特集●混迷の時代が問うもの
人権侵害の「救済」とは―事実を認め人間の尊厳を回復し、教育に活かし繰り返さないこと
青山学院大学法学部教授 申 惠丰
「徴用工」とはどのような人たちか
あなたが、技術を習得でき技術者として就職できると聞かされて求人に応募し、訓練工として仕事を始めたところ、実際にさせられた仕事は、技術習得とは関係のない、しかも危険な重労働だったらどうするか。辞めたいと思っても、職場でも寄宿舎でも会社の人間が監視しており容易に辞めることもできない。逃げようとしたら捕まり、殴る蹴るの体罰を受けた。職場や寄宿舎で与えられる食事は乏しく、いつも空腹を抱えながら働かされた。逃亡して体罰を受けたときは、食事も与えられなかった。賃金はあったとはいえ、無駄遣いする恐れがあるとして、わずかな小遣い以外は会社の銀行口座に強制的に貯金させられた。
しかも途中からは、会社は自分たち訓練工を自由に使用できるのだと言い始め、賃金も支給されなくなった。職場には、無理やり動員されてきた訓練工たちも加わった。危険な作業をさせられながらも、自分は何とか生き延びることができたが、仲間には、作業中に大けがをしたり、事故で命を落としたりした者もいる。
韓国の裁判所で、日本の企業を相手に損害賠償請求の訴訟を起こした元「徴用工」とは、このような人たちだ。
原告の一人Aさんは、朝鮮半島が日本の植民地として日本統治下にあった1943年、大阪製鉄所で2年間訓練を受ければ技術を習得でき、訓練終了後は朝鮮半島に戻って製鉄所で技術者として就職できると記載した日本製鉄株式会社(旧日本製鉄)の工員募集広告を見て、応募して合格した。そして、大阪製鉄所で訓練工になったが、火炉に石炭を入れて砕いて混ぜたり、鉄パイプの中に入って石炭の残物を取り除いたりなど、技術習得とは関係がなく、火傷の危険もある辛い労役に従事させられた。
外出は一月に1~2回許可される程度、賃金も、わずかな小遣いを支給されただけで、大部分は同意もなしに会社の口座に貯金させられ、通帳と印鑑は寄宿舎の舎監が保管していた。1944年からは、賃金も支給されなくなった。別の原告Bさんは、1941年、市長の推薦を受けて動員され、旧日本製鉄の募集担当官の引率で日本に渡り、製鉄所でコークスを溶鉱炉に入れる作業をさせられたが、賃金は全くもらえなかった。
1910年からの植民地時代、朝鮮半島からはすでに多くの労働者が日本に渡っていたが、1931年の満州侵略に続く1937年の日中戦争開戦で労働力が不足するなか、日本は1938年に国家総動員法、1939年に国民徴用令を公布し、同年には厚生・内務両省が「朝鮮人労務者内地移住に関する件」通牒を発して、朝鮮からの本格的な労働者動員を図った。朝鮮人を雇いたい雇用者が募集を申請すれば、朝鮮総督府で地域別に労働者を割り当てて動員し送り出す形態であり、「募集」という形をとりながらも、日本政府―朝鮮総督府―道―郡―面とつながる行政系統を通じて、関連部署により実施された。1940年には、朝鮮総督府が「朝鮮職業紹介令」を施行し各地に職業紹介所を設置しているのもその一環だ。
1942年には閣議で「半島人労務者活用に関する方策」が決定され、国が労働者の供出と日本への輸送を一元的に行う、「官斡旋」による強制的な労働力動員が行われるようになった。1943年には、兵役法改定により朝鮮半島にも徴兵制が敷かれる。1944年には、国民徴用令の改定で朝鮮人にも国民徴用が行われるに至り、日本政府が直接に行政機関を動員して労働者を送り出す方法がとられた。
AさんやBさんは募集に応じた形をとっているが、いずれも、このような当時の国策の下で行われた強制的な労働力の動員だ。Aさんのように、広告と異なる内容の労務をさせられた人も、拒否して帰ることはできなかった(「慰安婦」の問題にも共通するが、騙されて連れて行かれた場合も、労務の内容を承知し同意して行ったのではなく、連れて行かれた先で労務を拒否することはできなかったのだから、強制があったとみなければならない。慰安婦問題に関する日本の歴史学16団体の声明を参照。また、連行のされ方にかかわらず、虐待は虐待であり、それがことの本質だ)。
強制動員された朝鮮人労働者は、日本に動員された人だけでも数十万に及ぶが(満州やサハリンなどに動員された人を合わせればさらに多い)、炭坑、造船所、製鉄所、トンネル掘削工事、鉄道工事などでの危険な重労働に従事させられた。彼らは飢えと虐待に苦しみながら働かされたが、その間、ガス爆発事故や坑内火災、さらには連合国の空襲や原爆投下に遭い亡くなった人も少なくない(このような史実については、林えいだい『グラフィック・レポート 清算されない昭和―朝鮮人強制連行の記録』岩波書店、1990年や、「岡まさはる記念長崎平和資料館」の資料などを参照)。
三菱重工業長崎造船所で働いていた西山進さん(91歳)は、朝鮮人労働者は人間扱いされず、作業服はいつもボロボロ、住まいも日本人労働者とは異なり豚小屋のようなところだったと語っている(「苛酷な労働強いられた朝鮮人徴用工の真実」2019年10月12日東京新聞)。
日本では、学校教育で近現代史、特に日本が行った加害の歴史についてはほとんど教えられていないから、「植民地支配」といっても、言葉を聞いたことがあるだけでその内容はボンヤリとしか分からないという人が多い。そのような状況だから、「徴用工」と言われても、何のことかぴんと来ない人も少なくない。そもそも、徴用(ちょうよう)という言葉を知らず読めない人もおり、今年、徴用工判決をめぐる議論が激しくなる中で、SNS上では、「徴」のところに「微(び)」の字をあてて「微用工」と言っている人まで出てくる始末だ(もちろん、そんな言葉はない。わざわざ一字ずつ漢字を変換して、ご苦労なことだ)。
そんな状態で、植民地時代の歴史的背景についての理解もなく、徴用工の人々がどのような被害に遭ったのか知らず―知ろうともせず―、韓国大法院がどのような判断を下したのか、判決を読んでもいないのに、「韓国が約束を破った!」という日本政府の見解をうのみにして騒ぐ人がいるのは、お粗末としか言いようがない。
もともと、日本の植民統治下で、日本政府や軍・官憲、さらには企業が朝鮮半島の人々に対しあまたの人権侵害を行った事実があって、それに対してどのような責任のとり方がありうるのか、というのが問題の本質なのだが、「日韓請求権協定で解決したはずなのに、被害者の訴えを認めるなんてけしからん!」と日本政府側が「逆ギレ」しているのが実態だ。「盗人猛々しい」という趣旨の発言を韓国政府側がしたことに対して日本では反発する声が多かったが、そう言われても仕方ない態度ではないだろうか。
日韓請求権協定は何を取り決めたのか
戦後、1951年に日本が連合国と結んだサンフランシスコ平和条約では、韓国も朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)もその締約国ではないことから、朝鮮にある日本や日本国民の財産・請求権、また日本や日本国民に対する朝鮮当局や住民の財産・請求権の処理は、日本とこれら当局との特別協定によることとされた(4条)。これをふまえて、1965年に日本と韓国が日韓基本原則で国交を結んだ際には、このような問題を処理するための日韓請求権協定が同時に結ばれた。
日韓請求権協定の特徴は、日本が韓国(正確には朝鮮半島全体だが)を併合し植民地支配したことについては、日本がそれを違法とは認めず、両国間で折り合わなかったために、1910年以前に結ばれた条約は「もはや無効」としあえて曖昧な形にした日韓基本関係条約(2条)を前提としていることだ。
その一方で、協定は、財産と請求権の問題の解決と経済協力のため(前文)、日本が韓国に3億ドル分の日本人の役務と日本の生産物の無償供与、及び2億ドル分の長期低利貸付を行うとし(1条)、本協定により、両国とその国民の財産、権利及び利益、並びに請求権に関する問題は完全かつ最終的に解決されることを確認する(2条)としている。
この1条と2条の間には、法的な関係はない、つまり、5億ドルは賠償金ではないというのが、当時から今に至るまで日本政府も取ってきた立場だ(日本の政治家からは「独立祝い金だ」とも言われた)。植民地支配を含めた日本の行為を違法なものとした上で、その責任を果たすために賠償金を払うのではなく、あくまで、そのような問題とは切り離して、経済協力のための協定を結んだ、ということだ。
当時の韓国は軍事独裁政権で、朴正煕大統領は韓国の経済発展のために日本の資本を入れることを重視していた。韓国社会ではこのような内容の協定を結ぶことに対する激しい反対運動が沸き上がったが、朴政権は戒厳令を敷いてそれを抑圧した。
2条で「完全かつ最終的に解決される」ことになっている「財産、権利及び利益並びに請求権に関する問題」とは何か。
協定締結時の合意議事録では、「財産、権利及び利益」とは「法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利」とされ、「請求権」については明確な定義がないが、交渉中に韓国が提出していた「対日請求要綱」8項目の範囲の請求が含まれる、とされている。
この8項目は、ほとんどが金品の返還に関わるものだが、5番目に、「被徴用韓国人の未収金、補償金及びその他の請求権の弁済請求」が挙げられている。徴用工に対する損害賠償はこれによってカバーされており、解決済みだ、というのが日本政府の立場だ。
他方で、韓国政府はというと、日韓請求権協定を受け、請求権資金の運用・管理について法律で定めることとし、1971年に「対日民間請求権申告に関する法律」を公布して、その中で「日本により軍人、軍属又は労務者として召集又は徴用され1945年8月15日以前に死亡した者」についての補償も規定した。しかし、この法律の適用対象はこのように死亡者に限定されている上に、実際になされた補償も、一人当たり30万ウォン(日本円で約3万円)という、被害に見合わない内容のものだった。
韓国の民主化(1987年憲法以降)を経て、2005年には、請求権協定関連の文書が韓国政府によって公開され、その後の対策を検討するため設置された民官委員会は、「請求権協定は日本の植民地支配賠償を請求するためのものではなく、サンフランシスコ条約4条に基づき両国間の財政的・民事的債権債務関係を解決するためのものであり、日本軍慰安婦問題等、日本の国家権力が関与した反人道的不法行為については、請求権協定で解決されたとみることはできない」という趣旨の見解を公にした。
他方で同委員会は、徴用工のような強制動員の被害については、
・交渉当時、日本政府が強制動員への法的賠償を否定したため、韓国政府が「苦痛を受けた歴史的被害事実」に基づき政治的補償を求め、それが無償資金算定に反映されたとみるべきこと、
・無償3億ドルは、強制動員被害補償を含め、韓国政府が国家として有する請求権が包括的に勘案されたとみるべきこと、
・請求権協定は政治交渉により総額決定方式で妥結されたため、項目別の金額を推定するのは難しいが、韓国政府は、日本から受けた無償3億ドルのうち相当金額を、徴用工として強制動員された被害者の救済に使わなければならない道義的責任があるところ、
・上記の韓国の法律は、負傷者を除外するなど、不十分だったこと
を述べた。その後、韓国政府もその不十分さを認め、追加補償として、強制動員被害者支援に関する2007年の法律で、強制動員され死亡したり行方不明になったりした者のほか、負傷し障害を負った者や、強制動員により労務を提供したが対価を受けられなかった者についても、2,000万ウォン(約200万円)までの慰労金を支給することとした。
Aさんらが原告となった訴訟(新日鉄住金事件)における 2018年10月30日の判決(全訳)で韓国の大法院(最高裁)は、以上のような事実関係をふまえつつ、原告らの損害賠償請求権は「日本政府の朝鮮半島に対する不法な植民地支配及び侵略戦争の遂行と直結した日本企業の反人道的な不法行為を前提とする、強制動員被害者の日本企業に対する慰謝料請求権(強制動員慰謝料請求権)」である、とした。「原告らは被告を相手に未支給賃金や補償金を請求しているのではなく、そのような慰謝料を請求しているのである」。
大法院は、8項目の中には第5項に「被徴用韓国人の未収金、補償金及びその他の請求権の弁済請求」の文言があるが、「8項目のどこにも、日本の植民地支配の不法性を前提とする内容はないため、上記の第5項の部分も、日本側の不法行為を前提とするものではなかったと考えられる。従って、上記の被徴用韓国人の未収金、補償金及びその他の請求権の弁済請求」に強制動員慰謝料請求権まで含まれると考えることは難しい」と判断した。これが大法院の多数意見だ。
このように、大法院では、請求権協定が日本の植民地支配の違法性を前提としたものかどうかが核心的な論点となり、協定はそのような前提に立っていないことから、多数意見のような判断が出されたことが分かる。
しかし、多数意見に対しては、(1)一括処理協定は個人の請求権を含む補償問題を一括妥結する方式であって、原告の損害賠償請求権も含まれているとする2名の判事の反対意見や、(2)「多数意見とは異なり原告らの損害賠償請求権は請求権協定に含まれると見るのが妥当」としつつ、国家と個人は別個の法主体というのが近代法の原理であって、原告らが個人として持っている請求権(個人請求権)まで協定で消滅させたというためには明確な根拠が必要なところ、請求権協定はそのような規定をおいていないし、日本政府も「国の外交保護権のみが消滅する」という立場を一貫して取ってきたとして、損害賠償請求権を認める3名の判事の個別意見も付されている。
こうしてみると、国家間の条約で個人の損害賠償請求権も消滅させられるか、ということをはじめ、大法院では、条約解釈のあり方や個人の権利をめぐる現代国際法の重要な問題が議論されたことが分かる。反対意見や個別意見を含め、判決全文を読み通してみるとよい。
このような協定で国家が取り決めるのは外交保護権(自国民の被害について、国として相手国に請求する権利)の行使についてであるというのが日本政府の一貫した立場だったというのはその通りだ。中国人強制連行被害者に関しては、個人の損害賠償請求権は日中共同声明で消滅していないことが2007年の西松建設事件最高裁判決でも認められ、その後被害者は西松建設や三菱マテリアルとの間で、解決金支払いや記念碑の建立などで和解している。
また、近年は、イギリスが2013年、英植民地時代のケニアでの拷問などの人権侵害に対して補償を行うことを発表するなど、植民地支配下のものも含め、過去の人権侵害に対する取組みが国に求められるようになっている。さらに、今回の大法院判決は、「不法な植民地支配及び侵略戦争の遂行と直結した」企業の反人道的不法行為と述べることで、植民地支配自体の違法性にも言及したが、これも実は、1905年の韓国保護条約の有効性に遡り、日韓の研究者の間で激しく議論されてきた事柄だ。
「国際法に照らしてあり得ない判断」(安倍首相)などと言って韓国を責めたてている場合ではない。原告がどのような被害を訴えて裁判を起こしたのか、裁判で何が論点とされたのか、少しは知って理解しようとしたらどうなのだ。そもそも日本側が被害を与えたのが発端なのだから、被害に向き合い、解決のあり方を模索する責任は日本側にある。密接な関係にある大切な隣国に、報復として経済制裁まで課し、「韓国憎し」を煽る(そしてそれをまた政権浮揚に利用する)安倍政権の姿勢は、あまりにも異様かつ非常識だ。
人権侵害に対して救済を受ける権利
人権侵害に対して救済を受ける権利は、それ自体、基本的な人権の一つだ。1948年の世界人権宣言は、「すべての者は、憲法又は法律によって与えられた基本的権利を侵害する行為に対し、権限を有する国内裁判所による効果的な救済を受ける権利を有する」としている(8条)。自由権規約、人種差別撤廃条約、拷問等禁止条約など多くの人権条約でも、条約で認められた権利の侵害に対して救済を受ける権利が明記されている。
このような国際人権法の分野だけでなく、国際刑事法の分野でも、ジェノサイドや「人道に対する罪」などの国際犯罪は重大な人権問題でもあるという観点から、国際刑事裁判所(ICC)は、刑事裁判所でありながら、被害者に対する救済(原状回復、賠償、リハビリテーションを含む)にも取り組むことになっている(ICC規程75条を参照)。
国連の人権委員会(現在の人権理事会の前身)では、世界人権宣言8条やICC規程75条の原則もふまえ、重大な人権侵害の被害者が救済を受ける権利に関する基本的な考え方を体系化する動きが進み、これをもとに2005年には国連総会で、「国際人権法及び国際人道法の重大な違反の被害者のための救済の権利に関する基本原則及びガイドライン」(以下、基本原則・ガイドライン)が採択されている(詳しくは、申『国際人権法―国際基準のダイナミズムと国内法との協調〔第2版〕』281頁以下を参照)。
この基本原則・ガイドラインには、重大な人権侵害に対する救済とはどのようなものであるべきかについての、国際社会の叡智が詰まっている。以下、その内容を少し見てみよう。
重大な人権侵害に対する救済とは何か
冒頭で述べたような人権侵害を、あなたが受けたとする。あなたは、何とか生き延びたかもしれないが、飢えや虐待に苦しんだ結果、今でもPTSDなど精神的・身体的な後遺症に悩んでいる。あなたは、自分にそのような被害を与えた相手方に、何をしてほしいと望むだろう?
まず、あなたは、家族のいる自分の家に帰りたい、平穏な生活に戻りたい、ということや、自分の体を元に戻してほしい、ということを望むのではないだろうか。
その人権侵害が起きる前の状態に被害者を戻すことが、①原状回復だ。居住地への帰還とか、解放されて自由な状態を回復することなどはこれにあたる。必要な医療を受け、元の体に快復するための②リハビリテーションももちろん必要だろう。
だが、すでに身体的・精神的な被害を受けているので、原状回復やリハビリをしてもらうだけでは済まない。被害者が亡くなってしまっている場合はもちろんだが、生存している場合も、受けた被害について③金銭賠償が必要だ。単に「お金が欲しい」という話ではない。受けた身体的・精神的被害は、(リハビリは可能だろうが、「なかったことにする」という意味で)完全に拭い去ることはできないから、その被害を金銭に換算して賠償してもらうのだ。
また、もし、相手方が、「そんな人権侵害をした覚えはない」とか、「あなたは嘘つきだ」と言ってきたらどうだろう。あなたは当然、憤慨するだろう。人権侵害の事実の承認は、被害者が救済を受ける権利の重要な一環だ。人権侵害の事実が明らかにされ、「そんな事実はなかった」「嘘だ」などと捻じ曲げられずにはっきり認められてこそ、被害者は、否定されていた人間の尊厳を回復することができる。このためには、人権侵害の事実を裁判所が認定することや、政府が声明を出すことのように、公的に事実の承認がなされることが特に重要だ。その上で、同時に、公的に謝罪が行われることも必要だ。
そのようなプロセスの中で、被害者を悼む追悼の式を行い、国の代表が献辞を行うなどのことも、諸外国では実際にしばしば行われている。歴史的事実として資料を保管・公開し後世に語り継ぐことを目的とした資料館や記念館(メモリアル)の類も多い。
これらの、真実を明らかにし人間の尊厳を回復するための一連の措置は、基本原則・ガイドラインでは、④「満足(サティスファクション)」という概念でとらえられている。そこでは、「起こった人権侵害についての記述を、あらゆるレベルの教材に含めること」も挙げられている。過去の重大な人権侵害の事実についての記述を、歴史の教科書などにきちんと載せ、教え伝えていくということだ。
酷い人権侵害に遭ったあなたは、さらに、もう一つのことを望むだろう。それは、「同じことを繰り返してほしくない」ということだ。そのことも、基本原則・ガイドラインでは⑤「再発防止の保証」のための措置として含まれている。これは、法の執行にかかわる警察官・刑務官などの公務員や軍隊などに対するものを含め、教育や研修、訓練において人権教育を行っていくことを重要な要素とする。
以上が、重大な人権侵害に対して救済を受ける権利に関する基本原則・ガイドラインの主な内容だ。1980年代末からの、人権問題の専門家による詳細な研究、さらに国連加盟国やNGOとの諮問会合による検討を経て採択されたものだけあって、その内容は、この問題に関する現代国際法の考え方を反映して体系化した、説得的なものだ。
上記の①~⑤は筆者が便宜的につけた番号だが、さて、徴用工の人々が受けた人権侵害に対して、日本はどのような取組みをしているだろうか。
日本はとりわけ、「満足(サティスファクション)」にあたる取組みにおいてほぼ零(0)点というのが私の評価だ。歴代の政権は確かに、「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は...この歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします」(1995年8月15日村山談話)、「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。こうした歴史の事実を謙虚に受け止め、改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明するとともに、先の大戦における内外のすべての犠牲者に謹んで哀悼の意を表します」(2005年8月15日小泉談話)など、植民地支配についても反省とお詫びの念を表明してきてはいる。
しかし、その姿勢は決して一貫したものではなく、特に現政権の立場は際立って後退している。また、そもそも日本は、徴用工の人権侵害について、自ら調査して事実を明らかにし、公的に認めるような取組みなど、一度も行ったことがないのだ。
政府は「解決済み」と突っぱねるばかりだが、請求権協定自体、政治的な妥協の産物であり、多くの点で限界がある内容なのは上にみた通りだ。
少なくとも、このような協定で取り決めるのは国家の外交保護権行使の問題であるというのは長く日本の公式見解でもあり、中国人被害者については企業と和解が成り立っているのだ。大法院判決の被告だった新日鉄住金のような企業との間でも、同様の解決が模索できない理由があろうか。
徴用工から、技能実習生へ
最後に、冒頭に挙げたような事案は、現在の日本で起きている類似の人権問題を想起させないだろうか。それは言うまでもなく、技能実習生の状況だ。技能を身につけられることを期待して日本にやって来た若い人たちが、福島で原発の除染作業に従事させられる、一時間300円の残業代で一日16時間の長時間労働をさせられるなど、制度の趣旨とは異なり、安価な労働力として酷使されている現状が明らかになっている。今年3月に法務省は、過去6年で171人の技能実習生が死亡しているという調査結果を発表した)。技能実習生は、外国人であることによる立場の弱さに加え、日常的な差別や虐待にも苦しんでいる。
徴用工問題は、「過去のこと」で済まされるものではない。政府と、企業を含む日本社会が、人権侵害の事実に誠実に向き合い、被害者の尊厳を回復する措置を取るとともに、労働法などの法整備に加え人権教育・研修のような再発防止のための取組みを行ってこそ、同じ人権侵害を繰り返さずに前に進んでいくことができるだろう。
しん・へぼん
1966年東京生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。国際人権法専攻。国際人権法学会前理事長、認定NPO法人ヒューマンライツ・ナウ理事長。著書に『人権条約上の国家の義務』(1999年、日本評論社。安達峰一郎記念賞受賞)、『国際人権法―国際基準のダイナミズムと国内法との協調〔第2版〕』(2016年、信山社)など。
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