統領が「韓国は日本の慰安婦被害を経験した」と演説で触れている。韓国では朴槿恵前政権時のさまざまな政策が見直されているが、そうした清算されるべきもののひとつと認識されている。
韓国ではソウル大使館と釜山領事館のまえに慰安婦問題を象徴する「少女の像」が設置されているし、さまざまな慰安婦像が韓国国内にも設置され、在外韓国人らの呼びかけで中国、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ドイツの世界各国にも拡散している。さらに、徴用工の像も韓国国内で拡散しているのが現状だ。韓国国民の間では、金銭的な問題ではなく、人権問題と考えられている。それぞれの当事者に心からの謝罪が行われるべき問題であるのに、札束で黙らせるような日本政府の姿勢こそが問われている。
第二に、レーダー照射問題。朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の遭難船の救助活動を展開していた韓国の駆逐艦に自衛隊のPC哨戒機が接近した際に、駆逐艦からの火器レーダー照射を受けたというものである。しかし、日韓の主張は真っ向から対立し、双方の動画公開となり、韓国側は日本に謝罪を要求するまでになっている。
この問題を最初に言い出したのは日本側だった。友好国である韓国に対する公開抗議は異常なことであり、軍事当局間の協議で問題解決をすべきだった。一連の韓国側の対応に対する日本政府のいらだちの表現だろう。韓国軍が朝鮮船の遭難救助を行っていたことにも不満があったのかもしれない。
安倍政権の歴史認識を糾弾する声を!
安倍首相が歴史修正主義者であることは有名だ。日本の侵略戦争と植民地支配を心から反省する姿勢がないどころか、靖国史観そのままにそれらを美化する姿勢を貫いている。
安倍政権周辺の多くが所属している「日本会議」の歴史認識は、そのブログによると次の通りである。「中韓両国は、わが国の近現代史を、両国への一方的な侵略の歴史であったとしてわが国に謝罪を要求する外交圧力をかけている。…わが国の行為のみが一方的に断罪されるいわれはない。…大東亜戦争は、米英等による経済封鎖に抗する自衛戦争としてわが国は戦った。…戦後のわが国では、過去の歴史に対する事実関係を無視したいわれなき批難を日本政府および日本政府に向ける風潮が横行してきた。いわゆる『従軍慰安婦強制連行』問題もその一つである。…わが国にようやくかかる風潮と決別し、事実に基づく歴史認識を世界に示そうという動きが生まれてきた。安倍首相の一連の言動にもその顕れは観取できる」。
安倍首相の一連の言動は、「日本会議」も称賛するものとなっている。こうした歴史認識に立っている限り、真摯な植民地支配への反省は生まれてこない。朝鮮との国交交渉についても拉致問題を政治利用しながら、その根本問題を回避しようとしている。しかし、こうした歴史認識が日本国民に蔓延しているからこそ、安倍政権が安泰であることも忘れてはならない。日本国内から彼らの歴史認識を糾弾する声をあげなくてはならないときだ。
おおはた・りゅうじ
1952年北海道生まれ。韓国、中国での居住歴あり。朝鮮半島、中国に関するレポート、論考多数。バンプ『朝鮮半島をめぐる情勢と私たち』(完全護憲の会)。共訳書として『鉄条網に咲いたツルバラ』(同時代社)、『オーマイニューの朝鮮』(太田出版)など。ブログ「ドラゴン・レポート」主宰。
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