論壇

「知る沖縄戦」―補助教材の適切さとは

求められる多面性が示す戦後70年の沖縄戦解釈

日本女子大学非常勤講師 高橋 順子

1.はじめに

2014年12月6日、大阪府松原市のとある市立小学校が、広島への修学旅行に向けた平和学習の一環として総合学習の授業で使用した補助教材を、「不適切」だったとして、学校側の判断で回収していたことが産経新聞で報道された1。それに先立つ10月には、同教材について、衆議院文部科学委員会で、17日に義家弘介議員が「一面的な思想に基づく内容」として、29日に田沼隆志議員が「学習指導要領の趣旨から逸脱している」として、適切な副教材の選択、使用を指導するよう文科省に求め、下村博文文科相は「言論の自由は尊重すべきだが、一面的な内容であるならば、そのまま教育現場で使うべきではない」と答弁し、11月には、「文部科学省が都道府県教委に対し、副教材の適切な取り扱いを求める通知を出す方向で検討を始め」ていたという2

その「教材」とは、同年に朝日新聞社が発行した、教育特集「知る沖縄戦」(カラー12頁タブロイド判)3である。「子どもたちが戦争について知るきっかけ」にと、主に中学生以上を対象に作成された。HPで、全頁公開するとともに、希望の学校を募り、無料配布を実施。その時までに全国に38万部が届けられた4

これまで、学校現場の教材に関して、沖縄戦をめぐっては、教科書の記述が大きな焦点となってきた。教科書検定で、1982年に「日本軍による住民殺害」について、2007年に「集団自決(強制集団死)についての日本軍の強制」について修正意見が付され、裁判に発展したり、沖縄県議会や沖縄県全市町村議会で撤回と記述回復を求める意見書を可決し大規模な県民大会が開催されたりしている5

そのような中、戦後70年を迎えようとする節目に、何故補助教材が注目されたのだろうか。学校教育において補助教材はどのように位置付けられているのだろうか。「知る沖縄戦」は補助教材として使用する場合、どのように「不適切」なのだろうか。本稿ではこれらの点について検討して行きたい。

2.補助教材の位置付け

(1)法律

まず、使用の根拠について、学校教育法(1947年制定)の第34条2項にて、「前項の教科用図書以外の図書その他の教材で、有益適切なものはこれを使用することができる」と示されている(同法第49条、62条で中学校、高等学校に準用)(傍線筆者)。ここでの「教科用図書以外の図書その他の教材」が一般的に補助教材と呼ばれている。具体的には、副読本、学習帳、練習帳、ワークブック、図表、紙芝居、幻灯フィルム、ラジオ放送、録音テープなど様々である6

次に、運用については、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(1956年制定)の第33条2項で、「前項の場合において、教育委員会は、学校における教科書以外の教材の使用について、あらかじめ、教育委員会に届け出させ又は教育委員会の承認を受けさせることとする定を設けるものとする」とされている(傍線筆者)。

そのため、使用手続きにおいて、各都道府県の教育委員会で、届出と承認のどちらを必要とするかによって、また届出や承認が必要な教材の範囲によって、「有益適切」の判断基準が、行政裁量と教師の専門的裁量のどちらに重きを置いているのか大きく異なってくることがわかる。

(2)文科省通達

これまでに文科省より補助教材について2度通達が出されている。まず、1964年3月7日、各都道府県教育委員あて文部省初等中等教育局長通達「学校における補助教材の取り扱いなどについて」(文初初第127号)である(傍線筆者)。

1.小学校、中学校、高等学校および特殊教育諸学校において、児童生徒が使用する教科書以外の図書その他の教材(学習帳、問題帳、練習帳、解説書その他の学習参考書を含む。以下「補助教材」という)について、教育委員会に対する事前の届け出でまたは承認に関する手続き等を整備し、その厳正な運用を図り、適切でない補助教材が使用されることのないようあらかじめじゅうぶん指導すること。なお、都道府県教育委員会においては、指導主事の視察指導その他の機会を利用して、これら補助教材の使用の状況を調査し、適切な指導助言を行なうよう留意すること。

2.学習の評価は、学校の指導計画に基づいて、教師みずから適切な方法により行なうべきものであつて、安易に問題帳等で代用したりすることは、教育上望ましいものとは考えられないこと。まして問題帳等を使用して、その採点を外部の第三者に依頼するようなことは厳にいましめるべきことであること。

3.補助教材や学用品などを学校で取り扱う場合、教職員が業者から手数料寄附など名目のいかんにかかわらず金品を受け入れることは教職員の服務の厳正を期するうえから望ましくない行為であり、またその場合学校として業者から金品などの寄附を受けることは適切でないと考えられるので、そのようなことのないよう指導の万全を期すること。


次に、1974年9月3日、各都道府県教育委員会あて文部省初等中等教育局長通達「学校における補助教材の適正な取扱いについて」(文初小第404号)である(傍線筆者)。

学校における補助教材については、昭和三九年三月七日文初初第一二七号「学校における補助教材の取扱いなどについて」等によつてかねてからその適正なる取扱いについて御留意願つてきたところでありますが、なお最近補助教材で内容に不適切なものがあるとして父兄等から問題として指摘された事例もありますので、この際貴委員会におかれては、特に下記の点に留意の上、その一層適正な取扱いを期するよう貴管下の市町村教育委員会及び学校に対し指導の徹底方をお願いします。

1.学校における補助教材の選択に当たつては、その内容が教育基本法、学校教育法、学習指導要領等の趣旨に従いかつ児童生徒の発達段階に即したものであるとともに、ことに政治や宗教について、特定の政党や宗派に偏つた思想題材によつているなど不公正な立場のものでないよう十分留意すること。

2.教育委員会規則の定める補助教材の事前の届出又は承認に関する手続の励行に留意するとともに、補助教材の内容については、前記一の趣旨に照らし現に使用中のものも含め、学校及び教育委員会のいずれにおいても十分の審査検討を加えること。

3.都道府県教育委員会においては、指導主事の視察指導その他の機会を利用して補助教材の使用状況の適確な把握に努め、適切な指導助言を行うよう留意すること。


前者は、業者との癒着防止、経済的負担への配慮を、後者は、特定の政党や宗派への偏りへの留意から内容の審査と指導の必要性を強調し、どちらも届出又は承認の手続きの励行を求めている。

実際に、1982年「大阪市教材汚職事件」(府議会での追求と府教育長による補助教材検討委員会設置の答弁)なども起こっており癒着等はいましめるべきであるが、内容の統制や規制の強化については疑問視する声もある7。なお、文科省以外にも各都道府県でそれぞれの通達がある。

3.「知る沖縄戦」は補助教材として「適切」か

結論を先取りして言えば、本稿では、本節の検討により、補助教材として適切であると捉えられると考える。なお、「知る沖縄戦」を補助教材として使用する際、事前に教育委員会に届出又は承認を受ける必要の有無についての判断は、その学校の置かれている各教育委員会の規則による。

(1)学習指導要領の趣旨に従っているか?

まず、先に引用した文科省の通達、田沼隆志議員の発言で重視されている学習指導要領の趣旨に従っているかどうかについて検討する。以下に、小、中、高校の学習指導要領(2014年度現在現行)において、社会、日本史で、沖縄戦に関わる第二次世界大戦について言及されている部分を参照する。

小学校 社会 第6学年 2内容 (1) ケ

「日華事変、我が国にかかわる第二次世界大戦、日本国憲法の制定、オリンピックの開催などについて調べ、戦後我が国は民主的な国家として出発し、国民生活が向上し国際社会の中で重要な役割を果たしてきたことが分かること」(傍線筆者)。

中学校 社会 歴史的分野、2内容、(5) オ

「経済の世界的な混乱と社会問題の発生、昭和初期から第二次世界大戦の終結までの我が国の政治・外交の動き、中国などアジア諸国との関係、欧米諸国の動き、戦時下の国民の生活などを通して、軍部の台頭から戦争までの経過と大戦が人類全体に惨禍を及ぼしたことを理解させる」(傍線筆者)。

高校 日本史A 2内容、(2) イ (イ)

「諸国家間の対立や協調関係と日本の立場、国内の経済・社会の動向、アジア近隣諸国との関係に着目して、二つの世界大戦とその間の内外情勢の変化について考察させる」(傍線筆者)。

高校 日本史B 2内容、(5) ウ

「国際社会の動向、国内政治と経済の動揺、アジア近隣諸国との関係に着目して、対外政策の推移と戦時体制の強化など日本の動向と第二次世界大戦とのかかわりについて考察させる」(傍線筆者)。


また高校日本史ではA、Bともに「内容の取扱い」で、「客観的かつ公正な資料に基づいて、事実の正確な理解に導くようにするとともに、多面的・多角的に考察し公正に判断する能力を育成するようにする。その際、核兵器などの脅威に着目させ、戦争を防止し、平和で民主的な国際社会を実現することが重要な課題であることを認識させる」(傍線筆者)とある。多面的・多角的という表現は、中学校社会歴史的分野の「目標(4)」にも見られ、「身近な地域の歴史や具体的な事象の学習を通して歴史に対する興味・関心を高め、様々な資料を活用して歴史的事象を多面的・多角的に考察し公正に判断するとともに適切に表現する能力と態度を育てる」とある。

この部分だけに照らして、趣旨に添っているかどうか判定することは困難である。そのため、2014年度使用教科書の記述と照らし合わせてみる。「知る沖縄戦」が主な対象を中学生にしているため、今回は主に中学校社会歴史的分野を取り上げる。なお文部科学省の目録によれば高校について、日本史Aは5社7冊(東京書籍、実教出版2冊、清水書院、山川出版2冊、第一学習社1冊)2012年ないし2013年検定、日本史Bは5社8冊(東京書籍、実教出版2冊、清水書院1冊、山川出版3冊、明成社1冊)2012年ないし2013年検定が発行されている。


【表1 中学校社会歴史的分野教科書(2014年度使用、11年検定)と「知る沖縄戦」の記述比較】

中学校社会歴史的分野の教科書と「知る沖縄戦」を比較してみると、基礎的な項目について大きな違いは見られていない。なお持久戦に関わる項目については、高校日本史A、Bの教科書での記載が多くなっている。当然教科書は検定済みのため、それに照らして記述に大きな相違が無いならば、内容について2014年度の時点で、学習指導要領に添っていると捉えられよう。

では、学習指導要領の内容の取り扱いの「多面的・多角的」という部分についてはどうだろうか。表1の「その他」に示したように、「知る沖縄戦」では、「「日本兵は住民を守らなかった」と語りつがれている」として断定を避けている上、「日本兵に命を助けられた人はもちろんいる」と記載しており、その意味で教科書よりむしろ多面的であるとも指摘できる。だとするならば、「知る沖縄戦」は、先の引用で下村博文文科相や義家弘介議員の発言に見られたような「一面的な思想」に該当しない。

以上を踏まえ本稿では、「知る沖縄戦」は学習指導要領の趣旨に添っていると位置付ける。

(2)発達段階に即しているか?

次に、文科省通達でもう一つ重視されている点である「児童生徒の発達段階に即したもの」であるかどうか検討してみたい。なお、大阪府松原市の市立小学校で回収された理由も、市教委は強姦(ごうかん)の記述を問題視し、「児童の発達段階を超えた部分があった」として、ここに求められているという8

問題とされたのは、「知る沖縄戦」7頁にある安里要江氏の証言の中の、「(1945年6月23日 筆者注)この頃、壕が米軍に包囲される。投降を呼びかけられたが、アメリカの捕虜になると男は股裂きに、女は強姦(ごうかん)されると信じていたため、誰も応じなかった」という一ヶ所である。なお、「生きて虜囚の辱めを受けず」という戦陣訓のもとで、投降を選べず、「集団自決(強制集団死)」や「最後の一兵まで戦う」に至ったことについては、中学校社会歴史的分野の教科書でも(表1清水書院-その他)、また高校日本史A、Bの教科書にも類する記載が見られるため、ここの記述と矛盾しない。安里氏の証言は、壕の中にいた人々にとって、何故、投降という選択肢が無かったのか、その理由を理解する上で大変重要である。それは、北村(2009)が指摘するように、内面化・身体化された恐怖である。

ここでの問題は、小学生の発達段階に即しているかどうかで、中学生は該当しない。小学生の性教育について学習指導要領では、体育(第3学年・第4学年、2内容、F保健(2)や、第5学年・第6学年、2内容、G保健(2))があり、連携が必要な科目として、道徳(第5学年及び第6学年、2内容(3))、特別活動(2内容、A(2))などがあると指摘されている9

これに鑑み、小学校での性教育と相反しない形で平和学習に組み入れられると考えるが、もし仮に即していない部分があるとすれば、教科書と異なり補助教材を隅々まで学習する義務は無いので授業で割愛できるのではないだろうか。

4.おわりに

何故、2014年度に「知る沖縄戦」が「補助教材」として「適切」かどうか注目されたのだろうか。

まず、沖縄への修学旅行の多さがあるだろう10。日本修学旅行協会によれば、2014年度、沖縄は行先として、中学校6位、高校1位(2003年度より継続)である。沖縄県による入り込み調査によれば、2014年に沖縄に修学旅行で訪れた高校は、1,725校(347,814人)で、単純計算で高校総数4,963校の約35%にのぼる11。「知る沖縄戦」は、2014年12月現在において配布部数38万部で、沖縄修学旅行との連携が想定される中で、言うまでもなく存在感が非常に大きい。

次に、学校現場における補助教材、教科書採択の前景化がある。2011年度には、熊本県教育委員会が、県立中学校3校で使用する社会公民的分野の補助教材について、育鵬社の公民教科書とすると、トップダウン式に決定した12。2012年度には、竹富町教育委員会が、採択地区協議会(石垣市、与那国町、竹富町)の選定・答申(中学校社会公民的分野、育鵬社)と異なる教科書を採択し、「自費購入」したため、全国的に注目を集めた。

また、2014年には、朝日新聞をめぐり、「吉田調書」と「慰安婦報道」などがあり、報道のあり方が注目されていたことも背景として挙げられよう。

この様な中で、戦後70年と戦争の記憶の語りについて、「知る沖縄戦」が焦点化されたのではないだろうか。

さて、2015年3月4日、文科省より補助教材について、以下のように新たな通知が出された。各都道府県教育委員会、各指定都市教育委員会、各都道府県知事、附属学校を置く各国立大学法人学長、構造改革特別区域法第12条第1項の認定を受けた地方公共団体の長宛文部科学省初等中等教育局長通知「学校における補助教材の適切な取扱いについて(通知)」(26文科初第1257号)である(傍線筆者)。


学校における補助教材については,昭和49年9月3日文初小第404号「学校における補助教材の適正な取扱いについて」等を踏まえ,適正な取扱いに努めていただいていると存じますが,最近一部の学校における適切とは言えない補助教材の使用の事例も指摘されています。

このため,その取扱いについての留意事項等を,改めて下記のとおり通知しますので,十分に御了知の上,適切に取り扱われるようお願いします。

また,各都道府県教育委員会におかれては,所管の学校及び域内の市町村教育委員会に対して,各指定都市教育委員会におかれては,所管の学校に対して,各都道府県知事及び構造改革特別区域法第12条第1項の認定を受けた地方公共団体の長におかれては,所轄の学校及び学校法人等に対して,附属学校を置く各国立大学法人学長におかれては,その管下の学校に対して,本通知の内容についての周知と必要な指導等について適切にお取り計らいくださいますようお願いします。


1.補助教材の使用について

(1)学校においては,文部科学大臣の検定を経た教科用図書又は文部科学省が著作の名義を有する教科用図書を使用しなければならないが,教科用図書以外の図書その他の教材(補助教材)で,有益適切なものは,これを使用することができること(学校教育法第34条第2項,第49条,第62条,第70条,第82条)。

なお,補助教材には一般に市販自作等を問わず,例えば,副読本,解説書,資料集,学習帳,問題集等のほか,プリント類,視聴覚教材,掛図,新聞等も含まれること。

(2)各学校においては,指導の効果を高めるため,地域や学校及び児童生徒の実態等に応じ,校長の責任の下教育的見地からみて有益適切な補助教材を有効に活用することが重要であること。

2.補助教材の内容及び取扱いに関する留意事項について

(1)学校における補助教材の使用の検討に当たっては,その内容及び取扱いに関し,特に以下の点に十分留意すること。

・教育基本法,学校教育法,学習指導要領等の趣旨に従っていること。

・その使用される学年の児童生徒の心身の発達の段階に即していること。

・多様な見方や考え方のできる事柄,未確定な事柄を取り上げる場合には,特定の事柄を強調し過ぎたり,一面的な見解を十分な配慮なく取り上げたりするなど,特定の見方や考え方に偏った取扱いとならないこと。

(2)補助教材の購入に関して保護者等に経済的負担が生じる場合は,その負担が過重なものとならないよう留意すること。

(3)教育委員会は,所管の学校における補助教材の使用について,あらかじめ,教育委員会に届け出させ,又は教育委員会の承認を受けさせることとする定を設けるものとされており(地方教育行政の組織及び運営に関する法律第33条第2項),この規定を適確に履行するとともに,必要に応じて補助教材の内容を確認するなど,各学校において補助教材が不適切に使用されないよう管理を行うこと。

ただし,上記の地方教育行政の組織及び運営に関する法律第33条第2項の趣旨は,補助教材の使用を全て事前の届出や承認にかからしめようとするものではなく,教育委員会において関与すべきものと判断したものについて,適切な措置をとるべきことを示したものであり,各学校における有益適切な補助教材の効果的使用を抑制することとならないよう留意すること。

なお,教育委員会が届出,承認にかからしめていない補助教材についても,所管の学校において不適切に使用されている事実を確認した場合には当該教育委員会は適切な措置をとること。


ここでは、「有益適切」かどうか判断する主体として、校長、教育委員を重視していること、一般的な補助教材に自作プリントや新聞を含むことが通知されており、内容統制の強化を促進する方針だと捉えられるだろう。

「知る沖縄戦」が、ここで言う最近一部の学校で使用の事例がある「適切とは言えない補助教材」なのか、それとも「有益適切」なのか、2015年5月13日、第189回国会で仲里利信議員が質問主意書(質問第229号)を提出している。それに対し、5月22日受領答弁第229号において、「知る沖縄戦」の適否について答弁したものではなく、適切さは各学校又はその設置者等において判断されるものであると回答された。ここで、2014年の時点で、「知る沖縄戦」が不適切ではなかったとさらに示されたことになるだろう。

その上で、仲里利信議員の質問7に注目してみたい(傍線筆者)。何を「多角的・多面的」と捉えようとしているかよく表れているからである。なおこれに対して、「補助教材の取扱に関し、児童生徒が多面的、多角的に考察し公正に判断することができるように留意して指導に当たる必要がある旨を答弁したものであり、御指摘の『知る沖縄戦』を批判するかのような答弁というものには当たらない」と回答されている。


7.2014年10月29日の衆議院文部科学委員会において、下村博文文部科学大臣は沖縄戦における大田実中将の「沖縄県民斯ク戦ヘリ」という、いわゆる決別電文のことを、「知る沖縄戦」に「書き込む」など「バランスをとったことがあれば問題ないと思う」旨答弁した。しかし、大田実中将のこの電文については、下村博文文部科学大臣の言う「沖縄の方々の思い」を表したという解釈とは別に、大田実中将の上司に当たる牛島満大将(第32軍司令官)の沖縄県民スパイ視に対する反論であったとする解釈が存在している。大田実中将の長男の大田英雄氏がその著作「父は沖縄で死んだ」(高文研、1989年)で明らかにしたもので、沖縄戦研究者の間では周知の事柄となっている。ところで、下村博文文部科学大臣は、常々、意見や評価の異なる史実がある場合には両論併記のバランス論を原則とする旨掲げていると承知している。ところが、本件では一方の解釈のみに依拠した見解をもって、「知る沖縄戦」を批判するかのような答弁をしたことになるがどうか。また、現時点においても、上記の答弁を妥当と考えるか。


2014年10月29日衆議員文部科学委員会会議録を参照すると、田沼隆志議員も大田実中将の電文に言及している。今まで、沖縄の地上戦について、「バランス」について注目される場合、日本軍によって殺された住民もいるし(スパイ視などに起因する日本軍による住民虐殺、日本軍による住民の「集団自決」の強制)、助けられた住民もいるということが主な焦点となってきた。しかし、下村博文文科相や田沼隆志議員たちにとっての「バランス」とは、日本軍も戦ったし、沖縄県民も戦ったということになる。表1で参照した中学社会歴史的分野の教科書にも、米軍の攻撃の凄まじさ、日本軍の戦闘ぶり、住民の戦争協力などが強調されているものもあった。戦後70年、沖縄戦について、教科書、補助教材などの中で第2次世界大戦における位置付けを評価しようと舵を切っているのだろうか。戦場でどのようなことが起こったのかという住民の視点での歴史から、戦闘という視点への軸足の変化の兆しかなのかも知れない。

「知る沖縄戦」に戻れば、そもそも、教科書会社や出版社などが販売している「教科用教材」ですらない冊子を、補助教材として使用することを選択しているのは各学校、各教師たちである。トップダウン式で選定されたり、自作プリントまで届出又は承認が必要な補助教材に含める可能性を示されたり、補助教材の位置付け・運用が大きく変遷する状況の中、教師の専門的裁量によって「有益適切」だという判断が示されている内容であると捉えられる。

内容について筆者の視点を付言するならば、表紙(米軍上陸地点)に書かれた、「戦争体験をリアルに語れる人がいなくなっちゃう」というキャッチコピーが気にかかる。「戦争体験のリアル」があるという意識の表れに他ならないからである。また、4頁で、「日本は、沖縄を守ることよりも、本土に攻め込まれたら困ると考えて、沖縄になるべく米軍をひきとめて時間をかせぐ『持久戦』の作戦をたてた。このことで、沖縄戦では、軍人よりも住民の命が多く奪われる結果を招いてしまったんだ」とあり、「6月23日以降に亡くなった人も多い」という部分と関連させていると推測できるが、疎開策の遅れ、軍民共生共死の方針など様々な重なりの結果であると捉えると、この文章については説明不足と言えるだろう。

同4頁に、「軍人も住民も、まぜこぜになったまま地上戦がつづいた。かつて日本が統治していたサイパンやテニアン、サハリンでも地上戦があったけど、いまの日本で、そんな体験をしたのは沖縄だけだ」という表現について、「いまの日本で」という限定によって何を説明したいのか意図が不明である。その後出版された『知る沖縄』(木村司2015年朝日新聞社)にあるように、これらの地域を比較した上でどのように沖縄戦に特徴があるのかを指摘した方が良いだろう。

なお「知る沖縄戦」は、2015年版(全16頁)、2016年版(全16頁)にそれぞれ改訂され、語り継ぎを意識した内容を増やして発行されている。2014年に注目された安里要江氏の証言は、2015年版以降、「アメリカの捕虜になると男は股裂きに、女は乱暴されると信じていたため、誰も応じなかった」と変更されている(傍線筆者)。

引用・参照文献

・安仁屋政昭編1989年『裁かれた沖縄戦』晩聲社

・岩﨑詳二2013年「補助教材の決定に係る一考察熊本県立中学校の社会科補助教材の決定をめぐる事例をとおして」『VISAO』43号、九州ルーテル学院大学

・北村毅2008年「<強姦>と<去勢>をめぐる恐怖の系譜―<集団自決>と戦後の接点」『世界 沖縄戦と「集団自決」』岩波書店

・室井修1981年「教科書の『使用義務』・補助教材の自由使用」『季刊教育法』第41号、総合労働研究所

・沖縄タイムス社編・発行2008年『挑まれる沖縄戦 「集団自決」・教科書検定問題報道総集』

・高橋順子2011年『沖縄復帰の構造―ナショナル・アイデンティティの編成過程』新宿書房

・浦野東洋一1991年「法による教育行政と教師の専門的裁量:教科書・補助教材の取扱い」『日本教育行政学会年報』第17号、日本教育行政学会

1. 同記事によれば、同校は6月に2学級分80部を取り寄せ、10月に使用したという。

2. 産経新聞2014年10月29日、11月2日など。10月26日の記事でも同教材について指摘されている。

3. なお同社の教育特集「知る原爆」は2012年から発行されている。

4. 産経新聞2014年12月8日、琉球新報2014年12月17日など。

5. 1982年教科書検定については、安仁屋1989、2007年教科書検定については、沖縄タイムス社2008など参照。

6. 室井1981、岩﨑2013など。

7. 室井1981、浦野1991など。

8. 産経新聞2014年12月6日。

9. 文部科学省HP「学校教育全体(教科横断的な内容)で取り組むべき課題(食育、安全教育、性教育)と学習指導要領等の内容」参照。

10. 沖縄修学旅行については高橋2011など参照。

11. 高校数(全日制・定時制)は2014年度学校基本調査による。なお生徒数(全学年合計)は3, 334,019人。

12. 岩﨑2013など。

たかはし・じゅんこ

日本女子大学非常勤講師。日本女子大学で博士号取得。専攻は社会学、沖縄戦後史。主な著作に『沖縄<復帰>の構造―ナショナル・アイデンティティの編成過程』(新宿書房、2011)、「沖縄教職員会の女性たち」(『沖縄県史 各論編8 女性史』所収、沖縄県文化振興会史料編集室編、沖縄県、2016)、「砂川フユ―沖縄初の女性校長」(『移行する沖縄の教員世界―戦時体制から米軍占領へ』所収、藤澤健一編、不二出版、2016)、「沖縄関連書籍出版の軌跡からみた『沖縄学』」「沖縄修学旅行の変遷」(『沖縄学入門』所収、勝方=稲福恵子・前嵩西一馬編、昭和堂、2010)など。

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