特集●“働かせ方改革”を撃つ
米朝どちらも「成功」が欲しい
優位に立った金氏、「生き残り」賭けるトランプ氏
国際問題ジャーナリスト 金子 敦郎
文在寅韓国大統領と金正恩北朝鮮労働党委員長の南北首脳会談は「朝鮮半島の完全な非核化」と「朝鮮戦争の終結」で合意したなどとする板門店宣言を発表して終った。これを受けてトランプ米大統領と金委員長は北朝鮮の完全な非核化の実現のため、初の米朝首脳会談を6月までに開く。トランプ氏は共同宣言を高く評価して首脳会談で「劇的なことが起こるかもしれない」と語っている。だが、首脳会談に臨む双方の立場を見ると、共同宣言を背負った金氏が優位に立っているように見える。トランプ氏は突然の首脳会談呼びかけに即断で応じた。したたかな北朝鮮との交渉に対してトランプ氏が持っているのは、軍事力による威嚇をちらつかせながらの「最大限の圧力」しかない。
しかし、予測不能と言われる両首脳である。これだけで会談の結果を占うわけにはいくまい。四半世紀に及ぶ北朝鮮問題が解決の方向を見つけ出すのか。破局に向かうのか。いずれにしても最後の冷戦型紛争がようやく終わりを迎えることになる。
「朝鮮戦争終結」に注目
日本のメディアは板門店宣言が北朝鮮の「完全な非核化」を受け入れながらも、具体的な非核化への道筋について何も言及していないことに関心を集中している。米国の報道も同じだ。だが、北朝鮮は既に計画した「国家核戦力」を完了し、今後は核実験および弾道ミサイルに実験は必要なくなったと、現状凍結を声明している。トランプ氏もこれを評価している。ここから先の「非核化」―北朝鮮が手にしたばかりの核戦力をいかにして廃棄させるかこそ、米朝首脳会談のテーマだ。
筆者が板門店宣言の中で注目しているのはそこではない。宣言前文で「朝鮮半島でこれ以上、戦争を起こさないこと、新たな平和な時代が開かれることを南北八千万人の我が民族と全世界に宣言する」というくだりだ。朝鮮戦争が65年間も休戦状態のまま放置されたことは、この地域の不安定化の根源とされてきた。北朝鮮が核武装に走った理由にもなった。宣言はこの戦争を「終結し、恒久的で強固な平和体制構築」のために休戦協定を平和協定に転換させる会談を、両国が戦争の当事者である米国と中国に呼びかけている。
宣言が北朝鮮核問題を解決の方向に動かすことになるとすれば、朝鮮戦争終結を盛り込んだことによる。北朝鮮は核問題をめぐる6カ国協議の場で、休戦協定を平和条約に造り替えることを要求した時期もあった。しかし、休戦協定は韓国が加わっていないという欠陥協定だった。あくまで韓国による南北統一に固執、「休戦」に不満だった李承晩韓国大統領が休戦協定に参加を拒否、持てあました米国が韓国抜きの協定に踏み切ったからだ。
こうしたいきさつも加わって、韓国と北朝鮮は長年、互いに相手を正当な政権と認めることを拒否して対立した。北朝鮮の要求が取り上げられるには至らなかった。しかし、北朝鮮問題が危険をはらんだまま解決の見通しがつかない中で、オバマ政権は休戦協定の平和協定への転換に踏み切ったが、北朝鮮の水爆実験があって、時間切れになったとされる(2016年2月米ウォールストリート・ジャーナル紙)。
朝鮮戦争の公式の終結―即ち北朝鮮、韓国、米国、中国の4国がはっきりと戦争終結を宣言して、平和協定を結ぶということは朝鮮半島の平和と安定の土台をつくることになる。
王毅中国外相はワシントンのシンクタンクでの演説で「非核化と平和協定を並行して進める必要がある」と指摘している(同2月)。
宣言では北朝鮮が求められている「非核化」を「朝鮮半島の非核化」へ非核化の対象を広げている。韓国は核を求めないという意思表示であるが、狙いは在韓米軍だ。在韓米軍の核兵器は冷戦終結時にブッシュ大統領が撤収を命令したので、現在は配備されていない。将来の再配備への反対表明だ。
北朝鮮は米国の脅威から身を守るための抑止力として核兵器が必要だとして「核戦力」を持った。その核兵器を放棄する見返りに、米国に政権の存続を保証することを要求してきた。しかし、北朝鮮対米国という1対1の交渉で、非核化と政権存続保証をめぐってせめぎ合うだけでは朝鮮半島の安定と平和にはつながらない、南北朝鮮が和解し、朝鮮戦争を終わらせ、朝鮮半島から核をなくす―宣言はそうした包括的な交渉を呼び掛けている。
米朝首脳会談が突然浮上
北朝鮮の「核」をめぐる「戦争の危機」は一転して「対話」へと転換した。その経過を追うと、これを主導したのは文韓国大統領と思われる。「米国の尻尾」を踏むことはぎりぎりに避けながらも断固として核開発を進める金委員長に対して、トランプ氏の衝動的軍事力行使に出る危険―文氏はこれを何とか回避しようとした。金、トランプ両氏の対立を朝鮮半島の安定と民族和解という大義の中に封じ込めようと知恵を絞った。それが板門店宣言になったと思っている。この文構想のもうひとつの柱が米朝首脳会談だ。
文氏がベテラン外交官の鄭義溶国家安全保障会議室長を特使としてピョンヤンに送り、3月5日金委員長との会談で、南北首脳会談を4月末に開催することで合意したと発表。北朝鮮は非核化と米朝関係の正常化の用意ありと表明。鄭特使は直ちにワシントンに飛んで同8日トランプ大統領に金委員長の早期首脳会談を求める親書を伝達した。
トランプ氏は明らかに受け身だったが、その場で受け入れた。文氏は何でも自分で決めるのがトランプ氏だということを計算していたと思われる。歴代政権の国務省あるいはホワイトハウスで朝鮮半島問題を担当してきた専門家をトランプ氏は全て遠ざけてきた。複雑で長い経緯のある北朝鮮問題をトランプ氏が勉強した気配は全くない。しかし「俺ならやれる」。怖いものなしのトランプ氏の過剰な自己過信と自己顕示欲が、突然の米朝首脳会談を受けいれさせたのだろう。
中間選挙が怖い
しかし、トランプ氏にとってこの首脳会談の誘いは「渡りに船」だったとも思える。内政・外交、政権人事の全てが思うようには運ばない。追い込まれたトランプ氏が窮地脱出をはかるために「大手柄」を求めるとすれば北朝鮮問題に目を付けるのではないか。
筆者はトランプ政権が発足して半年後の2016年7月、デジタル総合誌『現代の理論』への寄稿の中でこう予測していた(『予測不能なトランプ政権の実像』)。
トランプ氏の「アメリカ・ファースト」政策は、基本的に米国がつくり上げてきた多国間の協調(国連、IMF、WTO、NATO、パリ協定、TPPなど)に基づく国際関係の枠組みを米国自ら壊して、第1・2次世界大戦以前の力ずくの「自由主義」ないしは「孤立主義」に回帰しようとするものだ。米国内でも国際的にも大きな摩擦と混乱を引き起こし、トランプ政権は遠からず苦境に追い込まれるのは必至だった。これは誰でも予測できた。
しかし、中間選挙が視野に入りかけるこの時期に、米朝首脳会談が飛び込んでくるとは、誰も予測できなかったと思う。トランプ氏は政権の命運をこの会談に賭けることになった。
新政権は2年後には中間選挙の洗礼を受け、その結果は政権の行方を大きく左右する。この選挙では新政権が苦戦するのが通例だ。新大統領への膨らんでいた期待が現実の壁にぶつかって冷めてしまうし、不慣れのもたつきもある。トランプ氏支持率は発足当初から30%台と歴代最低の水準。同氏には信者と言われるほどの固い支持層があり、トラブル続きの割には30%台から40%そこそこの支持率を維持しているのが特徴的だ。
大統領選挙では固定的な支持票に+アルファの上乗せがあった。その票はどこへ行くのだろうか。トランプ政権のもとで行われた上下両院議員の補欠選挙や各州の議員、裁判官や検事などの選挙で与党共和党はほとんど民主党に敗れている。今の段階では、中間選挙で民主党が議席を伸ばすことは間違いないとみられているが、上下両院のうち、どちらかの多数を奪回するのか、あるいは両院を制するのか。11月上旬の投票日までまだ先があるので、はっきりした予想はできないが、トランプ氏が苦しいことははっきりしている。
政権存続保証
北朝鮮は「非核化」を受け入れる見返りに3代続く「金王朝政権」の存続保証を求めている。首脳会談が「完全な非核化」と北政権の存続保証というバーターに合意したとしても、実施には長い時間と曲折が伴うだろう。首脳会談では良くて原則合意以上はいけまい。北朝鮮の「完全な非核化」は自ら完成したとする「国家核戦力」を全て検証可能かつ不可逆的に廃棄するには複雑な手順を要するので、少なくとも数年はかかる。北朝鮮は10年かかると言っている。金政権の存続保証は「非核化」および朝鮮戦争の終結と平和協定への移行の進行状況にリンクして進行することになろう。
この交渉が続く間は、米国の攻撃を受けることあるまい。これも北朝鮮の狙いの一部にあってもおかしくない。そこでトランプ氏は北朝鮮の「完全な非核化」を先行させようとするかもしれない。これに固執すれば会談は決裂する。決裂即軍事力行使となれば、北朝鮮が反撃して戦争になるのは必至だ。北朝鮮と韓国の双方、戦争の拡大によっては日本にも悲惨な犠牲と破壊がおよぶ。核戦争となれば被害は計り知れない。結局これまでの状況に逆戻りすることになるが、戦争の危険度は高まる。双方とも決裂回避に努めるのではないか。
孤立国家の決意
北朝鮮が「対話」路線に乗ったのは、トランプ政権の「最大限の圧力」という経済制裁に耐えられなくなったからだという見方がある。もちろんそれもあるだろうが、2017年には米本土に到達可能な大陸間弾道ミサイル(ICBM)と、このミサイルに搭載可能な水爆弾頭の開発に成功、米本土を直接攻撃する能力を手にしたことが大きな理由だ。金委員長は「国家核戦力完成」と誇らしげに宣言した。まだ2、3年先とみていた米国は明らかに大慌てした。日本を射程内に収める中距離弾道ミサイルを持った時には見られなかった反応だ。米国は本気になって「圧力強化」に乗り出した。北朝鮮はこれで自分の抑止力を確認し、米国と対等の立場で交渉ができると判断した。
北朝鮮の核開発を阻止するには、核爆弾の原料になるプルトニウムや濃縮ウランの入手阻止から核実験や弾道ミサイルの実験までの各段階で、現地立ち入り調査を含めて高度な技術を駆使する様々な監視が必要になる。その複雑な交渉をどう進めるかについて、歴代政権は「対話」による解決か、軍事力による威嚇で阻止するか、硬軟両派の間で揺れた。北朝鮮はその間隙を突くあの手この手の策略を弄して、一歩一歩と核開発を進めた。
しかし、失敗の最大の理由は、核兵器を持つことでしか国家として生き延びられないという追い詰められた小国の強固な国家意志と、その核開発に必要な技術力のいずれをも過少評価したことだろう。
冷戦終結で中国、ソ連(ロシア)は目覚ましい経済発展をしたライバル韓国にすり寄って国交を樹立した。北朝鮮は後ろ盾を失い、孤立無援の国になった。朝鮮戦争は休戦状態のままだ。米国がいつ攻めてくるか分からない。米国の軍事力は巨大だ。対等の軍事力は持てるはずはないし、その必要はない。数発でいいから米国本土に撃ち込んで手痛い打撃を与えることができる核ミサイルを持てば、米国の軍事侵攻を抑止できる。北朝鮮指導部はこう考えた。軍事理論として合理的だ。そしてその目的を達成した。
北朝鮮は「完全な非核化」と「政権存続保証」をめぐる交渉でも、国家の安全を危うくするとみたら絶対に譲歩はしないだろう。
北朝鮮の罠
ワシントンには根深い北朝鮮不信がある。北朝鮮の核開発阻止の話し合いでは、核爆弾の原料になるプルトニウムや濃縮ウランの入手阻止から核実験までの各段階で、北朝鮮の策略に振り回された苦い経験があるからだ。確たる戦略はなく、専門家のスタッフもいないトランプ氏がまた北朝鮮の罠に落ちるのではないか。この不安は大きい。
トランプ政権の中枢から穏健派はほとんど全て去った。首脳会談でトランプ氏が率いるチームは、CIA(中央情報局)長官としてトランプ氏の密命を受けて北朝鮮に行き金氏と会い、国務長官になったポンペオ氏、超タカ派で北朝鮮爆撃を主張し、安保問題大統領補佐官になったボルトン氏、穏健派の専門家で唯一残っているマティス国防長官らで構成されるだろう。衝動的な軍事行動を抑える役目を期待されるのはマティス長官だけだ。
トランプ大統領が11月の中間選挙で政権を担保している上下両院の多数支配を守るために、何が何でも合意にこぎつけようとするのではないかとの懸念も表面化してきた。
どんな形であれ、北朝鮮の危機が解決に向かうなら歓迎だ。しかし、それがトランプ政権の延命になるのであれば、手放しで喜べない人も少なくないのではないだろうか。
「悪夢」
米朝首脳会談が成功して、北朝鮮核危機が回避されるとすれば、トランプ氏にとってはまさに歴史的な「大手柄」となる。複雑で神学的ともいわれる核戦略問題をほとんど知らなかったレーガン大統領がゴルバチョフソ連書記長にいきなりトップ会談を呼び掛けて「核戦争には勝者も敗者もない」と合意して、こう着状態が続いていた米ソ核軍縮・削減交渉に突破口を開いて冷戦終結へ道を開いた歴史が思い起こされる。
トランプ政権は中間選挙の上下両院の多数を維持できるかもしれない。それでもトランプ氏の経済、財政、移民、環境などの政策が多くの支持を集める可能性は高いとは考えられない。ロシアゲートの捜査が進みトランプ氏自身は訴追を免れたとしても、政権には大きな傷が残るだろう。
首脳会談が大きな成功をおさめてブームが起こった場合、2020年選挙で再選され、8 年間のトランプ時代を全うする可能性はゼロではないかもしれない。欧州、東欧の強権政権も長期独裁体制、西欧でも仏、イタリア、オランダ、オーストリアなどの右翼勢力が勢いづき、習近平中国とプーチン・ロシアの強権支配も影響力を強めるだろう。
2次の世界大戦と冷戦を生き抜いたリベラルな民主主義は政治システムとしては究極のもので、これに代わるものはない(F・フクヤマ)と称賛されたリベラルな民主主義は、長い歴史のほんのひとコマに終わるのだろうか。この悪夢が正夢にならないことを祈る。
かねこ・あつお
東京大学文学部卒。共同通信サイゴン支局長、ワシントン支局長、国際局長、常務理事歴任。大阪国際大学教授・学長を務める。専攻は米国外交、国際関係論、メディア論。著書に『国際報道最前線』(リベルタ出版)、『世界を不幸にする原爆カード』(明石書店)、『核と反核の70年―恐怖と幻影のゲームの終焉』(リベルタ出版、2015.8)など。現在、カンボジア教育支援基金会長。
特集●“働かせ改革”を撃つ
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