コラム/経済先読み

連合は「声」を集め、存在感を示せ

グローバル産業雇用総合研究所所長 小林 良暢

日本銀行は10月に公表した地域経済報告「さくらリポート」で、訪日観光客の特集を掲載した。地域経済報告は日銀本店と全国の9支店が集めた地域の景気判断を定期的にまとめているもので、今回の特集は直近の話題として外国人観光客の消費動向を掘り下げ、具体的な政策対応にも踏み込んでいる。

平成末「消費不況」

この特集を「訪日客消費を分析する事情」と見出しをつけて記事にした日本経済新聞(2016/10/20夕刊)によると、もともと訪日観光客の所管は観光庁だが、あえて日銀が取り上げた背景には、今や訪日客は国内消費を支える重要な要素になっており、日銀としても訪日客消費の重要性を指摘したいという狙いが見え隠れするとした上で、さらには異次元緩和の総括検証を経て「緩和だけで景気の浮揚は難しい」との認識から、政府に着実な成長戦略の実行を求めていると指摘している。

この日経新聞の読みは正鵠を射ている。なぜならば、秋が深まる中、日本経済は平成末「消費不況」の様相が鮮明だからだ。日本銀行の9月の金融政策決定会合、この最大のポイントはマイナス金利の深掘りを見送ったことである。今回できなかったということは、将来もできない。黒田日銀総裁は記者会見で、3年半にわたる金融緩和政策が「手詰まりになったということではない」と強調したが、こんなことをわざわざ言わざるをえないこと自体、その限界が見えてきたことを示している。

アベノミクスのお品書きには「異次元緩和」と「マイナス金利」の二品しかない。もう一品「成長戦略」と書いてはあるが、ネタ切れとか言って出てきたためしがない。でも、これで3年10カ月、マクロでは円安・株高を引寄せ、ミクロでも企業に過去最高の利益を手にさせたのだから、立派なものではある。だが、肝心要の雇用者所得の増大には響かず、結果この4~6月期のGDP速報値では個人消費の伸びが実質ゼロに留まった。

全国カフェチェーンのスターバックスが、顧客満足度でドトールに首位の座を明け渡した。理由は,スタバは高くて暗い、ドトールの方が安くて明るいということらしい。今夏のアパレル商戦もしまむらとユニクロが明暗を分けたが、これは、しまむらの方が安くていいからだ。一時は中国人訪日客の爆買いに沸いた百貨店も、三越千葉店・多摩センター店、西武春日部店、堺北花田阪急が閉店ドミノに追い込まれたが、それもファースト・ファッションやドンキホーテの安値攻勢に負けたからだ。消費者が安値選好、明るさを求めるのは、消費不況のシグナルである。

働き方改革実現会議

このままでは打つ手なし、そこで安倍内閣ではお品書きに「働き方改革」を追加した。9月の臨時国会が召集された翌日、安倍首相は官邸に招集した働き方改革実現会議に出席し、榊原経団連会長、神津連合会長の労使の代表や、女性アイドルグループ「おニャン子クラブ」の元メンバーでタレンドの生稲晃子さんら有識者議員を前に挨拶、9項目にわたる検討課題を提起して、今年度中に具体策を盛り込んだ実行計画を仕上げるよう要請した。

9項目もの具体策をすべて今年度中に片付けるなど至難の技なので、これは噂される総選挙向けのパフォーマンスだろうが、安倍官邸は2項目に狙いを定めて来年の通常国会で法改正しようとしている。すなわち「同一労働同一賃金」と「長時間労働の上限規制」の2つである。

「同一労働同一賃金」については、今年の3月から内閣府と厚生労働省共管の検討会で先行議論を進め、既にその骨格は固まっている。検討会としては、関連三法の現行の均等・均衡を謳った条文、すなわちパート労働法の第8条、労働契約法の第20条、労働者派遣事業法の第31・40条を、それぞれ「合理的な理由のない限り不利益な取り扱いをしてはならない」ないしは「同じ職務に従事している場合は合理的な理由のない限り同じ待遇の取り扱いにする」としようとしている。法改正は各法ともこれだけである。但し、賃金や時給は企業の現場の労使協議や個々の雇用契約で決まるので、どの職務とどの仕事が同一労働か、どの程度なら不合理な格差なのか、正社員とパート社員や派遣労働者の賃金格差は7割位か、いや9割にしてくれ、8割ならばまあいいか、などということについてはガイドラインで示すという。ここがポイントで、既に内閣府・経産省・厚労省の選りすぐり事務局の手でガイドラインの詰めの作業に入っており、並行して経団連・連合との事務レベルのやり取りを進めていて、年内には仕上げるという。

その成案は、年明けに「働き方改革実現会議」の場に上げられて、政労使の安倍・榊原・神津のスリートップが大枠合意に至れば、労働政策審議会で労使でもめて長引くという弊害が除去されてスムーズに事が運び、3月には提言、5月に改正法案を提出する。併せて17春闘において労使の話し合いを要請し、18・19年で具体的に労使協議を継続し、19年春の法施行とともに動かす段取りを考えているようである。

いまひとつの「長時間労働の上限規制」も、ほぼ同様の流れかになるかとみられるが、労働時間のどこを押さえれば時間削減に有効か、それがポイントである。日本の法定労働時間の1日8時間、週40時間という規制は、ほぼ先進国と同等である。それでも、年間の総実労働時間や実際の月や日々の実労働時間が長くなるのは、法定上の抜け道があるからである。法律に抜け道があるのは世の常であるが、それにしても我が国の労働時間法制の抜け穴は大きすぎる。その代表が三六協定で、とりわけ特別条項が問題の核心である。これが元凶であるといくら訴えても、その改革が政治日程に上ることは少なかったが、今度特別条項に焦点を当てたて安倍内閣の労働市場改革は、やることがプロっぽいと評価する所以である。

三六協定の特別条項を使って、バブル期に年間900時間、1000時間を超える労使協定の締結を通す青天井競争の現場にかかわったことがあるが、青天井にしたのは労使協議の席で労働組合がハンコをついたからで、いまの連合にもその責任の一端はある。だが、それも今は昔、近年は過労死認定基準が厳しくなって、現場では800時間を割るところまでになりつつある。月45時間の限度基準(告示)での年540時間にはまだ遠いが、それに近い線を期待したい。

連合17春闘は戦略的に

連合は、2017年の春闘で、ベア要求を前年と同じ「2%程度」とする方針を固めた。デフレ脱却に向け経営側に賃上げを求め、夏の地域別最低賃金では3.1%という大幅の引き上げを図った安倍政権に比べると、いささか低すぎる要求である。連合の構成組織の有力産別の中では、円高傾向のあおりで潮目が変わり減益が予想されるトヨタ労連や電機連合からの声が強くて、ベア要求の継続がぎりぎりだったとの立場は理解できるとしても、仮にそうであるとするならば、政府が進める一億総活躍や働き方改革に戦略的に関与して、働く環境改善の拡充を図る取り組みを強化することを通じて、連合の存在感を世間に示すべきではないか。

今度の連合の春闘構想の新聞記事の中で、ひとつ目をとめた記事かあった。多くの新聞が「働き方改革実現会議などを舞台に、官製春闘を進める」とする書き方をしている中で、日経新聞1紙だけが「(連合の)基本構想は残業時間の上限規制や、同一労働同一賃金の実現など政府の働き方改革に合わせた要求も盛り込んだ」とい事実を記事にしていたことである。

安倍首相が、1月の通常国会で同一労働同一賃金の実現を打ち上げた時には、連合は「選挙向けのアドバルーンに過ぎない」と突き放したが、それとは様変わりしている。これは連合が日和ったのではなく、良い転進である。

安倍内閣の政労使会議のもとでの2014春闘からの春闘は、一部マスコミは「官製春闘」と批判してきたが、筆者は一貫して政労使トップによる「合意形成型春闘」として評価してきた。ただ16春闘は、政労使会議が「官民対話」に変わったが、これは連合執行部交代時に労働市場改革に対する官邸との間合いがうまく取れなくなって、連合抜きになってしまったからだ。しかし、これから始まる17春闘は、今度は働き方改革実現会議に場を変えて、連合も二年ぶりに政労使トップ協議の場に戻ってきた。安倍首相はこの会議の冒頭、「今年度内に具体的な実行計画を取りまとめた上で、スピード感をもって国会に関連法案を提出する」と述べたが、連合には労働現場や社会の隅々からのVOICEを「社会対話」の場に反映させ、とりあえずは同一労働同一賃金と長時間労働の上限規制について、戦略的かつ柔軟な対応を期待したい。

こばやし・よしのぶ

連合総研、電機総研を経て、現在グローバル産業雇用総合研究所長。著書に『なぜ雇用格差はなくならないか』(日本経済新聞社)など

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