特集 ●
「言論改革」を推進する放送法改正
市民主権の強化、政策協議などの生中継で国政運営の透明性強化
韓国・聖公会大学研究教授 李昤京(リ・リョンギョン)
公共・公営放送は国家や特定集団からの干渉なく編集・編成権の自立性が保証され独立した運営をする放送を指す。公共・公営放送は公信力と公正性と正確性、そして国民の信頼が重要だ。NHKの業務執行を監督する経営委員会の委員を巡っては、国会の同意を得て首相が任命することから、かねて政権寄りとされ、その中立性が疑われてきた。日本より政権交代ができる韓国では保守・進歩を問わず、政権が変わるたびに政府与党が公営放送局の理事と社長に自分よりの人物を任命して公営放送を利用しようとした歴史がある。ゆえに、韓国において公共放送の運営について政府の介入を抑えようとする「言論改革」は長年の課題だった。
2025年9月から韓国社会は「言論改革」へ向かって歴史的な一歩を歩み出した。「言論改革」の礎となる「放送関連3法」(以下、放送3法)や関連法が改正されたのだ。1987年の民主化以降38年間改革できなかった公営放送統治構造を変える最初の制度的転換点であり、「本当のマスメディ改革」の出発点となった。メディア環境の変化にともなって一部改定された「情報通信網利用促進及び情報保護等に関する法律」も7月から施行される。新しい制度が現場に定着するまでその過程で、熾烈な議論とせめぎ合いはあるだろう。2026年、2年目を迎える李在明(イ・ジェミョン)大統領が1番と述べる改革もメディア革新だ。今年は韓国のメディア界において激変の1年になると思われる。
市民主権の強化と放送制作の自律性強化
放送(関連)3法の改正内容を紹介しよう。日本の公共放送NHKに当たる放送局が韓国には3社あるが、その3社に対する法律、①KBS(韓国放送)の放送法、②MBC(文化放送)の放送文化振興会法、③EBS(韓国教育放送)の韓国教育放送公社法を、いわゆる「放送3法」と呼ぶ。それの改正案が昨年の8月に与党「共に民主党」の主導で国会の本会議を通り、9月には李在明大統領が国務会議で改正案を議決、公布した。
この放送3法を「12・3内乱」を引き起こした尹錫悦(ユン・ソンニョル)は2回も拒否権を行使して廃棄した。2022年10月20日には言論の現場で働く記者・PD・労働者などの諸団体と市民の政府請願による改正案で、1987年放送法の制定から36年ぶりの、如何なる政党や国会議員の発議を経ていない、党派を超えた市民による法案だった。このような市民の「言論改革」へ念願を知っている与党「共に民主党」と李在明政府は、異例の速さで法を改正・公布した。内乱の終息と民主主義の回復のためにも言論改革が必須だ。
改正法の第一の骨子は市民主権の強化だ。
まず放送局の理事会の構成と社長の選任方式を変更させた。格公営放送の理事を増員、従来は法的根拠なしに慣行で行われていた国会による推薦比率を10割から4割に縮小、残りの推薦枠は放送やメディア関係の学会、視聴者委員会などへ広げたのだ。
民主的で市民が参加できる社長選任のためには100人の市民で構成する社長候補(国民)推薦委員会を新設した。さらに任意だった視聴者委員会も法制化した。これらの明文化で、政治政権によって理事会と社長を交代させ公営放送を統制してきた従来の悪循環を断ち切り、放送の独立性の確保、かつ公営放送の主人である視聴者・市民主権の強化もできるようになったのだ。
2月末に社長の任期が満了するMBCと裁判所の任命効力停止で前任社長が任期を続けているEBSは、新しい理事会が社長候補国民推薦委員会を経て社長を選出する。理事会がどのような手続きと過程を経るかの詳細事項を定めるため、理事会の内外で激しい議論が予想される。
第二の骨子は放送制作の自律性強化だ。
そのために「報道責任者任命同意制」と「編成委員会の設置」が導入された。公営放送3社と連合ニュースTV、韓国のニュース専門チャンネルYTNなどニュース報道専門チャンネルは、報道責任者選任の際に職員の過半数の同意を得なければならず、地上波、総合編成チャンネル、ニュース専門チャンネルは労使同数の編成委員会を設置しなければならない。編成委員会は、放送編成規則を制定または改正して放送事業者の放送編成規制の遵守を監視し、放送番組の報道・制作および、編成の自主性の侵害を監視し、視聴者委員会委員の推薦などを審議・決定する機関である。
メディアガバナンス正常化のための放送メディア通信委員会の新設
9月27日には放送と関連して重要な「放送メディア通信委員会設置法」が新たにでき、10月1日に大統領直属機関として「放送メディア通信委員会」が新設された。これで、放送・通信・メディア環境の変化を反映してガバナンスを整備し、メディア公共性を回復する制度的基盤が整った。同委員会は、放送3法改正趣旨である視聴者主権強化、公営放送の政治的独立性の確保、放送公共性の向上とともにメディアガバナンス正常化を図る。
放送メディア通信委員会の規則が、各放送局の編成委員会の構成から社長の選出まで影響を与える分、放送メディア通信委員会の役割がこれまで以上に重要だ。放送メディア通信委員会は、市民主権の強化と放送制作の自律性強化のため、あらゆる過程が透明で独立的に行われるよう、責任を果たさなければならない。
新任放送メディア通信委員長は新年の挨拶で「今年を放送・メディア・通信政策改革の初年度」にすると述べた。さらに「メディア利用行動の変化やオンライン広告市場の成長により放送広告市場の売上が激減したため、放送のみに適用される広告・番組規制を革新せねばならない」と付け加えた。OTTとユーチューブを中心に市場が再編された状況で、テレビ放送が競争力を備えるには広告と審議の規制緩和が必要だという要求は以前から上がっていた。
いわゆる「虚偽捏造情報根絶法」改正
オンライン上で迅速に拡散される違法情報及び虚偽・操作情報による社会的・個人的被害を最小化するためにいわゆる「虚偽捏造情報根絶法」が導入された。
「情報通信網利用促進及び情報保護等に関する法律」(以下「情報通信網法」)一部改正法律案(以下「改正案」)が2025年12月24日に国会本会議を通過、30日国務会議を通った。いわゆる「虚偽捏造情報根絶法」と呼ばれる今回の改正は(1)違法情報の有形改正及び虚偽捏造情報規制新設、(2)違法情報・虚偽捏造情報に対する損害賠償規定及び加重損害賠償制度導入、(3)虚偽事実適時名誉毀損に対する制裁強化、(4)大規模情報通信サービス提供者の義務及び監督・支援体系新設、(5)紛争調整制度の拡大及び手続き規定整備などを主な内容とする。
なかでも、公然と人種・国家・地域・性別・障害・年齢・社会的身分・所得水準または財産状態を理由に特定の個人や集団に対する(1)直接的な暴力や差別を扇動する情報及び(2)憎悪心を深刻に助長して人間としての尊厳性を著しく毀損する情報を、新しい違法情報のタイプとして明示している。嫌悪表現を規制する第1歩を歩み出したことは、大きい意味がある。
さらに、オンライン上の違法情報だけでなく、虚偽操作情報の流通を禁止し、懲罰的損害賠償責任を問う一方、いわゆる「プラットフォーム事業者」に虚偽操作情報と違法情報の申告受付、削除・遮断などの措置責任を課している。
虚偽捏造情報根絶法によって虚偽操作情報が流通禁止情報として規定されたので、送メディア通信委員会が審議に出る根拠が整った。
一方、「言論改革市民連帯」と「デジタル正義ネットワーク」など国内メディア・市民団体は「改正案が通過した場合、プラットフォーム事業者が法的責任を回避する目的で疑わしい情報に対して先制的に削除・遮断に出ることができる」と反対意見をずっと表明したが、改正案にきちんと反映されなかった(『ハンギョレ』2026.01.01)。今後、放送メディア通信委員会は、具体的にどのように審議するか内部規則を用意して、社会的混乱と不作用が起きないようにしなければならない。
国政報告の生中継で、「開かれた政府、生中継の政府」の実現
去年日本でも「韓国探査ジャーナリズムセンター ニュース打破(タパ)」(以下、ニュース打破)が制作したドキュメンタリー映画『非常戒厳前夜』が公開された。ニュース打破は尹錫悦が検事の時から彼の発言や忖度捜査について探査・報道してきた。すると、尹錫悦政権の検察はニュース打破が大統領尹錫悦の名誉を毀損したと無理な捜査を行なった。ニュース打破の記者たちに対して反人権的な家宅捜索など行う。常にできる限り映像・録音・文字などで記録し残そうとしていたニュース打破は家宅捜索の様子を映画『非常戒厳前夜』でリアルに見せた。検察による家宅捜索、押収した記者の携帯電話やpcのデジタル・フォレンジック (digital forensics)と個人的な記録の扱いをめぐる攻防(別件捜査の可能性)、それらの過程で記者たちが感じた無力感、羞恥心、そして権力に屈せずに闘う様子に、日本の観客も共感していた。
李在明政府は今年から47の全ての省庁の政策に関する発表や会議などを生中継する。大統領府の報道官のブリーフィングの際に、質問するメディアの記者の顔と名前もそのまま生中継されるので、従来の「勝手な切り取り」や「政府関係者によると」などの記事作りが難しくなった。
国務会議の生中継による公開は、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が初めて提案したが実現できなかった。就任7ヶ月間、李在明政府は、国務会議、業務報告など大統領の国政運営を生中継し、その映像を国民とマスコミに全面公開している。
12月の業務報告では、直接政府各省庁長官はもちろん、小さな傘下機関長まで出席した場で、李大統領は、細かい懸案や問題点を指摘し、さらには解決策の方向まで提示した。間違ったことに対する叱責と共に褒め言葉も惜しまない。詳細な質疑応答に公共機関長たちは緊張したまま準備のために夜更かししながらデータを暗記していると知られている。このような「業務報告生中継」政治について支持者と一般国民の間では「知らなかった国政の細かい事項と問題点を知ることができてすごくいい」、「政府機関長たちの能力を判断できるようになっていい」と、その反応は熱かった(『エネルギ経済』2025.12.20)。生中継を通じて国民は、政府の政策が見え、責任が見え、誰が準備できて熱心に働いて、誰がそうでないかが、自然にわかるようになった。だから、国務会議の生中継がネットフリックスより面白いとも言われている。
今年の1月からは青瓦台(大統領府)だけでなく47の全ての省庁を対象に政策生中継を拡大した。歴代政府初だ。国務総理と各省庁が施行する行事のうち、政策的に重要な懸案や、国民が関心を持つような事案については、すべて生中継する方針だという。
政府省庁の生中継映像もやはりマスコミを含むすべての国民に公開している。省庁行事は規模と性格によって「KTV国民放送」または「KTVユーチューブチャンネル」を通じて送信されている。
今回の全面的な生中継の拡大は、国政運営の透明性はさらに強化して、国政信頼性もまた高めると期待する。
(この論考は2025年11月7月に発売された『週刊金曜日』に掲載された「市民主権の強化へ放送法改正」を大幅加筆修正したものである)
り・りょんぎょん
韓国・聖公会大学研究教授。立教大学平和・コミュニティ研究機構特別任用研究員、非常勤講師を経て現職。2011年2月から韓国国家記録院海外記録調査委員。政治学専攻、現代韓国の人権、済州島と日本をつなぐ生活圏と人の移動などを研究。共著に進藤榮一編著『中国・北朝鮮脅威論を超えて東アジア不戦共同体の構築』(耕文社、2017)、訳書に『草 日本軍「慰安婦」のリビング・ヒストリー』(キム・ジェンドリ・グムスク著、ころから、2020)、『在日韓国人スパイ捏造事件――政治犯11人の再審無罪への道程』(金祜廷著、明石書店、2023)など。
