コラム/ある視角
台湾に行ってみたい‥‥その心は
本誌編集委員・出版コンサルタント 黒田 貴史
いま、旅行でいちばん行ってみたいところをたずねられたら、即座に台湾と答える。台湾グルメや中国茶に惹かれてではない。料理や茶にも関心があるから、もちろん行けば楽しむことにはなると思うが……。台湾について、この一年のあいだに読んだ本や映像作品やいくつかの対話で聞いた話でそのイメージがすっかり変わってしまったからだ。
まず、今年前半、『台湾、あるいは孤立無援の島の思想』(呉叡人、駒込武訳、みすず書房)を読んだ。この本を読む前まで、まったくの偏見に過ぎなかったのだが、台湾の独立派といえばもっぱら右翼で、左派は大陸の影響下にある中国共産党のシンパばかりだと思いこんでいた。ところが、そんな簡単な図式ではなく、独立志向の人びとのなかには、歴史的にも台湾は独自の社会をもっていることを意識し、中国共産党の強権的な体質をきらう傾向があることがわかった。同じテーマの大阪のテレビ局のドキュメンタリーも見た。日本の左翼は、毛沢東をはじめとする中国共産党への肩入れが強すぎたために、見るべきものが見えていなかったのだろう。
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2014年に台湾立法院を占拠した学生運動(ひまわり運動)のころから、少しずつ関心を寄せていたが、運動とともに思想的にも進化をとげていることがどんどん伝わってきている。五四運動の伝統はどこへつながったか。魯迅先生が今も元気だったら、どういうのか?
1970年代の後半に高校生だった私には、中国(人民共和国)は「はだしの医者」がいる理想を目指す社会に思えたが(講談社新書の『はだしの医者』も読んだ)、いまではとっくにそんな幻想は吹き飛んでしまった。2000年代のはじめころにはじめて北京や中国東北地方を直接訪ねる機会をもったが、極端な貧富の差、傍若無人な特権階級の姿、なによりどこでも見かける物乞いの姿に、いったいこのクニのどこが「社会主義」なのかという疑問しかなくなってしまった。
後に、毛沢東秘密資料を調べた中国研究者から「毛沢東の政治活動は中国皇帝になるためのものにすぎなかった」という話(結論)を聞かされて、なるほどと思った。この研究者は壮年期まで中国革命の理想を信じていたが、どうして中国はその理想とちがう社会になったのかを知るために(責任もあるといっていた)、毛沢東秘密資料を読んだと話してくれた。若い頃は農民反乱の指導者としてアナキズムに近い位置にいたが、アナキズムでは権力を握ることはできない(皇帝にはなれない)と気づいて、たまたま読んだ『共産党宣言』に飛びついた(権力を奪取する思想だから)というのが、毛沢東がマルクス主義に鞍替えした真相らしい。ちなみに毛沢東が読んだマルクスの文献はそれだけだろうという。
最近の動向ではいわずもがな。毛沢東につぐという習近平の独裁体制が3期目を迎えることになった。しかも予想を上回る独裁色丸出しの人事だという。
きりがないから、中国共産党の悪口はこれくらいにしておこう。
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台湾の現在の蔡英文政権のなかの主要閣僚の一人で、IT化を積極的にすすめコロナ対策でも大きな成果をあげたオードリータンが性的マイノリティであることをご存知の読者も多いだろう。このようにいまの台湾では個人の自由が積極的に尊重される社会に変わろうとしている。であるから、同性婚も合法化されている。
ある台湾研究者によれば、こうした台湾の民主化の深化には、理想の追求という側面があるのと同時に、大陸に対する対抗という側面があるという。つまり大陸中国が独裁化し、強権的になればなるほど台湾はそれに対して民主的な社会を目指すというリアル政治だ。
もともと先住民が住む島に大陸から漢族が渡ってきて(植民)できあがった国でもあり、政治思想のなかでは、先住民優先の独立を考える思想も芽生えているという。つまり台湾先住民が独立を勝ちとったあとに漢族もそこに融合しようというもの。こうしたアイデアをラテンアメリカの先住民との交流を進めている知人に説明したところ、よく分かるし、ラテンアメリカでもそのような運動が起きるべきだという感想をもらしていた。
このところ、毎日届くニュースは、外からはロシアのウクライナ侵略に、北朝鮮のミサイル実験、内側では、自民党の統一教会との癒着……。夢も希望もない話ばかりだ。せめて台湾ですすむ新しい民主主義の理想がどのように開花するのか、その動向から目を離さずに注視していきたい。
くろだ・たかし
1962年千葉県生まれ。立教大学卒業。明石書店編集部長を経て、現在、出版・編集コンサルタント。この間、『歩く・知る・対話する琉球学』(松島泰勝ほか、明石書店)、『智の涙 獄窓から生まれた思想』(矢島一夫、彩流社)、『「韓国からの通信」の時代』(池明観、影書房)、『トラ学のすすめ』(関啓子、三冬社)、『ピアノ、その左手の響き』(智内威雄、太郎次郎社エディタス)などを編集。現在、沖縄タイムス・コラム唐獅子を執筆中。本誌編集委員。
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