特集 ● どこへ行く“労働者保護”

米国中間選挙の衝撃波と混迷

共和党に亀裂──保守過激派が下院支配、自信回復の民主党も足取り定
まらず

国際問題ジャーナリスト 金子 敦郎

「トランプ敗北・バイデン勝利」という予想とは全く逆の結果に終わった米中間選挙の衝撃波が収まらないまま、米国政治は混迷に陥っている。共和党は「トランプ支配」が一気にゆるんで四分五裂状態。その中でトランプ派から飛び出した少数の保守過激派が党下院の主導権を奪取した。彼らは民主党に対する「報復」を目指している。バイデン・民主党は共和党の一部を抱き込んだ経済・社会政策の実績が評価されて、支持率回復の兆しが出ていたのだが、思わぬブレーキがかかった。バイデン氏がトランプ氏と同じに「秘密文書」を持ち出していたことが分かり、その隠蔽を図った疑いが持ち上がったのだ。

「立候補支持」なし―怒るトランプ氏

共和党内ではトランプ政権2年目の中間選挙、2020年大統領選に続く3連敗のショックで、次の大統領選挙はトランプ氏では勝てないとの見方が広がっている。トランプ氏は選挙直後に「責任追及」を封じ込め、求心力保持を狙って次の大統領選出馬を宣言した。それから間もなく2カ月だが、共和党内からはトランプ氏に対抗する出馬表明はまだ出ていない。党内外の有力者からトランプ出馬を支持する声もごく少数にとどまっている。

米メディアは若手保守派のホープとされるデサンティス・フロリダ州知事を有力対抗馬に仕立て、世論調査機関も取り上げて、支持率ではデサンティス氏がトランプ氏をリードしているという調査結果も流されている。トランプ氏はこうした報道に激怒しながらも、動揺は隠せないようだ。ニューヨーク・タイムズ紙は、トランプ支援組織のなかで最大とされるキリスト教福音派からいまだに出馬支持声明がないことに対してトランプ氏が「忠誠心がない」と非難、教会側が反発していると長文の記事を掲載している(1月21日国際版)。

進む「トランプ離れ」

トランプ支持派はトランプ氏に対する責任追及をそらすために中間選挙敗北の責任は共和党全国委員会にあるとしてトランプ派のマクダニエル委員長の交代を要求、同委員会メンバー168 人による選挙が27日行われ、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト(電子版)がともに詳しく報道した。それによると、トランプ支持派からはMAGA派と呼ばれる保守強硬派も加えた2人が立候補したが、最後は111対51の大差で現職マクダネルス氏が勝った。168人のメンバーの7〜8割は次の大統領候補にトランプ氏以外の人物を望んでおり、トランプ断固支持はわずか4人、MAGA が送り込んだ候補は第1回投票で4票しか取れずに終わった。党全国委員会という重要機関である同委員会内でこれほど早く「トランプ離れ」が進んでいることに、両紙とも驚きを示している。

トランプ氏は1月27日、北部と南部の2州の共和党集会で演説、選挙運動のスタートを切ったが、もうしばらくは「1人相撲」になりそうだ。

下院議長選出が大もめ

下院選挙では共和党が辛くも過半数を4議席超える222議席を確保した。下院議長は大統領の身に万一のことがあった場合の後継者として副大統領に次ぐ2番目の立場にいる重要ポスト。議長は議員435人の投票で有効投票数の過半数票の獲得者が選ばれる(必ずしも下院議員でなくてもいい)。3日の正式開会前にまず議長選出選挙が行われ、共和党下院のトップ(院内総務)を務めてきたK・マッカーシー氏が選出されるのがいつもの段取りだったが、想定外の大混乱に陥った。

過半数まで4議席しか余裕がないところに、トランプ支持者の中の保守強硬派の5人(1人は中間選で当選した新顔議員)はかねてマッカーシー氏議長には絶対票は投じないと宣言していたのだが、さらに15人が反対に回ったのだ。20人のマッカーシー反対の意は固く、6日まで4日間、14回にわたって投票を繰り返した。マッカーシー氏が議長として議事運営や議長解任動議のルール、主要委員長人事などで反対派の要求を丸呑みして(詳しい取引の内容はマル秘のまま)、15回目の投票でやっとマッカーシー議長を選出して決着した。一回の投票で済まなかったのは15回目。そのうち10回以上の投票になったのは8回目だが、20世紀にはいってからは1923年の9回に次いで2回目である。

マッカーシー氏は中間派で、トランプ支持者の武装デモ国会乱入でトランプ氏を強く批判、トランプ氏の激怒に慌てて平謝りし忠誠を誓った。「日和見」批判もあって党内の信頼感は十分ではなく、これが大もめの最大の理由とされる。トランプ氏は一度背いたらどこかで仕返しするといわれるが、次の大統領を目指すには下院議長を抱え込む必要がある。反対派にマッカーシー支持を説得したが、トランプ氏は5人組からは既に「体制派」とみなされていて、マッカーシー氏に撤退を要求すべきだと逆襲された。5人は最後は棄権票を投じてマッカーシー拒否を貫いた。

「不当なトランプ迫害」に「報復」

マッカーシー氏は議長席に座ると直ちに、民主党が行ったトランプ氏に対する「迫害」に「報復」すると宣言した。トランプ氏は2020年大統領選挙勝利をバイデン氏に盗まれ、その不正を正すことを請願した国会デモは暴力デモにすり替えられ、バイデン政権の司法当局の不当な捜査を受けている。トランプ・ファミリーリーの不動産ビジネスも不当捜査を受けて訴追されている。こうしたトランプ氏に対する「迫害」と合わせて、バイデン政権のコロナ対策、アフガニスタンからの米軍撤退作戦などの失政、およびバイデン氏と次男のウクライナ企業に絡む汚職疑惑について、下院が徹底的に調べ直してその責任を追及し、議会の弾劾裁判に掛ける―これが「報復」だという。

マッカーシー議長はバイデン政権が「トランプ迫害」の不法行為に政府機関を利用(権力乱用?)したとして、それにかかわった捜査当局などの政府機関と担当官の調査を担当する司法委員会委員長にトランプ氏に最も近いとされるジョーダン議員を当て、その下に特別小委員会を設置した。そのほか各委員会も連携して関連する問題の徹底調査に当たる。これらの調査のために特別小委員会に必要な秘密書類を点検する権限を与える。

この特別小委員会の設置は、「バイデン当選」を覆そうとしたトランプ支持派の2021年1月6日の武装デモ国会乱入事件を追及するために、下院多数を握っていた民主党が政府転覆未遂事件の容疑で特別委員会を設置したとこに対応させている。だが、その調査活動の意味は逆さまになっている。根拠のない不正選挙の主張は事実。「国会請願デモ」などのトランプ氏と支持者の行動は「不正選挙」を正すための正当な行動。正当な政権ではないバイデン政権が司法当局などの政府機関を使って捜査してきたのは不当な権力乱用―ということになる。

「債務上限引き上げ」の危機?

バイデン政権による「トランプ迫害」の実態を暴く共和党下院の調査で、本当はトランプが当選したのにバイデンがその結果を盗んだという証拠が出てくるとは想像できない。だが、法案成立には上院および下院の承認が必要なので(大統領は法案拒否権を持ち、法案成立には大統領の承認が必要)、党派対立が極端にまで深まっている今の状況では両党とも望む法案を成立させることは極めて難しく、共和党調査が民主党を法的に制約する効果を生むことは想定できない。しかし、マッカーシー議長の対民主党「報復」戦略が発動されるとなれば、米議会政治はこれまでの2年間以上のマヒ状態に陥ることは避けられないだろう。

差し当たり国際的にも心配されているのが、バイデン政権の債務上限引上げを共和党下院が拒否する動きを見せていることだ。民主党の「大きな政府」に対して共和党は「小さな政府」。債務上限引き上げの時期が来ると、この基本的な対立が触発される。現在の債務上限は31.4兆ドルで、今月上旬にはその上限に達して、財務省は日々歳出のやりくりに追われている。会計年度は9月末なので、夏場に差し掛かるころには上限の引き上げがどうしても必要なる。

オバマ政権1期目の2011年、共和党が債務上限引き上げを拒否、米国は債務不履行(デフォルト)寸前まで追い込まれたことがある。その後も共和党は時に応じて歳出の大幅削減を迫るカードとして債務条件引上げ拒否をちらつかせる。トランプ氏は共和党大統領としては例外だった。就任早々、いきなり富裕層や企業の大幅減税を強行、財政赤字を遠慮なく増やし、在任期間中に3回も債務上限の引き上げを押し通した。

グローバリズムの崩壊からコロナ蔓延、ウクライナ戦争と、国際経済が危機の淵からようやく回復の兆しが見えたところで米国がデフォルトに陥ったら米国も世界も大変なことになる。

「多極化」した共和党

マッカーシー下院議長はバイデン政権の債務上限引き上げの要求には応じないと構えている。債務上限引上げ拒否をテコに「大きな政府」の歳出の大幅削減を突き付けるとみられる。マッカーシー議長選出に反対したのは222人の共和党議員の1 割にも満たない20人。彼らを引っ張ったのはその4分の1でしかない5人。秘密合意といっても相手はマッカーシー氏1人。こうした合意に共和党が引き回され、世界中が振り回されようとしている。

しかし、下院共和党には中間選挙で「トランプ党」から「多極化」へと変化が起きていて、彼らの思うとおりにことが進まないかもしれない。穏健派が議席を伸ばして50人前後の勢力になり、党のキャスティングボートを握ったと意気込んでいる(ワシントン・ポスト電子版)。トランプ氏とは険しく対立するマコネル院内総務か率いる共和党上院は、債務上限引上げ拒否にもバイデン民主党に対する「報復」戦略にも与していない。

下院議長選で極右・陰謀論派のリーダーの一人、グリーン議員が終始マッカーシー議長支持に回り注目された。同議員は「9・11同時多発テロ」は米政府の陰謀とか「国会襲撃」は自分がリーダーだったら成功したなどと発言してきて、委員会メンバーから外されていた。マッカーシー氏に近付き重要委員会委員につかせるという約束を取り付けていたからだとされている。

トランプ氏に熱狂的支持を寄せ「カルト」視されてきた極右・白人至上主義・陰謀論などに立つ団体の一つ、トランプ氏を救世主と仰いてきた「Qアノン」は、ツイッターを買収・再編、トランプ支持表明への転向などで注目を集めているマスク氏への乗り換え図っているという(ワシントン・ポスト紙電子版)。今は保守過激派は党下院をマッカーシー議長ごと乗っ取ったようにみえるが、共和党が2年後の大統領・議会選挙へ向けてどこへ行くのかは、なお流動的と思われる

「乗合バス」法成立

共和党の混迷を横目で見ながら、バイデン氏と民主党は「中間選挙敗北」不可避といった暗澹たる状況から脱出して自信を取り戻したように見えた。クリスマス休暇前の2020年議会最終日、2023年度予算と重要案件をひとまとめにした総額1兆7000億ドル(日本円約224兆円)におよぶ「乗合バス」法案を成立させて2年間を終えた。その内訳の最大は国防費8580ドル、ウクライナへの武器支援もここに含まれた。2番目は医療、教育、労働、環境、経済など国民生活関連、頻発する自然災害対策などが7725億ドル、トランプ氏が選挙結果を転覆させようと目を付けた1887年大統領選挙人票集計法の「抜け穴」封じの改正案など、政治や社会、経済政策も盛り込んだ。

下院は共和党が中間選挙で、すれすれながら民主党から多数を奪還したので、1月開会の新議会に持ち込もうと引き延ばしを図った。しかし、上院では反トランプのトップ、マコネル院内総務が新議会早々に党派抗争をしかけると世論の支持をさらに失うと判断して、「乗合バス」支持に踏み切った。上院の議席数は50対50の同数だが民主党副大統領が議長の1票 を持つ。投票結果は賛成68 票、反対29票と共和党の4割がマコネル氏に同調する賛成票を投じて、共和党が分断される結果になった。トランプ派にとっては嫌な結果だった。

バイデン評価高まる

バイデン政権・民主党は「乗合バス」法に加えて、この2年間共和党上院の一部の支持をえて苦しみながらもいくつか重要な大型法案を成立させてきた。コロナ救援法、インフラ投資法、インフレ抑制法、気候変動や半導体産業復興のための法案など、いずれも巨額の投資を伴うものだ。しかし、バイデン氏の支持率低迷の陰に埋もれていた。それが中間選勝利と劇的な「乗合バス」法の成功で経済界や経済専門紙が米経済再生を引っ張っていると光を当てるようになった。バイデン氏の大統領選挙出馬への意欲を後押ししたようにも見えた。だが「落とし穴」が待っていた。

バイデンにも秘密文書隠蔽疑惑

トランプ氏は選挙戦の失策に続いて、「国会襲撃デモ」のリーダー役を務めた極右団体の首脳が次々に反乱・陰謀罪で有罪評決を受け、追い詰められていた。その上さらにホワイトハウスを引き払う際に、最高秘密指定を含む数百件もの秘密文書および国家財産の大統領公務関連文書を持ち出して、フロリダ州の別邸に秘匿していたことが分かり、連邦捜査局(FBI)など司法当局の強制捜査を受けることになった。トランプ氏は一部の文書は返還あるいは没収されたが、大統領特権を主張して裁判に訴えるなどしてなおも相当量を秘匿しているとみられる。

「国会襲撃デモ」ではトランプ大統領(当時)が事件に直接関与あるいは扇動していたことを示す証拠の入手に苦心しているとされるが、この秘密文書の持ち出し・隠匿の違法性は分かりやすく、司法省がトランプ氏を刑事訴追するとすれば、こちらが先行するとの見方が一般的である。

トランプ氏を強く批判してきたバイデン氏が同じ「罠」にはまってしまった。副大統領時代の秘密扱い文書が自宅や退任後の事務所に保管されていることをスタッフが見つけた。ホワイトハウスの法律顧問らが自発的に司法省および国立文書館に連絡して返却、捜査にも協力しているが、その後もぽつぽつと発見されて、数十件におよんでいる。その後、トランプ政権副大統領だったペンス氏も同じように自宅から秘密文書が見つかったと公表した。これで不作為による、よくある違法行為とみられることになった。だが、バイデン氏の場合は、中間選挙前に発見されたにもかかわらず、公表したのは60日余り後だったことから、苦戦していた選挙戦にさらに悪影響を及ぼすことを恐れて隠ぺいを図っていたのではないかとの疑惑がぬぐえないでいる。

パニック?―「対応」に誤り

バイデン氏とホワイトハウスは「意図的持ち出しではない」として自発的に関係当局に報告、返還して捜査にも協力しているのだから、選挙前にもとは言わないでも、当面の処置を済ませたところでもっと早く公表することはできたのではないだろうか。

そうしていれば、どうなっただろうか。同じ秘密文書持ち出しでも、その理由と違法と分かった時の対応の仕方でトランプ氏との大きな違いを広く世論に示すことになり、厳しい批判を受けることは回避できたのではないだろうか。

米メディアによると、民主党支持者の間でもバイデン氏の「秘密文書」持ち出しに厳しい批判が出ているようだ。CNNニュースを引用した先週末のニューヨーク・タイムズ紙国際版の記事によると、民主党支持者の間でバイデン氏を非難することはないとするのはわずか18%で、バイデン氏は少なくとも倫理に反した責任があるとしたのが81%だった。しかし、12月に46%に上がったバイデン氏の支持率は1月も45%と同じ水準を維持しているという。民主党支持層は政治家の倫理には厳しい目をむけているが、秘密文書持ち出しがバイデン氏の支持率にまでは大きな影響はおよんでいないようだ。

バイデン氏は家族と相談の上、大統領選挙に出馬するか否かを明らかにするとしてきた。7日の年頭教書演説でそれについて触れるとみられている。だが、民主党の一部には秘密文書持ち出し事件で批判を浴びている中での出馬表明は止めた方がいいという声も出ている。

                           (1月31日 記)

かねこ・あつお

東京大学文学部卒。共同通信サイゴン支局長、ワシントン支局長、国際局長、常務理事歴任。大阪国際大学教授・学長を務める。専攻は米国外交、国際関係論、メディア論。著書に『国際報道最前線』(リベルタ出版)、『世界を不幸にする原爆カード』(明石書店)、『核と反核の70年―恐怖と幻影のゲームの終焉』(リベルタ出版、2015.8)など。現在、カンボジア教育支援基金会長。

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