特集 ● 黄昏れる日本へ一石

カタストロフ<破局>に向かう日本経済

岸田政治=「新しい戦前」を一新せよ

淑徳大学大学院客員教授・慶応大学名誉教授 金子 勝 さんに聞く

今回は、まずスタグフレーションとは何か、それがなぜ起きたか、50年前とどう違うかを説明し、起きているジレンマとそれへの対処で、欧米と日本の違いを明らかにする。日本経済の抜本的立て直しのためには「安倍黒田勘定」を作って不良債権を凍結すべきだが、それも難しい。結果としてアベノミクスがダラダラ続き、カタストロフが起こることになる。そのダラダラを支えるのが岸田政権で、「新しい資本主義」は「新しい戦前」だ。それを転換させる必要がある。こういうことを述べたい。

1.やってきたスタグフレーション 欧米との違い・50年前との違い

一昨年の11月頃から、スタグフレーションが来ると私は予言していた。まず物価上昇、その結果また不況がやってくると。一応、予言通りになっている。スタグフレーションというのはスタグネーション(景気停滞)とインフレーションの合成語なので、不況下の物価上昇という意味になる。

金融緩和だけで経済の成長がなければ、結局はお金が回らないので、物価上昇は簡単には起きない。今回はコロナ禍とロシアのウクライナ侵略に金融緩和が重なったことで、このスタグフレーションという厄介な状況に直面せざるを得なくなったのである。

黄昏れる日本へ熱く語る金子勝さん
(ビデオニュースより

私が一年半前に予言したのは、50年ぶりのコンドラチェフの循環が起きるということだった。 50年前は第四次中東戦争からスタグフレーションが起きた。当時1960年代末から70年代の初めにかけて国際通貨体制が動揺して、ケインズ主義の最後のあだ花であるかのように、福祉国家の拡大と拡張的財政政策をやっていた。そこに第四次中東戦争で、石油の値上がりという供給ショックが起きて、スタグフレーションが始まった。

今回もそれに似ている。2008年リーマンショックが起きたために金融緩和がなされた。その大規模な金融緩和からようやく離脱を始めていた矢先に、新型コロナウイルスの流行でまた不況になった。それでゼロ金利、量的金融緩和政策に逆戻りした。さらに追い打ちをかけるようにロシアのウクライナ侵略が重なったために アメリカFRBの金融緩和の規模も猛烈になり、膨大なマネーサプライが生じた。つまりマネーがジャブジャブで、いわばガソリンがばらまかれているところに、コロナ禍とウクライナ戦争ということで火がついて、不況下のインフレが起きた。日本では外国産化石燃料、穀物、原材料の価格高騰がきっかけになった。

とても厄介なのは、政策が矛盾するからだ。 不況だったら物価が下がる。だから金利を下げたり財政赤字を増やしたりする政策をとるが、金利を下げ、為替レートを下げて景気刺激のために財政赤字を拡大するとインフレが加速する。逆にインフレを抑えるために金利を上げたり財政支出を縮小することも難しい。金利を上げて量的緩和の縮小に入ると、結局不況になって、不況下のインフレとなる。

50年前にもスタグフレーションがあった。その時も財政金融政策は緩和基調だったが、今日のように金融自由化政策の下でバブルとバブル崩壊を繰り返すバブル循環体質ではなかった。今は金利を引き上げて緩和マネーを減らそうとすると、バブルが崩壊し、金融システム不安が発生する恐れがある。そのため、50年前のように財政引締め=新自由主義政策だけでは問題解決ができない。ちなみに、維新の会は金融緩和と新自由主義規制緩和を組み合わせた小泉「改革」の焼き直しだ。敵を作ってたたく手法もそうだし、小泉の「改革なくして成長なし」と「自民党をぶっ壊す」は「身を切る改革」という維新のワンフレーズ・ポリティックスとそっくりだ。小泉「改革」で非正規雇用が増え、格差と貧困を生んだのと同様に、維新の大阪では公的部門の削減で市役所には非正規労働がいっぱい、公立病院や保健所の削減のため新型コロナ死亡率が日本一になっている。このような新自由主義のポピュリズム手法はただ失敗を繰り返すだけに終わることは確実である。

50年前の当時には財政赤字を批判してケインズ政策をぶっ叩く新自由主義の考え方が急激に台頭して、マネタリストやサプライサイド経済学という類の新古典派の新しい潮流が出てきた。ケインズ政策を叩いて財政赤字を削りながら金融の収縮を図っていくことによって、不況の問題は深刻だったものの、正常化していこうとした。ところが今回は、その時のように財政赤字を削りながら物価下落をなだらかに実現するのは非常に難しい。なぜなら、金融緩和が 50年前と比べるとべらぼうな規模だからだ。日銀の場合、買っている資産が700兆円を超えている。FRBもはるかに8兆ドルを超えている。これを急激に収縮させると膨らんできたバブルが崩壊する。普通の不況、だんだん不況になるのと違って、ドカーンというショックになる。それが怖くてしょうがない状態だ。

『現代カタストロフ論: 経済と生命の周期を解き明かす』(金子勝・児玉 龍彦共著/岩波新書/2022.12/946円)

実際にその兆候が出始めたのが シリコンバレーバンクとシグネチャーバンク(ニューヨーク州)の破綻。いずれも地銀だが、それなりに規模が大きい銀行だ。日本だと預金保護は1000万円までだが、アメリカでは25万ドル(3300万円)だ。でも動揺が止まらないので、預金を全額保護とした。それでも中小銀行ヘの影響が大きく、1週間で5兆円前後の信用収縮が起きた。

金利でコスト高の上に、銀行が不良債権化を恐れて信用を収縮させているので、急激に信用の逼迫が起き始めると、不動産や株から始まって、企業への貸付も急速に減少してくるので、景気がもっと深刻になるのではないかと予測されている。すでにGDPはそんなに伸びていないので、本格的なスタグフレーションになってしまう危険性がある。

欧米各国の金融当局あるいは財政当局は、物価上昇を抑えるためにマネーサプライを縮小させる金融引締めをやらなければならないが、急激に量的緩和を縮小させると本当にショックが起きる。金利は上げているけれど、量的金融緩和、つまり買っている国債の量の減らし方は急激ではなく少しずつ減らしているので、金利をこれだけ急激に上げているのに効きが遅いと感じるのは、量的緩和の部分が残っているので実効の金利水準がそれほど上がっていないからだ。

中央銀行が緩和部分を少しずつ縮小する度に国債のダブつき具合が残ってしまうので、金融引締めの効果がゆっくりになる面がある。だがとりあえず金利を上げざるを得ない。上げると、シグネチャーバンクとシリコンバレーバンクの場合(その後もファースト・リパブリック・バンクが破綻)、決定的だったが、持っている国債や、住宅ローン担保証券など本来安全な証券の金利が上がったがゆえに、価格が急激に落ちて損失が拡大することになった。割と堅実な運営をしている中小バンクが危なくなったというのが今の現実だ。金融緩和を縮小していかざるを得ないが、急激にやるとバブルが崩壊するのでゆっくりやらざるを得ない。時間がかからざるを得ない。すると国債や住宅ローン担保証券を持っている銀行から破綻が発生してしまったということだ。

2.身動き取れない日本の財政・金融

日本はどうか。黒田日銀がアベノミクスで膨大な金融緩和をやり続けた。本来「2年で2%」に失敗したらやめればよかったが、10年も続けてしまい、膨大な金額を日銀が抱えることになった。リフレ派とか MMT論者の信者のような人たちがたくさん残っているが、ひどすぎる。理屈で説明できないし、とりあえず積極財政だとか言ったりする。完全に論理破綻していると感じる。

問題は簡単で、国債費(23年度予算で27兆円)が膨らむということだ。市場金利が1%上がると想定金利1.3%で2025年度には3.7兆円利払費が増える。2%だと7.5兆円増、6~7年すると10兆円近くになる。しかし実際はもっと膨張するはずだ。財務省の試算の根拠は内閣府のシナリオにある名目成長率が3%になっている。しかし実際の成長率は半分以下なので、より税収が上がらないからより国債を発行しなければならなくなる。金利1%増で最終的に国債費は10兆円増える。マイナス金利(額面より高く売る)での短期国債による自転車操業ができなくなって、財政赤字がますます大きくならざるを得ない。

国会答弁で出てきたのは、金利が2%上がると国債の値段が下がる部分の含み損が 50兆円になるという事実だ。金利1%引き上げで29兆円となっている。日銀の自己資本は10.8兆円だったので 明らかに債務超過だ。売らなければ何の問題もないと言うが、売れなくなってしまうことが大問題だ。凍結効果が起きる。だから日銀が580兆の国債を持ってしまってこの国債を売れない。売るとどんどん損が出る。ということは1000兆円超えている国債があるが、半分以上はもう凍結状態。だから日銀がいろいろやろうとしても投機マネーが暴れやすくなる。金融市場、国債市場がマヒ状態になる。

当座預金金利を上げなくてはいけないが、上げられない。上げると市中の金利上昇が激しくなる。一方、コロナで始められたゼロゼロ融資(無利子・無担保での融資)が43兆円あるが、今年その返済期限が来る。このまま返済をさせていくとかなりのゾンビ企業が存在していると言われているので、物価高倒産が続く危険性がある。

前述のように、欧米の場合には、インフレに対して金利を上げざるを得ないが、上げたことによって不況が起きる可能性が高いけれど、上げざるを得ないという矛盾だ。金融のバブルがあってその崩壊がすごくショックが大きいから、量的緩和の部分、つまり 国債や住宅ローン担保証券を買って出している市中のマネーの量を縮小させるという量的な部分がゆっくりのペースなので、金利の方は急激に上げているけれど、実はそんなに思うほど急激には効果が出ない。長引いてしまう矛盾だ。

3.「安倍黒田勘定」を作り、アベノミクスの罪を負わせる

日本の場合は、そもそもそういう矛盾ではない。そんな矛盾の前に黒田日銀が10年間緩和政策を続けたために、金融政策の柔軟性を失ってしまい、金利を上げられないままになっている。この一年間、日銀は10年債の国債の買取りの金利上限をずるずる上げて、ゼロ金利、マイナス金利から今や0.5%までになっている。それは追い込まれてやっているだけで政策として自分が選択できているわけではない。国債が膨張する、日銀が債務超過になる、あるいは市中の銀行の経営を圧迫する、中小企業のゼロゼロ融資が危なくなるということが続々出てきて、追い込まれる状態がずっと続いているという矛盾だ。

では日銀が金融政策の柔軟性・機動性を取り戻すにはどうするか。日銀の勘定の中に「安倍黒田勘定」を設けて、ここに国債の借換債の部分を、超長期債に借換えながら全部凍結していくことだ。その勘定は倒産企業の資産管理会社を別立てにするのとほとんど同じ仕組みで、不良債権を全部集めるというかなりドラスティックな方法だ。政府はその別勘定に金利を払う。日銀はそれを日銀納付金で政府に払う。ということは事実上凍結と同じだ。金利の支払いがない状態で長く凍結する。50年経って物価が30%上がったとしたら、1000兆円の別勘定があったとして、それが700兆円になるわけだ。非常に長期にわたってインフレで目減りさせながら国債を返していく。それを基本にしながら、経済成長があって余剰が出てきた時にその国債を返済していく。そういうやり方で100年かかって返すわけで、安倍さん、黒田さんには100年罪を背負ってもらう仕組みだ。

ところが、これをやると本体の財政赤字の削減をしっかりしないといけない。つまりプライマリーバランスを維持して、これ以上国債が増えませんということにしないといけない。最後の手段を使っているので、財政赤字を出し放題にすれば、国債の信用も日銀の信用も全然なくなるわけで、だからプライマリーバランスの回復をビビッドにしないといけない。そういう規律を持って財政政策ができるかと言えば、多分、日本の無責任社会では、破綻しない限りできないだろう。

4.岸田政治は「新しい戦前」

政治の面では、安倍派を中心とした劣化した政治家の圧力をはねのけねばならない。今の岸田政権でそれができるか。おそらくできないだろう。全く信念もなく、「こういう人が政治家になってはいけない」という典型的な世襲政治家だから、ただ首相になりたいだけ。宏池会の本当の意味での理念も全くなくしている。「新しい資本主義」の中身も、金融所得課税もなくなってNISAの拡大になり、賃上げに対応した法人税減税もほとんど実行される企業もない。彼の独自の政策がほとんどないまま、「新しい資本主義」が空っぽになったこの空隙を安倍のアベノミクスで埋め込んで、さらに歴史修正主義も埋め込んで、結局「新しい戦前」そのものになっている。

「新しい資本主義」が「新しい戦前」になっているので、結果的にがらがらとアベノミクスを継続する道にならざるを得ない。大規模金融緩和というアベノミクスの金融経済政策だけではなく、政治の歴史修正主義もひどくなっている。安倍よりたちが悪い。安倍は全く許しがたいけれど、彼は歴史修正主義を自分の「思想」として語っているので、自分で意図的に修正していたし、強引にそれで突破しようとしてきた。それに対して岸田はシレっと歴史修正主義、新しい戦前を平然とやっている。自分が何か悪いことをしているとの感覚もない。

だから首相になるために当然のことをやっているだけだということだろう。これが世襲政治家で、普通の人の持っている感覚とは違うのだと思う。

例えば放送法の解釈の変更は、行っているのが明らかなのに「行っていない」と言い続けるし、敵基地攻撃能力が明らかに専守防衛に反するというのが過去の答弁だが、岸田はそういうことは完全に棚に上げて、海外派兵をしないことが専守防衛だと言い換えてしまう。安倍は明らかに意識的にやった。岸田は「まあこんな嘘は別になんていうことはない」とばかりに、過去の国会答弁や国の政策の根本を平気で変えている。これは許しがたい。政治家としては存在そのものが許されないというくらいに、国会や民主主義を破壊している。

原発は 60年越えても使うとか、新設をもするというのも、明らかに原発事故以降の政府のスタンスを180度変えているのに、「原発は可能な限り低減するという政府の方針に変わりはない」と言い続ける。追及できない野党の問題もあるにせよ(野党は、立憲、共産以外はごくわずかに残っている社民くらいで、維新はもう自民党より右で、国民民主はそれについていって「大政翼賛会」を作り始めている)、完全に国の形が溶けてしまった。それが今の状態だ。

加えて、アベノミクスでさらに問題なのは、なし崩しで防衛費を倍増させてきたことだ。安倍政権になって2013年の後年度負担(翌年以降に繰り越しができる)が3.2兆円だったのが、2022年には5.9兆円と倍増していた。ずるずると防衛費を倍増させ、すでにGDP1%を維持できなくなっていた。台湾有事は後付けにすぎない。

財源も国会のチェックが効かない予備費が膨大に積み重なっている。年12兆円になったこともあるが、2020~22年度に単純合計で30兆円を超えている。そういう状態でそこから基金を176(2021年度)も作って、27基金はほとんど使っていない。23年度予算でコロナを5類にしながら、予備費5兆円をまた通した。 結局これらを膨大に余らせて、決算剰余金や歳出改革にして防衛費に回すことになる。表向き防衛費は増税を避けながら、事実上赤字国債でやっていくことになる。これは基本的に戦時中と同じだ。すなわち臨時軍事費特別会計で国会のチェックのないまま防衛費をどんどん拡大したのと基本的に変わらない。

すると、戦争の反省として作った憲法では、憲法九条の問題だけでなく、財政民主主義も壊されようとしている。マグナカルタあるいは権利の章典と呼ばれる、イギリス議会政治の根本の出発点となる財政民主主義を捨て、全部国会の協議なしに、どんぶり勘定で何兆円も出してそこから防衛費を賄うことになっている。戦時体制と言うべき現実だ。

5.安倍はプーチン型政治体制を目指していた

なぜそういうことが起きたのか考えると、安倍が目指していたプーチン型の政治体制に近づいているということだろう。単純な戦前回帰ではない。

今、ロシア、中国、タイ、ミャンマー、インド、さらにアフガニスタン、イラン、トルコ、イスラエルと、ユーラシア大陸の南の沿岸が全部権威主義的な独裁体制になっている。日本もそれに連なっているようだ。韓国も崩れ気味で、台湾ぐらいがまともだろう。

2014年のクリミア併合の後に、ほとんどの国が経済制裁している中で、日本の安倍だけが北方領土の返還という名目で展望もないままプーチンにすり寄った。その理由は、今そこにあるプーチンの体制が安倍のモデルになったからだ。「ウラジミール、君と未来を共有する」と言ったのは政治体制を共有する意味もあったのだろう。その意味で、安倍は単純な戦前回帰ではない。

安倍は、化石燃料のアラブ依存を脱するという名の下で、再生可能エネルギーを進めるのでなく、サハリン1と2、さらに北極海のLNGガスを中国に運搬するするアーク2を進めた。化石燃料、ガス石油をプーチン体制に依存し、これを援助している。

プーチンがメディアを完全に秘密警察の下に置いていくのは、ちょうど杉田和博の内閣人事局と北村滋の内閣情報局、国家安全保障局に対応する。公安警察、秘密警察支配も似ていた。それで官僚制を支配した。公文書の改ざんも命じ、それが政治家の言うとおりになるように、内閣人事局による人事によって忖度させることを進めながら、2015年16年に天下りを完全復活した。

最近の予備費から出てくる基金のほとんどが公益法人のもの。そこに行く国交省や経産省など各省からの天下り人事が完全に復活した。例えば石油元売りの補助金や電気料金の補助金などがそういう公益法人、つまり官庁の天下り先になっている。財界の古い産業と電気やガスの公益事業、石油元売りなどの古い体質のところを一つの極にしている。これはロシアのオルガルヒ(公益企業や民営化企業を支配する新興財閥)とそっくりだ。そこに入っているのがロシアの場合だとKGBの天下りだ。

同じように、経産省、国交省などの日本の官僚も天下りで入る。一部の権力者がぐるぐる回していくようなオルガルヒで原発を動かすことになる。世界的に言えば完全にナンセンスで時代遅れだが、そこで利益を回すから国際競争力がどんどん低くなる。しかし政権政党はそこで非常に基盤の強いで利益共同体を作る。

テレビメディアのコマーシャルは衰退しているけれど、電気など、財界からお金を出させる。そこで官僚の支配とメディアの支配が、安倍—高市問題で浮上した。隠れていたのが表に出てきた。

もう一つ今狙われているのは学者の批判能力を削ぐこと。戦前と同じように軍事研究をやらせたいし、そこに研究費を配分する方向へもっていきたい。そこで学術会議の解体を進めたいということだ。学術会議の会長が5人の選考委員を指名して、そこに意見を言わせて会員を決めていくという形で選挙制度を骨抜きにしようとしている。もう学者の独自性や自律性を完全に奪っていくので、科学技術はまた一層衰退していく。彼らの支配に都合いい研究だけをその周辺でやっていくということが起きようとしている。

プーチン型のオルガルヒ経済が安倍日本型のオルガルヒ経済に再編成されていく。それが今起きている。政治経済学的に言えばそういうことになる。プーチンは化石燃料の売却代金をオルガルヒの財源にしてきた。そこで膨大な金額が生まれ、軍事独裁化を進めることができる。都合悪い野党指導者や批判的ジャーナリストは暗殺するということが起きた。

日本は資源を持っているわけではないから、結果的にアベノミクスで国債をいくらでも発行するという形になる。プーチンにはないアベノミクスが代替物になり、10年も続けることになったが、それがツケをもたらし、やがて経済破綻が起きるが、そうになればなるほど、メディアや言論の自由を押さえつけるようにならざるをえない。

6.アベノミクスの結果は悲惨だ

ここで資料の図(稿末に拡大表示)を見てほしい。すべてアベノミクスの結果起きていることを示している。ずるずると金融緩和を続けても無意味で、財政金融政策はマヒ状態が拡大するばかり、カタストロフへ向かっていると言わざるを得ない。

図1

図2

図3

図4

図5

図6

図1を見ると、財政赤字が急激に増大して、特にリーマンショック(2008年)以降さらに伸びて史上最大を続けている。が、GDPはほとんど伸びていない。図2では97年の金融危機以降、給料はほとんど上がっていないし、図3で非正規雇用が急激に増えており、図4では内部留保がリーマンショック以降急増している。結果として何が起きたかと言えば、図5のように産業の競争力が落ちており、3月の貿易赤字が最大になった。図6を見ると、1970年代までは出生数が200万人を超えていたのが100万人台になって、アベノミクスになってからもずっと下がって、つい最近は80万人くらいだ。人口減少が激しくなっている。出生数80万人のうち生まれる女性が40万人だとすると、出生率が東京並みになれば30年後に生まれる子供は40万人ということになるかもしれない。

要するに、日本経済は持続可能性を失ってしまったということだが、提灯メディアはそのことをひたすら隠そうとしている。まるで日本は勝っていると言い続ける戦時メディアのようになっているのだ。

状況を冷静に眺めてみよう。アベノミクスの結果、財政金融はマヒするし、産業衰退、特に先端産業のエネルギー転換、電気自動車、医薬品、情報通信など全部だめになった。米中デカップリングがあって、なおかつEUは、日本ほどアメリカベッタリではないので、中国とある程度経済関係を結ぶ。すると世界は米・中・EUの3極になる。日本は中国の影響のある東南アジアでどんどん地位を低下させている。米中デカップリングで中国への輸出が抑えられているので、貿易赤字が拡大していく。先端産業が落ちているだけではない。世界の分断化が激しくなってきている中で、中国への輸出(特に半導体の製造装置など)をアメリカによって止められ、かつ東南アジアも貿易の比重が落ちてきた。中国、韓国、アメリカが代わりに入ってきて、結局日本の衰退が激しい状態になっている。

日本産業は輸出主導で生きてきたが、先端産業が遅れ、貿易赤字の膨張が著しく、賃金が上がらないので内需が細くなっている。貧困化も進んでいる。四分の一世紀にわたって実質賃金が上がらないのは、先進国では日本だけ。未来への展望がないので、子どもが生まれなくなり、人口減少が進まざるを得ない。いまや労働組合などにとって、賃金を上げてくれないと物価上昇で生きていけなくなりますよという問題が差し迫ってきている。

日本の賃金が上がらないのは、1973年のオイルショックの後、当時の日経連が「労働生産性基準原理による賃上げ」を強調したところから始まっている。ところがバブル以降は賃上げが生産性以下になっている。バブルの崩壊で起きたことは、国際会計基準が導入されて、企業はフリーキャッシュフローを貯め込まねばならないし、M&Aが当たり前の会計基準になったことだ。企業の株価重視の経営基準の縛りが強まり、すると株価を上げるためにはフリーキャッシュフローを増やすとか配当を高めるとか、あるいは自社株買いをするようになった。おまけに経営者はストックオプションで自社株を高くするインセンティブを与えられているので、そうしたところにお金が回り、賃金がほとんど上がらなくなった。

一方97年の労働者派遣法をきっかけにどんどん非正規雇用が拡大している。さらに最近は、団塊の世代がリタイアして非正規化し、非正規の比重を高めてもいる。しかもアベノミクスの結果、先端産業でも国際競争力が落ちてきているので、2015、16年頃から時間あたりの労働生産性が相当低下し続けており、日銀の見通しでも日本経済の潜在的成長率がゼロ近傍まで落ちている。だから賃金を上げにくくなっていることもある。

7.カタストロフを乗り越えるために、電力解体・新産業を

非正規労働者は昇給もないわけだから、結局最低賃金を上げていかねばならない。最低賃金を上げる時に苦しいのは中小企業だが、中小企業に対してある程度の支援をしなくてはならない。その財源どうするかが問題になる。大手企業が特に円安で為替レートだけで潤っているが、その大手の内部留保への課税を元にして中小企業に再分配していくべきだろう。ドル建てで生きている輸出企業と円建てで生きている中小企業の間には、あまりに酷いギャップ・格差がある。それを繋げる形に変えていかねばならない。

そこから地方分散型の経済に変えていく形で、新しい産業を作っていく。再生可能エネルギー、EV、食品加工とか、あるいは医療や介護、RNA医薬品、情報通信、こういうものを軸にしながら新しい産業を作っていって、それをベースにして生産性を上げられるような技術革新を先端産業で行っていく。そういうシナリオをしっかり実現していかないと厳しいことになる。

では今どういう思考で経済政策を立てるべきか。私の予測では、先にも述べたように持続可能性がないような数字が並んでいるので、カタストロフがやはりやってくる危険性が高い。だとすると、カタストロフの時代には日本経済にとっての最大のリスクを減らして行くことを最優先しなければならない。そしてリスク回避のマイナスからプラスに変えていくような思考法が不可欠になってくる。賃金を上げるだけではなく、50年周期のコンドラチェフの波で猛烈に激しい技術革新が起きるとするならば、まずはこの状態の中でどんどん貿易収支が悪化していくのは目に見えているわけで、そこから変えねばならない。

今までは加工貿易で先端産業を作って輸出で稼いで、原材料や食料を買ってくるというやり方できたが、それはもう通用しなくなった。直接的に貿易赤字を解消するには、輸入を削らなくてはならず、そのために再生可能エネルギーにして化石燃料の輸入を減らすことと、食糧の自給率を高めることによって輸入穀物を減らしていく。それによって、できるだけ海外ショックを受けないような仕組みを作り、地方分散型の新しい産業を作っていくことを目指すべきだ。

そのためには前述の「新しい戦前」を一新しないといけない。公正なルールで競争や研究資金の配分をし、さらに研究者の自律性や独立性を尊重する仕組みにする。今までの縁故主義、安倍以来の悪い縁故主義のダメさが国際競争力を損なっているので、そこをとにかく変えていくことがとても大事になってくる。その意味では、あの「イノベーティブ福祉国家」と言われる北欧社会がやっている、知識経済化に対応した仕組みが参考になる。教育や研究の負担を大胆に家計・個人から削って、授業料をただにして、給付型奨学金にするとか、研究費についても大学ファンドというような、金儲けでしかも政権に覚えめでたいところにしか資金が回らないようなやり方をやめて、研究者の自発性に基いてもう一回、科学技術を振興することをやらなければならない。これは5年10年かかる作業なので大変だが、今やらないと永遠に追いつかなくなる。そういう状態になりつつあるというのが今の状況だ。

もう一つ具体的に、電力の解体が必要だ。この間の地域独占のカルテルがひどいし、電気料金の吊り上げもひどい。為替レートもそれから化石燃料の値段も酷い。彼らはぼっているわけだ。国民に巣くっている癌だ。そのために発送電を所有権分離するのはもう不可欠だ。内閣府で再生可能エネルギーを広める有識者会議があって、財界人でも花王の会長も加わっているが、そこが発送電の所有権分離を提言した。ぜひ実施するべきで、そうすると初めて分散型の社会になる。それが一丁目一番地だ。オルガルヒの解体にとってもそこが一番の出発点になる。

 

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図1

 

図2

 

図3

 

図4

 

図5

 

図6

 

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かねこ・まさる

1952年東京都生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。慶應義塾大学経済学部教授を経て、同大学名誉教授。立教大学大学院特任教授の後、2023年から淑徳大学大学院客員教授。専門は、制度経済学、財政学、地方財政論。著書に『金子勝の食から立て直す旅』(岩波書店)、『閉塞経済』(ちくま新書)、『新・反グローバリズム』(岩波現代文庫)、『新興衰退国ニッポン』(共著、現代プレミアブック)、『「脱原発」成長論』(筑摩書房)、『資本主義の克服「共有論」で社会を変える』(集英社新書)、『日本病―長期衰退のダイナミクス』(岩波新書・児玉龍彦との共著)、『平成経済 衰退の本質』(岩波新書)、『メガリスク時代の「日本再生」戦略』(ちくま選書・飯田哲也との共著)、『人を救えない国』(朝日新書)など多数。最新の『現代カタストロフ論』(岩波新書・児玉龍彦との共著)は「経済と生命の周期を解き明かす」として、本稿の理論的背景を説明している。

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