特集●労働法制解体に抗して

どこへ行く「リベラル民主主義」

トランプの「分断」どこまで、11月中間選挙の審判は

国際問題ジャーナリスト 金子 敦郎

ソ連の崩壊によって社会主義陣営が分解して冷戦が終結したとき、「リベラルな民主主義」が究極の統治原理であることが明らかになり、様々な政治体制をめぐる人類の争いに答えが出たとして、米歴史哲学者フランシス・フクヤマ氏は「歴史は終わった」と論じた。そのリベラルな民主主義の本拠地である米国にトランプ大統領が登場して1年半余り。リベラル民主主義の基本にある議会制民主主義や国際協調主義に真向から挑戦して力ずくの「米国第一」(米国優先―単独行動)を振り回すトランプ氏によって、世界は大混乱に陥っている。

トランプ登場とは歴史の気まぐれなのか。いや、リベラルな民主主義の生命が尽きようとしているのだろうか。米国では少なからぬ著名なジャーナリストや学者が、リベラル民主主義の将来を懸念する声を上げ始めている。その時期にフクヤマ氏が来日、日本記者クラブで記者会見に応じた。フクヤマ氏はどう見ているのか。その立場から質問に立ち、次のような質疑、応答があった。

質問:11月の中間選挙でトランプ大統領が上院、下院、および州知事の選挙などで後退し、影響力を失って1期4年で退陣した場合、2020年にどんな政権が生まれると思うか。

答え:穏健な民主主義政権が生まれ、民主主義は回復されるだろう。

質問:トランプ大統領が中間選挙を乗り切り、政権が2024年まで2期8年続いた場合はどうなるだろうか。米国だけでなく欧州でもトランプ氏に似た右翼的ポピュリズム勢力が勢いを得ている。リベラル民主主義はどうなると考えるか。

答え:そうした状況にならないためには、世界の先進民主主義諸国が力を合わせて戦わなければならない。その場合、日本には重要な役割を担ってもらいたい。

質問:(別の出席者から)今でもリベラルな民主主義を究極の統治原理と考えているか。

答え:もちろんそうだと信じている。「歴史の終り」を提唱したころは、(民主主義をリードする人たちが)これほどまでに腐敗することは見通せなかった。

フクヤマ氏の発言からは、同氏がトランプ氏の「破壊力」に危機感を抱いていることが伺える。これは本稿の主題ではないが、、2番目の質問に対する答のなかで、民主主義を守るために先進民主主義諸国が戦わなければならないと指摘した中で、日本の役割と責任を強調したことに一言コメントしておく。フクヤマ氏は日本政治に詳しく、言葉通りに受け取れば日本民主主義を評価し、期待したものだが、安倍政権に注文を付けたとも受け取れる。(注:フクヤマ氏は2016年『Political Order and Political Decay』を刊行。邦訳『歴史の衰退』上下・講談社2018年6月)

異例の「減らない支持率」

米国では新政権が1年半を過ぎた11月初旬、中間選挙が行われる。中間選挙は直接に大統領の支持・不支持を問うものではないが、大統領に対する最初の国民の審判と位置付づけられている。国政レベルでは、⑴ 各州を代表する2人の計100人、任期6年の上院議員の3分の1 の改選、⑵ 全米535小選挙区から選出される地域代表が構成する下院の任期2年の全議員の改選。地方レベルでは州知事、州や市など地方自治体議会議員や地方判事・検事などが選ばれる。

選挙は原則的に共和、民主両党の予備選挙で選ばれた候補者の間で争われる。米国では大統領権力を制約する議会の権限が強く、上院と下院で与党と野党がそれぞれどれだけの議席を獲得するかが、国政の主導権に直結する。州の独立性も強く、知事以下の地方権力を握ることは中央レベルの両党力関係に強い影響をおよぼす。

中間選挙では新大統領の与党が苦戦するのが通例だった。ご祝儀相場の期間が過ぎて熱が冷めるとともに、選挙戦で打ち上げた政策や公約が現実の壁にぶつかって、支持者の期待がしぼむことなどが理由とみられている。

民主党は前任のオバマ大統領が当選した2008年に上下両院の多数を制した。しかし2年後の中間選挙で下院の多数を共和党に奪われ、オバマ再選後の2014年中間選挙で共和党の歴史的な大勝利を許して上院の多数も失った。共和党はさらに州知事選でも過半数を獲得し、オバマ政権のもとで地方における勢力を急速に伸ばした。

トランプ氏の場合、各種の世論調査によれば、就任直後の支持率は30%台半ばから40%すれすれで、歴代大統領の中で最低レベルだった。ところがその後、この数字は上がりもせず下がりもせず、堅実に維持されている。こんな前例はない。トランプ氏はここでも異例の大統領なのだ。

この数字はトランプ氏が「信者」といわれるほどの固い支持層に支えられていることを示している。今回の中間選挙では、与党不利のジンクスにもかかわらず、共和党有利との見方につながっている。

選挙の焦点は共和党が上下両院支配を維持するか、それとも民主党が両院のどちらか、あるい両院を奪回するかにある。

トランプ氏の「執念」

トランプ氏は中間選挙の勝利に執念を抱いているように見える。トランプ氏は大統領選挙でほとんどが予想しなかった劇的勝利を収めた。独特の大統領選挙法による各州の大統領選挙人の数(人口比)で、トランプ候補が多数を得たからだ。しかし、獲得した総得票数では敗れた民主党候補(クリントン氏)に300万票の大差をつけられた。自信家で過剰なまでの自己顕示欲を隠さないトランプ氏はこれが我慢できない。中間選挙には何をしてでも勝って権威を高めたい。その勝利は2020年の再選にもつながる。トランプ氏は就任早々から多くの問題をはらみ、反対の多い「選挙公約」の力ずくの実行に取り掛かった。予想通りに内外で多くの混乱や批判を引き起こしながらも、トランプ氏は全て「成功」と自讃するのがパターンになった。

北朝鮮の金正恩委員長との初の米朝首脳会談もそのひとつだ。戦争の危機から一転、対話に転じる首脳会談開催が決まったとき、ワシントンではトランプ氏がなにがなんでも中間選挙へのアピールになる「大成功」を手にするために大きな譲歩をするのではないかとの懸念が広がった(『現代の理論デジタル』15号、拙稿『米朝どちらも「成功」が欲しい』)。その通りになった。

トランプ氏の「大成功」の主なものを振り返る。

(1) イスラム圏からの移民締め出し(最終的に最高裁が合憲と容認。共和党がオバマ大統領が指名したリベラル派判事の上院承認審議を拒否してたなざらして、トランプ大統領が就任早々、保守派を指名したことで5対4の合憲判決(少数意見のリベラル派判事の1人は第2次大戦中に日系米国人を敵性国人扱いして強制収容所送りにした過ちを繰り返したと論述)。 

(2) 2,000万人の不法在留者(不法移民)の国外追放と難民受け入れ審査の厳格化(子どもを残したまま国外に追放されたり、長期化する親の難民審査の間、幼い子どもが親から引き離されて別の収容所に入れられるケースが起こり、非人道的との批判)。

(3) トランプ支持に回った斜陽産業地帯(ラストベルト)の白人労働者の救済として閉鎖された鉄工場や石炭鉱山などを無理やり再開させたり、国際的な激しい競争を展開している鉄鋼、自動車などの重要産業の輸入に高額の関税をかけるなどの保護主義政策を強行、相手国からの報復を招いて、国際的な貿易戦争に発展しようとしている(国際経済に大きな悪影響が及ぶとの懸念が広がっている)。

(4) 環太平洋連携協定(TPP)、パリ協定(地球温暖化対策)、イラン核開発制限合意などの国際条約・協定から脱退、北米自由貿易協定(NAFTA)の一方的な見直し(国際秩序の無視・破壊)。

(5) G7(主要先進7カ国会議)、G20、EU(欧州連合)、NATO(北大西洋条約機構)などの国際機関や国際会議の首脳会議に出席してあくまでも「米国第一」(America First)を主張して国際的な「孤立」(America Alone)を深めている(強い大統領)。

(6) プーチン・ロシア大統領、習近平・中国主席などの独裁的あるいは強権的国家指導者を称賛、友好関係を求める積極的首脳外交を進める(同)。

(7) 中東和平の障害になってきたイスラエルの占領地における入植活動の批判は封印、エルサレムを首都とするイスラエルの立場を承認し、米大使館を開館(トランプ氏の強固な支持組織であるキリスト教福音派およびイスラエル・ロビー向け)。

(8) 北朝鮮の金正恩委員長と史上初の米朝首脳会談を行い、朝鮮半島の非核化で合意した。トランプ氏は「大成功」と例によって自讃。しかし、非核化を具体的にどう進めるかは後回しにされ、北朝鮮問題にかかわってきた政府内外の専門家や外交・安全保障関係者の強い批判を浴びている(強い大統領)。

(9) ロシアのプーチン大統領と首脳会談を行って、米ロ関係改善で合意した。だが、国民の関心は大統領選挙戦でトランプ氏を有利に導く目的で、プーチン氏の指揮のもとロシア情報当局(GRU)がサイバー攻撃なっどによって大統領選挙に介入したという「ロシア疑惑」。捜査担当のモラー特別検察官が会談直前にGRU要員12人を起訴。記者会見で米国の捜査当局の判断を無視してプーチン氏がきっぱり否定したから疑惑はなかったと発言。

上記9項目のうち(1)から(4)までと(7)は、トランプ氏の票に直接つながると受益者は見当がつく。しかし(5)(6)と(8)(9)は外交問題なので賛否がいろいろあり、受益者は特定しにくい。そのうち(8)と(9)はトランプ氏に対する批判が噴き上がった。

失敗の「挽回」に懸命

米朝首脳会談の北朝鮮(朝鮮半島)非核化合意はまたも北朝鮮の「罠」にはめられたという見方が日々、強まっている。北朝鮮は中間選挙が迫り「失敗」とは言えないトランプ氏の足元を見ながら主導権を握り、しかも「トラの尻尾」は踏まないだろう。「罠」にはめられたというより自分から飛び込んだといえそうだ。中間選挙にはマイナスになった。

世界にライブ中継された米露首脳会談終了後の記者会見で、トランプ氏はロシア疑惑を否定したプーチン氏の発言を鵜呑みにして「疑惑はでっち上げ」と発言。与党共和党幹部や日ごろはトランプ氏に好意的な保守派ジャーナリストの中からも強い批判がでた。「米国の捜査結果を否定してプーチンを信じる大統領がいるとは・・・」「米国大統領としては前例のない不名誉」。「反逆に等しい」という怒りさえあった。批判の広がりにあわてて「言い方を間違えた」と無理な言い訳をし、それをまた曖昧にするという混乱。

トランプ氏はそれでも米露主脳会談は「成功」だった、「知能指数の低いものが批判しているだけ」といつものようなツイート。

自分の基礎票の上に中間票を、できれば民主党票を積み上げたいと考えていたトランプ氏の「中間選挙」戦略は破綻に瀕している。トランプ氏はこの大失敗の埋め合わせを始めた。トランプ氏はオバマ政権が英仏独とロシアを加えてやっとまとめたイラン核開発封じ込めのための合意から一方的に離脱、イラン制裁を再開・強化してきたが、イラン産石油の輸出をシャットアウトするよう各国への圧力を強め、さらにイランが対抗して核濃縮を密かに拡大していると各国に対応を要請。イランと米国の間で「警告合戦」が始まった。危機を演出して危機感を高め、国民の支持を集めようというのだろう。

危機をあおるだけではまずい。米国史上最長の戦争となったアフガニスタンの和平に手を出すのではないかとの見方も。「北朝鮮非核化」がもたついているので米朝会談で共同宣言に盛り込んだままの「朝鮮戦争終結宣言」に踏み切るとの観測もある。これは戦争当事者の中国抜きでできないと中国がけん制している。中間選挙は夏中に共和、民主両党の候補者が出そろって9月から本格的な選挙戦に入る。トランプ氏がさらにいろんな「サプライズ」に出る可能性が高い。

「ロシア疑惑」の重圧

トランプ氏は「ロシア疑惑」からも、じわじわと追い詰められている。疑惑は選挙戦中に米連邦捜査局(FBI)がキャッチ、トランプ候補の陣営幹部やトランプ氏の息子らが駐米ロシア大使をはじめロシア・コネクションのある国際ロビーストなどと頻繁に接触、トランプ社(オーガニゼーション)の本部にあたるニューヨークのトランプタワーでもしばしば会合が行なわれていた。トランプ陣営側の何人かとロシア情報機関員12人が既に起訴されているが、トランプ氏本人がかかわっていたとなれば、弾劾裁判にもつながる。

トランプ氏は「ロシア疑惑」捜査が気がかりで、就任直後にコミーFBI長官に捜査打ち切りを求めたり、自分に対する忠誠心を要求したりして拒否され、解任。疑惑捜査にあたることになったモラー特別検察官(元FBI長官)の解任の機会をうかがっている。

トランプ氏はモスクワにもビジネス関係を持っていて、選挙戦で最悪状態にある米露関係の改善を公約に加え、プーチン氏を「優れた指導者」と評価してきた。ヘルシンキでの首脳会談では「プーチンべったり」を丸出しにした。米国では冷戦時代そのままに、ロシアに対するパラノイア的な不信感が根強い。冷戦終結時にロシアとの正常な関係を求める動きが出たが、結局はロシア敵視政策を継続する勢力が主導権を握った。オバマ政権は米露関係のリセットに取り組んだがうまく進まない。プーチン大統領のウクライナ内戦への介入・親露地域の分離後押しと、ロシア海軍基地のあるクリミア半島併合で、米国および西欧とロシアの関係は冷戦時代に逆戻りした状況になっている。

そのプーチン氏にトランプ氏がなぜ入れ込んでいるのか。大きな謎だ。米露関係改善を主張しても、今は米国では支持する人はほとんどいない。首脳会談であんな発言をすれば激しい批判を浴びるのを分かっていなかったとすれば、これも理解しがたい。

ヘルシンキの首脳会談後の会見でプーチン氏は、「トランプ氏が選挙戦で対露関係の改善を唱えていたのでその当選を望んだ」と確認した。米国人記者がずばり「大統領はトランプ氏を破滅させる材料を握っているのか」と質問、プーチン氏は「ばかばかしい」と取りあわなかった。

ロシア政府は首脳会談で口頭による合意があり、ロシア側はいくつかの提案もしたと明かしている。トランプ氏は何も語っていない。今後、米露首脳会談から何かが転がり出てくる可能性がある。

米露首脳会談も朝鮮半島非核化合意も、そのこと自体は前政権ができなかった新しい関係を開いたという点で、トランプ氏の「歴史的業績」につながる潜在的な意味を持っているかもしれない。「朝鮮半島の非核化」が進み、朝鮮戦争が終結し、北朝鮮、在韓米軍を含めた韓国、つまり米国、中国、ロシアの3大国の接点、朝鮮半島が3大国の核の恐怖からも抑止力からも自由になれば、地政学の条件が大きく変わり、平和と安定につながる可能性が生れる。被爆国・日本は歓迎し参加するべきだろう。共同声明にこんな重要項目が盛り込まれていることをトランプ氏は分かっていたのだろうか。

「モザイク国家」の悪夢

トランプ氏が引き回した2016 年大統領選挙の予備選挙から本選挙、そしてトランプ政権の1年半を通してみてきて、ある危機感に襲われている。

米国は南北戦争という大きな犠牲を払って、奴隷解放を宣言した。そのあとも黒人差別は生き続けた。90年ほどたって公民権運動が起こり、人種差別撤廃を実質的なものにする法律はできた。それでも、人種差別は米国社会の「業」のように、ことあるごとに「事件」が引き起こされた。それでも「アメリカン・ドリーム」を求めて中南米、アフリカ、中東、アジアから移民がやってきて、差別の対象も広がった。この傾向が続くと2045 年ごろには白人は人口の半数を割る。最近の人口動態調査では、白人が半数以下になる時期はさらに早まるとみられるという。白人はますます危機感を募らせる。

共和党の7割を白人が占めて白人の党になった。民主党は黒人、中南米系、その他の少数派の大半が身を寄せる有色人種の党になった。地域的にも共和党は中西部の農村中心、民主党はニューイングランド北東部と西部の大都市に色分けされた。両党の対立は年々、先鋭化した。はじめての黒人大統領が民主党に生れたとき、米国民主主義が高揚したように見えた。だが、共和党の反発は強く、対立は嶮しさを加えた。そしてトランプ大統領が登場した。

トランプ大統領の出現は米国で進行する「分断」がもたらしたともいえる。トランプ政権が続く限り、「分断」はさらに深まる。米国の「分断」には長い歴史がある。米国に最初にきたのはアングロ・サクソンと呼ばれる人たちだった。あとを追って様々な民族、人種がやってきて、米国人になっていく。米国は「人種のるつぼ」と呼ばれた。

移民の数が増えるにつれて、「同化」を押し付けるのではなく、いろんな人種がひとつの「サラダボウル」に入って、それぞれの特性を残したまま一つの国を形成するという多元文化主義が現れた。サラダボウル論と呼ばれた。いろんな楽器がそれぞれの音を奏でながらひとつの曲を生み出すオーケストラにも例えられた。「人種のるつぼ」は神話化していった。

移民がさらに増えると、ますます多彩な形態と輝きを持つ小石や貝殻の小片が思い思いに集まるモザイク国家になる。しかし、モザイクはある力が加わるとばらばらに分解してしまう。米国はモザイク国家に向かっているのではないか。

かねこ・あつお

東京大学文学部卒。共同通信サイゴン支局長、ワシントン支局長、国際局長、常務理事歴任。大阪国際大学教授・学長を務める。専攻は米国外交、国際関係論、メディア論。著書に『国際報道最前線』(リベルタ出版)、『世界を不幸にする原爆カード』(明石書店)、『核と反核の70年―恐怖と幻影のゲームの終焉』(リベルタ出版、2015.8)など。現在、カンボジア教育支援基金会長。

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