特集 ● どこへ行く“労働者保護”
労働者保護法制の空洞化と立憲民主党の責務
雇用・労働法制問題のエキスパート、石橋通宏参議院議員に聞く
語る人 立憲民主党参議院議員 石橋 通宏
聞き手 住沢 博紀(本誌代表編集委員・日本女子大学名誉教授)
大野 隆(本誌編集委員・東京統一管理職ユニオン委員長)
1.非正規雇用拡大の政治責任と立憲民主党の責務
2.労働・雇用法制関連の超党派議連の成果と課題
3.「働き方改革」をめぐる議論と立憲民主党
4.最低賃金の「1500円」への引き上げは?
5.近年の賃金分布の最低賃金への張り付きの傾向
6.最低賃金論を越えた労働者の本来の安心・安全な制度とは
7.立憲民主党と連合の対話を促進するために
1.非正規雇用拡大の政治責任と立憲民主党の責務
住沢 石橋通宏参議院議員は、長らく立憲民主党内や厚生労働委員会で、労働法制のエキスパートとして活躍されてきました。それで労働者保護制度の空洞化、あるいは解体の危機に際して、国会活動での現状をお聞きしたいと思います。
立憲民主党「政策集2022」の「働き方」の項目には、EU諸国などの制度に近い数多くの政策提言が書かれていますが、2020年から現在までの立憲民主党を中心とする議員立法では、「労働」の領域は一つだけです。コロナ禍という制約はあったにせよ、「働き方」関連の政策は、政策課題として立憲民主党内ではどの程度、重点政策として取り組まれていますか。また関心ある議員や議連などの活動の現在はどうでしょうか。
石橋 私は労働界出身の議員ですし、議員になる前は長年 ILO(国際労働機関)の専門家として仕事をしていた経験もあって、初当選以来、労働・雇用問題に注力をして活動してきました。今、議員活動13年目になり、この間、民主党から民進党、そして立憲民主党と党が変わってきたわけですが、一貫して、労働・雇用問題は党としても重要政策の1つと位置付け、議論してきました。ただ、政策論議の比重から言うと、かつての民主党時代から比べると小さくなってしまっていないか、もっと立憲民主党内で、重きを置いて具体的な労働政策の提案を進めるべきではないか、という問題意識を持っています。
その背景には、おそらくいくつかの要素があるのだと思います。例えば、私のように労働界出身と言うか、労働問題を議員になる前から専門的に取り組んで関わってきた議員が、かつての民主党時代から比較をすると、立憲民主党では数が少なくなってしまったのではないかと率直に思っています。
かつて民主党時代は、政務調査会の厚生労働部門の中で、労働問題に詳しい先輩議員がたくさん居て、労働問題についての活発な議論がありました。労働法制改革の議論とか非正規雇用問題への対応だとか、専門的な議論がとても闊達に行われていたのですね。
私もその議論の中心に居た一人でしたが、立憲民主党になって、民主党時代より議員の絶対数が減りましたし、労働系の議員が相対的にも減ってしまっているという印象があります。この間の何度かの国政選挙で、労働問題を一緒に取り組んできた先輩議員や同僚議員が引退したり、議席を得られなかったりしたことも大きかったです。
また、この三年間は、新型コロナ感染症の影響も大きかったです。党の厚生労働部会は、国会の公式行事である衆参の本会議・厚生労働委員会が開催されていない時間しかセットできないという制約の中、どうしても命に直結する新型コロナへの医療対策等が喫緊の中心課題になりました。労働者保護という意味では、コロナで影響を受けた労働者に対する支援策、特に非正規雇用の方々に対する支援とか生活困窮者に対する支援策とか、そういう政策論議がこの3年間の中心だったんですね。そのため、近年の立憲民主党においては、結果的に、労働・雇用法制や社会保障制度の抜本的な見直しの議論に取り組むことが出来なかったのです。
ただ、コロナ禍で、こういった危機にこれだけ多くの労働者が困窮状態に陥ってしまった。しかも、そういう極めて脆弱な雇用労働者に国の公的な支援がなかなか届かない、支援策から漏れてしまうという構造的な問題も浮き彫りになりました。短期的には、対処療法的に支援をしなければいけないわけですが、本質的には、そもそもそういう不安定でかつ低賃金な非正規雇用や偽装フリーランスという問題を、政治が制度的にこの二十数年間、増やしてきてしまったわけです。
それ自体がやはり問題なのだと、そこにメスを入れていかないとだめなのだというような議論が、今まだできていないのではないか、というのが私の個人的な問題意識です。今、新型コロナを二類相当から五類に引き下げる方向性で議論が行われていますが、そうであれば、今年こそはこの間の教訓もしっかりと踏まえて、労働法制改革や社会保障制度改革の本格的な議論に着手する年にしていかなければならないと思っています。
今日のメインテーマであるこの二十数年間の非正規雇用の拡大は、明らかに政治が労働者保護法制の規制緩和なり、労働法制だけではなくて会社法とか税制とか、そういったことも含めたトータルとしての政策変更を行った結果、企業が労働コストを引き下げることを可能にしたことの問題があるわけです。
かつて日本は、成長の果実を労働者にしっかり分配し、それが社会全体の底上げ、成長、発展につながってきたわけです。それが、この20数年間の労働者保護法制の改悪、規制緩和によって、企業が本来、労働者に分配するべき利潤なり利益を、株主や経営者への配分や内部留保に回すことを可能にしてしまったわけです。結果、非正規の拡大や不安定雇用の拡大、低賃金雇用の拡大、そして結果的に、日本ばかりが賃金が伸びない国、成長できない国、国際競争力の弱い国になってしまったのではないでしょうか。
私は、2000年代以降、国際労働機関(ILO)に勤務して欧州にいた時に、日本の労働組合の皆さんには、非正規雇用の拡大を許したら絶対に正社員の低賃金化にもつながる、と警鐘を鳴らしていました。しかし残念ながら、あまり当時の労組幹部にはその問題意識を共有してもらえなくて、その後、結果的にそういう状況になってしまいました。
また、フリーランスも、今はもう使用者が使用者責任を逃れるために、本来労働者であるにも関わらず、労働者として扱われない個人事業主と化してしまって、それによって労働者が労働法制によって守られず、極めて不安定な状況に置かれてしまっていることにも強い問題意識を持っています。
こうしたことを含めてトータルとして、この二十数年間の法制度上、労働政策上の失敗が今の状況を招いたという意識を強く共有して、立憲民主党こそ、そこにメスを入れて行かなければいけないと思います。つまり、この国の労働法制を強い問題意識を持って立て直していくこと、それが私は政治の役割だと思うし、立憲民主党の責務だと思います。
先ほど述べたように、この3年間、立憲の中でなかなか本質的な労働法制の立て直しの議論ができてこなかったのは残念ですし、私自身の責任も感じています。ですから、単に目の前の最低賃金の抜本引き上げだけではなく、また単に春闘での賃金引き上げの話だけではなく(もちろん当面は物価上昇以上の賃上げがすべての労働者に行き届くことが必要です)、すべての労働者の雇用の安心と安定を取り戻し、処遇の改善を図っていくための本質的な労働法制改革のところに踏み込んで行かないと駄目なのだろうと思います。
2.労働・雇用法制関連の超党派議連の成果と課題
住沢 その時に、立憲民主党の党内でどのような方々、例えば連合との関係や労組の組織内議員もいると思うのですが、どの程度の党内の合意や労働法制に関するネットワークをつくることが可能ですか。また党を越えて野党共闘の問題、さらに「働き方改革」の議論の過程を見てみますと、自民党内の一部ともある程度の課題の共有が見られると思うのですが。その辺まで含めて、労働法制をめぐる議員の超党派協働がどの程度可能なのでしょうか。
石橋 立憲民主党については、すでに述べたように、残念ながら労働・雇用問題を専門に取り組める議員の比率は減じてしまっているのが正直なところです。それは、連合系の組織内議員が別々の所属に分かれてしまっていることもありますし、連合系の議員も、今の経済状況の中では、産業政策的な議論により力を入れざるを得ないところもあるのではないでしょうか。本来であれば、連合系議員が力を合わせて、もっと広く労働者のため、非正規雇用労働者のため、外国人労働者のための政策を打ち出していくべきだと個人的には思います。
住沢 何人ぐらいいるのですか。また超党派の議連活動ではどうですか。
石橋 何人とは正確には言えないですが、やはりもっと党内でも、そして横断的にも、労働・雇用法制の改革論議をしっかりやんなきゃいけないと思います。立憲民主党でも、労働法制改革の議論をきちんと旗立ててやろうと言えば、やりたい、やろうって言ってくれる議員はそれなりにいると思います。私も今、長妻政調会長に、労働・雇用法制改革を議論するための政調の場を作って欲しいとお願いをしているところです。
また、超党派の議連活動における労働問題への取り組みとしては、例えば、国会にはILO 活動推進議員連盟という超党派での議連があります。私は、かつてILOに身を置いていたこともあって、長年、事務局長を務めさせていただいていて、会長は、前任は川崎二郎議員、現在は田村憲久元厚労大臣に務めていただいています。国連系・国際系の超党派議連で、もっとも活発に活動して、具体的な成果を挙げてきている議連の一つだろうと自負しています。
例えば、何十年も批准できなかったILOの中核条約、105号条約の批准を実現しました(整備法案の成立は2021年6月8日―編集部注)。私も、正直、自分が国会議員をやっている間は批准は無理ではないかと思っていた105号条約を、超党派で、川崎前会長が先頭に立って自民党内もまとめていただいて批准が達成できたことは、極めて大きな成果だと思いますし、これこそまさに超党派の議論の真骨頂だと思います。
今後は、さらに111号(差別禁止)条約の批准と、昨年のILO総会で中核条約に加えられた労働安全衛生の条約の批准を、超党派で取り組んでいきたいと思っています。ただ、残念ながら、自民党や他の政党の中でも、労働・雇用問題を専門的にやる議員が減ってきているのが現実で、党派を超えた取り組みをどう構築・展開していくか、今、私たちの頑張りが問われています。
先ほど述べた通り、今、ILO議連では田村憲久元厚生労働大臣に会長を務めてもらっており、田村会長と事務局長である私の間で、いろんな話をしながら問題共有し、今後の活動展開を協議しています。ビジネスと人権の問題や、外国人労働者の問題、非正規雇用対策の話だとか。ただ、ILO議連で、法制度の改革まで突っ込んで話を持っていけるかどうかは、これからの課題だと思っています。
ILO議連とは別に、労働関係で言うと、もう一つ、超党派の議連で「非正規雇用対策議員連盟」があります。会長は、自民党の尾辻参議院議員ですが、昨年から参議院議長になられたので、会長として活動ができなくなりました。また、会長代行として議連を引っ張ってきて下さった鴨下一郎先生も2021年に勇退されてしまって、後任が未だに決まらない状況になっています。
せっかく非正規雇用問題に超党派で取り組むために議連を立ち上げて、これまでいろんな政策提言をして、厚生労働省の非正規雇用対策プランの実行にもつながるなど成果を上げてきました。それが、なかなか自民党の中でその跡を継いでくれる議員が定まらないのは残念だし、先輩議員の皆さんにも、そして期待をして下さっている国民の皆さんにも申し訳ない状態です。
これからまた、自民党の中でも、そして他の政党でも、もちろん、立憲民主党ではもっと、労働・雇用問題を一緒に取り組める議員の掘り起こしをして、具体的な政策提言を行っていける形を作っていこうと、仕掛けや種まきをしているところです。
3.「働き方改革」をめぐる議論と立憲民主党
住沢 2018年、安倍政権の「働き方改革関連法案」をめぐり、立憲民主党など野党も対案を提出し、高度プロフェッショナル制度の創設をめぐり議論が闘われ、また裁量労働制の労働時間データの誤りも指摘され、この部分は削除されました。この時は、時間外労働や長時間労働をめぐる規制の議論が強く印象に残っていますが、もう一つの「雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保、不合理な待遇差を解消するための規定・労働契約法改正」も大きな論争点です。パートタイム、有期雇用、派遣など非正規雇用にかかわる問題だからです。
この点に関して立憲民主党は、「不合理な相違の禁止」を「合理的と認められない相違の禁止」に改める2018年の提言に加えて、使用者側の「合理性」の挙証責任がさらに明確になる考慮事項の絞り込みを提言しています。こうした安倍内閣からの「働き方改革」の流れの現在はどうなっていますか。
石橋 2018年の閣法「働き方改革関連法案」は、ご存知のように玉石混交でした。断念された裁量労働制の適用拡大に加え、定額働かせ放題制度と批判された「高度プロフェッショナル労働制」が含まれていたことで、私たちは法案に断固、反対の態度を貫きました。
また、労働時間規制に初めて上限規制を入れる方向性には私たちも賛成でしたが、ただ本来、年360時間以下であるべきところが、例外的に年720時間までオッケーにされてしまったり、運輸業界などは適用が5年も猶予された上に、特例で年960時間まで残業オッケーにされてしまったり。年720時間では、過労死基準を超えた労働が合法的に認められてしまうことになってしまいます。しかも、私たちが主張した勤務間インターバル(休息)規制の義務化は実現せず、あくまで企業の努力義務となってしまったことも極めて重大な問題でした。
私たちは、そもそも残業自体を例外にすべきで、上限は原則年360時間以下にした上で、勤務間インターバル規制はヨーロッパ並みの11時間以上を義務にすべきだと考えています。加えて、休日・休息・休暇制度の充実と、その非正規の方々への適用も確実にしていなかければならないという立場ですので、そういった観点で対案を出したわけです。
これから、5年後の見直しの議論が出てくるわけですが、私たちは以上のような課題認識の下、この間の働き方の変化・改善実態をきちんと検証した上で、ぜひとも残業時間は原則年360時間以下を当たり前にしたいと思います。さらに勤務間インターバルの義務化や休日・休暇制度の充実を実現して、労働者の命と安心・安全を守ること。そして、家庭や自分の人生と仕事との両立・調和が自らの選択によって実現できる、かつ、安心して生活を営むことが可能な働き方ができる、労働法制改革を実現したいと思います。それはひいては、本当の意味での男女平等参画にも繋がります。
今のような正社員の働き方では、残業しなければいけない、休日にも出勤しなければいけない。そういう働き方ができないから、正社員になれずに、非正規を選ばざるを得ない方々が、家族的責任を負う方々、それは特に女性の皆さんであるわけですが、多数おられることを含めて考えなければならないと思います。やはり、定時・定刻で、1日最長8時間、週40時間働けば、普通に安定的に暮らしていける収入が得られる、それを当たり前にしなければならないと思います。それをやることこそが、真の働き方改革ではないでしょうか。
雇用形態による「合理的と認められない差別の禁止」については、労働契約法20条を改正した時に、これからこの条文に基づく裁判が増えて、不合理な格差についての判例が確立していくことで、差別の解消に繋がっていくことが期待されていました。
ただ、その法案審議の際にも議論になったのですが、問題は、誰がその相違の不合理性を立証するのかということです。その立証責任が労働者側にあるとなると、労使間で極めて大きな情報格差がある中で、会社側・企業側が情報を公開しないのであれば、労働者側の立証というのは極めて難しいわけです。そうなるとそもそも、裁判が出来るかと言ったら極めて難しいです。
だから、これはきちんと使用者側に合理性の立証責任を負ってもらわないといけないと思います。今後の労働法改正の時には、必須の検討課題の一つではないかなと思います。
併せて、裁判だけじゃなく、労働紛争解決処理システムのさらなる改革もしていかないといけないと思います。今のように、使用者側が呼ばれても出てこなくて済んじゃうようなことではなく、使用者側の責任というものをもっと重くして、迅速かつ的確に紛争解決できるような制度にしていかないといけないのではないかなと思います。
日本の場合は、労働基準監督制度も深刻な人員不足で、これではせっかく労働法制改革をしても適切な実行ができません。もっと大胆に労働基準監督官の数や需給調整官の数を増やして、労働基準法や労働者派遣法違反を徹底的に取り締まり、濫用・悪用がない労働市場を作っていかないといけないと思います。
4.最低賃金の「1500円」への引き上げは?
住沢 雇用形態の多様化や労働組合の力が世界的に弱まっていることもあり、多くの国で最低賃金制の導入が必須となっています。労働協約が基本であったドイツでも、2015年から最低賃金法が実施され、労使と専門家による最低賃金委員会での決定を、政府も変更することなく施行する制度ができました。全国一律ですが、委員会決定では表のように、その引き上げ額は限定的です。
制定年 | 最低賃金(ユーロ) | 根拠法令 |
---|---|---|
2015.1.1 | 8.50 | 最低賃金法1.2 |
2017.1.1 | 8.84 | 最低賃金適合命令 |
2019.1.1 | 9.19 | 第2次適合命令 (2018.11.13) |
2020.1.1 | 9.35 | |
2021.1.1 | 9.50 | 第3次適合命令 (2020.11.9) |
2021.7.1 | 9.60 | |
2022.1.1 | 9.86 | |
2022.7.1 | 10.45 | |
2022.10.1 | 12.00 | 最低賃金引上げ法 (2022.6.30) |
*.1ユーロ―=約141円(2月1日現在)
社民党が2021年選挙で、12ユーロへの引き上げ(現在のレート換算では1680円。さらに段階的に15ユーロに)を公約としたこともあり、3党合意書にも織り込まれ法律として施行されました。大幅な引き上げには政治決定が必要という事です。他方でドイツでは労働力不足もあり、多くの職種で最低賃金に張り付くのではなく、それを上回っていることも注目すべきです。
立憲民主党も政策集には、「時給1500円を将来的な目標に、中小零細企業を中心に公的助成をしながら、最低賃金を段階的に引き上げます」とあります。この実現に向け現状はどうでしょうか。
石橋 私は個人的には、ずっと最低賃金の決定方式を改革すべきだという提案をしています。いわれる通り、今の最賃の決定メカニズムを続ける以上は、あくまで今の水準からいくらプラスするかと言う議論で、しかもA・B・C・Dランクがあって、都市と地域の格差が一向に埋まらないどころか広がってしまって、結果的に、最賃が高いところで働こうというインセンティブを政策的に誘導してしまっています。
その決定メカニズムを抜本的に見直すべきではないか、というのが個人的な考えです。いろいろ方策はあるかと思いますが、そもそも最低賃金って、一体どういう性格のものでしょうか。賃金というのは、普通に1日8時間、週40時間働けば、それによって安心して生活ができる水準のものでなければならないはずですよね。それが労働基準法に定められているわけです。
労働基準法第1条には、明確に、労働条件というのは人たるに値する最低限の生活ができる水準でなければならないと書いてあるわけです。それなのに、今の最低賃金水準では、懸命に働いても、安心した生活ができるのでしょうか、できないですよね。一生懸命働いても、200万円にも足らない収入しか得られない。最低賃金の水準と、本来あるべき姿とが合ってないのではないでしょうか。だとすれば、最低賃金の水準のあり方というのを、まさにその最低限度の安心をして、安定的に文化的に生活ができる水準以上でなければならないということを、法的な要請として確認してもいいのではないだろうかと思います。結果、それが一人一人の労働者としての権利の保障や、働き甲斐、やり甲斐にも繋がると思います。
5.近年の賃金分布の最低賃金への張り付きの傾向
大野 厚労省の賃金分布の資料で、2006年と2019年を比較しています。非正規労働者と正規労働者に分けてありますが、非正規労働者の場合はほとんどが1000円から1500円に集中しています。2006年の図では、この時の最低賃金は700円台だったと思いますが、分布の山は最低賃金よりもずっと右、つまり高い時給にあるわけです。ところが3年前の統計では、山は完全に最低賃金に張り付いています。
いいかえれば最低賃金が右に行けば(加算されていけば)、給与水準も右に増加してゆくという構図が見られます。つまり最低賃金が非正規雇用の賃金水準を規定しており、最低賃金の意味あいが大きく変わってきています。同じことは先ほど石橋さんがいわれた、正社員でも意外と低賃金の人が多いという話ですが、低賃金の正規雇用の場合でも当てはまります。つまり最低賃金が賃金水準全体を大きく規定しているという事になります。こうした事態をどのようにアピールしていけばいいかと思われますか。
石橋 こうしたデータを広く国民の皆さんに周知して、今の労働者の現状を見ていただくというのは必須ではないかなと思います。
かつてであれば、最賃というのはあくまで非正規雇用労働者の問題という事でしたが、今ではもうそうではなくなってしまっています。正社員でも、最低賃金水準で働いている労働者の割合が増えているのです。つまり、最賃の抜本的引き上げというのは、正社員の処遇改善にも繋がっていくのだという状況認識を広く共有していくことも重要ではないかなと思います。
大野 連合の人たちは、最低賃金といったとき、まあ関係ないやという受け止め方です。私たちも20年前にはそういう意識であったのですが、今は募集広告でも最低賃金で募集することになるから、最低賃金が現実の賃金を決めています。これをどうやって社会的に訴えるか、そのことには大きな意味があり、そうしないと最低賃金の問題が理解されないのではと思います。そこで国会ではどのように議論されているのか大いに気になります。
もう一つは年度内再改定という事で、私たちは地方の20ぐらいの労働局に申し入れていますが、地方の担当者はある程度理解がありますが、厚労省本省が全然動きません。ここが動けば、つまり最低賃金審議会が動けば何とかなると思うのですが、ここが動かないというのは、何かの問題があるのですか。
6.最低賃金論を越えた労働者の本来の安心・安全な制度とは
石橋 そこはやはり、これまでの伝統に乗っかかっているところがあるんでしょうね。今は本当に、ここ何十年なかった物価高の状況があって、これからもさらに物価高騰が続いていることが想定されています。昨年、最低賃金が過去最高に上がりましたが、とはいえ、物価上昇のペースを考えれば、まったく追いついていないわけです。だとすれば、この特別な状況に際して、1年に1回だけの見直しではダメなのではないか、という議論は十分にあり得ると思います。
先に述べた通り、私は今の水準でも最賃はまったく低すぎると思っているので、物価上昇が続く以上は、その中で最賃引き上げのあり方を考えて行ってもいいのではないでしょうか。むしろ、連合など労働側からそういった問題提起をしていただいてもいいのではないかなと思います。
労働組合がある企業では、これから春闘があって、中には秋闘がある労使もあって、賃金だけじゃなくボーナスの引き上げ論議もできます。他方で、労働組合がない中小企業や非正規の領域では、最賃が大きな役割を果たしているわけですから、この何十年ぶりの物価上昇の中で、労働者の生活を守ろうというのが本当の共通認識だとすれば、最低賃金も年に2回の改定論があってもいいのではないかなと個人的には思います。
大野 そうであれば、大手企業はともかくとして、中小企業など厳しいところが多いので、中小企業助成策といったものときちんとセットとしてやっていく必要があると思うのですが、その辺はどうですか。
石橋 もちろん、立憲民主党の最低賃金の引き上げの提言でご覧いただいたように、中小企業に対する支援は必須ですから、セットでやっていこうということです。
その中には、社会保険料負担の引き下げなり補助なりという政策提案もあります。ただ、これも個人的な問題意識なのですが、本来、社会保険料というのは、使用者として労働者を雇う以上、当然の責務として労働者の安心安全をしっかり守っていく、そのために社会保険制度があり、社会保険の労使負担があるわけです。だから企業経営者としては、最低限、自分の労働者を守る、将来の安心を確保する、日々の生活を守るために、社会保険の負担とか最低生活ができるだけの賃金水準を確保するというのは最低限度の責任であって、原理原則だと思うのです。
私は、ヨーロッパに長くいたのですが、ヨーロッパでは明確です。最低賃金を払えないような企業、社会保険料を払えないような企業は、とっとと市場から退出せよと。労働組合幹部の皆さんが明確にそれを言います。労働者にとっては、きちんと誰もが安心して生活ができる、それが当たり前の最低レベルの賃金水準であって、将来の安心を守るために社会保険制度があるわけなので、その最低限の責任が果たせない企業はやめてくれて結構だと。それが出来ない企業がはびこれば、かえって下へ下への競争になるのだと。すごく納得感がある議論だと思いませんか?
目の前の特定の企業の短期的財務の維持や経営の存続を第一に考えてやるのか、それとも、社会全体として、5年後10年後にも労働者が安心して働き続け、生活できる環境を作るのか、という観点での議論が必要だとおもいます。短期的に、最賃引き上げのために社会保険料の使用者負担の助成や、公的資金の投入は必要なのかも知れませんが、それがかえって、当たり前の企業経営者の責任を減じるような結果を招いては本末転倒ではないでしょうか。
公費を投入するのであれば、もっと労働者を中心とした、労働者の将来を考えた支援、労働者が自ら望むスキルの習得や再教育・再チャレンジの機会もふくめて、直接、労働者に対して支援を入れていくことを考えるべきではないでしょうか。そこが、これまでの日本の労働政策に一番弱かったところだったのだと思います。
新しい時代の新しいスキルに対応した人材を常に育成していく、そのチャンスを労働者に提供していく、そしてその新しいスキルに見合った評価・処遇をしていく、ということを日本でやっていくこと、それが必須なんじゃないかなと思います。
今日は、時間の都合で、外国人労働者問題を話していませんが、私は外国人労働者の問題にも取り組んでいて、技能実習制度に代わる新たな外国人労働者雇用制度の早期創設を訴えて、法案作成にも着手しています。ぶっちゃけて言えば、連合にはぜひとも技能実習制度の抜本改革も含めて、外国人労働者問題に対しての制度改革を先頭に立って訴えていただきたいですね。でなければ、5年後、10年後、日本はもはや外国人労働者に選ばれない国になり、担い手不足があらゆる分野で一層、深刻化する事態になりかねません。
7.立憲民主党と連合の対話を促進するために
住沢 労働法制をめぐる党内と議会内活動についてお聞きしてきましたが、連合本体(本部)と立憲民主党の間での、労働法制や労働者保護法制をめぐる組織的な意見交換やネットワークはどうなっていますか。
石橋 先にも述べた通りで、民主党時代から比べると、立憲民主党で労働問題に専門的に取り組む議員が相対的に少なくなっているのは事実だと思っています。それは、労働組合系の議員が複数政党に分裂している現状も影響しています。そのためか、かつての民主党時代と比べれば、労働法制に関する連合本部との政策的連携の密度は薄くなってしまっているのも事実ではないでしょうか。
今、残念ながら、定期的な労働法制に関する政策対話は行えていません。もちろん、連合本部と立憲民主党との役員クラスの定期会合はやっていますが、もっと各論の、特に重要な労働法制や社会保障制度などの課題については、連合本部の担当部局との突っ込んだ議論をしていきたいと思いますし、していくべきだと思います。そんな提案も積極的に投げかけていきたいと思っています。
大野 かつて労働法制の改悪への抗議集会や、厚労省への要請活動では、連合もそれなりに活動していました。しかし今、連合の姿は全然見えません。
住沢 外国人労働者問題に関しては、今回はテーマではなかったため突っ込んだお話は聞けませんでした。今日はありがとうございました。
いしばし・みちひろ
1965年島根県生。88年中央大学法律学科卒。91年米アラバマ大大学院・政治学修士号。92年〜全国電気通信労働組合(現NTT労組)入職。01年〜国際労働機関(ILO)勤務。09年〜情報労連/NTT労組特別中央執行委員。10年参議院議員初当選。現在三期目。民主党働き方改革WT事務局長。参議院厚生労働委員会筆頭理事。参議院経済産業委員長。現在、立憲民主党参議院・国会対策委員長筆頭代理、予算委員会筆頭理事、立憲民主党島根県連代表代行。
すみざわ・ひろき
本誌代表編集委員。日本女子大学名誉教授。専攻は社会民主主義論、地域政党論、生活公共論。著作に『グローバル化と政治のイノベーション』(編著、ミネルヴァ書房)、『組合―その力を地域社会の資源へ』(編著、イマジン出版)など。
おおの・たかし
本誌編集委員。東京管理職ユニオン執行委員長。全国一般労働組合全国協議会副委員長。
特集/どこへ行く“労働者保護”
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- 統一教会問題の行方はジャーナリスト・有田 芳生
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石橋 通宏 - 政府の危険な労働政策を総点検する雇用共同アクション事務局長・
伊藤 圭一 - 米中分断論の虚実に迫るエコノミスト・叶 芳和
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小山 正樹 - 労災保険制度の根幹を揺るがす事業主不服申立に反対する労働安全衛生センター事務局長・
飯田 勝泰