この一冊
『アメリカ帝国の終焉―勃興するアジアと多極化世界』(進藤榮一著 講談社現代新書 2017.2)
日本が「先進国の罠」から脱却する道は
「パクス・アシアーナ」への転換を活写
シグマ・キャピタル チーフ・エコノミスト 田代 秀敏
ドナルド・トランプのアメリカ大統領当選は、「アメリカ帝国」つまり世界の頂点に立つ覇権国としてのアメリカの終焉への動きを決定的にした。それは、“この半世紀、ほとんどの大統領選挙を現地で取材した”進藤氏によれば、“変貌し「解体するアメリカ」の構造的帰結なのである”。
進藤氏は1994年に『アメリカ 黄昏の帝国』(岩波新書)で、“帝国衰退の近未来を、米国の内側から照射した。” そこで詳細かつ鮮やかに描かれた、ブルーカラー労働者が没落し、ポピュリズムが台頭し、リベラルが敗北し、金ピカ時代( The Gilded Age)が到来し、軍拡が進められ、財政赤字が拡大し、保護主義が高まっていく光景は、23年後の現在、グロテスクに膨張して繰り返されている。
その続編である2013年の『アジア力の世紀−−−どう生き抜くのか』(岩波新書)で進藤氏は、“アジア諸国が、地域総体として影響力を強め始める世紀へと、21世紀の基軸を変え始めた”ことを、詳細かつ鮮やかに描いた。2011年にオバマ大統領がアジア・太平洋への地政学的戦略リバランスを宣言し、それに呼応して2012年に中国が中国以西のアジアへの地政学的戦略リバランスを宣言し、米中両大国の地政学的戦略がアジアで交差するようになった状況を踏まえ、進藤氏は“「大アジア力の世紀」を生き抜く日本の明日のシナリオを描き出す”試みを行った。
これら2作の続編として、本書『アメリカ帝国の終焉 勃興するアジアと多極化世界』が今年、出版された。これら3つの著作は三部作を為しているものの、第1作から第2作まで19年が経ったのに、第2作から第3作までは4年しか経っていないことは、世界の変化が飛躍的に加速していることを示しているのと同時に、トランプ大統領の出現が歴史的に如何に巨大な事件であるのかを示している。
本書の序章「トランプ・ショック以降」は、“いまポピュリズムとテロリズムという2匹の妖怪が、世界を徘徊している”現象が、19世紀末に工業革命によってパクス・ブリタニカ(英国主導の平和)が終焉し、パクス・アメリカーナ(米国主導の平和)が台頭する過程において、不平等が著しく拡大したことによって同じ様にして生じたことを示す。
その上で、今のポピュリズムとテロリズムとの横行は、パクス・アメリカーナが終焉し、アジアが勃興して世界が多極化し、“大米帝国の世紀に代わって、「アジア力の世紀」、パクス・アシアーナ(アジア主導の平和)が到来しはじめている”ことと、表裏一体の現象であることを示す。
政権交代やテロなどの衝撃的な事件を、大きな歴史の文脈に位置付け、本質を精密に読み解いていく力量に、序章から圧倒される。
第1章「衰退する帝国−−−情報革命の逆説」は、ソフトパワーを喪失したアメリカが“もはや、国際秩序を仕切るヘゲモニー(覇権)を手にしていない”現実を、アメリカでの定点観察に、周到なデータ分析を重ねることによって、精密に描く。事実、マイク・ペンス副大統領は訪日した今年4月18日に、安倍晋三総理大臣に対し「平和は力によってのみ初めて達成される」と語り、アメリカがソフトパワーを喪失してしまっていることを明らかにした。アメリカが情報革命によってアメリカの経済力と軍事力とを飛躍的に強めながらも、情報革命がアメリカの理念とイデオロギーとを衰微させることでアメリカのヘゲモニーを終焉させ、その一方でアジアを勃興させ続けるという「逆説」の指摘は見事である。
第2章「テロリズムと新軍産官複合体国家−−−喪失するヘゲモニー」は、2001年9月11日の同時多発テロ(9・11)から継続されてきた「対テロリズム戦争」を経て、“そのあいだに米国は経済力を枯渇させ、社会力を衰退させ、あげくに外交力を衰微させている”ことを、並行してアメリカに新たに形成された軍産官複合体の分析を通じて、詳細に考察する。
“もはやアメリカは、かつてのような他国に依存せずに巨大な富を享受できる国ではなくなっている”と、進藤氏は1994年に『アメリカ 黄昏の帝国』(岩波新書)で述べた。その事態は、23年後の今、深化拡大し、日本と中国とが米国債の最大保有国の地位を争っている。また、トランプ大統領の住居でありビジネスの拠点であるニューヨーク・マンハッタンのトランプ・タワーは、29階から下のオフィス部分の最大テナントが、中国最大であり世界最大の銀行である中国工商銀行のニューヨーク支店であり、賃貸料は195万ドル(約2億円)であると推計されている。
第3章「勃興するアジア−−−資本主義の終焉を超えて」が示すのは、“世界経済の主軸は、もはや米国でも、EUでも日本でもない。主軸は、米欧日などの先進国世界から、中国やインドなどの新興国世界へと転移しつづけている”現実である。その現実は、“米欧日型−−−あるいはアングロサクソン型−−−の資本主義が「終焉の危機」に瀕しているのに、新興アジアで新しい資本主義が生まれ、しかも成長し続ける”という資本主義の興亡でもある。
“AIIBの設立発足は、中国がいま「世界の市場」から「世界の銀行」へと変貌していく近未来を指し示している”と指摘されている通り、トランプが大統領に当選した翌月にオープンしたトランプ・ベイ・ストリート(ニュージャージー州ジャージー市)は、建設事業予算として集められた5000万ドル(約56億円)の約4分の1が、中国の金持ち達が「投資ヴィザ」欲しさに拠出したカネだと推計されている。
終章「同盟の作法−−−グローバル化を生き抜く知恵」は、勃興するアジアと多極化世界において、日本がアメリカとの同盟関係を、どのように調整し、どのようにグローバル化を生き抜くかを考察する。著者は政治学者としての本領を発揮するのと同時に、北海道の十勝を訪ね、地元企業の経営者の「時代の先端をつかむことです。そして世界のトップをめざすのです」という声を紹介する。
おわりにで、“デトロイトからジャカルタ、中国・寧夏、そして北海道へ−−−いくつもの旅をくりかえしながら、明日のアジアと日本を読み解く機会を与えられた”と述べている通り、著者は世界各地に足を運び、その現地で考えることを繰り返してきた。そうした現場からの考察が深い学識と交わり、日本が“新自由主義(ネオリベ)の罠”、“軍事化の罠”、“ナショナリズムの罠”から抜け出す道が伸びていく方向を指し示している。本書の続編においては、その道の具体的なプログラムを示してくれることを切望する。
注:引用句“…”を付けた箇所は、進藤榮一氏の三部作『アメリカ 黄昏の帝国』(岩波新書 1994年)、『アジア力の世紀−−−どう生き抜くのか』(岩波新書 2013年)、『アメリカ帝国の終焉 勃興するアジアと多極化世界』(講談社現代新書 2017年)からの引用である。
たしろ・ひでとし
一橋大学大学院博士課程単位取得退学。一橋大学国際共同研究センター客員研究員、大和総研などを経て現職。専門は中国経済を軸とするグローバル経済分析。著書に『中国に人民元はない』(文藝春秋)、『中国経済の真相』(KADOKAWA中経出版)、共著に『沸騰する中国経済』(中央公論新社)など。
この一冊
- 『アメリカ帝国の終焉―勃興するアジアと多極化世界』シグマ・キャピタル チーフ・エコノミスト/田代 秀敏
- 『在日二世の記憶』ジャーナリスト/秋田 稔