ある視角
腹は立つけれど頑張ってもらわねば!
早稲田大学講師 宮崎 徹
お粗末な公共放送
NHKはどうなるのか。長谷川三千子経営委員のかつてのやり方に倣って筆者も受信料をいったん不払いとさせてもらう。ちなみに彼女は大女流作家の野上弥生子の孫であるという。お祖母さんも草葉の陰であきれているのではないか。
それはともかく、不払いの理由はちょっとだけ彼女と違うかもしれない。放送内容が気に入らないからではなく(それもないとはいえないが)、トップが「政府が右といえば左とはいえない」とのたまっているからだ。御用放送にお金を払う気にはならない。
民放の体たらくのなかにあって公共放送に存在意義があることは否定しない。現に、いくつかの優れた特集番組を作ってきた。頑張っているテレビマンも知っている。内部から修正の動きは出ないのだろうか。たしか日放労という組合もあったはずだが。
この問題で、あるウェブ新聞に注目すべき指摘があった。その記事は他の局のしかるべき地位にある人が署名入りで書いていたので信頼性は高い。NHKが政権寄りに傾いているのは社内に呼応する勢力の増加があるからだといっていた。その中核は政治部であるらしい。権力と近しく交わりすぎるために一体化する傾向があるのだろう。
この先は個人的な好き嫌いの領域になってしまうが、「ニュースウォッチ9」という報道番組はつまらないというか、ひどいものだ。今回の会長発言問題などは取り上げもしない。噴出する原発事故の取り扱いも他局に比べて少ない。もっと遡れば、民主党政権を忌避する雰囲気も強かったような気がする(このあたりは民主党に肩入れしていた筆者のやや被害妄想か)。特にキャスターの某は民主党の総理や閣僚が番組に出ると、冷ややかな、場合によっては苦虫をつぶしたような顔をしていた。まるで「あんたのいる席ではないよ」といわんばかりに。ところが、自民党政権が復活したとたん、なんとなく機嫌が良くなり、安倍総理が来れば、わが意を得たりという顔つきをしている。「政権は自民党でないとすわりが悪い」と思うやからの一人なのかと怪しむ。ついでにいえば、この人のニュースコメントはお粗末のきわみ。つまりは、「慎重な対応が望まれます」といっているだけである。もっとも、東大野球部出身が自慢のせいか、スポーツニュースになるとうれしそうだ。
新聞も同じ穴の狢か
お粗末なのはテレビだけではない。わかりやすい産経新聞はともかく、日経新聞も官庁、財界への翼賛体質をますます露骨に出してきている。原発再稼動に向けての世論誘導をはじめ、アベノミクス礼賛、本日(3月23日)朝刊一面トップの「消費税の影響軽微」という予防、希望観測的キャンペーンといった具合だ。日経で読むに値するのは学芸欄だけという人も多い。たしかに連載小説や日曜の美術特集には面白いものが多い。美術専門の記者を養成しているかのようである。聞くところによると、大社長だった円城寺次郎という人が、株式新聞からの脱皮をはかるに際して、とくに文化記事を重視したのが伝統になっている。むき出しの実利に教養を振りかけてめくらましを狙ったのかもしれない。
話が横にそれてしまったが、マスコミがかつての軍産複合体ならぬ「産報複合体」「官報複合体」となりつつある。記者が自覚的な場合は悪質であるが、無自覚でも罪は大きい。それを助長しているのが記者クラブ制度である。官庁、企業をはじめ情報を出す側が都合よく報道してもらえるようなネタを提供するわけだが、それに乗っかってしまっている記事が多すぎる。仕事部屋の提供など便宜も受けているし、記者同士もある種のお仲間になりやすい。それかあらぬか、近頃では独自取材や特ダネを狙う気迫はなく他社に抜かれなければよしとする風潮もあると嘆くOBもいる。
記者クラブだけではなく、マスコミの経済構造にも問題がある。大量の広告を出す電力会社に遠慮する気配も強かった。不況が長引くなかで広告料が全体的にも縮小し、新聞やテレビの経営は厳しくなっている。ちなみに、新聞朝刊一面の最下段の8つの書籍広告の1つ当たり料金は、もっとも高い朝日で一昔前は100万を越えていたらしいが、最近では需給関係によっては30万円程度とも漏れ聞く。そういえば、朝日新聞に「マカ」とか「凄十」など精力剤の広告が頻繁に載るようになってきた。広告が喉から手が出るほど欲しいのだろう。テレビではパチンコ企業がめだつ。貧すれば鈍すにならないことを望む。
同じ轍は踏めない
何といってもマスコミが世論形成に果たす役割はまだ大きいので、この国の行方を再び過たせぬようにしてもらいたい。「再び」とは第2次大戦時の大本営発表的報道(原発報道にはその片鱗が見られる)のことだ。虚偽報道だけではない。戦争の時代における新聞の悪乗りぶりは凄かった。戦勝地(漢口陥落など)一番乗りの記事を流行作家に書かせ、それを拡販のネタにする。戦争情報や「ペン部隊」の輸送のために自社飛行機を飛ばす。そうした事情は、『放浪記』の林芙美子を主人公とした桐野夏生の小説『ナニカアル』にリアルに描かれているところだ。
みやざき・とおる
本誌編集委員、元内閣府参与、日本女子大学講師