特集 ●
構造主義的視点からみた西欧のポピュリズムとその後――(1)
龍谷大学法学部教授 松尾 秀哉
1.西欧におけるポピュリズム政党の主流化
2026年に入っても国際政治はポピュリズムに振り回されているようだ。その主たる要因はアメリカとトランプ政権の動向であるが、ヨーロッパを含め世界でなお一定の勢力を保っていると言っていいだろう。思えば2016年のトランプのアメリカ大統領当選、そしてイギリスの国民投票におけるEU離脱派の勝利で世界が驚いてからすでに10年になる。当時の西洋の異変についての執筆を依頼されてから、かれこれもう10年の間、ヨーロッパのポピュリズムの動向について拙文をしたためてきたわけである。その間トランプの再選、東欧やフランスなど各国の選挙、そしてイギリスの混乱と脱退、ロシアによるウクライナ侵攻などと当時のヨーロッパのポピュリズムの動向を論じてきた。ここまでのヨーロッパのポピュリズムについての所見をまとめておきたい。
もはやヨーロッパにおいてポピュリズム政党は単なる泡沫政党ではなく、「主流化」してきたという見解をめぐる議論が現在は中心である。本稿もその点を考慮し、改めてヨーロッパにおけるポピュリズム政党の台頭の要因を検討し、それを通じて定着の可能性を論じることとしたい。その際、オランダのヨーロッパ政治学者であるハンスペーター・クリージ(Hanspeter Kriesi)の2025年のレビュー論文「ポピュリズムの台頭と新たな亀裂」を参照したい。クリージは本論文で「構造主義的観点」からポピュリズムを捉えなおそうとしている。
2.ポピュリズム政党の「厚いイデオロギー」
私たちが「ポピュリズム」を定義する際にたびたび議論に用いられるものが、イデオロギー的な「薄さ」である。つまりポピュリズムは自らを人民の見方と位置付けて「反エリート」を掲げ、既成政党に対抗するところに特徴がある。何にでも対抗するためには確固たるイデオロギーを掲げ続けてはいられない。よって具体的な政策、政治的イデオロギーという点は希薄なため、ポピュリズムはイデオロギー的な薄さを特徴とするといわれる。実際多くのポピュリズムに関する研究が、「敵対味方」「われわれ対奴ら」という対抗的な姿勢をポピュリズムの最も重要な特徴として挙げているのは周知のところである。
しかしクリージによれば、10年の間ポピュリズム政党が支持され続けているのは、その「薄さ」ではなく、実はナショナリズムやネイティヴィズム(自国民中心主義)、階級イデオロギーなどの「厚い」イデオロギー(クリージはこれを「ホスト・イデオロギー」とする)が重要で、これらを半エリート主義的な「薄い」ポピュリスト的な言説と組み合わせて動員可能性を引き出しているのだという。その観点からクリージは、リプセットとロッカンによる古典的なクリーヴィッジ(社会的亀裂)論に注目をする。少し補足すれば、クリーヴィッジ論は、社会構造と有権者の配置の変化を歴史的に整理し、それによってヨーロッパ各国の政党システムの形成と相違を説明するものである。ゆえに筆者[松尾]は、これを「構造主義的」な視点とここで呼ぶことにする。
ポピュリズム政党の台頭、すなわち新生党の登場による政党システムの変化を評価しようとする点で、この視点、すなわちクリーヴィッジ論に立ち返ることには一定の意義を見出すことができる。おそらくクリージは、ポピュリズムをもはや一時の泡沫的現象と見なすべきではないと考えているようである。クリージ曰く「……現代のポピュリズムの台頭を正しく理解するためには、それを、今日の社会的亀裂の形成と密接に結びついたホスト・イデオロギーとの関係の中でとらえる必要がある」のである。そして1980年代以降にヨーロッパ社会に登場した新しい亀裂に目を向ける。
3.新しい亀裂の構造的根源
(1)経済的停滞と地位の低下
ポピュリズムが台頭し混乱している現在のヨーロッパを構造的にとらえようとする視点の第一は、社会経済的な変化が経済的な停滞と労働者階級の衰退をもたらしたとするものである。この立場によれば、ポピュリズム台頭の要因は経済の停滞によるというところから出発する。経済の成長が開放、寛容、流動化、公正、民主主義を促進するのに対して、経済の停滞はそれらの後退をもたらす。さかのぼれば第二次世界大戦を引き起こしたナチスなどの極右の台頭も大恐慌と無縁ではないというわけである。現在広がる右派ポピュリズムの「時代精神」は、経済停滞に根を持つとする。ただしそれだけでは説明がつかない。同じ大恐慌でもアメリカはローズベルトによる社会改革が進んだ。
それでもなお経済、とりわけグローバル化が生み出す果実を、先進国においても人口の半分にあたる下位層が享受できていないとするものは多い。経済成長率の低下、1980年代を転換点として進んだ新自由主義の進展を背景とする生産性の上昇と賃金上昇の乖離である。そしてその結果として不平等が拡大していることで、労働者階級が没落している。市場メカニズムも政治も労働者に生活水準の改善をもたらすことがなかった結果、右派ポピュリズム政党の支持に回ったとする。
さらにより短期的な経済要因があり銀行破綻、緊縮政策など短期的な経済ショックが右派ポピュリズムの台頭を後押しした。近年のポピュリズムの台頭(右傾化)の原因を金融危機に見る論考がある。ただし、やはり経済(不安)だけで説明がつかない点は同じである。クリージによれば、こうした主張は経済不安の影響を過度に評価しており、結果を論じているだけで、それにいたる(社会全体における有権者の投票傾向の)説明は不十分だとする。
こうしてこれを補完する説明が近年主流となってきている。それが労働者の主観的側面に注目するもので、抱える不満、地位の喪失、相対的剥奪感、満たされなかった期待感などを重視する。サービス経済への移行、女性就業の拡大やジェンダー平等の進展によって典型的な男性ブルーカラー労働者は地位を奪われてきた。そのため、社会経済秩序の最下層ではなく、むしろ「さらに転落することを恐れる」やや上の層がポピュリスト政党を最も支持しているとする。地位喪失とは相対的剥奪の一形態であり、地位の関係が不公平であるという強い感情と、それを是正できるはずだという信念が「憤り」を生む。「地位の喪失」仮説はナチスの研究でも実証されており、こうして「地位の政治学」の重要性をわが国の中山洋平も訴えている。
(2)知識社会の到来・グローバル化と新中間層の台頭
しかしクリージは労働者階級の没落だけでは説明が一面的だとする。亀裂が成立するためには対立するもう一つの陣営が必要だと述べる。それが、労働者階級の衰退に先行して、戦後の高度成長期に生じていた。産業化さらにポスト産業化(ICT革命)とグローバル化の時代を経て、時代は知識社会・知識経済へ移行し、それに取り残された多くの弱者が社会や民主的制度から取り残されて疎外感を抱き、それがポピュリスト支持の潜在力となっていると解く。
さらにグローバル化が、こうした知識社会の変容の拍車をかけている。グローバル化により、1980年代後半から国境は開放され国際的な競争が加速化した。低技術労働は移民によって担われ、同時にヨーロッパでは統合も進んだ。ただ、これだけで「敗者」を労働者階級に定めることはできない。ここから生まれる敗者は国境によって保護されてきた人々である。業務の海外移転、外国人労働者の流入などの経済的な脅威、多文化社会への対応への準備不足、国家統合により国家の裁量が制約されることなど、様々な脅威にさらされる人々である。こうした社会変容の勝者は、高等教育の普及によって作り出された新中間層である。逆に教育の欠如が、アメリカほどではないにせよ、ヨーロッパでも低賃金や地位の喪失の重要な要因となった。
すなわちクリージも述べるように単に経済的側面だけで勝敗が決まるわけではない。そして新中間層は普遍的な価値観や都市部での多文化共生を一定程度受け受けることができ、逆に労働者階級の敗者は、経済的敗者のみならず文化的な敗者でもある。文化的な敗者は文化的な手段によって埋め合わせを試みる。それが国家への誇り、伝統的でより家父長主義的な道徳観への順守につながる。
さらにクリージは、新しい構造的な亀裂の形成において教育だけが唯一の要因ではないとする。具体的な業務経験は教育以上に重要である。こうしてクリージは新中間層内部の亀裂が存在することを論じる。社会・文化系の専門分野は左派寄りで、行政・技術系は中道右派による傾向があるという。
4.文化的亀裂の政治化
こうした労働者と新中間層の間の構造的亀裂は、従来の階級を横断するように文化的対立として顕在化している。それは、新中間層の台頭が先立ち、イングルハートの述べるところの「静かなる革命」を招いてポスト物質主義を生んだ。その新しい価値観はやがて新しい社会運動に結びついて、そこから緑の党などが生まれた。しかし、この一連の動きが特に従来の労働者に対して二重の文化的反発(cultural backlash)を引き起こした。その初期には静かなる革命による価値観の変化そのこと自体に対して、後期は先の経済的停滞と結びついて、主に新しい脱物質主義的価値観への反発として、労働者によって移民や多文化社会のあり方に対して向けられたとする。ここで重要な点は、集団的アイデンティティである。新しい21世紀の知識経済海峡において、経済の波にさらされた個人に秩序や安心、地位を提供するのは集団であり、その明確な内的ないし外集団に対するアイデンティティが形成されると、集団的アイデンティティが、接着剤として、敗者と勝者とをそれに呼応する政治的要求へと結びつける。
さらに、この二段階の文化的反発の累積的効果として、右派ポピュリスト政党の支持者たちは、ジェンダーなど直接に関係しない多くの問題でも、他の政党と乖離するようになった。つまりこの新しい文化的対立が新しい構造的対立となっている。
5.機会構造の検討へ
こうしてポピュリズムの構造主義的視点は、新しい亀裂の誕生と、それによる政治的変化の潜在的可能性を示しているといってもいいだろう。ただし、ではその現れ方の強弱や、動員の時期の相違までを説明することは難しい。また当然なぜある国では依然として既成政党が強いのかなどを説明することはできない。さらには、今後のヨーロッパ政治を俯瞰するためにも、サプライサイドと、それを規定する政治的機会構造に目を配る必要があるだろうが、それを論じることになると、おそらく倍の紙幅を必要とすると思われるため、今号の考察はやや短めながらもここで止めておくこととして、次の執筆の機会を待ちたいと思う。(つづく)
まつお・ひでや
1965年愛知県生まれ。一橋大学社会学部卒業後、東邦ガス(株)、(株)東海メディカルプロダクツ勤務を経て、2007年、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。聖学院大学政治経済学部准教授、北海学園大学法学部教授を経て2018年4月より龍谷大学法学部教授。専門は比較政治、西欧政治史。著書に『ヨーロッパ現代史 』(ちくま新書)、『物語 ベルギーの歴史』(中公新書)など。
