この一冊

『日本の安全保障はここが間違っている!』(田岡俊次 著 朝日新聞出版、2014.12)

安全保障の要諦は敵を減らす事、タカ派の
平和ボケが一番危険

本誌編集委員 矢代 俊三

戦後70年を迎えた今、多くの人々は“日本は何処へ行くのか”と思っているのではないか。劣化し暴走・逆走する日本で先頭に立って旭日旗を振るのが鉄兜姿のアベ晋三、それが戦後70年の日本の風景なのだ。後世の人たちから2015年が日本の歴史的転換点であったと語られるのかどうか。私たちの責任も重い。

靖国参拝、秘密保護法、憲法解釈変更による集団的自衛権の閣議決定。TTPや戦後労働法制の解体、露骨な教育への国家主義の導入、その他多数。国家財政の投入による株価に支えられてのアベノリスク内閣。昨年暮れの“でたらめ解散・総選挙”で政権を維持。今やアベは見果てぬ夢の憲法九条の改正へ、来年参院選後の日程を公言するに至った。そして今国会で安保法制論議、「イスラム国」事件から邦人救出名目の自衛隊派遣と軍事力行使への法整備などを画策している。まさに“何処へ行くのか日本”である。

昨今、安全保障や防衛・軍事が大きな論点になっている。しかし政治家にせよ我々にせよ安全保障や軍事はどうももう一つ、専門家任せが実情だ。なんかエエ本ないかと思っていたが恰好の本があった。軍事・外交ジャーナリスト田岡俊次氏の『日本の安全保障はここが間違っている!』だ。一読して本当に「目からウロコ」の感がした。本のベースになったのがダイヤモンド・オンラインの「田岡俊次の戦略 目からウロコ」の連載である。

田岡氏は朝日新聞入社時の面接で「軍事記者になるため朝日に入りたい」と言ったとか、防衛関係者の間で「田岡元帥」のあだ名を持つなど逸話の持ち主。米ジョージタウン大戦略国際問題研究所やストックホルム国際平和問題研究所の研究員などの経験もある。この本のよいところは学術書ではないから、読者が関心のあるテーマのどこから読んでもよい点である。新聞記者として、まず自分の結論を持って書くことを旨としてきたそうで論点は非常に分かりやすい。テーマは重いがタッチは軽妙洒脱というか歯切れがよい。

尖閣は中国の「台湾正面」と同じ―制空権取れず

田岡氏の主張の核心は、“安全保障の要諦は敵を減らし、敵をつくらない事”“タカ派の平和ボケが一番危険”と喝破しているとこにある。一体アベ外交・日本外交は何をやっているのか。進行形の「イスラム国」問題は少し置いても、対中、対韓外交はどう思っているのか。評者の周辺でも“日中関係で商談がダメになった”とよく聞く。日本の最大の貿易相手国中国。中国抜きに生きられない日本の現実。日中関係の正常化は死活の重大な国益だ。それを毀損しているのがアベ。その一派が好きな言葉を借りれば“国賊アベ”ではないのか。

勿論、最近の日中関係の悪化は中国にルートを持たなかった民主党政権の罪も重い。あのアル中船長(一時は英雄だったが、以降は警察の監視対象とか)による巡視船衝突事件の対応の酷さ。外務大臣や幹部が“今後、中国に行く企業は自己責任で行ってもらいたい”などと言う始末。極めつけは、あの暴走老人―石原の挑発に乗り、中国の出方を読み違えた野田総理、まあひどかった。救いはアベのような確信犯的反中ではなかったことか。

田岡氏によれば、アベは数十年前の冷戦思考に凝り固まり、バラマキ外交でどこも乗ってこない対中包囲網に必死なのは妄想に近いとか。深刻なのはアメリカが喜ばないことだ。やっとこさ北京での日中首脳会談(2014.11.10)が実現(あの習近平に横向かれた)。なんとか「戦略的互恵関係の発展」と尖閣問題については、双方が「異なる見解を有していると認識する」ことで合意した。まあ当面の深刻な危機は乗り越えたか。

しかし尖閣は本当に危なかった。まさに、“東シナ海波高し”であった。日中双方ともにタカ派を超えたバカ派はいるもの。中国では、“100年の恨みを晴らせ”はかなりの国民の底流にはある。これを煽ることの危険性。一方わが方も尖閣断固防衛論から、陸上自衛隊の水陸機動団(3000人)の創設、役に立たないオスプレイ17機の購入、専用巡視船の多数建造など関係役所の膨大な予算獲得合戦。まあこれは中国も同じだろう。

勇ましい尖閣防衛論に田岡氏は、「尖閣諸島奪回作戦はさらに愚劣だ。離島の攻防戦では制空権が決定的要素・・・相手が制空権を持てばこちらの水上艦艇は行動できず・・・逆上陸しても全滅の公算大」。なぜなら東シナ海は、「中国にとり最重要だった台湾正面だ」と。この地域に、「中国軍は戦闘機350機を配備。日本は沖縄に20機(近く40機)、九州を入れても4対1で勝ち目はない」と。中国は公式には台湾の武力解放を放棄していない。今も最重要の核心的利益が台湾。尖閣は台湾の北東わずか170km、東京―静岡の距離だ。

日本は日米安保の適用で“米軍に助けてもらう”に期待。しかし田岡氏は、アメリカは中国との関係重視であり、オバマは米中首脳会談で「領土問題で特定の立場はとらない。日中の話し合いで」(2013.6)と明言。昨年4月のオバマ訪日での「尖閣列島は安保条約の適用対象」発言でアベも外務省もマスコミも大喜びしたが、実は尖閣の島は今も米軍の射爆撃場としての提供施設だから、認めざるを得ないだけのことと指摘。オバマはアベに「言葉を慎め」とまで言ったとか。米軍の高官も「あんな岩のために米兵の血は流さない」と発言している。これが米側の本音だ。

それにしても尖閣問題、“日本は棚上げの約束を反故にするのか”が発端。水面下で中国側は一貫してそれを主張していたようだ。領有権問題は一切存在しない、棚上げの約束はないと繰り返す日本側対応はひどかった。中国側は日本の実効支配は認めている。中国が引けないのは領土問題の原則とともに、棚上げに合意したのが周恩来、鄧小平の両巨頭であり、彼らの路線は今も有形・無形に中国指導部に影響を持っている。棚上げに関して当時の外務省幹部や外国からの証言があっても、日本は公文書には無いと居直り続けている。

“彼を知らず己を知らざれば戦うごとに必ずあやうし”

さて、「タカ派を超えたバカ派」とは、北朝鮮のミサイル問題で先制攻撃を主張する政治家などへの防衛官僚のレッテルとか。これらの連中が危険な「タカ派の平和ボケ」となる。平和ボケとは昔、社会党などの護憲派批判で「ハト派の平和ボケ」と言われたもの。今や立場逆転である。

田岡氏は、「自衛官は軍事問題の専門家ではない」の項で次のように紹介する。北朝鮮ミサイル基地攻撃を主張する自衛隊の退役高官に、「どうやって目標の位置を知るのか」と聞くと、ハリウッド映画の影響か、米国の偵察衛星が常時監視しているように思い込んで、「トンネルから出て、発射準備をするところを見つけて攻撃できないか」と言うのには呆れたと明かす。偵察衛星は時速29000キロのスピードで昼間に一地点を撮影できるのは1日1回、2分程度で無理だと。高官は物理の法則に反して衛星が停止できるように思っていたようだ。高官といってもこのレベル。タカ派政治家も同列だと指摘する。

中国南京軍区の戦闘機数も、偵察衛星の能力も知らずに防衛を論じる“平和ボケのタカ派”と会うたび、「彼を知らず己を知らざれば戦うごとに必ずあやうし」との孫子の言を想わずにはおれない、と田岡氏は嘆いている。

以下詳しくは触れられないが、目次の項目を幾つか拾ってみるだけでも興味深い。

第1章―集団的自衛権を再検討する(・日本は「イスラム国」打倒に自衛隊を派遣するのか?・国連憲章の草案は「集団的自衛権」を否定。「自衛隊は合憲」と言うための理屈だった・的外れな解釈改憲論・「幼児を抱く母親守れず」の嘘・第2次大戦後「自衛戦争」をしたことがない米国・・)

第2章―日本の危ない安全保障(・「安全保障=軍事力」ではない・「ミサイル防衛」も気休め程度の効果。・安全保障の要諦は「敵を減らすこと」・中国の軍事力は「拡大」しているか?・日本も高度成長期に防衛費急増・軍縮に向かう欧州と逆行する日本の「安全保障」・国家安全保障会議の水準の低さ・・)

第3章―安倍戦略の迷走(・対北朝鮮、対中国―彼我の能力も知らず・「中国包囲網」は妄想にすぎない・空母「遼寧」は張り子の虎・靖国参拝が示した国際情勢の大変化・「尖閣に安保適用」で小躍りは愚の骨頂―オバマは日中関係改善を求めた・・)

第4章―国際紛争に学ぶ安全保障(・米国はISISに武器を供与してきた・「敵」と「見方」が逆転・米国の情報分析の欠陥・・)など。

政治を考え論じるとき安全保障や防衛の基本的考え方の知識は必要だ。本書は素人の理解に大いに役立つ必読の書である。姉妹本ともいうべき『北朝鮮・中国はどれほど怖いか』(朝日新書、2007年)も大いに参考になる。なお田岡俊次氏はネットテレビ「デモクラTV」の中心コメンテーターとして、また「ダイヤモンド・オンライン」で月2回論陣を張っている。

やしろ・しゅんぞう

1947年生まれ。立命館大学から68年、『現代の理論』編集部。総評全国金属労組京滋地方本部の専従オルグ、金属機械労組京滋地本副委員長。その間約10年京都地方労働基準審議会委員、京都府最低賃金審議会委員を務める。97年末退職。関西対外交流センター代表理事。2004年より第3次『現代の理論』発刊に伴い本誌編集委員。

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