コラム/経済先読み
米中の「AI戦争」勃発
21世紀の覇権国家へ戦端開く
グローバル総研所長 小林 良暢
トランプ米大統領は7月10日、中国の知的財産侵害に対する制裁関税の追加措置案を公表した。この措置は、米国の2000億ドルの対中制裁関税の積み増し指示に対抗して中国が報復に動いたため、さらに追加関税の対象を広げたものである。中国側もさらなる報復に出る構えで、米中貿易戦争は報復の泥沼にはまり込むとの観測もある。
だが、私はそうはならないと先読みする。その根拠は二つある。
ひとつは、中国の金融市場の懸念だ。6月に入ってから、米中貿易戦争による経済減速懸念が強まり、上海株式と人民元が急落。これ以上米中対立を煽れば、いまや中国経済のアキレス腱になりつつある金融市場がさらに動揺しかねないとの判断が、中国金融当局にはあるからだ。絶好調のアメリカ経済がドル高や高金利に向かうなかで、中国からの資金流出が高まる。中国の対外債務は約4兆6000億ドル(517兆円)にのぼり、外貨準備の1.4倍もあるので、巨額の対外ドル債務を負っている中国にとって、人民元の下落は大きな債務負担を負うことになる。
いまひとつは米国側の事情で、対中貿易赤字の中には、アップルのiPhone、HPやデルのパソコン、ナイキのシューズなど、米多国籍企業が中国に製造委託して「逆輸入」している製品が多い。しかも、iPhoneの中核部品の供給元は日本が断トツで(6億7千億ドル)、中国人の組立工の労働コスト総額の倍である。中国からすると、アメリカに売って儲けた利益は日本に吸い上げられていると言い訳するが、これは白髪三千丈、話半分に聞き流せばいい。されど、これがグローバル・チェーンというもので、これでお互いに利益を享受しているのだからトランプだって分かっているはず、いい加減のところで手を打つはずだ。
だが、トランプの米国には、手打ちにできない問題がある。
今回の米国の制裁措置は、米経済や世界のサプライチェーンへの影響が大きいスマホなどは対象外としている。私はアップルへの配慮だとシンプルに見立てている。また、ロボットや工作機械などのハイテク製品には、制裁を堅持している
これから分かることは、トランプの真の狙いは、習近平が掲げる「中国製造2025」にある。中国「全人代報告」によると、2025年にはAI革命の中核であるハイテク分野の供給能力を高めて「製造強国」になり、また30年代前半には「AI大国」になって、その先には中国がGDPで米国を抜き、技術・軍事と併せて世界覇権をめざそうというものである。
かかる中国のAI・EV革命と一帯一路による覇権戦略に対して、とくに米ホワイトハウス当局者は危機感を強めており、その出発点の「中国製造2025」の撤廃を求めようとしている。中国はこれを拒否するだろう。
21世紀の世界覇権を巡る、米中「AI戦争」が、いま始まろうとしている。
トランプ政権はこの7月13日、中国の通信機器大手ZTE(中興通訊)が10徳ドル(約1120徳円)の罰金を支払うことで制裁を解除した。この事件は、イラン制裁関連で部品を輸出するのを禁じたものに違反したことによるものである。
また、米カリフォルニア州のサンノゼ空港で米連邦捜査局(FBI)捜査官が、北京行きの飛行機に乗ろうとした米アップル社の中国人の元男性社員を逮捕した。この男性は2015年から同社に勤務、自動運転車の開発に携わっていたが、「母親が病気なので中国に帰りたい」と退社を申し出ていた。しかし、自動運転車を開発する小腸汽車(広州市)に転職する予定が明かになったという。
一方の中国では、オンライン決済・クラウドコンピューティングの大手アリババやテンセントでは、両社のサービスを支える巨大データセンターは半導体の固まりである。現在は米インテル、クアルコムなどからの輸入に頼っているが、これらの汎用半導体に満足せず、独自の半導体開発にも着手しつつある。
21世紀の覇権国家を巡って戦端が開かれているのである。
こばやし・よしのぶ
1939年生まれ。法政大学経済学部・同大学院修了。1979年電機労連に入る。中央執行委員政策企画部長、連合総研主幹研究員、現代総研を経て、電機総研事務局長で退職。グローバル産業雇用総合研究所を設立。労働市場改革専門調査会委員、働き方改革の有識者ヒヤリングなどに参画。著書に『なぜ雇用格差はなくならないか』(日本経済新聞社)の他、共著に『IT時代の雇用システム』(日本評論社)、『21世紀グランドデザイン』(NTT出版)、『グローバル化のなかの企業文化』中央大学出版部)など多数。/p>
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