論壇

ドイツもポピュリズムの国になるのか

ドイツ国民は危機と改革に疲れているかのようだ。問われるシェルツ首相の政権運営

在ベルリン 福澤 啓臣

極右政党AfD「ドイツのための選択肢」の最近の台頭が、民主主義政党および国民にショックを与えている。主な世論調査機関による政党の予想得票率——「この日曜日に選挙があるとしたら、何党に投票しますか」に対する答え——によると、10%強だったAfDがジリジリと上がり続け、6月に入ると、18%のSPD「ドイツ社会民主党」と肩を並べ、月末には20%あるいは21%とSPDを超えてしまったのだ。

それだけでも衝撃だったのに、追い打ちをかけるように、6月25日(日曜)に新連邦州(旧東独)のテューリンゲン州ゾンネベルク郡(人口5万7千人)で行われた郡長の決選(二人で過半数を争う)で、AfDのゼッセルマン氏がCDUの候補者に勝利した。これによりAfDの自治体首長がドイツで初めて誕生した。民主主義5党が連携したが、及ばなかった。

続いて一週間後の7月1日にはザクセン・アンハルト州のラグーン・イェスニッツ町(人口8862人)の町長にAfDのロート氏がやはり決選によって選ばれた。5党が連携したが、ロート氏の51.13%に及ばなかった。旧東独の小さな自治体の首長とはいえ、2週続けてのAfDの勝利は民主主義政党および国民に大きな衝撃を与えている。

果たして、これらAfDの台頭がポピュリズムにつながるのか、それとも一時的な台頭なのか。そこに至った政治状況およびAfDという政党を詳しく見てみよう。

1.AfDの台頭

信号内閣のドタバタ政権運営がAfDへの追い風になった

この半年間における台頭の主な理由として挙げられているのは、現在の信号内閣(SPDと緑の党とFDP「自由民主党」によるショルツ連立政権)のまずい政権運営だ。主なアンケート調査によると、一年前は40%前後だった信号政権への満足度が、5月、6月とグングンと下がり始め、現在は20%とどん底にある。

政権運営の不手際は、ハーベック大臣(緑の党)の率いる経済・気候保護省が積極的に進めてきた建物エネルギー法案——建物からのCO2排出量は全体の15%を占める——にある。ドイツでは冬の寒さに対する暖房は死活問題だが、これまでガスか灯油がほとんどだった。それが新しく建てられる建物は、来年から暖房を再生エネルギー65%に切り替えることになった。このこと自体はすでに連立政権協定に記されている。法案が閣内で討議している最中の2月末に最も保守的な新聞にリークされた上に、「暖房禁止法」と報道され、大騒ぎになった。

再エネ65%の暖房は、主にヒートポンプによる暖房を意味している。つまり化石燃料は使えなくなる。ヒートポンプはドイツではあまり普及していない。新しく設置するには、300万円以上もかかる上に、古い住居——ドイツの住居の2/3は1980年以前に建てられた——の場合、断熱工事を施さないと、十分な暖房効果が得られない。合わせると、1千万円以上もかかるから、払えない市民も少なくない。だから実質的に暖房禁止になると大騒ぎになった。野党だけでなく、FDPも閣内では同意したが、閣外で現在の法案はあまりにも導入時期が早すぎるし、国民の負担が大きすぎるので、代案を考えるべきだと、野党のような発言を繰り返した。

ハーベック氏はガスや石油の暖房を新しく設置すると、20年から30年使う。2027年からは炭素税(カーボンプライシング)が建物と交通部門にも適用されるので、高い暖房料金になると警告したが、聞き入れてもらえなかった。炭素税は現在ドイツではトン当たり30ユーロ(現在1€=145円)だが、25年からは55€、27年からは市場価格制が導入される。28年には125€以上、50年までに400€になるだろうと予想されている。

このような複雑な説得は、分かってもらえず、国民の多くが保守的なマスコミ、野党、FDPの反対キャンペーンに乗ってしまった。間が悪いことに、ハーベック氏が右腕と頼むグライヒェン事務次官が、縁故主義の疑いで野党およびマスコミから追及され、ハーベック氏は泣く泣く同氏を5月16日に更迭した。

すったもんだの末、信号内閣は再エネ65%の暖房の導入時期を、自治体の地域暖房計画の終了する28年以降にする案で6月27日に妥協した。補助金——現在40%、来年から70%まで可能——も支給されるし、ヒートポンプ以外の代案も認められた。ハーベック氏は予定通り議会の夏休み前に、7月8日までに通過させようとしたが、思わぬところから横槍が入った。CDUの一議員が、議会での討議期間が一週間弱と短すぎ、議会軽視だと憲法裁判所に訴えたところ、認められたのだ。それで法案は、議会の夏休み終了後の9月に改めて討議・採決されることになった。

本来なら、政府のこのような迷走下では、野党のUnion(CDU+CSUのキリスト教同盟両党)あるいはFDPへの支持が増えるはずだが、世論調査による両党の得票率はほとんど上昇しないで、AfDのみが伸びているのだ。21年9月の連邦議会選挙結果及びinfratestdimap(第一公共放送ARDの世論調査会社)による、一年前の7月7日と今年の7月6日のアンケートによる政党支持率を比べてみよう。

第1表:政党の支持率の変化

   期日 \ 政党SPDUnion緑の党FDPAfD左翼党
21年議会選挙25.7%24.1%14.8%11.5%10.3%4.9%
22年7月7日19%27%23%8%11%4%
23年7月6日18%28%14%7%20%4%
選挙結果との差-7.7%+3.9%-0.8%-4.5%+9.7%-0.9%

 

一目瞭然なのはAfDの大台頭である。野党であるキリスト教同盟の両党は2年前と比べれば、増えてはいるが、この1年間では微増である。つまり、この4か月間の信号内閣の混乱から政治的なメリットを引き出せていないのだ。それに比べてAfDは倍増している。

混乱を招いた緑の党——この法案は建築省との共同法案で、本来ならSPDのガルヴィッツ建築大臣にも責任があるが、批判はほとんど彼女に向かわず、ハーベック氏のみが矢面に立たされている——は、この1年間でマイナス9%と大きく下げている。昨年の緑の党の23%もの高い支持率、加えてハーベック副首相の人気——同氏の真摯で率直な語り掛けが国民に受けて、同氏は昨年政治家人気バロメーターで長らくトップの座を占めていた——にショルツ首相が2年後の総選挙で脅威のライバルになるのではないかと恐れて、今回の建物エネルギー法を巡る、国民の前で行われたFDPと緑の党の閣内争いを座視していたのだと、勘繰るマスコミもある。

通常ならこのような三党——それも世界観及び政治方針が大きく異なる緑の党とFDP——による連立政権の場合は、ショルツ首相(SPD)が首相の権限である方針決定権を行使して、決めることができる。脱原発の期日を巡って、FDPと緑の党が昨年争った時には、首相が方針決定権を使って4月15日と決めた。

AfDに対する「防火壁」は持ち堪えられるか

極右政党AfDとは、政治上の共闘あるいは連立は組まないし、その間にはいわゆる「防火壁」があり、絶対に越えないと、民主主義政党は公けの場で繰り返し明言してきた。今回のAfDの台頭の後でも、同様の発言を繰り返している。だが、CDU/CSUの中には地方議会や州議会で協力をしてもいいのではないかと声が聞こえる。そのためか、今回のAfDの台頭の後で、AfDに政治的に近接するCDU党首のメルツ氏は先週も「防火壁はしっかり立っている」の発言をした。AfDが10%以下の得票率なら、無視できるレベルだが、連邦議会で20%、州議会で30%を超えるような勢力になると、ことはそう簡単ではない。特に新連邦州では。

旧連邦州議会では5%から10%の得票率——例外としてヘッセン州は13.1%(18年)——なのに、五つの新連邦州議会におけるAfDの得票率は、ザクセン州27.5%(2019年)、テューリンゲン州23.4%(19年)、ブランデンブルク州23.5%(19年)、ザクセン=アンハルト州20.8%(21年)、メクレンブルク=フォアポンメルン州16.7%(21年)と高く、これらの州議会では第二の勢力である。来年には三つの新連邦州で議会が選ばれるが、現在のようなAfDの台頭が続くと、30%を超えて、第一党の可能性が高くなる。すると、果たして「防火壁」が持ち堪えられるか。

新連邦州ではなぜAfDの支持率が高いのか

新連邦州の市民は統一を熱狂的に歓迎したが、経済が停滞するにつれて、その熱も冷め、地域によっては疎外感が強くなっている。統一直後東独マルクと西独マルクの交換比率が1対1とコール政権によって決められた時は、まず喜んだが、工業の生産性の違いが1対4とかけ離れていたので、あっという間に東独企業は競争力を失い、軒並み倒産した。そして失業者の群れが誕生した。年金にしても、東独の賃金が構造的に低かったので、少なかった。さらに若くて有能な労働力は職を求めて、多数西側に出て行ってしまった。その数は、150万人とも推定されている。残されたのは低技能者か、高年齢の労働者か、失業者だった。様々な地域で過疎化が起こり、停滞していった。

連邦政府はこの30年間で300兆円ほどの資金を旧東独再建および東西間の格差解消のために投入してきた。そのために幾つかの地域では、新産業が花咲いている。EV車はBMWやポルシェだけでなく、テスラも新連邦州で生産している。つい最近も1.4兆円という巨額の補助金でインテルのチップ工場の誘致が決まった。台湾のチップ企業TMSCも工場建設を計画していると報道されている。

だが、人口密度の低い地域では、住民の「取り残された感」は33年経た現在も強く、AfD支持者の温床になっていると言っても過言ではない。統一直後から20年間ほどは、左翼党への支持も強かった——そのためザクセン州では左翼党のラメロー氏が州首相を務めている——が、現在はAfD一人勝ちになっている。

6月にライプチッヒ大学の民主主義研究所が、新5州の3546名にアンケート調査をし、なぜドイツの新連邦州ではAfDが支持されているかの分析結果を発表した。そこで見られるのは、極右的な考えに対する受容度が高いことだ。ショーヴィニスム(熱狂的な自国優先主義)および外国人排斥が強く、特にザクセン、ザクセン=アンハルト、テューリンゲン州の3州では極右およびネオナチ政党を選ぶ人々が多い。彼らは、自由民主主義よりも強権的国家の安定感を、さらに多文化的な社会よりも愛国的な共同体国家を望んでいる。

被調査者の2/3は政治的な参加を無意味だと感じている。1/4はドイツ統一によって敗者になっていると思っている。統一による勝者だと見なしている人は半分にも達しない。旧東独時代の一党独裁社会に満足していたと感じる市民が少なくない。

さらに、極右思想を抱いている人々の分布を見ると、この20年間ほとんど変わっていない。つまり、AfDの現在の台頭はAfDを政策的に支持する人たちが増えた——第二表参照——というより、ドイツ政治のメインストリームから見放されているという隔絶感が強い。これまで他の政党に票を投じていた人々、特にCDUやSPD,FDPや左翼党を支持していた人々が、AfDを選ぶと調査で答えている。AfDの政策への賛成票ではなく、既成の政党への抗議票と言える。

第2表:政党の党員数の変化

 年\政党SPDCDUCSUFDP緑の党左翼党AfD
1990943,402789,609186,198168,21741,316280,882
2010502,062505,314153,89068,54152,99173,658
2015442,814444,400144,36053,19759,41858,98916,385
2020404,305399,110137,01066,000107,30760,35032,000
2022379,861371,986132,00076,100126,45154,21429,180

 出典:ドイツ語版Wikipedia

上の表でわかるようにドイツの戦後の政治を牛耳ってきた二大国民政党CDUとSPD(それぞれ40%前後の得票率で)は、この32年間で党員数が半分以下に減ってしまっている。連立政権のキャスティングボートを握っていたFDPも半減している。ドイツ統一後新連邦州の第1党であった左翼党は1/5とさんさんたる有様である。唯一党員数を増やしているのが、緑の党である。AfDは党員数は増えていないが、得票率は大きく伸びている。この4か月で党員が大幅に増えたという報道はない。全党員数はこの30年間で240万人から117万人と半減している。政党そのものの影響力、魅力が相当失われているようだ。

ドイツの極右勢力についてフェーザー内務大臣と連邦憲法擁護庁のハルデンヴァング長官(公安警察のトップ)が6月20日に報告している。まず極右の定義だが、ドイツ基本法(憲法)の根幹をなす自由民主主義の原則を認めていない人々を指す。人種やある特定の集団を劣っているとみなして、差別することで、具体的にはユダヤ人差別、イスラム教徒差別などだ。極右の一部は暴力を使ってでも自分達のイデオロギーを貫徹しようとする。現在の極右勢力を4万人と数えている。擁護庁は基本法に反する団体だと見極めたら、禁止できる。これまでたくさんのネオナチ・グループを禁止し、解散させてきた。「帝国市民」運動も22年3月以来禁止されている。現在AfDを基本法に抵触する疑いがある団体だと指定して、公に監視している。

逆張り:AfDの綱領と政治方針

AfDは2013年にギリシャに対するユーロ救済への反対から、主にCDUの保守派によって創立された。党の綱領や政策を見ると、国民の多数が支持する政策の、逆張りというか、反対ばかりだ。EU及びユーロ圏からの離脱を求めている。反ユダヤ主義だが、擁護庁の監視下にあるので、具体的な発言はできるだけ控えている。ドイツ人によるドイツを求めているので、現在のような移民大量受け入れ政策は即刻やめるべきだとし、特にイスラム教はドイツに属していないので、同教徒の受け入れには強く反対している。難民はドイツの社会福祉制度の恩恵を求めて来るのだと述べて、難民受け入れには激しく反対している。ちなみにCDUメルツ党首が昨年秋にウクライナ難民がドイツへ逃れて来るのを「社会福祉ツーリズム」だと名付け、激しい批判を受けた。

米国は一応パートナーであるが、本音ではドイツ第三帝国を打ち負かした米国にはルサンチマンを持っている。プーチンには親近感を感じていて、NATOの東方拡大がプーチンを戦争に踏み切らせたと、幹部はプーチン寄りの発言をしている。現在のロシアへの経済制裁をやめて、ロシアとの関係もよくするべきだと要求している。さらに、ドイツはロシアとは直接戦争をしている訳ではないので、以前のようにロシアと付き合い、ガスや石油などを輸入すべきだと主張している。

現在ドイツのアジェンダになっている気候変動は、科学的な根拠はないし、自然の移り変わりの枠内で起きている現象だから、政府は気候変動対策を止めるべきだと言っている。その流れで、自然の景観が損なわれるという理由で、再エネ用の風車設置に反対している。多くの風力発電計画が彼らの市民団体を装った反対運動、特に法廷闘争によってストップするか、遅延している。

極右派が残り、穏健派は去る

AfDの中では極右派と穏健派の勢力争いが創立以来続いてきたが、これまで穏健派のリーダーたちが軒並み争いに敗れて、党を去っている。昨年に穏健派の党首モイテン氏が去った後、クルパラ氏とワイデル氏が共に党首(男女による共同党首は緑の党が始め、現在はSPDも同様)になった。クルパラ氏は塗装工として働き、マイスターの資格を得て、自分の会社を起こした。このような経歴から、エリートの雰囲気は全くなく、大衆的である。若い時には、CDUの党員だった。ワイデル氏は大学で経済学を専攻し、優秀な成績で卒業。ゴールドマン・サックス社に勤務。さらに博士号取得とエリートの道を歩んできた。女性同性愛者でパートナーの女性と一緒に二人の息子を育てている。

党内でも最右翼に位置するリーダーの一人が、テューリンゲン州支部党首のホッケ氏だ。元中高一貫校の教師というインテリだが、人種差別、反ユダヤ的発言、ナチスドイツの戦争犯罪の相対化などの発言が多く、2019年には裁判所が同氏を公の場で「ファシスト」と呼ぶことを正式に認めている。憲法擁護庁は同氏を2020年に憲法に抵触する恐れのある極右と認め、公に監視している。同庁によれば、AfD党員の1/3が暴力を辞さない極右であり、憲法の保障する民主主義を受け入れていない。ドイツ連邦共和国を認めていない「帝国市民」の党員もいる。支持者の2/3は男性で、年齢的には35歳から60歳層が多い。

ポピュリズムに関してドイツだけがこれまで異なっていた。周辺国を見ると、ハンガリー、ポーランドは既にポピュリズム政権が成立している。イタリアも仲間入りした。フランスは国民連合が権力獲得直前とも言える。英国もジョンソン氏が首相として、EU離脱を達成した。オランダ、スウェーデンも連立政権に参加している。このように見てみると、ドイツだけが、幸いにポピュリズムから免れているとも言える。だが、AfDの台頭が続くと、残念ながらドイツもポピュリズム国の仲間入りすることになるかもしれない。再来年秋の首相選挙には、AfDも独自の首相候補者を擁するという噂が早くも流れている。

AfDに利するジャーマン・アングスト:ドイツ産業の空洞化

新しいジャーマン・アングストがドイツ社会に漂っている。これまでドイツ社会の繁栄を長らく支えてきた産業が空洞化に向かっているのではないかという恐れだ。電力及びエネルギー料金の高騰、高いインフレ率、労働力不足、グリーン経済転換の不確実性、国による投資刺激の不足、煩雑な許認可手続きなどの悪い条件が重なって、より良い立地条件を求めて国外に投資する企業が増えているのだ。22年のドイツの直接投資は18兆円もの出超となっている。ドイツへの投資、特にEU内からの対独投資が激減した。ミュンヘンの経済研究所のフィスト所長は、「ドイツ経済はここ数年間停滞が続くだろう。10年以上低成長率が続く、いわゆる『日本化』が始まっているのではないか」と述べている。産業が衰退すると、雇用が減り、失業者の群れがドイツに誕生する。するとAfDにますます追い風が吹くだろう。

プーチンのウクライナ侵攻二日後にショルツ首相が宣言した「時代の転換」は平和の時代の終了だけではなく、ドイツの繁栄の時代が終わったことへの予感とも取り得る。だが、首相は6月に、まず国の安全を確保し、国民と一緒に社会の炭素中立を達成し、産業のグリーン化によって、ドイツは将来繁栄に向かうと強気の発言をしている。

2.気候変動が最大のアジェンダ

「人類適切気候圏」と若い世代の憤激

気候変動がもたらす被害は、海面の上昇や旱魃地帯の増加、熱波や異常気象などが知られているが、最近エクスター大学と南京大学の研究グループが新しく「human climate niche「人類適切気候圏」にまつわる被害について発表した。

人類は主に年間平均気温10度から15度の気候圏で生活を営んでいる。ドイツは現在10.5度、日本は15.5度だ。だが、圏外のサハラ砂漠などでは27度と、通常の活動は非常に困難である。これまで気候変動によって、約9%の人々(6億人以上)がこの同圏内から外れている。現在の気候対策が続くと、今世紀末(2080-2100年)には2.7℃程度の温暖化をもたらすだろう。すると、人類の3分の1(22−39%)の人々、約20億人が同圏内から外れてしまう。そ結果、年平均温度29度の酷暑に苦しめられることになり、大規模の飢餓、さらに大量の難民が生じることになる。

工業国、つまり豊かな国々がもたらした気候変動により苦しめられるのは、貧しい国々、つまりグローバルサウスなのである。世代的に我々は豊かさを享受し、将来の世代がそのツケを払わされるのだ。この不公平は絶対是正されなければならない。

世界に占めるドイツのCO2排出量の割合は、2%(G7国合わせて27%)であり、ドイツだけが炭素中立を達成しても、大勢に影響はないという意見に対して、三つの反論がある。まずドイツは工業大国としてこの200年の間に2%以上のCO2を排出してきている。次に、先進工業国としてグリーン経済への転換を実現することによって、他の国々の模範になる。さらに、そのグリーン技術をグローバルサウスに提供すれば、彼らは化石燃料による工業化の道を辿ることなく、一挙にグリーン経済に達することができる。

これらの知識及び考えを背景にして、3年前までドイツでは、FFFの若者たち、緑の党、多くの市民、学者が気候変動対策に取り組んで、個人のCO2のフットプリントを意識し、「フルーク・シャーム」(フライト恥=飛行機のCO2排出量は多いので、安易に飛ぶのを恥じること)などの言葉が生まれるほど意識が変わってきた。ところが、現在はコロナ危機前の熱気が冷め、「気候疲れ」が国民の間に広がっていると指摘されている。

それもあってか、ハーベック氏と緑の党は、焦りから今回の建物エネルギー法を強引に押し通そうとしたのでないかという憶測もある。政府内で妥協を強いられている緑の党の幹部に対して若い党員は憤激し、最近続々党員証を返していると報道されている。「最後の世代」の活動も「気候疲れ」などに対する反発、焦りから生まれてきたとも言える。国民の多くが彼女らの過激さに眉を顰める中、彼女らは批判をものともせず活動を続けている。

7月13日にはハンブルクとデュッセルドルフの空港内に侵入し、滑走路に身体の一部を瞬間接着剤で貼り付け、飛行機の発着を妨害した。15日も10箇所以上の都市の道路上で貼り付け抗議行動を展開し、気候問題の緊急性を訴えている。彼女らを援護する人たちは少数だが、「ドイツでは毎日何百箇所で渋滞が起きている。彼女らの抗議活動で多少渋滞が起きたとしても、怒ることはない」とさえ言う人もいる。警察の発表では、21年に51万3千500回も渋滞が起きている。AfDと最後の世代はドイツ社会の両極端を形成している。

ドイツの民主主義を支える国民層はこれまで政治的に安定していたが、多くの危機の中、流動化の兆しが見える。これからAfDポピュリズムの方向に進むのか、憲法が求める民主主義を確保するのか、夏休み以降のショルツ政権の政権運営が大きく影響してくるだろう。さらにウクライナ戦争の帰趨や米中の対立が及ばす世界経済の行方という具合に不確定要素が目白押しで、将来を予想するのは至難の業だ。(2023年7月19日 ベルリンにて)

ふくざわ・ひろおみ

1943年生まれ。1967年に渡独し、1974年にベルリン自由大学卒。1976年より同大学の日本学科で教職に就く。主に日本語を教える。教鞭をとる傍ら、ベルリン国際映画祭を手伝う。さらに国際連詩を日独両国で催す。2003年に同大学にて博士号取得。2008年に定年退職。2011年の東日本大震災後、ベルリンでNPO「絆・ベルリン」を立ち上げ、東北で復興支援活動をする。ベルリンのSayonaraNukesBerlinのメンバー。日独両国で反原発と再生エネ普及に取り組んでいる。ベルリン在住。

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