コラム/関西発
ドキュメンタリー作品が映像祭で相次ぎ受賞
日本国内の「人権状況が改善されない」不作為を告発
ジャーナリスト 西村 秀樹
日本の外国人政策の理不尽さを鋭く描いたドキュメンタリー作品『ワタシタチハニンゲンダ』が「むのたけじ地域・民衆ジャーナリズム大賞」に選ばれた。むのたけじ賞は地域や庶民に密着した作品を対象にしたもの(註1)。この作品は大阪の在日コリアン・高賛侑(コウ・チャニュウ)監督が制作。2023年3月24日、東京都内で授賞式が開かれた。4月、この作品がニューヨーク・インターナショナル映画賞で最終選考の5本に選ばれた。
同じく関西の映像作家が制作したドキュメンタリー作品『骨を還せ!魂を還せ』が韓国短編映画祭のベストドキュメンタリー賞などを受賞した。前者は在日外国人政策の課題を、後者は琉球民族の遺骨返還請求訴訟を扱った映像作品で、共に日本の人権状況が国際的なスタンダードから著しく劣ったレベルであることを告発している。
筆者も後者の映像作品の制作を担当。受賞との連絡を受けたときの感想を述べると、固い言葉になるけれど、21世紀の課題の一つは脱植民地主義だと思った。これらの映像作品は、かつて帝国主義を採用した諸国にいまなお残る植民地主義の残滓、差別を表現する。こうした映像表現が、かつて植民地支配を受けた韓国や人権にシビアなニューヨークの先進的な映像評論家たちによって高く評価されたと、感じた。ドキュメンタリー映像作品が観客に与える感動の大きな要素は、テーマだとも改めて痛感した。
(註1、むのたけじについては、本誌『季刊・現代の理論』抗う人4回・拙書「新聞の戦争責任を問う〜むのたけじ」を参照。
日本の朝鮮人差別・排外主義を告発
前者の高賛侑監督の第一作は、『ウリたちの学校』だ。ウリとは、朝鮮語で「私たち」。映像の対象は朝鮮学校で、テーマとして政府による朝鮮人差別、ヘイトを扱う。
民主党政権下の日本政府は、2010年4月、「高校無償化」政策を打ち出した。すべての高校レベルにある子どもたちが家庭の経済状況に関わりなく安心して学べるようにすることが目的で、対象として公立学校、私立学校だけでなく、各種学校である外国人学校も含む画期的な内容だった。しかし、安倍内閣は、2013年5月、外国人学校のうち朝鮮学校のみを「高校無償化」措置から除外した。理由は「日本と北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)との間の日本人拉致問題に進展がない」など主に外交問題だった。
朝鮮学校に通う生徒や卒業生らが原告になって、大阪、愛知、広島、福岡、東京の裁判所に日本政府を相手とって「高校無償化」から除外した処分の取り消しと賠償を求める裁判を起こした。大阪の地方裁判所では処分の違法性を認める画期的な判決が下りた(註2)。しかし、他の地裁や高裁は原告の訴えを認めず、最高裁も上告を棄却し、判決は確定した。裁判所は「朝鮮学校の人事などへの朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会)からの影響力は否定できない」などを理由に日本政府の主張を鵜呑みにした。
註2、本誌『季刊現代の理論』14号。大阪訴訟弁護団長丹羽雅雄著「歴史的な大阪朝鮮学校への無償化勝訴判決〜戦後初めて司法が国の差別行政を糺す」。
日本の外国人管理政策を問う
高賛侑監督の第二作目のドキュメンタリー作品が『ワタシタチハニンゲンダ』だ。「私たちは動物ではない。人間だ」との当事者の叫びが印象に残り、タイトルにしたと高監督から直接聞いた。この作品は、法務省の外国人管理政策の人権意識の低さを鋭く問う。2021年3月、名古屋出入国在留管理局に収容中の、スリランカ国籍の女性ウィシュマさん(当時44歳)が死亡した。彼女の死亡を報道で知った高監督は、ウィシュマさんの葬儀に駆けつけ、高監督のカメラ取材をウィシュマさんの関係者は受け入れてくれたという。
日本の外国人管理政策は、日本の植民地政策と密接に関わっている。日清戦争(1894−95年)の結果、日本は台湾を植民地にした。その10年後、日露戦争(1904−05年)の結果、日本は朝鮮や満州へのロシアの影響力を排除し、朝鮮半島を植民地にした。大日本帝国時代、「植民地出身者」の管理は内務省が担当した。朝鮮併合(1910年)、三一独立運動(1919年)のあと、関東大震災(1923年)の際、警察や軍隊の指示で、日本人の自警団員が朝鮮人を虐殺した。殺害された人数は6000人を超すと言われる。戦前の外国人管理政策は、朝鮮総督府や特高(特別高等警察)など治安維持を目的とした公安警察が担った(その流れが現在の入国管理局につながる)。
「先の大戦」=第二次世界大戦で日本は敗北し、占領下、GHQが外国人管理政策を担当したが、サンフランシスコ講和条約で日本が主権を回復する(1952年4月28日)直前、1951年11月、ポツダム政令である「出入国管理令」で、日本政府は朝鮮半島や台湾出身者の日本国籍を一方的に剥奪し、朝鮮籍・中華民国籍を付与した。ヨーロッパ諸国で被植民地民に国籍選択権を与えたのと異なるやり方だった。
1993年、日本政府は外国人技能実習制度を導入した。少子化に伴い、農漁業や労働集約型産業など担い手の少ない産業に、外国人を技能実習生として働かせる制度をスタートさせた。しかし産業界が望んだのは低賃金で働く労働力だけであって、その働き手に、愛する家族、子どもがいることなど人間としての対応策を想定していない。
日本の外国人政策は、外国人を安い労働力としか考えず、管理の対象としか見ない。その結果が、例えば、ウィシュマさんの体調が重篤になったにもかかわらず逃亡を恐れて外部の医療機関に診察させない名古屋出入国管理局。あるいは、妊娠しそれが発覚すると国外退去になるのを恐れて死産した嬰児を自宅のタンス前に安置し死体遺棄に問われたベトナム人技能実習生(彼女へは最高裁で逆転無罪判決がでた)など、悲劇は枚挙のいとまがない。
日本の外国人出入国管理行政は、21世紀の人権感覚では信じられないレベルの行政が続いている。そうした非人道的な行政のルーツに韓国併合以来の朝鮮人への差別があると、このドキュメンタリー作品『ワタシタチハニンゲンダ』は告発する。
日本政府は、そうした前時代的な入管行政を是正するのではなく、むしろそのまま継続する内容の入管法「改正案」を今国会に提出した。2年前に反対が強く廃案になった内容とほとんど変わらない。アムネスティなど人権擁護団体は、「入管法を国際人権基準に則ったものに改正するように、日本政府に強く要請する」アピールを発表している。
2022年に完成し、全国のミニシアターで上映されたこの作品は、役目を終えたのではなく、いまなお、テーマは現在進行形のドキュメンタリー作品なのだ。
琉球は内国植民地だ
2本目のドキュメンタリー作品『骨を還せ!魂を還せ』のテーマは、琉球遺骨返還請求訴訟だ。この訴訟については、本号でも、この訴訟の原告団長・松島泰勝の新刊『学知の帝国主義』(明石書店)の書評が掲載される旨、編集者から聞いている。そちらもぜひ目を通していただきたい(註3)。
ポイントは、琉球が内国植民地だという点だ。大事なことは琉球王国は独立国、主権国家だったという事実だ。江戸幕府が日米修好通商条約を結ぶ4年前、琉球王国はアメリカとの間で修好条約を締結(1854年)、フランス、オランダとも条約を結ぶ。このことは欧米諸国が琉球王国を日本とは別の主権国家と認識していたことを示す。
訴訟の原告団長の松島は新刊に次のように書く。1872—79(明治4—11)年、「琉球併合は、日本政府が軍隊、警察をもちいておこなった。組織的で、計画的な国家侵略である」と歴史的事実を述べ、さらに琉球併合の現代的な意味を解く。「2022年2月、ロシアがウクライナを侵略し、いまも戦争はつづいている。これは琉球人にして他人事ではなく、琉球も日本によって侵略・併合され、その植民地になり、その結果、戦場とされ、おおくの琉球人が殺され、戦後も米軍基地がおしつけられるという『犠牲の構造』のなかでの生活を余儀なくされている」。
琉球遺骨返還請求訴訟で原告たちは京都地裁の裁判官に現地検証を求めたものの、原告、弁護団、支援団体は裁判官の訴訟の進行ぶりから実現性がうすいと判断し、代替策として現地検証に代替するビデオを提出する目的で制作した。しかし裁判官が法廷での上映時間を10分しか認めないと制限したため、法廷提出用10分のほか、ドキュメンタリー作品『骨を還せ!魂を還せ』として制作された(訴訟の弁護団長は丹羽雅雄弁護士)。
2021年にロケを実施、2022年に完成した30分版のビデオ作品に2023年になって海外の映画祭からつぎつぎに受賞の報告が届いた。韓国国際短編映画祭のベストドキュメンタリー賞のほか、インドとシンガポールの映画祭など、3つの国5つの映像祭の7部門で受賞した。それらの国に共通するのは、かつて大英帝国や大日本帝国の植民地だった過去だ。
先住民族の人権をめぐっては、21世紀に入って事態が大きく動いた。2001年9月、南アフリカのダーバンで国連が国際会議を開き、人種差別を「すべての人権の重大な侵害」とし、奴隷制を「人道に対する犯罪」と規定するダーバン宣言をした。2007年国連は「先住民族の権利に関する国際連合宣言」を行った。アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージランド4か国は反対したが、日本は賛成票を投じた。
欧米では博物館に収納され展示されていた先住民族の文化遺産だけでなく、遺骨を返還する動きが続いた。日本でも北海道大学は過去に発掘・収集したアイヌ民族の遺骨1000体余りの返還をアイヌ民族と和解した。国立アイヌ民族博物館を含む「民族共生象徴空間ウポポイ」の一画に慰霊施設が設置され、遺骨はここに葬られた。アイヌ民族に関しては、先の国連宣言を受けて、翌2008年、国会で「アイヌ民族を先住民とすることを求める決議」を全会一致で採択し、2019年には、アイヌ施策推進法が施行されるなど、法的措置が実施されたが、琉球民族に関する法的措置はまったくない。
しかし、国際的な関係機関の対応は違う。2008年国連自由権規約員会は「沖縄の人たちを先住民族」と認定した。2014年に人種差別撤廃委員会は「琉球民族の先住民族との権利を認めるように」勧告を出した。2009年ユネスコ(国連教育科学文化機関)は、日本国内の消滅の危機にある言語に該当する言語を8つ発表したが、うち6言語は沖縄県、つまり琉球の地域だった(文化庁HP)。沖縄県の翁長雄志知事は、2015年、ジューネーヴの国連人権理事会で「沖縄の人権や自己決定権がないがしろになっている」と訴えた。なぜ京都大学は遺骨を返さないのか。なぜ日本の司法は先住民に関する国際法、国際基準に基づいて原告の訴えを認めないのか(註4)。
日本の女性の社会的地位は低い。世界で116位(註5)。先進国中で最低レベル。アジア諸国では韓国、中国、アセアン諸国より低い。LGBTQ(性的少数者)に関する法的措置についても、同性婚を認める法律がないのはG7で日本だけ。しかも、岸田内閣は広島で開催されるG7を前にしても、同性婚法制定の動きはない。
なぜ改善されないのか。自民党内部の保守派と、旧統一教会など宗教右派とが密接につながり、古風な家族観の維持続行を目指し、少数派の声を圧殺する。
日本は生きづらい。日本で若者の自死が初めて年間500人を超え(註6)、子どもの出生率は右肩下がり。そうした生きづらさの主要な原因は、日本が少数者の人権をなかなか認めようとせず、国連人権委員会などから国際的なスタンダードを根拠にした改善勧告が出されても、日本政府はひたすら拒む。有権者の多くは「保守政党」に投票を続け、その上、投票行動をせず棄権する人が有権者の半数近くにのぼる。
関西発のドキュメンタリー作品が国内外の映像祭でつぎつぎに受賞するのは、そうした日本国内の人権抑圧を鋭く告発する内容だったからではないだろうか。筆者は小学校時代の皆勤賞以来、初めて光栄な賞を受けて自分の心に感じた第一印象だった。
註3、本誌『季刊現代の理論』28号で拙稿「琉球遺骨返還請求訴訟が暴く京大の史的暗部〜京都大学は「盗んだ」琉球の遺骨を返せー旧満州731部隊に繋がる「学知の植民地主義」
註4、『季刊現代の理論』6号「翁長知事が国連人権理事会で訴え」
註5、146か国中、世界経済フォーラム「ジェンダー・ギャップ指数2022」。内閣府男女共同参画局HP。
註6、小中学生の自死が2022年一年間で512人。2023年2月厚生労働省発表。
にしむら・ひでき
1951年名古屋生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、毎日放送に入社し放送記者、主にニュースや報道番組を制作。近畿大学人権問題研究所客員教授、同志社大学と立命館大学で嘱託講師を勤めた。元日本ペンクラブ理事。著作に『北朝鮮抑留〜第十八富士山丸事件の真相』(岩波現代文庫、2004)、『大阪で闘った朝鮮戦争〜吹田枚方事件の青春群像』(岩波書店、2004)、『朝鮮戦争に「参戦」した日本』(三一書房、2019.6。韓国で翻訳出版、2020)、共編著作『テレビ・ドキュメンタリーの真髄』(藤原書店、2021)ほか。
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