特集●混迷の時代が問うもの
「トランプ弾劾」へ急展開
「ウクライナ疑惑」と「シリア撤収」で
国際問題ジャーナリスト 金子 敦郎
トランプ米政権が1000日を過ぎて大統領と野党・民主党の抗争が新局面に入っている。トランプとの対立はこれまで個々の政策をめぐるものだった。しかし、トランプが9月から10月にかけて相次いで引き起こした事態によって、政策の良し悪しを超えて国家の基本理念まで危うくなったとの危機感を民主党が抱いたからだ。まず「ウクライナ疑惑」と呼ばれるトランプ・スキャンダルの浮上。民主党は9月24日トランプが米国大統領に相応しくないとして解任につながる弾劾調査に取り掛かった。2週間も経たない10月6日、トランプは危機が続くシリアに派遣されている米軍の突然の撤収を決定した。民主党は世界の安定と平和に責任を持つという米国外交の基本理念を放棄する政策転換であり受け入れられないと判断した。
米国メディアにはトランプ大統領に対する怒りと、「米国の価値」を守ろうとする著名なジャーナリスト、評論家、学者たちの危機感が渦巻いている。その状況が生々しく読み取れるワシントン・ポスト紙のベテラン論説記者J・ホーグランドの一文を紹介する。
「オール・オア・ナッシング」の戦い
「トランプは狂っているのではない。彼は自分が何をしているかわかっている。何のためにやっているのか。ただ一つ、来年の大統領選挙で何が何でも再選を果たしたいからだ。彼が『ディープ・ステート』と呼ぶ現在の米国の政治、外交、軍事・情報、議会などの体制に対して戦争を仕掛けているのだ。アサド(シリア大統領)やプーチン(ロシア大統領)を助けるとかやっつけるとか、そんな関心は彼にはない。
今、死活的なことはこの国の最も重要な外交、軍事その他に携わる人たちが、この戦いの性格がオール・オア・ナッシングだと理解することだ。ジャーナリストは戦っている。トランプが大統領に居座るならば、法の支配は生き延びることはできない。
トランプ外交が一貫性を欠くなどと批判しても意味はない。彼らは自分たちの利益のために米国の安全保障を弱めても平気なのだ。トランプとその熱狂的な支持者たちはならず者になり果てた」
ホーグランドはワシントン・ポスト紙の国際問題記者、のちコラムニスト。1971年人種隔離国家・南アフリカの報道で、1991年には湾岸戦争についての論説で2回ピューリツアー賞を受賞。冷戦とその終結、グローバリズム時代へと「米国の時代」の歩みの現場にいた。1940年生まれで、最近はそのコラムを見ることは少なくなった。ホーグランドはその米国が危うくなっていることに黙っていられなくなったのだろう。
「選挙のためなら何でも・・・」
情勢急展開のきっかけになったのが「ウクライナ疑惑」だった。トランプ大統領が7月25日にウクライナのゼレンスキー大統領に電話して、来年の米大統領選で対立候補になりそうな民主党のバイデン前副大統領とその息子のウクライナがらみのスキャンダル疑惑を捜査するよう要求し、引き受けると約束すれば4億ドルの同国向け軍事援助の凍結を解除すると圧力をかけた。この電話内容を知った米情報機関の職員が国家の安全を危うくすると危惧して監査機関に内部告発、これをワシントン・ポスト紙がキャッチして9月18日に報道し、ほかのメディアも追いかけて電話会談の内容がほぼ明るみに出た。バイデンは副大統領だった2015年、欧州諸国とともにウクライナの検事総長に腐敗の疑いがあるとして解任を求めた。しかし、当時バイデンの息子が役員をしていたガス会社が検察の捜査対象になっていたことから、バイデンの検事総長解任要求につながっていたとトランプが疑ったのだ。
大統領が自分の選挙戦を有利にするために外国政府に協力を求め、しかも議会で決まった軍事援助の実施を引き換え条件に使った―事実なら大統領権限のとてつもない乱用だし、道義的にも問題だ。選挙関連法などの違反はもとより、「大統領は外国からの利益を受けてはならない」という憲法に触れる可能性がある。
下院の議席の多数を占める民主党(235、共和党199、欠員1)のトップ、ペロシ下院議長は同24日、トランプの大統領解任につながる弾劾のための調査を開始することを決めた。大統領訴追の条件は「反逆罪、収賄罪、その他の重罪を犯すか、または不品行・不行跡(misdemeanors)」(注:misdemeanorsは普通は軽罪を意味するが、ここでは犯罪行為ではなくても権力乱用あるいは公の信頼を裏切るものは対象になると解釈されている)。
民主党はトランプ大統領の政府運営のルールや慣行、3権分立の原則を無視した強権政治に対して弾劾のチャンスをうかがってきたが、ペロシは慎重で、抑え役に回ってきた。大統領を辞めさせるには再選阻止のほかには弾劾しかない。いわば「伝家の宝刀」だが、この宝刀は両刃で、弾劾に失敗すると刃が自分に向かってくる。ペロシは「真実を究明することがまず必要」と判断したが、大きな賭けとも思われた。
これまでに弾劾裁判にかけられた大統領は閣僚罷免をめぐるA・ジョンソン(1868年)と不倫もみ消し疑惑のB・クリントン(1998年)の2人で、いずれも弾劾は不成立。1974年にはR・ニクソン大統領がウォータ-ゲート事件での司法妨害で訴追不可避となって自ら辞任している。クリントン弾劾のときは追及した共和党が次の選挙で支持を減らしている。
米国の大統領弾劾制度では、大統領弾劾の訴追(一般の裁判の起訴に当たる)をするのは下院、訴追を受けて弾劾の有無を決める(裁判)のが上院。弾劾(有罪)を決定するには出席者数の3分の2の支持が必要になる。上院の議席の多数は共和党が握っていて(共和53、民主45、民主党系無所属2)、3分の2の弾劾賛成を得るのは相当に困難とみられている。
衰えた「強制力」
それにもかかわらず、なぜ、弾劾に踏み切ったのか。険しい党派対立の中で上院裁判で却下されたとしても、トランプ大統領が何をしたのかを明らかにすれば、選挙戦でマイナスにはならないと判断したからだ。下院は情報、外交、政府監視改革の3委員会の協力で弾劾調査活動を開始、ホワイトハウスや国務省に対して関連する文書の提出命令(召喚状)を出すとともに、政府各機関の関係者や個人の証言を求める非公開の聴聞会を進めている。トランプ大統領は「弾劾はクーデターだ」と強く反発し、調査には一切協力しないと宣言して,聴聞会への出席を拒否するよう指示。委員会側はこれを憲法に基づく調査活動に対する違法な妨害として、必要な場合は強制力のある召喚状を出して、継続的に公聴会を開催している。
トランプと共和党にとって痛手となったのは、大統領の拒否命令にもかかわらず、現役または元外交官や、トランプの政治任命でウクライナ関係のポストに就いた人たちが証言に応じ、疑惑の実態が次々に明らかになっていることだ。その主な証言者は次の人たちである。
ウクライナ駐在ヨバノビッチ大使はトランプ大統領とその個人的顧問弁護士ジュリアーニ元ニューヨーク市長がウクライナ政権首脳部内の「腐敗分子」と「おかしな接触」を図っていることに気付いたことで疑惑浮上前の5月に解任された。そのあとの臨時代理大使になったテーラー、国務省欧州担当のケント副次官補、ホワイトハウス安保会議ロシア・ウクライナ担当部長でこの問題が明るみに出た後、抗議して辞任したヒル。政治任命者はソンランド欧州連合代表部大使(トランプへの多額献金者)、外交官だったが共和党系で、ボランティアとしてウクライナ担当特別大使を務め、やはり問題発覚後辞任したヴォルカー。
弾劾調査の焦点は、トランプがウクライナ大統領に「バイデン疑惑」の捜査を要求した際に、圧力をかけるために議会で決定されて実施するばかりになっていた軍事援助を大統領特権であらかじめ凍結して、その解除を捜査約束とりつけの条件にしたことだ。米メディアはこれまでの証言によってこれは確認されたと報じている。
「陰謀史観」パラノイア
聴聞会を通して、もう一つ明るみに出たことがある。「バイデン・スキャンダル探し」を超えて、トランプの「陰謀パラノイア」ともいうべき執念が姿を現したことだ。2016年大統領選挙でロシア情報機関が民主党全国委員会のコンピューターをハッキング、民主党クリントン候補が不利になる情報を入手し、SNSを通して大量にばら巻いて、トランプ候補を後押したというのが「ロシア疑惑」。この疑惑を解明するためにモラー特別捜査官(元FBI長官)が任命された。
モラー特別捜査官の報告書は、トランプにいくつもの共謀の疑いがあったが、現職大統領は訴追しないという司法省の決まりがあったとして、捜査の焦点「共謀の有無」には触れないまま決着がついている。ところがトランプは逆に、「ロシア疑惑」とは実は民主党とウクライナの大金持ちが仕組んだ陰謀で、トランプ候補を落選させるのが目的だったと信じていることが、「ウクライナ疑惑」を取材する米メディアの取材で浮かんできた。ニューヨーク・タイムズ紙などの報道によると、トランプはゼレンスキー・ウクライナ大統領に「バイデン疑惑」の捜査を要求するのと合わせて、「ロシア疑惑」の捜査し直しを求めていたというのである。
トランプがなぜ2016年選挙での「ロシア疑惑」は実は「ウクライナ疑惑」だったと信じているのかわからないが、想像する材料はいくつかある。
トランプ選挙対策本部長を務め、資金洗浄や脱税の罪で逮捕・起訴されて服役中のマナフォートに、ロシアとウクライナとのつながりがあった。ウクライナでは2014年政変で腐敗の悪名が高かった親ロシア派のヤヌコビッチ大統領がロシアに逃亡して新政権が生まれた。マナフォートはこのヤヌコビッチ大統領の政治顧問だった。マナフォートは1,200万ドルの資金をウクライナから持ち込んだといわれている。ロシア情報機関が2016年米大統領選にはハッキングで介入しようとしているという情報もマナフォート周辺から入ったといわれる。
ロシア情報機関が民主党全国委員会からクリントン情報をハッキングして、SNSに流したことを突き止めたカリフォルニアのハッキング防止会社の幹部にウクライナ人がいた。そんなことからか、トランプを支持する極右組織の間では「ロシア疑惑」は実は「ウクライナ疑惑」だったという陰謀説が流布されているという(以上はニューヨーク・タイムズ紙による)。
トランプが「陰謀史観」の持ち主であることは、その言動で想像できる。トランプが今なお、ことあるごとにクリントンに敵意をぶつけているのは、大統領選挙で当選はしたものの、一般投票の得票でクリントンに300万票もの差をつけられたことが悔しくてたまらないからと思われている。「ロシアの後押し」で選挙に勝ったといわれるのも、たまらなく嫌だ思っていることもわかる。
そういうトランプにとって、「ロシア疑惑」は実は自分の当選を阻止するための陰謀だったというのはうれしい話だ。トランプとジリアーニ弁護士は「バイデン疑惑」の前に、この「2016選挙ウクライナ疑惑」を調べたさせようとウクライナの検事総長に話を持ち込んでいた。この検事総長が腐敗していて、トランプの歓心を得ようとそれらしい情報を流していたが(ニューヨーク・タイムズ紙)、ゼレンスキー大統領に解任された。米国の大統領が証拠不明の「陰謀史観」でものを見ているというのは怖いことだ。
選挙狙いのシリア撤収
「ウクライナ疑惑」の追及が進む中で10月6日トランプ大統領が突如、シリア派遣の米軍の撤収を発表。米外交、軍事当局の強い反対を押し切っての決定だった。シリアでは2017年初め「イスラム国(IS)」を掃討したものの、なお離散した残兵がゲリラ活動を続け、アルカイダ系ヌスラ戦線、反アサド・シリア自由軍、クルド民族民兵組織(YPG)が割拠、一時は存亡の危機に追い詰められたアサド大統領のダマスカス政権はロシア軍の助けを得て生き延び、シリアの主要部の支配をとりもどした。こうしたシリアの状況はまだ流動的で、今後どう動いていくのか。周辺のトルコ、サウジアラビア、イラン、イラク、イスラエルが強い関心と警戒をもって注視していた。
YPGは米軍の空爆支援を受けてIS掃討の地上戦の主役を担い、シリア北部に居住区を獲得して自治権を主張している。しかし、シリア北部と国境を接するトルコは自国内のクルド民族で独立を主張するクルド労働者党(PKK)をテロ組織として武力弾圧を続けており、YPGもPKKと一体のテロ組織とみて敵視してきた。IS掃討戦が終了した後、トルコは国境に接する地域に根拠地を獲得したYPGを国境から遠ざける越境攻撃のチャンスをうかがっていた。
トランプのシリア駐留米軍撤収の発表は、トルコのエルドアン大統領と電話会談を終えた直後だった。シリア駐留米軍の撤退を発表、それと同時にトルコ軍は国境を越えてYPG掃討作戦を開始した。トランプの了承あるいは黙認の上での行動とみるほかはない。クルド支配地区では市民を含めてクルド側に多数の死傷者が出た。数万人が家を追われた。だれもが予想できた事態だ。トランプだって予想できなかったとは思えない。友軍ともいうべきYPGに対する裏切りであり、米外交は中東における責任を放棄することにもつながる。民主党だけでなく、共和党も加わったトランプ批判が噴き出した。
トランプ大統領に寄り添って忠勤を励んできた共和党トップ、マッコネル上院院内総務までワシントン・ポスト紙に寄稿して「重大な戦略的失敗」と真っ向からの批判を突き付けた。さらにシリアからの米軍撤退の撤回を求める決議を準備するという。共和党に対する批判をかわしたいという思惑も込められているのだろう。トランプはシリアからの撤退を選挙公約に挙げていた。公約実行は「戦争疲れの」米国民に受けると計算したのだろう。「終わりのない戦争から手を引くのだ」「トルコの軍事作戦を認めたことはない」と抗弁したが、これでは済まないことは分かった。ペンス副大統領をトルコに派遣、エルドアンは一時停戦を受け入れた。トルコにたいしては経済制裁を発動した。エルドアンは既にYPGを国境地帯沿いから南へ追い払うという作戦の目標をほとんど達成していた。
迷走するトランプの念頭には、米陸軍特殊作戦部隊がIS最高指導者バグダディの潜伏場所に迫っていることは念頭になかった。数カ月前、CIA(中央情報局)がシリア西部のアルカイダ系支配区の一角にバグダディアが潜んでいるとの有力情報をつかんだ。これはトランプにも報告が上がっていた。トランプのシリア撤収命令に彼らは慌てた。しかし撤収命令には構わず作戦のピッチを速め、26日未明(現地時間)、作戦を決行し、バグダディは自爆死した(29日 ニューヨ-ク・タイムズ紙国際版)。
トランプは「重大発表がある」と事前に注目を集めたうえで翌27日記者会見、私の命令で作戦は成功したと発表、「残酷な殺人者が罪のない人々の命を奪うことはもうない。世界はより安全になった」と自分の大手柄のごとく胸を張った。しかしIS戦闘員はシリア、イラクから世界各地に拡散しており、最高指導者を失ったといって彼らのテロ活動の脅威がなくなるわけではないと、新たな批判を浴びた。
「成功と屈辱と」
ここでロシアのプーチン大統領が乗り出した。ロシア南部のソチにエルドアン大統領を呼んで同22日、シリア・トルコ国境沿いに「緩衝地帯」を設定し、ロシア軍警察とアサド政権国境警備隊がシリア北部の国境地帯に入り、YPG戦闘員をトルコ国境から30 キロ圏外に撤退させ、国境から10キロ圏内はロシアとトルコが共同パトロールに当たることで合意した。これを受けてトランプはトルコにたいする経済制裁を解除した。元々、批判をかわすための格好つけだった。トルコ軍の攻撃で「民族浄化」の危険にさらされていたYPGはロシア軍に感謝の意を伝えたと報じられた。
エルドアンはクルド民族を追い出した後の国境沿いシリア側に幅32 キロ、長さ444キロに及ぶ「緩衝地帯」を設置して、ここに200万人といわれるシリアからの難民を移そうと計画している。この計画は2000人といわれる米軍がシリアに展開して、YPG支援やシリア自由軍の訓練・補給など当たっている間は実行に移せなかったが、トランプの米軍撤収で欲しいものをほとんど手に入れた。ロシア軍は米軍が去った跡にそっくり進駐して、プーチンはトランプからのプレゼント、中東支配権を手にした。
トランプはこの地域は「より平和になり、安定化しつつある。これは米国がつくり出したものだ」と、自分の米軍撤収が生んだ成果のごとくこじつけた。トランプ・ツイートしか信じない人たちに向けたフェイク・メッセージだ。ワシントン・ポスト紙はこの発言をとらえて「トランプの世界の成功は現実世界の屈辱」と社説で非難した(10月26日電子版)。失敗を認めることが大嫌いなトランプだが、世論の追及をかわすためのさらなる小細工を余儀なくされている。ワシントン・ポスト紙が国防総省筋の情報として伝えるところでは、シリア北部から撤収した米軍は東部の油田地帯に移った。1000人といわれるシリア駐留米軍は全面撤退を取りやめるふりをして油田地帯などに再配置されるのではないかという(10月27日電子版)。
「利益相反」
シリアでトルコ軍とクルド勢力(PYG)の間で停戦合意がまとまった日(10月17日)に、トランプが来年6月に予定される先進7カ国首脳会議(G7サミット)の開催場所に自分がオーナーのフロリダ州マイアミのリゾートホテルに決めたと発表し、「利益相反」と総スカンの批判を浴びで2日後に取り消した。これも弾劾に絡んで重要な動きだ。米国では政府高官のポストに就くと、「利益相反」を避けるために法律によって資産を公開し、ビジネスにかかわる資産は第3者が運営する基金(blind trust)に寄託することを義務付けられている。しかし、その対象者に大統領及び副大統領が列記されていない(自主的に対応するということ)。トランプはこれを理由に規制に従っていない。
トランプは不動産業「トランプ社」のオーナーのまま、フロリダ州のリゾートホテルを安倍首相も含めて各国首脳との会談の場所に使ってきた。ホワイトハウス近くのトランプ・インターナショナルホテルも外交団の宿泊や会談場所に日常的に使われている。これに対して民主党や弁護士グループが訴訟を起こして、トランプに不利な判決が地裁段階から高裁段階へと進もうとしている。G7サミットを自分のホテルで開催するというのは、さすがに通らなかったが、トランプの「利益相反」無視の体質が改めてさらされた。高裁段階で違法の判決が出ると、弾劾訴追の決定的理由になりえる。それが気になりだしたのだろうか。この数日、ワシントンのホテルを手放す動きが出ていると報道されている。
追い込まれるトランプ
「ウクライナ疑惑」と「シリア米軍撤収」は相乗効果を生んで、米国世論を大きく動かした。「ウクライナ疑惑」が浮上した後も、「大統領弾劾」に消極的だった人たちが、どっと「弾劾支持」へと転じた。ニューズ・ウィーク、ワシントン・ポストなどへの寄稿で知られる経済ジャーナリスト、R・サミュエルソンはその一人。共和党は「ウクライナ疑惑」に対する弾劾は選挙で選ばれた大統領を一つの「疑惑」でやめさせることは許せないと主張してきた。筆者も弾劾には懐疑的だった。しかし、「ウクライナ疑惑」に加えての「シリアの瓦解」によって、一回の選挙の結果よりも国家体制への確信を守る方が重要だと判断した。弾劾によるトランプの解任を求めるー10月2日ワシントン・ポスト紙電子版への寄稿でこう書いている。
トランプ政権はこうした混乱の中で就任1000日を過ぎた。2020年11月初めの大統領選挙投票日までほぼ1年。「大統領弾劾」の進展はそのまま選挙戦に直結する。各種の世論調査によると、民主党が「弾劾調査」開始に踏み切る前までは、民主党員の間でも弾劾支持は40%台で半数を超えたことはなかった。しかし、弾劾に踏み切った直後の調査では賛成が10%近く増え、その分だけ反対が減った。民主党支持者の間では60~70%が賛成だが、なお30~40%の反対が残っている。共和党支持者では反対が圧倒的で90%、賛成は10%しかいない。
注目されるのは、弾劾調査を進めることと、弾劾が成立して大統領を解任することを多くの人が区別していることだ。これは民主、共和の党を超えて国民の間には「トランプ解任」を前提にするのではなく、トランプが「ウクライナ疑惑」で実際に何をしたのかをまず知りたいと考えていることを示していると思う。また「シリア撤収」が米国の外交にどんな影響をもたらすか、あるいは戦争を続けてきた米国の外交政策が何処へ行こうとしているのか、などを今は考え中ということを示唆しているのではないだろうか。
トランプの「ウクライナ疑惑」も「シリア撤収」も,さらには中国との貿易戦争、北朝鮮との非核化交渉も、ホーグランドが指摘するように、すべて選挙の票狙いであることは間違いない。しかもそれが計算通りには進んでいかないのが現状のようだ。その焦りがさらに「選挙狙い」の行動に駆り立てる。トランプはそんな事態に追い込まれてきたようだ(文中・敬称略。10月29日記)。
かねこ・あつお
東京大学文学部卒。共同通信サイゴン支局長、ワシントン支局長、国際局長、常務理事歴任。大阪国際大学教授・学長を務める。専攻は米国外交、国際関係論、メディア論。著書に『国際報道最前線』(リベルタ出版)、『世界を不幸にする原爆カード』(明石書店)、『核と反核の70年―恐怖と幻影のゲームの終焉』(リベルタ出版、2015.8)など。現在、カンボジア教育支援基金会長。
特集・混迷の時代が問うもの
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