コラム/経済先読み
米中「半導体戦争」は軍事覇権の争い
グローバル総研所長 小林 良暢
中国、半導体国産化を目指す
暮れも押し詰まった昨年12月22日、日本経済新聞が台湾の鴻海精密工業とその子会社であるシャープが、中国に最新鋭の半導体工場を新設する方向で地元政府と最終調整に入ったというニュースを報じた。広東省の珠海市政府との共同事業で、直径300ミリのシリコンウエハーを使う最新鋭の大型工場を建設するする構想で、総事業費は1兆円規模になるという。
関係者によると、新工場建設の資金は中国政府の補助金や税金の減免などを通じ、事業費の大半を市政府などが負担する方向で協議が進んでおり、この工場を担うのが鴻海グループの中で唯一の半導体生産を手がける日本法人のシャープだという。
中国に於ける半導体産業の現状はというと、アップルのスマホを造るにも、そのキーパーツのCPUはアメリカのインテルから、家電などのエレクトロニクス機器ではそれを稼働させるDRAMやメモリーなどの半導体を1台当たり数十個、ハイテク高級乗用乗車になると2千個を搭載するとされ、それもサムソンやクアルコム、東芝、ルネサスといった韓・米・日からの輸入や外資系企業からの調達に頼っている。
トランプ米大統領によるイラン問題に絡み、米企業からの半導体調達を断たれた中興通訊(ZTE)が経営危機に追い込まれたことや、カナダ司法当局によるファーウェイ(華為技術)の女性副会長の拘束など、ハイテク分野で覇権を競う米国からの対中圧力が強まる中で、台湾企業の鴻海による部品調達といえども、それが中国本土で製造されて米貿易赤字の元凶と見做される。そうした中国サイドの危機感が半導体の国産化を進める背景であると、日経新聞は解説している。
だが、中国が「自前半導体」へ執念を燃やすのには、いま少し深い事情があるように思える。
中国、半導体国産化の困難
中国政府は、習近平国家主席が領導する「中国製造2025」で、半導体の自給率を2020年に40%、25年には70%に引き上げる構想を掲げている。しかし、国内自給率は10%そこそこと、なんともお寂しい現状である。
一方、半導体を造るにも半導体製造装置が不可欠であり、中国の半導体製造装置の設置規模はすでに日本を越え世界3位に浮上、18年には台湾を抜き世界2位に、19年には首位の韓国に接近するというから、その通りに行けば、半導体製造大国も夢ではない。だが、半導体製造装置を造るメーカーとしては、世界最大手のアプライドマテリアルズやラムリサーチ、東京エレクトロンなどの米国や日本勢の壁が立ちはだかる。
半導体を造るのに、製造装置を造ることからはじめるというのは、いかにも“泥縄”で、「製造大国」も先が思いやれる。台湾の半導体大手幹部は、米日の「装置メーカーは今のところ協力的だが、米国から圧力がかからないかが心配だ」と話す(日経新聞「中国『自前半導体』へ執念」2018.12.22)。
そうだとすると、トランプ政権はちょっと騒ぎすぎではないかということになる。米欧日が、ファーウェイを問題にするのは次の2点。ひとつは年が明けてウォールストリートジヤーナルが報じた、米携帯電話大手のITモバイルからファーウェイが企業機密を盗んだとして訴えている、いわゆる機密情報の侵害、いまひとつは安全保障上のサイバーセキュリティー攻撃である。だか、いずれも、騒がれている割には、週刊誌ネタの域を出ない案件である。
それでも日本の技術が必須
これに比べると、昨年9月にファーウェイが発表したスマホ新機種向けのCPU「Kirin 980」に注目すると、世界市場でホットになっている次世代半導体戦争の方をトランプ政権が問題にしていることが見えてくる。
このCPUを開発したのが、ファーウエィ100%出資の半導体設計会社「ハイシリコン」だ。その研究開発投資は、一社で米半導体業界全体を上回る規模に達し、その大部分が次世代通信規格・5Gの基盤を担う最先端半導体である。
アップルにしても、インテルにしても製造は中国に依拠しており、「設計からハードウエア生産とソフトウエア、システム構築をすべて統合できる企業は中国しかない」という現実である。そのキーパーツを中国が握れば、その基軸であるファーウェイは、トランプ政権からみれば、米国の軍需産業を出し抜く可能性を持つ最も警戒すべき企業だと認識したということにある。
だが、世界の最先端を狙う中国半導体産業にも、私は決定的に弱点があると考えている。わずか2~3ミリ角のマスクには、それを取り巻くシリコンウエハーや化学素材、マスク焼き付けのカメラメーカー、クリーンルームの環境設備会社はおろか、東京蒲田の砥石メーカー(超硬質カッター)まで下請け・孫請けの2000社の技術が刷り込まれているという。
この半導体製造の産業インフラは東京蒲田や東大阪に集積している中小企業が支えてきたのであるが、中国にはそれがない。かって世界の半導体メーカーが競って蒲田詣で・東大阪詣でをしたように中国もやるだろう。だが、鴻海でもシャープでも、中小企業を訪ねて話を聞いたり、試作品の発注でもすれば、中国がどんな最先端半導体を造ろうとしていることが、バレバレになる。忍者の国ニッポンは、ファーウェイよりもくせ者だということだ。
こばやし・よしのぶ
1939年生まれ。法政大学経済学部・同大学院修了。1979年電機労連に入る。中央執行委員政策企画部長、連合総研主幹研究員、現代総研を経て、電機総研事務局長で退職。グローバル産業雇用総合研究所を設立。労働市場改革専門調査会委員、働き方改革の有識者ヒヤリングなどに参画。著書に『なぜ雇用格差はなくならないか』(日本経済新聞社)の他、共著に『IT時代の雇用システム』(日本評論社)、『21世紀グランドデザイン』(NTT出版)、『グローバル化のなかの企業文化』中央大学出版部)など多数。
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