論壇
韓国オプティカルハイテック争議の現局面
韓国政府・与党が争議解決に乗り出す
朝鮮問題研究者 大畑 龍次
韓国オプティカルハイテック争議について、筆者は2024年春・本誌37号に「『黄色い封筒法』と韓国オプィカルハイテック労組の闘い」を寄稿した。それから2年ほどが経過したが、残念ながら争議は解決していない。本論考はその後の争議の経過と現局面についての報告である。
まず、韓国オプティカルハイテック争議の概略について振り返ってみたい。親会社・日東電工(大阪市、社長:高﨑秀夫)は、2003年11月に慶尚北道亀尾(クミ)市に韓国オプティカルハイテックを設立した。50年間の無償貸与、法人税や地方税の優遇措置を受け、主にLCD偏光フィルムを生産してLG、サムソン、アップルに納品していた。2022年10月4日に漏電が原因で工場棟が全焼した。多額の保険金が下りたことから、労働組合は再建を信じていたが、同年12月には廃業を決定し、200人近くの労働者を一方的に解雇してしまった。会社は日東電工の100%子会社であることから、その決定は親会社・日東電工によるものだった。労働組合である民主労総に加盟する全国金属労働組合亀尾支部韓国オプティカルハイテック支会(支会長:チェ・ヒョンファン)は、話し合いを求めているが、持たれないまま今日に至っている。このような事態が発生すれば、労働者に対する説明会を開き、雇用継承に努力するのが当然であるにも関わらず、会社は一方的な解雇を通告した。亀尾工場の生産は平澤(ピョンテク)にある別の子会社・韓国日東オプィテカルに移された。労働組合は生産を移したのなら、労働者の雇用継承も移せと要求している。韓国日東オプィテカルではその後、170人余の新規採用を行っている。現在、7名の組合員が解雇撤回・雇用継承を求めて闘争中だ。労働組合は2016年11月25日に設立されたが、設立当初から組合結成を嫌ってさまざまな妨害工作を受けたという。したがって、労働組合は工場棟火災を口実にした組合つぶしにことの本質があると見ている。
職場を守る闘いから社会的包囲へ
廃業決定の翌年2023年から本格的な労使の攻防が始まった。会社は希望退職を募り、2月の解雇通告時には13人の労働者が残って闘いはじめた。4月末までの清算終了を予定していた会社は撤去工事をしようとした。労働組合は別棟になっていて焼け残った労働組合事務所を守り、職場死守の方針を立てた。また、組合側は亀尾市長に面談し、市長は3月8日に雇用継承の要請を日東電工本社に送ったが、4月24日には要請拒否の返信が送り付けられた。一方、2月14日に慶北地労委に不当労働行為と不当解雇救済申請を行ったが、4月4日に慶北地労委が却下したため、5月11日に中央労働委員会に再審を申請するも、8月3日までの和解勧告を出したが実現せず、8月3日中央労働委員会は却下してしまった。労組側は9月5日、労働委員会の決定を不服として行政裁判に訴えており、現在まで法的な決着はついていない。
労働委員会の決定が出るや、会社側は強制撤去をしようとして労組側と衝突した。こうした局面で2024年1月8日、二人の女性労働者が「燃えた屋上」での高空籠城に突入した。吹きさらしの屋上には水も電気もなく、下からの支援を受けながら、テントを設営して闘い続けた。高空籠城の狙いは、撤去工事そのものを阻止するとともに、闘いを社会的に広げようとするものだった。会社は、撤去工事を妨害しているとして損害賠償を組合員の住宅を競売にかけようとし、個人の預金通帳を差し押さえるという攻撃をかけた。裁判所は2月16日、撤去強制執行を行おうとしたが、1000人からの仲間が阻止闘争を展開し、裁判所は強制執行を延期した。組合員たちは鎖で自らを束縛して職場阻止の意思を示した。裁判所は組合員個人への仮差押え取消決定を行った。その後、強制撤去に出てくることはなかった。
高空籠城100日となった4月17日には韓国日東オプィカル社前での集会と日東オプィカルとの交渉を求めたが、警察によって阻止されて逮捕者も出たが、翌日には釈放された。韓国労働運動の激しい闘いの場面だった。日東オプィカルは、労働組合が労働継承として就労を求めている会社であり、その会社の李培源社長は日東電工の役員であり、韓国ビジネスの責任者だ。いずれは争議の責任を問うべき相手だった。5月19日に日東オプィカル社前に籠城拠点を新たに設置した。
二人の労働者の高空籠城は社会的関心を引き出すのに効果的だった。籠城労働者は「体を張って初めて社会が動き出した」と無関心を批判もした。7月12日には韓国の国会議員96人が日東電工に書簡を送り、争議の解決を迫った。韓国の国会議員数は300名だから、ほぼ3分の1の国会議員に当たる。さらに、7月26日にはそのうち3名の国会議員が面談を求めて訪日したが、日東電工は応じようとしなかった。韓国国民の3分の1の民意を日東電工は無視したことになる。この訪日団は、国会議員だけでなく、市民団体や宗教団体によっても組織された。日本側は社民党の福島瑞穂参院議員、大椿ゆう子参院議員が協力した。韓国では多くのマスコミで取り上げられるようになり、ドキュメンタリー動画も作成された。なによりも産別組織の全国金属とナショナルセンターの民主労総が闘いの中心にあった。これまで日系企業がらみの争議は頻発していたので、もう負けられない闘いと位置付けられた。
闘いは高空籠城とともに社会的に拡大された。200日目の7月25日の前日には1000人からの参加者による闘争文化祭が組織された。闘争文化祭とは、労働歌謡や律動という踊りなどで団結を確かめ合うイベントで、闘争の局面で何度か開催された。300日目の11月2日には「希望バス」が組織されて、全国から1000人の仲間が労働組合への激励のために駆け付けた。「希望バス」とは土日などを利用して全国から貸し切りバスをチャーターして激励に出かける取り組みであり、韓国労働運動が作り上げてきた闘争方法である。「希望テント」という闘いも組織された。全国から高空籠城の現場に集まり、籠城体験を共有するために1日テント生活をするというもの。こうした創意あふれる闘いによって争議は社会的な広がりを持つようになった。
また、「希望てくてく行進」が2度にわたって組織された。一回目は2024年11月22~2024年12月1日に釜山から亀尾工場まで徒歩行進をして争議を社会的に知らしめた。2回目は2025年2月7月から3月1日まで亀尾から韓国国会に向かって組織された。この闘いは、かつて韓進重工業で309日の高空籠城を行ったキム・ジンスク氏らが呼びかけたもの。韓国労働運動の「有名人」によって組織され、全国の仲間が徒歩行進をサポートした。2回目の「希望てくてく行進」には日本からの参加者もいた。参加者の弁によると、「てくてく」どころかかなりのハイスピードの行進だったという。2度目の行動は、独立万歳運動の3・1節に韓国国会に到着し、代表団は禹元植韓国国会議長に面談して争議解決を要請した。禹元植氏は「共に民主党」ウルチロ委員会の中心人物で、労働運動における人権問題などにかかわっていた。2025年1月には訪韓した当時の岩屋外相との面談時に、日本政府が争議解決に関与するよう要請し、同年6月12日には当時の石破首相に親書を送って日本政府の働きかけを要請したことがある。争議解決は日韓両国の政治問題として浮上したことになる。
韓国では2024年10月2日、OECD「多国籍企業行動指針」に違反しているとしてOECD連絡窓口(韓国NCP)に人権侵害として申し立てを行った。「多国籍企業行動指針」では、日東電工のような一方的な整理解雇を禁止しており、労働者の人権を守るよう規定されている。同様の申し立ては同年11月26日には日本NPCにも行われた。日韓両国のNPCは連絡を取りながら審理を進めている。なお、この決定は法的拘束力がないものの、その違反は社会的な批判と責任追及にはなるだろう。そもそも日東電工自ら、人権尊重を明らかにしているだけに、企業イメージにかかわる問題となるだろう。
労働組合は2025年6月18日、高﨑社長、遠藤龍生部長、萩原陸宏、ぺ・ジュグ、人事労務代理人であるキム・ジョンス労務士らを不当労働行為違反の疑いで雇用労働部亀尾支庁に告訴した。すでに何人かの調査が進んでいる。
日本での支援闘争の広がり
日本への支援要請があったのは、2023年9月11日に韓国サンケン闘争に関係する尾澤刑事裁判の傍聴にチェ支会長が来日してからだ。10月26日に「韓国オプィカルハイテック労組を支援する会(準備会)」がスタートし、韓国から来日した遠征団とともに東京本社などへの要請行動を展開した。こうして2024年1月25日に「韓国オプィカルハイテック労組を支援する会(支援する会)」が正式にスタートした。「支援する会」は日本の労働組合と市民によって組織され、日東電工本社のある大阪からも参加した。東京では、東京本社の最寄り駅である品川駅港南口と品川シーズンテラスにある東京本社への要請行動を展開し始め、日東電工のパートナー企業とされる日東電工のユーザー企業への要請行動も行った。
日東電工本社のある大阪で取り組みが行われたが、日東電工尾道工場、広島市、名古屋、埼玉・越谷でも要請行動が組織された。地方営業所や工場の前だけでなく、最寄り駅や繁華街でのスタンディングやデモが組織された。また、日東電工内の亀山工場で組織されている労働組合も要求書に掲げるなど支援闘争を展開している。東京では東京総行動とコミュニティーユニオン首都圏1日行動に参加している。この行動は年間4回ずつ行われている。こうした要請行動の展開は、適宜ズーム会議を開催したり、連絡を取り合ったりしながら進められた。それぞれの地域の現状によって取り組みは一様ではないが、今日まで継続的に取り組まれている。こうした全国的な支援闘争の広がりに直面した日東電工は、日東電工関連施設での宣伝行動を禁止する戦略的封鎖訴訟(SLAPP)訴訟を大阪地裁に提起した。「スラップ訴訟」とは、労働運動をはじめとする社会運動に名誉棄損、損害賠償などを要求して運動を委縮させるアメリカ生まれの運動つぶし。運動側に多額の損害賠償を要求したり、訴訟費用を負担させたりして経済的に打撃を与えようとするものだ。この対象となっているのは、当該労組のチェ支会長、大阪と東京の支援する会の仲間4人で、大阪地裁を舞台に裁判闘争が取り組まれている。正当な労働組合活動に対するスラップ訴訟にほかならない。
全国的な取り組みとしては、日東電工の株主総会に合わせた取り組みがある。これまで2024年6月と2025年6月の株主総会が取り組まれた。株主総会への抗議行動は、大阪はもとより、東京、名古屋、京都などからも仲間が駆け付けた。もちろん、その度に韓国からも遠征団が来日した。当該労組のチェ支会長や東京の仲間が株主として参加して、株主総会の内外で要請・抗議闘争が組織された。許しがたいことは、日東電工は書類の不備を理由に株主であるチェ支会長の株主総会出席を阻止したことである。また、株主総会の前には主要株主への要請書送付も行われた。
2024年6月に来日した韓国からの遠征団は2度にわたって、東京吉祥寺にある高﨑社長宅を訪問して労働組合の手紙を伝達したが、東京の支援者が同行したのは当然のことだ。しかし、日東電工は面談に応ずるどころか、後日これらの行動に「面談強要禁止」の仮処分を提起し、支援する会のメンバーである尾澤孝司さんと尾澤邦子さんを相手にスラップ訴訟を行った。支援する会では、この仮処分を認められないとして本裁判を提起し、2025年11月14日から東京地裁でスタートした。
また、2024年9月13日に日東電工本社に団体交渉を申し入れた。これはオプティカルハイテック労働組としておおさかユニオンネットワークに加盟し、申し入れたものだ。日東電工が同月20日付けで断交を拒否したため、11月26日に大阪府労働委員会に救済申し立てを行った。この審理は府労委を舞台に行われており、チェ支会長が欠かさず来日・出席している。最終陳述も終わり、府労委の決定を待つ段階になっている。
これまで韓国からの遠征団が日本の行動に参加するべく、何度か訪日した。そのうち二回の遠征団を紹介しておきたい。ひとつは、2024年14~29日にわたって大阪、東京で活動した。このとき前述の府労委への不当労働行為救済を申し入れ、社民党大椿議員との面談を行い、その助力によってOECD日本NCPに申し入れを行った。もうひとつの遠征闘争は、2025年1月21~3月27日の65日間取り組まれた。遠征団は大阪本社前、茨木工場前、そしてアップル前での抗議・要請行動を行い、これらの行動によって大阪、京都、日東電工亀山工場の労組との交流を行い、この地域の組織化に大きな役割を果たした。
李在明政権の誕生と政府・与党の争議関与
2024年12月3日、尹錫悦政権は非常戒厳令を宣布したものの、国会に駆け付けた議員と市民の抗議行動で6時間後には解除された。それ以降、尹錫悦への弾劾裁判へと政局は動き出した。翌2025年1月15日には尹錫悦が逮捕され、4月4日に罷免された。6月3日に李在民が新大統領に当選し、翌6月4日には新政権がスタートした。韓国政局の激動は韓国オプィカルハイテック争議の新しい展開をもたらした。新政権は元民主労総委員長で現役鉄道労働者である金栄訓氏を雇用労働部長官に就任させ、7月24日にはいわゆる「黄色い封筒法」を可決した。この法律は労働運動に対する多額の損害賠償をやめさせ、親会社の使用者責任を糺すための法律だったが、尹錫悦政権下では大統領が拒否権を行使して成立を拒んでいたものだ。金栄訓雇用労働部長官は7月26日、高空籠城中のパク・チョンへ氏を訪問した。ともに高空籠城していたソ・ヒョンスクさんは4月27日に体調不良のために高空籠城を中断していた。実に476日にわたる闘いだった。高空籠城600日となる8月29日、与党「共に民主党」鄭清来代表、雇用労働部金栄訓長官らがパク・チョンへさんに面談し、①政府与党が責任をもって争議解決に当たる、②「食い逃げ防止法案」の成立に努力すると約束したことから、600日にわたる高空籠城を中断した。日東電工は韓国政府と政権与党を相手にすることになった。
2025年10月15日に韓国国会は国政監査に日東オプィカルの李培源社長を証人に、当該労組のチェ支会長を参考人として招致した。李培源は議員の鋭い追及の結果、日東電工本社への報告と協議を約束せざるを得なかった。日東電工が「韓国のことは韓国で」という主張とは裏腹に、争議解決のカギを握っているのが日東電工本社であることを自ら暴露したものだ。しかし、未だに日東電工は争議解決を決断していない。
日東電工はいま、前述の通り日韓両国において社会的な包囲にさらされている。
まず、韓国では労働委員会の決定を不服する行政裁判が行われている。労働委員会決定以降に明らかにされた証拠もあり、行政裁判で覆される可能性がある。それらには日東電工本社が子会社の人事・経営に深く関与していたこと、また労働組合活動を嫌ったさまざまな工作があったことなどが証明されるだろう。日東電工が常に主張している「韓国のことは韓国で」「日東電工は別会社」という主張は覆されつつある。
第二に、高﨑社長をはじめとする日東電工関係者が雇用労働部亀尾支庁に不当労働行為の疑いで、告発されている。雇用労働部はこの争議の政府主管機関であり、金栄訓長官は争議の解決を約束している。
第三に、OECD連絡窓口(韓国NCP)に「多国籍企業行動指針」違反で申し立てを行っている。日東電工はこの間、非協力的だったが、審議への協力姿勢に変わった。何らかの勧告が出れば、企業イメージにかかわることになる。この申し入れは日本NCPに対しても行われている。
一方、日本では東京、大阪、広島、名古屋、埼玉などの日東電工関連施設に対する抗議・要請行動が続いている。日本ではふたつの取り組みが日東電工を追い詰めている。
ひとつは、大阪府労委における不当労働行為違反についての審議が行われている。もうひとつは、日東電工によるスラップ訴訟への反撃である。東京地裁での社長宅訪問に対する「面談強要禁止」の裁判と大阪地裁で行われている「街頭宣伝活動禁止」をめぐる裁判である。いずれも審議が始まっている。法的な争い以上に、裁判闘争を通じた日東電工批判、社会的包囲網の広がりが重要だ。
このように日東電工に対する社会的包囲は日韓両国を舞台に広がっている。いまこそ日東電工は争議の解決を決断するべきときだ。組合員は7人しかいないが、産別の全国金属とナショナルセンターの民主労総が取り組んでいる。そして、労働界だけではなく、市民・支会団体、宗教界などの広い支持と連帯が寄せられている。とりわけ政府・与党が争議解決に乗り出している。これまで日系企業の争議は頻発してきたが、2度とこのような事態にならないための総決算の闘いと位置付けられている。いわゆる「食い逃げ防止法案」は、韓国の血税による優遇措置を受けながら、組合活動を嫌うなどの理由で、韓国労働者を切れ捨てるような事態が起きないような法律的な枠組みを要求するものである。争議解決に向けた日韓労働者の国際連帯が求められている。
おおはた・りゅうじ
1952年北海道釧路市生まれ。弘前大人文学部、釜山大日語日文大学院を卒業。日本語教師として韓国、中国に居住経験あり。朝鮮半島問題、中国問題でのレポート、論考多数。共訳書として『鉄条網に咲いたツルバラ』(同時代社)、『オーマイニュースの兆戦』(太田出版)、『朝鮮の虐殺』(太田出版)。
