論壇
中国人留学生が綴る真正のことば
日本語学校の現場から考える
東京富士語学院副校長 倉八 順子
戦後80年で考えた<真正のことば>の大切さ
2025年度は戦後80年を振り返る年になりました。私は言葉をなりわいとする<日本語教師>として、そして多文化共生を信念に生きる共生社会の実践者として、戦争で語られる言葉をヒントに、ことばについて、考え続けてきました。
戦争中も筆を折らなかった太宰治は、戦争小説『12月8日』(ろまん灯籠所収 新潮文庫)を書いています。『12月8日』は次のように始まっています。「きょうの日記は特別に、ていねいに書いて置きましょう。昭和十六年の十二月八日には日本のまずしい家庭の主婦は、どんな一日を送ったか、ちょっと書いて置きましょう。」(p.176)
そして、家庭の主婦がラジオの言葉に踊らされる様子を次のように表現しています。
「十二月八日。早朝、蒲団の中で、朝の支度に気がせきながら、園子(今年六月生まれの女児)に乳をやっていると、どこかのラジオが、はっきり聞こえてきた。『大本営陸海軍部発表。帝国陸海軍は今八日未明西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり。』」(p.178)。
この真珠湾攻撃のニュースは、日本人の多くが、当時、感じていた時代の閉塞感を破ったのでした。言葉に踊らされた時の日本人の興奮を、太宰は主婦に、次のように、語らせています。
「こういう世に生まれて生き甲斐をさえ感ぜられる。こういう世に生まれて、よかった、と思う。ああ、誰かと、うんと、戦争の話をしたい、やりましたわね、いよいよはじまったのねえ、なんて」。(p.183)
言葉に踊らされて、興奮状態にあったときの、日本人の様子が伝わってきます。
その後の四年間の日本の歩みは、真正のことばが失われていく過程でした。
戦後は、真正のことばが失われたという反省から、アメリカに教わった民主主義を大切に、日本は歩みを続けてきました。一方で、戦争について当事者が真正の言葉で語ることは難しいことでした。
私の父も戦争に行きました。抑留生活をおくった後、帰還しました。私が聞いても、戦争のことは、語りませんでした。<戦争について聞いてはいけない>という雰囲気が、父の佇まいから感じられました。
戦後80年の2025年、私は、戦争を語ることばを、多く、聞きました。私にとって<真正のことばで語ることの大切さ>に気づかされたのは、対馬丸事件を描いたドキュメンタリー映画の監督の寿大聡さんが『満天の星』の上映館で語られた言葉でした。
私は『満天の星』をMorc阿佐ヶ谷という小さな映画館で見ました。上映後、寿大聡さんは舞台に上がられて、次のように語られました。
「戦争の体験を風化させてはいけない、対馬丸事件を風化させてはいけない、それが表現者の義務であるという強い意志からこの映画を作りました」。
対馬丸事件とは、1944年8月22日、沖縄から九州へ疎開する学童ら1788人を乗せた貨物船「対馬丸」が、米潜水艦の魚雷攻撃を受けて撃沈され、784人の学童を含む1484人が犠牲になった事件です。その後、この事件については長らく緘口令がしかれてきました。
対馬丸には寿大聡監督の祖父が、甲板員として乗っていました。そしてその祖父は対馬丸事件の生存者でした。やはり、対馬丸事件について自ら語りだすことはなかったと言います。
寿大聡さんは、次のように言葉を紡がれました。
「長い間、祖父にも聞けないでいました。が2022年ロシアのウクライナ侵攻が始まり、戦争は過去のことではないことに気づきました。戦後、大分時間がたった今、遺族らの活動で記憶が語り継がれるようになってきています。社会も変わりました。私は、戦争を体験していない世代として、戦争の愚かさを伝えることが現代社会で必要だと思いました。無名塾の仲代達也さんから、表現者は戦争を語らなければならないという教えを受けてきました。」
対馬丸事件には3つの疑問があったそうです。
「一つ目の疑問は、米潜水艦は対馬丸に学童が乗っていると知っていてやったのか。二つ目の疑問は、なぜ、近くにいた船は救助することをせず、見捨てたのか。三つ目の疑問は、なぜ緘口令がしかれて、この事件がないものとされたのか。」
寿大聡さんが語る言葉をとおして、真正のことばで語ることの大切さ、それこそが、人を自由にし、人と人とをつないでいくことに、私は、あらためて、気づかされたのでした。
日本語教師の仕事 <真正のことば>を育む
1.<ことば>とは何だろう。
私の<ことば>の原点は、紀貫之の『古今和歌集仮名序』にあります。<やまとうたは、人のこころを種として万の言の葉とぞなれりける>。中学生のころ、この仮名序を知って、ああ、そうなんだ、人のこころを種として、ことばはできてくるのだということ、万葉の時代からそうだったのだということに、感動したのでした。
それから50年以上の年がすぎ、40年以上、日本語教師の仕事をしてきて、日本語教師の仕事とは、留学生のこころを種として、その人の真正のことばを育んでいく仕事なのだと考えています。
2.日本語教育の言語教育観は何か 日本語教育の参照枠
2021年、文化庁文化審議会国語分科会は『日本語教育の参照枠』を作成しました。
「日本語教育の参照枠」とは、CEFR(言語の学習、教授、評価のためのヨーロッパ共通参照枠)を参考に作られた日本語教育の学習、教授、評価のための参照枠です。CEFRは欧州評議会によって20年以上にわたる研究と検証の末に開発され2001年に公開された、言語の学習、教授、評価のための参照枠です。日本語教育の参照枠とは、日本語教育にあたるものが、教授、学習、評価をどうやってすればいいのか、実践するときのよりどころとなるものです。
日本語教育の参照枠では、言語使用者を3つの段階(6レベル)に分けています(P.11)。A段階(A1,A2)が基礎段階の言語使用者、B段階(B1,B2)が自立した言語使用者、C段階(C1,C2)が熟達した言語使用者です。日本語教師は、A1段階で来日した学習者をB2段階(日本語能力試験N2)に育むのが仕事です。
日本語教育の参照枠における言語教育観の柱は以下の3つです(P.6)。
1)日本語学習者を社会的存在として捉える
学習者は、単に「言語を学ぶ者」ではなく、「新たに学んだ言語を用いて社会に参加し、より良い人生を歩もうとする社会的存在」である。言語の習得はそれ自体が目的ではなく、より深く社会に参加し、より多くの場面で自分らしさを発揮できるようになるための手段である。
2)言語を使って「できること」に注目する
社会の中で日本語学習者が自身の言語能力をより生かしていくために、言語知識をもっていることよりも、その知識を使って何ができるかに注目する。
3)多様な日本語使用を尊重する
各人にとって必要な言語活動は何か、その活動をどの程度遂行できることが必要か等、目標設定を個別に行うことを重視する。母語話者が使用する日本語の在り方を必ずしも学ぶべき規範、最終的なゴールとはしない。
このように、日本語教育の参照枠には、学習者一人ひとりのこころを大切に、ことばを育んでいくということが、明記されています。そして、それぞれが発する本物のことばを大切に、それぞれの発することばをリスペクトし、ことばでのやりとりをとおして、社会が築かれていくという考え方が示されています。
2021年以前の日本語教育の言語教育観は、学習者を一様な存在とみなし、効率的に文型を詰め込んでいく(教えていく)というものでした。日本語教育の参照枠で示された言語教育観は、言語教育に携わるものにとって、大きなパラダイム・シフトでした。
そして、この言語教育観こそ、私が考え続けてきた、言語教育観にほかなりません。
日本に来て半年の留学生が紡いだ<真正のことば>
日本語教育の参照枠では、言語熟達度:A1,A2(基礎段階の言語使用者)、B1,B2(自立した言語使用者)、C1,C2(熟達した言語使用者)について、5つの言語活動:聞く、読む、話す(発表)、話す(やりとり)、書く、の熟達度が示されています(P.22)。
ここで紹介する留学生4人の話す(発表)は、来日後、5~6か月がたったB1レベル(日本語能力試験JLPT N2レベル)の学習者です。B1レベルの話す(発表)の熟達度は、日本語教育の参照枠で、<自分の関心のある様々な話題のうちのどれかについて、ほどほどの流暢さである程度の長さの、簡単な記述やプレゼンテーションができる>と記述されています。
私はどの段階のクラスでも、1週間に1回、発表とやりとりの授業(対話授業)をしています。1人、45分。目標は、はっきり、ゆっくり、わかりやすく、話す。私は、聞いた情報をホワイトボードに書きます。クラスメートは、発表者の<真正のことば>を、全身で、聞きます。その後、「よくわかりました。○○さん、ありがとうございます」と言って、<やりとり(質問)>します。クラスメートが全員、かならず、やりとりをします。これが<対話>の過程です。
この発表とやりとりの教育実践をとおして、少しずつ、彼・彼女たちに、そして、私に、「対話の基礎体力」と「対話への自信」がついてきていることを実感しています。そして、これが最も大切なことですが、基礎体力と自信がつくことによって、対話活動は対話の当事者のよろこびへと昇華していきます。とつとつとしか話せなかったとしても、彼・彼女たちは、「楽しかった」「45分、話せたことが自信になった」と言います。こころから出てきた<真正のことば>は、人をつなぎ、光をもたらすことを、発表とやりとり(対話)の教育実践から、感じています。
対話は簡単に成立するものではありません。話す(発表)、話す(やりとり)が成立するためには、対話の当事者が<待つ>ことが必要です。教師あるいはクラスメートが、かんたんに言葉を補ってしまうと、彼・彼女たちのこころを種として出るはずであった言葉の芽をつんでしまうことになってしまいます。
そうではなく、待つ。俟つ。相手に思いの支点をあてて、<待つ>。思いの支点をちょっとでも、自分のほうへ引き寄せれば、<待つ>は破綻し、<焦れ>になります。「なんでそんなに話せないのだろう」と、待ちあぐねて、待ちかねて、待ちくたびれて、待ちきれなくなり、相手の心の種をつんでしまいます。人の心を種としたことばを育むには、<待つ>という積極的な行為が必要なのです。このことに気づいてから、私の対話の授業は、留学生のこころを種としたことばを育めるようになりました。
以下は、4人の中国人学生の<真正のことば>と、やりとりの一部です。
1.Sさん(男性)32歳
Sさん
私の名前はSです。中国の内モンゴルで生まれました。誕生日は3月2日です。32歳です。
2017年、大学に通っていた期間は、営業の仕事をしながら、自分自身や身の回りの人の心理的な反応や人間性について研究していました。
2021年からは、文化や価値観のちがいについて、研究を始めました。
研究内容のたとえとしては、<人とは何か><文化の慣性とは何か><人は教育によって作られるのか>など、ほかにもさまざまなテーマがあります。
2023年3月には、文化的束縛から抜け出すためのシステムを自分なりに作り上げました。そこから別の文化的価値観の環境に移りたいという考えをもつようになりましたが、その一方で、自分の身体があまり健康ではないことに気づきました。
そこで2023年4月から<傷寒論>や<扶陽医学>を独学で学び始め、現在ではこれらについても自分なりの体系的な考え方ができるようになり、いろいろな問題に対応できるようになりました。
ここまでたくさん独学してきましたが、日本に来てからはこうした知識は特に使わず、大学時代に遊び感覚でやっていた、ハッキング技術だけを活かそうと思っています。
当時は2年間ほどホワイトハッキングに取り組み、多くのウエブサイトにアクセスして、とても楽しかったです。
今は日本で語学学校に通っており、このあと専門学校に進学して、あらためて、ネットワークセキュリティを学ぶ予定です。将来はサイバーセキュリティ―の仕事に就き、日本に帰化したいと考えています。よろしくおねがいします。
やりとり
1.「よくわかりました。Sさん、ありがとうございます。ハッキングですか???」
「はい、ウエブサイトを知るためです。悪いことではありません。」
「そうですか。」
2.「よくわかりました。Sさん、ありがとうございます。傷寒論は役に立ちますか。」
「はい。いいですよ。」
「今度、教えてください。」
「はい。いつでも教えますよ。」
2.Rさん(女性)40歳
Rさん
私はRと申します。中国の武漢で生まれ育ちました。今年で40歳になります。中国では十年以上室内デザインの仕事をしていました。しかし、最近は中国の不動産の問題が大きくなり、仕事を続けることがむずかしくなりました。そこで、新しい人生を始めるために、日本へ来ました。
今は日本の東京富士語学院で日本語を勉強しています。日本に来て三か月ぐらいになりますが、毎日新しいことを学ぶのがとても楽しいです。先生やクラスメートもとても親切で、学校の生活にも慣れてきました。
私の目標は、来年日本語能力試験のN2に合格することです。その後、日本で好きな仕事を見つけて、家族を日本に呼び、一緒に生活したいと思っています。
趣味はドラマを見ること、音楽を聴くこと、観賞魚を育てること、そして小さい犬を飼うことです。日本の生活はまだ始まったばかりですが、夢を叶えるために、これからも一生懸命勉強していきます。どうぞよろしくお願いします。
やりとり
1.「よくわかりました。Rさん、ありがとうございます。日本に来る決断は、すばらしいですね。日本で好きな仕事、どんな仕事ですか。」
「まだ、わかりません。まずは日本語の勉強ですね。」
「そうですね。がんばってください。」
2.「よくわかりました。Rさん、ありがとうございます。今、日本でちいさい犬を飼っていますか。」
「いいえ、日本では、まだ、飼っていません。」
3.Tさん(男性)30歳
Tさん
私の名前はTです。ことしで30歳です。中国の河南省出身です。
私は今年の7月に日本へ来ました。日本は、静かで、きれいで、礼儀正しい国だと思います。4か月生活して、ますます好きになりました。
学校の先生はみな親切で、授業もわかりやすいです。クラスの学生たちは年齢が違いますが、みんな日本語が大好きで一生懸命勉強しています。
日本に来る前の中国の生活を思い出します。大学を卒業した後、専門学校とデパートで働きました。仕事は大変で、意味がないように感じて、生活が楽しくありませんでした。人生はこのままなのかと思いました。世界を見たいと思って、日本へ来ました。
ここでの生活をとても楽しんでいます。日本に来てから散歩がとても好きになりました。よく荒川のほとりを散歩します。天気がいい日に音楽を聞きながら歩くと、とても気持ちがいいです。また、隅田川ではきれいな景色や日差しを楽しむことも好きです。
将来について話すと、日本語学校を卒業したら、中国での仕事の経験を生かして、日本で働きたいと思っています。
やりとり
1.「よくわかりました。Tさん、ありがとうございます。ずっと日本ではたらきますか。」
「はい、ずっとはたらきたいです。」
「わたしも、そうです。がんばりましょう」
2.「よくわかりました、Tさん、ありがとうございます。私も、日本に来てから散歩が大好きになりました。日本はきれいですね。」
「本当に、そうですね。」
4.Oさん(女性)30歳
Oさん
私の名前はOです。中国の江西省でうまれました。大学の専門はドイツ語です。でもいまほとんど忘れました。時間があるならドイツ語をふたたび勉強したいです。大学卒業後、珠海に住んでいました。
誕生日は12月24日です。30歳です。2022年7月から日本語を勉強しています。2024年7月にJLPT N1に合格しました。日本語の小説を読むのが好きだから、読解は60点満点でした。外国語の小説とケータイをするのは、外国語を勉強するのによい方法だと思います。ぜひ試しましょう。
中国にいたとき、デザインの仕事をしました。Adobe Photoshop,Adobe illustrator などの設計をしていました。一番好きな仕事はモデリングです。もけいをつくるとき、やりがいがあります。
日本でずっと仕事をしたいです。日本では年齢にかかわりなく仕事ができます。中国では30歳の女性が仕事を探すのは難しいです。今、居酒屋でアルバイトをしていますが、店長が30歳は若いと言ってくれて感動しました。そして安心しました。だから日本で仕事を続けたいです。
今後も一生懸命がんばります。どうぞよろしくお願いします。ありがとうございました。
やりとり
1.「よくわかりました。Oさん、ありがとうございます。N1の読解が満点。すばらしいですね。どうしたらN1に合格できますか。」
「時間をかければ、できますよ。」
2.「よくわかりました。Oさん、ありがとうございます。日本では、30歳もいろいろな可能性がありますね。」
「そうですね。日本では仕事をみつけることができて、しあわせですね。」
中国人留学生の<真正の言葉>がもたらすもの
ここで紹介した4人の留学生は、30代~40代で、中国で社会人として生きて来た経験をもつ方たちです。30代、40代の彼・彼女たちは、なんらかのきっかけで、日本に来る決意をし、日本に来て、自由な日本を感じ、日本で一生、生きることを願うようになりました。そして、日本で、自分らしく、生きています。
今回は中国人留学生の真正のことばの一部をお伝えしました。今、留学生の真正のことば、特に、中国人留学生の真正のことばを伝えることが、日本語教育に40年以上、携わってきた私に与えられた大切な仕事だと考えています。
彼・彼女たちが、日本で、新たに、自分らしく生きていこうとする姿。その本物の姿から紡ぎだされる真正のことばに、私は、人としての尊さを感じます。そして、私もまた、そうありたい、本物の自分の真正のことばを紡いでいきたいと考えています。
たったいま、ある中国人学生から、「先生、好きなように考えていいとはどういう意味ですか」というラインが来ました。私は、「自分の考えたいように考えればいい。自分の考えを大切にという意味です。大人になれば、そんな自由がありますね。責任とともに。」とラインで答えました。すぐに、「そうですか。ありがとうございます、先生」というラインが返って来て、夢のスタンプがついていました。
「好きなように考えていい」というのは、現代の多文化社会を生きる地球人にとって、福音になるのだと、感じました。
参考・引用文献
欧州評議会(2001)『CEFR 外国語学習・教授・評価のためのヨーロッパ共通参照枠』
佐伯梅友校注(1981)『古今和歌集』岩波文庫
太宰治(2009)『ろまん燈籠』新潮文庫
文化審議会国語分科会(2021)『日本語教育の参照枠報告』
鷲田清一(2006)『「待つ」ということ』角川選書
くらはち・じゅんこ
慶應義塾大学大学院社会学研究科教育学専攻博士課程修了。博士(教育学)。登録日本語教員、明治大学農学部准教授を経て、現在東京富士語学院副校長・教務主任、和洋女子大学、共立女子大学教壇実習主任講師、NPO法人たちかわ多文化共生センター理事、立川市多文化共生推進検討委員会委員。日本語教育学会会員。著書に『日本語の作文力練習帳 上級――大学・大学院で学ぶために』古今書院、2012年、『日本語の論文力練習帳 改訂版』古今書院、2019年、『対話で育む多文化共生入門――ちがいを楽しみ、ともに生きる社会をめざして』初版第2刷、明石書店、2020年、『「日本語教師」という仕事――多文化と対話する「ことば」を育む』明石書店、2021年、『対話による日本語教育――国家資格「登録日本語教員」をめざして』明石書店、2025年ほか。
