論壇
日本のGDPは5年後 中国の5分の1
自覚し日本はソフトパワーを磨け
日本経済大学大学院教授 叶 芳和
IMFの推計によると、中国のGDP(購買力平価換算)は2014年に米国を追い抜き世界一となり、5年後(2019年)は日本の5倍の規模になる。中国の輸入吸収力は巨大で、アジア諸国は中国への依存度をますます高めていく。中国主導の「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)も、中国とアジア諸国との経済連携強化の役割を果たそう。というか、AIIBは中国のアジア経済戦略の柱になろう。
近隣にわが国の5倍もの経済大国が出現し、またその周辺に「アジア地域連携経済圏」が出現する。TPPより大きな、そして世界で最も高成長な経済圏の誕生である。日本はどう対応すべきであろうか。巨大な経済圏とどう付き合うか、われわれは重大な進路選択を突き付けられている。
1.5年後の日米中のGDP比較
中国が世界一の経済大国になる。
IMF報告によると、2014年のGDPは為替レート換算によると、米国17兆4160億㌦である。これに対し、中国は10兆3560億㌦である。まだ米国の方が大きい。しかし、購買力平価(ppp)換算で見ると、中国のGDPは17兆6320億㌦となり、米国を超えた。そして、5年後(2019年)には、米国22.2兆ドルに対し、中国26.9兆ドルと大きく上回る(IMF, World Economic Outlook Database, October 2014)。
日本のGDPは2014年4兆7700億㌦、2019年5兆5433億㌦(pppGDPは5兆5280億㌦)である。5年後、中国のGDPは日本 の5倍になる(注、日本のGDPは為替レート換算も購買力平価換算も大差ない)。日本と中国を指してアジアの「2大経済大国」と言うことが語られるが、日本経済は中国の5分の1の大きさである。
2013 | 2014 | 2015 | 2016 | 2017 | 2018 | 2019 | |
中国 | |||||||
為替レート換算 | 9,469 | 10,356 | 11,285 | 12,235 | 13,263 | 14,353 | 15,519 |
購買力平価換算 | 16,149 | 17,632 | 19,230 | 20,933 | 22,780 | 24,756 | 26,868 |
米国 | 16,768 | 17,416 | 18,287 | 19,197 | 20,169 | 21,158 | 22,148 |
日本(為替レート換算) | 4,889 | 4,770 | 4,882 | 5,001 | 5,155 | 5,295 | 5,433 |
2.新しいアジア地域連携経済圏の形成
アジアの相互依存関係の変化
21世紀に入って、世界の相互依存関係は劇的な変化を見せた。
第2次大戦後、日本も東南アジア諸国も、世界最大の市場・米国に輸出することで経済発展した。しかし、2000年代に入って、中国の経済発展に伴い、日本もASEAN諸国も、中国への依存が高まった。 日本の対中輸出依存度は1995年の5.0%から、2013年18.0%に上昇(対米依存度は27.3%から18.5%に低下)、ASEANの対中輸出依存度は2.6%から12.3%に上昇(対米依存度19.1%から9.1%に低下)した(注、1995年はASEAN5)。日本も東南アジア諸国も、中国を相手にメシを食っている構図である。(詳しくは拙稿「アジアの相互依存関係の変化‐日本外交の効果を考える‐」『日本経済大学大学院紀要』 Vol.3、No.1、pp1~15参照)。
中国の輸入吸収力は巨大である。人口13億、しかも急速な経済成長に伴う一人当たり所得の増大が背景だ。IMF予測によると、今後も6~7%の経済成長が続くので、中国の輸入規模は拡大し、アジア各国の中国依存度は上昇しよう。
なお、アジアの域内貿易も急増してきた。東アジア諸国の輸出総額に占める域内向け輸出の割合は、1995年45.2%、2000年46.8%か ら、2003年57.8%、2013年には83.3%に上昇した。(東アジア=ASEAN+ANIES+中国)。中国を除いた東アジアの域内貿易の比率も 53.9%になっている。紛れもなく「東アジア経済圏」が、いつの間にか形成されているのである(表2参照)。域内諸国の所得・消費増加とサプライチェーン形成の結果である。
筆者は30年近く前、欧州のEC、北米のNAFTAに次ぐ第3の経済圏「東アジア経済圏」成立を予想した。アジアの経済発展が筆者の予想を的中させたのである(拙稿「“三極化”で世界経済はどう変わるか?」PHP研究所『THE 21』1988年8月号、同「ブロック化は世界経済を変えるか」国民経済研究協会発行『景気観測』1988年7月号参照)。
表2 東アジア諸国の輸出市場はどこか (単位:%)
仕向け先 | 米国 | EU | 日本 | 中国 | 東アジア域内 | 同(中国含む) |
---|---|---|---|---|---|---|
1995 | 20.3 | 14.4 | 11.5 | 10.4 | 34.8 | 45.2 |
2000 | 21.4 | 15.0 | 10.9 | 11.5 | 35.2 | 46.8 |
2003 | 17.3 | 14.0 | 9.4 | 18.3 | 39.5 | 57.8 |
2013 | 9.8 | 9.5 | 7.4 | 24.5 | 53.9 | 83.3 |
中国主導の「アジアインフラ投資銀行」の効果(AIIBの衝撃)
アジア諸国の中国依存はますます増大するのではないか。
2014年5月、カザフスタン・アスタナで開かれたアジア開発銀行(中尾武彦総裁)年次総会で、中国主導の「アジアインフラ投資銀行」(Asian Infrastructure Investment Bank: AIIB)の設立構想が話題を集めた。これはアジアの交通インフラ整備の資金を供給することが目的である。経済発展著しいアジアのインフラ整備は大きな課題であるが、発展途上の各国がそれを賄うのは困難とみられている。そこで、中国は国際的な影響力を高める狙いから、資金を供給し主導権を発揮できる新たな国際金融機関をつくろうと言う動きである。
日本と米国はAIIBに批判的で、同盟国に不参加を呼びかけているようだが、東南アジア、中央アジアの諸国は資金の供与を受ける立場からAIIBに賛同しており、10月にはアジア21国が設立準備に関するMOUを締結し、11月インドネシアも署名したので、参加国は22国になった。「中国という発展の列車に乗る」(11月北京APECでの習近平国家主席の呼びかけ)選択をアジア各国はしたのである。日本の参加、不参加に関係なく、2015年設立が内定している。
AIIBはアジア各国にまたがる交通インフラ整備を促進するための国際金融機関であるが、中国とアジア地域をつなぐインフラ整備でもある。道路、鉄道、パイプライン、港湾などのインフラ整備が対象になる。それはアジアの域内経済連携を強化する手段となり、中国とアジア各国との相互依存関係の一層の深化をもたらすであろう。古代ローマ帝国の時代、「すべての道はローマに通ず」と言われた。AIIBが成功すれば、「アジアの全ての道は北京(中国)に通じる」ことになる。
恐らく、自然発生的に「アジア地域連携経済圏」 (注、筆者の暫定的な造語である)が形成されていくのではないか。自然発生的であるから、クローズドな地域統合ではない。オープンな経済圏である。ただし、筆者が26年前に予想した「東アジア経済圏」とは違って、超大国の影響力の強い経済圏となろう。AIIBは中国のアジア経済戦略の柱かもしれない。
この新しい経済圏は、世界で一番大きな、そして世界で一番高成長な経済圏となろう。TPPより大きな、そして世界一高成長の経済圏の誕生である。ただし、各国の条件の違いを前提とした緩やかな連携であって、「クローズドな統合市場」ではない。新しいアジア秩序の出現である。
3.日本の針路
近隣に日本の5倍の経済大国(中国)が出現する。加えて、その中国を軸にして「アジア地域連携経済圏」が形成される。日本はこれにどういうスタンスで臨むのか。日本の立ち位置は何か。AIIBに参加するしないの次元の問題ではなく、政治、経済、外交のあらゆる側面で日本の将来にかかわる問題である。
これは日本の針路、国家戦略に係わる問題であり、これから大いに議論すべき問題であろう。今日、筆者は自らの結論を発表できないが、議論の規準だけ示したい。
まず、「中国自滅論」からは解放された方が良い。日本国内には嫌中・反中感情が残っており、そこから根拠のない希望的観測が多い。「中国はやがて潰れる」「そのうち潰れる」と繰り返してきた。そうした展望は「気休め」であり、「油断」を生む。さらに、中国との友好関係を損ね、投資や貿易の機会損失を生み、多大の国益を棄損してきた。(私は根拠のない中国崩壊論に怒りを感じる。それはあまりにも膨大な日本国益の損失を招いているからだ)。
また、夜郎自大的な自画像を描くべきではない。日本経済の大きさは現在既に中国の半分以下であるが、5年後、日本のGDPは中国の5分の1である。ボリュームの競争では敵わない。客観的な自画像を描かないと国家戦略を誤った方向に導きかねない。これから大いに議論すべき問題であるが、どのような結論であれ、日本は「ソフトパワー」を磨くことが最重要の課題と思われる。
日本のソフトパワーは何か。アジアにおいて、日本の比較優位は「国民生活の質」の高さであると思う。アジアの人々が日本に尊敬の念を抱くのは民度の高さである。これを生かすべきである。産業の質の高さが日本産業の競争力要因であるが、産業の質は国民生活の質に支えられている(拙稿 「Industrial Upgrading:日本の経験」Webみんかぶ2014年12月8日。http://money.minkabu.jp/47942参照)。こうしたことを考えると、国民生活の質を高めることが何よりも大切と思われる。これと矛盾する進路選択は止めるべきであろう。
AIIBの創設は、日本にとって衝撃的な影響をもたらすであろう。TPPとは比較にならないくらい、難しい、厳しい選択に直面するであろう。しかるに、TPPに比べ話題になるのが少ないが、なぜであろうか。真剣な対応が望まれる。
ダチョウは危険が迫ると、砂に首を突っ込む習性があると言われる。危険や不都合な真実を無いものと無視することを「駝鳥政策」と言うそうだ。いつまでも「駝鳥政策」を続けるのは、日本の将来にとってプラスになるであろうか。このような事なかれ主義こそ、国家戦略を誤らせるものはない。AIIBと新アジア秩序にどう対応するか、真剣な対応が望まれる。
*本稿の初出はWebみんなの株式(ニュース/記事コラム)2014年12月22日掲載である。
かのう・よしかず
1943年奄美大島生まれ。評論家。一橋大学大学院博士課程修了。(財)国民経済研究協会理事長、会長を経て、拓殖大学教授、帝京平成大学教授。2012年から日本経済大学大学院教授。「ミャンマー研究会」主催。主な著書に『赤い資本主義・中国』(東洋経済新報社、1993年)、『実験国家・中国』(同、1997年)、『走るアジア遅れる日本』(日本評論社、2001年)、『産業空洞化はどこまで進むのか』(同、2003年)、『新世代の農業挑戦』(全国農業会議所、2014年)ほか。
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