ケナンの慧眼、そしてオバマ、プーチン
国際問題ジャーナリスト
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勝井三雄+中野豪雄

特集●次の時代 次の思考

ケナンの慧眼、そしてオバマ、プーチン

クリミア危機-「戦争ができない世界」

国際問題ジャーナリスト 金子 敦郎


NATO拡大がプーチン独裁を生む

プーチンのクリミア

レトリックと現実

オバマの「戦争の条件」

対案なき批判


冷戦が終りソ連邦が解体してソ連側の軍事同盟、ワルシャワ条約機構は消滅した。欧米側の北大西洋条約機構(NATO)も役割を終えた。ところが米国はNATOを存続させ、ロシアを除く旧ソ連圏諸国を加盟させる拡大・強化に取り掛かった。G・ケナンはこれを「悲劇的な失政、新たな冷戦の始まり」と強く批判した。「死にかかっているロシアが西欧を侵略するとでも思っているのか。あのソ連体制を無血で倒したロシア国民に背中を向けている。ロシアの歴史も、ソ連の歴史も分かっていない」。ケナンが生存していたら、ウクライナ危機をみて「私の警告通りになってしまった」と嘆くに違いない。ケナンの慧眼に改めて敬服する。だが、この危機は世界がいまだに「冷戦」を引きずっている一方で、ケナンも想定しなかった新しい時代が進行していることも浮かび上がらせている。

NATO拡大がプーチン独裁を生む

ウクライナの動乱についてこの半年、大見出しになるニュースが連日のように報道されてきた。だが、本当に知りたいこと、プーチンはなぜ「国際秩序」に挑戦するリスクを犯してクリミア半島を奪い、さらに特殊部隊を送り込んで東南部のロシア系住民の分離・独立運動を扇動しているのかを教えてくれる報道は多くはない。その一つ、T・フリードマンの「なぜプーチンはわれわれを尊敬しないのか」と題する解説(2014,3,6 ニューヨーク・タイムズ紙への寄稿)は、プーチンをウクライナ危機へと駆り立てたものはNATO東方拡大だと指摘している。W・ファッフもNATO拡大を背景にあげ、さらにブッシュ(息子)政権の中東・欧州における弾道ミサイル防衛網(MD)建設計画を加えている(2014,4,10 トリビューン・サービスなど)。

冷戦終結とともにブッシュ(父)は「強いドイツ」復活を恐れるゴルバチョフ、ミッテラン、サッチャーを抑えてドイツ統一を急ぎ、NATOに組み込んだ。ゴルバチョフが統一ドイツは中立化すべきだと主張すると、NATOの中に閉じ込めておけば安心だ、NATOをこれ以上1インチたりとも東へ(ソ連に向けて)拡大することはしないと約束した。

次のクリントン政権はこの約束を知ってか知らずか、NATOの東方拡大を押し進めた。EUへの加盟とセットになって、2009年までにソ連支配下にあった東欧諸国、バルト3国、旧ユーゴから分かれたバルカン諸国など12カ国がNATOに加盟(ほとんどがEUにも加盟)。さらにソ連内共和国から独立国となったグルジアやウクライナにも波及しそうな状況になっている。ソ連帝国は丸裸に近い地域大国ロシアへと変貌した。

フリードマンはロシアの脅威が最も減退して民主主義への機会が生まれていた時に、それを摘み取り、逆にロシアに西側に対する不信感と安全保障への不安を強めさせ、屈辱を与えたNATO東方拡大が「強いロシア再興」を掲げる独裁者プーチンを生み出したとみる。

ケナンはソ連問題担当の米外交官、のち歴史家。冷戦戦略の原理となった「ソ連封じ込め」戦略の提唱者として知られる。ケナンがトルーマン政権に進言した対ソ戦略の要点は⑴スターリンは共産主義を独裁の正当化に使っているだけだ、 ⑵膨張主義は帝政時代からの伝統的な安全保障に対する過剰なまでの不安(パラノイア)の裏返しである、⑶第二次大戦で甚大な損害を蒙ったソ連には米国と戦争する意思も力もない、⑷ソ連の体制そのものはいずれ内部から崩壊する。だから大声で騒ぎたて威圧するのではなく、長期に我慢強く(政治的、経済的に)封じ込める―というものだった。

だが米政府の対ソ戦略はケナンの真意を離れて、独占していた原爆を振りかざしてソ連を威圧する軍事的封じ込めに突き進んだ。ケナンは不満を抱えて政府を去った。NATO拡大が同じ過ちを犯すことになるというケナンの批判は、フリードマンのインタビューでの発言だった。ケナンは94歳、7年後に亡くなる。インタビューの結びに、これが私の人生だ、最後にまたこんな思いをさせられるのはつらいと語った(インタビュー記録から)。

プーチンのクリミア

ウクライナ、ロシア、ベラルーシの3国は同じ西スラブ民族からなる兄弟国。冷戦時代ウクライナには戦略核ミサイル基地が配置され、軍需産業の拠点でもあった。フルシチョフとブレジネフはともにウクライナの党指導者からモスクワのトップまで出世した。ウクライナは欧州を東西に分かつ断層の上に位置し、ロシア、ポーランド、リトアニアの支配を受けた苦難の歴史を背負っている。西にウクライナ人、東にロシア人が多く住んでいる。

帝政時代にクリミア半島をトルコから獲得した。黒海に面した不凍港があり、地中海へ出るためのロシア黒海艦隊の基地が置かれた。住民の6割はロシア人。フルシチョフはクリミア半島獲得300年の1954年、最高会議にも諮らずに出身地ウクライナへのプゼントとして要衝クリミアの所属をロシア共和国から移した。スターリンの農業集団化でクリミアで多数の餓死者が出たことへの慰謝とされるが、この「気まぐれ」がなければ今回の紛争は起こらなかったかもしれない。

デモに揺れ動くなかで英仏ポーランド3国外相が仲介、ヤヌコビッチ政権と野党の間で、政治解決へ向けた合意が成立した。その直後、クーデターとみてもおかしくない政変劇で親西欧勢力が政権を奪取した。極右ともいわれる過激な民族主義武装集団が重要な役割を果たしたことを多くの報道が示唆している。議会は直ちに少数派のロシア語を公用語から外す決議を通した。だが、どちらも米欧側報道はほとんど取り上げていない。

この展開からウクライナがNATO加盟へ向かっているとプーチンが危機感を強めたと想像しても無理ではない。プーチンにとってクリミアはロシアの安全保障上、絶対に手放せない「最後の一線」。クリミア自治共和国の多数派を占める親ソ派を動かして国民投票を実施、ロシア帰属支持90%という大義名分の装いをこらしたうえでロシア編入を強行した。

ブッシュ前政権の軍事優先の一国主義からの転換を図り、抑制的な外交姿勢を保ってきたオバマが高姿勢に転じた。ウクライナの主権を蹂躙し、国際法に違反する「力による領土併合」だ、欧米が何世代にわたって作り上げた国際秩序が危ういと。オバマはプーチンを罰し、G8(先進8か国首脳会議)からロシアを閉め出した。だが、プーチンも引き下がらなかった。東南部の10を越える都市で親ソ派が州庁舎や警察などを占拠し、住民投票の実施を要求する実力行動に出た。米欧はその背後にプーチンが送り込んだ特殊部隊が動かしているとみる。

レトリックと現実

オバマ政権がプーチンのクリミア編入を「西側の価値」に対する挑戦ととらえ高姿勢に出たこと、これをメディアが「冷戦復活」と報じていることに、ロシア問題の専門家は総じて批判的だ。報道によると、EUも米国もウクライナとの関係強化がこんな事態を引き起こすとは予想しなかったという。そうだとすればあまりにも軽率だった。クリミアに手を出せばプーチンがどう反応するかは分かっていたはずだ。批判はそこから始まる。

EUと米国は「民主的なデモ」に運動資金を提供、高官を派遣してヤヌコビッチ独裁政権に対してデモを弾圧するなと圧力をかけた。米国務次官補がデモ隊にクッキーを配って激励したり、ワシントンから現地の米大使への電話で、EUはもっとしっかりやれと汚い言葉で罵った会話が盗聴され、ネットに流されたりした。一方、武装する過激な民族主義勢力も加わるデモ側に、暴走しないよう自制を求めたという報道は見当たらなかった。

欧州を中心に米外交をカバーしてきた老練ジャーナリストW・ファッフは、オバマもメディアもいまだに冷戦思考を引きずっていて、地域紛争を米ソ対立の型にはめこんでしまったと批判する。冷戦が終って「文明の衝突」が多発する時代だ。そこで起こる紛争にはそれぞれの長い歴史を背負った民族、宗教、生活習慣などの多様な「文化」が絡み合っている。今の国境線は民族分布に関係なく引かれたものも少なくない。ウクライナ・クリミアで起きた紛争もこうした地域紛争のひとつではないかというのだ。

振り上げた経済制裁も実効はほとんどないと指摘されている。経済のグローバル化が進み、世界経済は貿易、投資、金融を通した相互依存関係で成り立っている。ロシアも巨大なエネルギー供給国として組み込まれている。このつながりを一時的にも途絶させればどちらも傷を負う。世界経済にはいま、そんな余裕はない。制裁の影響の度合いは国ごとに違うから足並みはそろわない。米欧が発動した制裁はロシア首脳部の海外資産凍結やビザ発給拒否という名ばかりのものになった。国際経済の構造は東西両陣営の間のあらゆる交流が途絶されていた冷戦時代とは大きく変わっているのだ。これも忘れていたのだろうか。

ソ連・東欧を長く取材してきたV・セベスチン(英ジャーナリスト、ソ連崩壊をつぶさに描いた『革命1989』著者)は、プーチンの脅威は周辺地域に対する地政学的なものでグローバルな伝搬力があるわけでもないのに、過剰に反応してレトリックだけの制裁を振りかざすのは偽善的だ、ウクライナには(何もできないという)本当のことを言えという。米政権に発言力をもつI・ブレマー(政治学者、ユーラシア・グループ社長)も、オバマの「こけおどしの威嚇」は米国の国際的な信頼性をますます低下させる、クリミアはプーチンにとっては最大級の国益、効果のない威嚇で引き下がるわけはないと批判する。

プーチンのクリミア編入や東南部でのロシア系住民の蜂起にたいして、これという打つ手はない現実がみえている。そこに付け込んで、プーチンが同じような民族問題を抱えるモルドバ、グルジアなどで、さらなる領土併合を狙っているに違いない―と危機感が広がる。ケナンはスターリンをロシアという国が生んだ指導者の典型として、安全保障について常に不安を抱き、特に外部勢力に異常なまでの猜疑心と警戒感を持つが、権力維持に執心し、行動には極めて用心深いと評した。ロシア専門家の大方はプーチンを同じようにみる。ウクライナでもクリミアと東南部、モルドバ、グルジアは、条件はみんな同じではない。プーチンが同じ行動に出ると簡単な判断はできないだろう。しかし実際に政策を決めるのは専門家ではない。

米、露、EU、クリミア暫定政権4者の外相級協議が4月17日開かれ、「すべての違法な武装集団」の武装解除と占拠施設の明け渡しを求める合意がまとまった。だが内容はあいまいで、これで事態が解決に向かうとは誰も思っていない。当事者がこれ以上、事態を悪化させたくないと思っていることをうかがわせただけのことだろう。差しあたりは、時間を稼ぎながら最悪事態を回避する知恵を探すことしかない。考えられるのはウクライナの「緩衝地帯化」しかないように思う。

だが危険は続いている。ウクライナ東南部で偶発的な衝突が発生すれば、これが引き金になって紛争が拡大する恐れがある。最も怖いのはウクライナ系、ロシア系の双方の過激な民族主義勢力が意図的な挑発行動に出たときだ。反対派指導者に対するテロ攻撃、あるいはデモ・集会を混乱させ、警察や治安部隊との衝突・内戦を引き起こす。これをコントロールできるか。

オバマの「戦争の条件」

冷戦時代だったら米国とロシア(ソ連)が直接かかわる紛争が起これば、世界は核戦争の恐怖におびえた。オバマは強硬姿勢に出ながらも、軍事力行使の選択肢は初めから排除していた。オバマの「弱腰外交」が米国を「弱い国」にしたと批判する米議会共和党のタカ派からも、軍事介入の声は上がっていない。これも時代の変化を示している。

オバマ戦略はブッシュの「二つの戦争」に対する「二つの反省」が生んだ。数兆㌦もの巨額な戦費で米経済は破綻に瀕した。しかも過激なテロ勢力はむしろ勢いを増し世界に拡散している。こんな引き合わない戦争はもうできないという現実。もうひとつは合わせて10万人にものぼる一般住民の犠牲、数百万人もの難民をつくりだし、国際的な非難を浴びたこと。国際社会には非人道的な戦争は許さないという人道主義が高まっている。対人地雷やクラスター爆弾の禁止条約は市民運動が米・露・中国など大国の抵抗を押し切って成立させた。オバマは現実主義と人道主義を組み合わせた新戦略への転換を進めた。その輪郭は時々の演説、声明、発表、記者会見から次のように示されている。

▽米国が軍事力を行使するのは、米国および死活的な国益がかかる同盟国が直接的な脅威に脅かされたときだけとする、▽国際紛争の解決には経済制裁などの圧力と外交努力を優先させる、▽国連安保理決議など国際的な合意のない対外軍事行動はとらない、▽必要な軍事力行使にあたっては非戦闘員の住民の犠牲を極少化する、▽米軍を敵対的な国に長期に駐留させることはしない、▽しかし大量虐殺やジェノサイドを防ぐことは米国の安全保障上の利益であり、道義的責任である。

オバマはアフガニスタン戦争でこの新戦略を採用した。戦闘を管轄する中東軍司令官にベトナム戦争の研究で学位を得たペトレアス、現地司令官にやはり対テロ戦争に豊富な経験を持ち、ブッシュ戦略を「ハンマーで火を消す」と批判するマクリスタルを起用した。

多数の住民を巻き添えにする大規模な空爆を抑制、戦争の主役は指導者を狙い撃ちするピンポイントの無人機攻撃および特殊部隊による秘密作戦に切り換えた。対テロ戦争の万能薬(オバマ演説)とみた無人機攻撃だったが、命中精度の限界があったし誤爆も起こった。国連調査によれば民間人犠牲者は大幅に減ったことは確かだが、戦闘地域でもない場所で、いつどこから襲ってくるかわからない無人機攻撃に、周辺地域の住民は一瞬たりとも気を休めることはできない。國際社会は非人道的と厳しい批判を浴びせた。

オバマは批判を受けて、次のように無人機攻撃への理解を訴えた(2013.5演説)。「無人機をやめて通常兵器を使えば、命中精度が劣るので民間人犠牲は増える。地上部隊を送り込めばさらに多くの民間人を犠牲にし、米軍も損害を蒙る。米軍は占領軍とみなされて住民側との衝突が増え、次の戦闘を生む。外国への地上軍派遣は多くの敵を作り出し、國際世論を刺激する。ベトナム戦争やイラク戦争の歴史に照らして考えなければならない」―現職大統領が「米国の戦争」の反省をこれほどありのままに語ったことに驚く。

この人道主義は「核なき世界」の提唱(プラハ演説 2009.4)とつながっている。プラハ演説は(広島・長崎に)原爆を投下した国として米国は核廃絶のために行動する道義的責任を背負っていると述べている。理想主義、非現実的といった批判があり、実際に核廃絶は何も進んでいないように見える。しかしオバマの「核廃絶」は個人プレーではなく、世論の後押しを受けての発言だったことは見過ごされている。

冷戦が終ると核戦略の立案、対ソ核軍備交渉の中枢にいたP・ニッツェ、米戦略空軍トップを務めたL・バトラーら何人もの退役したての元米軍高官が核廃絶運動を始めた。世界は驚いて引退症候群という言葉が生まれた。21世紀入りすると、半世紀にわたる歴代政権で国務長官、国防長官、大統領補佐官、米軍統合参謀本部議長、あるいは議会軍事委員長などを務めた核戦略の権威、数十人もの著名人が「グローバル・ゼロ」を掲げる国際キャンペーンに乗り出した。H・キッシンジャー、G・シュルツ、S・ナン、C・パウエル、J・ベーカー、Z・ブレジンスキー、R・マクナマラ、C・ヘーゲル(上院議員、現国防長官)らだ。この顔ぶれをみれば、核抑止戦略は「虚構」だったことが分かる。

2005年のノーベル経済学賞を受けたゲーム理論の権威T・シェリングは受賞演説で「核タブー」が拡がり核兵器は使えない兵器になっている、広島はその聖地だと述べて、ブッシュの時計の針を逆巻きする過激な核ドクトリンを痛烈に批判した。オバマの軍事力行使を極力回避しようとする戦略の背景として、人道主義の高まりによって通常戦争であれ核戦争であれ、戦争がしにくい時代が進行しつつあることは間違いない。

対案なき批判

オバマ新戦略は、反米過激派勢力がなおも活発に活動しているイラク、アフガニスタンからの撤退を急ぎ、「アラブの春」では歴代政権が中東戦略の柱として大事にしてきたエジプトのムバラク政権を助けず崩壊を容認、リビアでは独裁者カダフィを倒すための軍事介入は欧州にまかせ、米国の関与は「後部座席からの指揮」にとどめた。「最悪の悲劇」となったシリア内戦でも人道的軍事介入に逡巡、イランの核疑惑にたいしても軍事介入は排除して経済制裁と外交に固執している。サウジアラビアなど保守的な湾岸諸国やイスラエルは、米国にはもう頼れないとの不信感を募らせている。

米国がこのような「弱い国」になれば「力の空白」が生じ「悪者」が入り込もうとして世界は不安定化する―米国や欧州からはオバマ批判が高まり、低迷する支持率をさらに引き下げている。オバマの冷戦派のような高姿勢は、秋の中間選挙を意識した「強い大統領」のポーズとの見方も強い。だが、批判はしても対案は誰も示していない。ブッシュ戦略に戻れとは誰も言わない。国際紛争解決の手段として戦争はほとんど役に立たない、むしろ事態を悪化させるというオバマ戦略を、説得力を持って否定できないからだ。

発展途上国では植民地時代の負の遺産を背負って民族、宗教がらみの地域紛争が絶えない現実がある。だが冷戦後世界では発達した民主主義国同士の戦争はなくなったという仮説が語られるようになった。戦争は政治目的を追求する手段(クラウゼヴィッツ)として成り立たなくなったからだ。ロシアにこのテーゼに当てはめられるだろうか。中国はどうか。「アラブの春」は中東の紛争においても先進国の軍事介入が問題解決につながらないという複雑な状況を浮き上がらせている。イランもそうだし、北朝鮮もそうだ。

米国はもう世界の警察官を務めることはできないと言った最初の大統領はカーターだった。それから40年も経つのに世界は漫然と米国の軍事力に頼り切ってきた。その間に「過剰介入」のすえに米国は「弱い国」になった。オバマ批判をしても「強い米国」が戻るとは思えない。ではそれぞれが米国に頼らない軍事力を持てばいいのか。これも話が元に戻るだけで答にはならない。米・露・中国の大国や欧州、日本などの先進諸国はその答えを探し出す責任を負っている。任期の残りが2年半となったオバマがリーダーシップを発揮できるだろうか。

かねこ・あつお

東京大学文学部卒。共同通信ワシントン支局長、常務理事、大阪国際大学教授・学長を務める。専攻は米国外交、国際関係論、メディア論。著書に『国際報道最前線』(リベルタ出版)、『世界を不幸にする原爆カード』(明石書店)など。カンボジア教育支援基金会長。