コラム/経済先読み

世界経済循環を主導する中国

初の試練が中国発世界不況の誘発か

グローバル産業雇用総研所長 小林 良暢

平成二十八年丙申(きのえさる)の歳が明けた。「丙」は形が明らかに盛んになっていく様を現し、「申」は樹木の成長に例えれば果実が成熟して行く状態で、物事が固まって行くことを意味する。しかし、「申」は呻くに通じ、様々な抵抗や混乱にあって面倒なことになるとの卦もある。兜町には「申騒ぐ」という相場格言があり、これには強弱両様あるようで、年明け4日の昼に開かれた経済3団体の新春賀詞交換会で、今年の株価見通しを聞かれた大企業の会長・社長からは2万円を大きく上回る株価見通しの声が聞かれたが、同日の東京株式市場は582円の下落で始まり、以降6営業日続落と日経平均(旧ダウ)の算出が始まった1950年以来初めての年明けとなった。

今回の株価暴落は日本に限らず世界同時株安の一環で、その震源は中国、きっかけは製造業購買担当者景気指数(PMI)が市場予想を下回り3ヵ月ぶりの低水準になったことである。さらに加えて中国当局の株価対策の迷走と人民元安が世界的な株安に直結した。

中国株崩落には、いくつか前兆があって、ひとつは昨年7月の上海株暴落に当たって中国人民銀行が為替レートの基準値を突然2%切り下げた「人民元ショック」である。この時点での習近平政権は、「強い元」を志向して国の威信をかけて中国人民銀行は市場実勢に合わせて翌日の基準値を公表する仕組みを導入して、元買い介入に動いた。たが、これが外貨準備の急減をもたらし、元高が中国企業の国際競争力の低下を招き、加えて11月に念願だった人民元のSDR(IMFの特別引き出し権)入りが決まると、中国当局も市場の実勢に沿って「元安」容認政策に舵を切った。にもかかわらず、年明け8日には中国人民銀行が元買い介入を実施、市場実勢を無視して基準値を引き上げたために市場の不安を煽り、政府のコントロールに対する信頼を失い迷走を始めたのである。

足許の元安は、輸出企業の競争力回復にプラスになるが、一度失った市場の信頼を取り戻すには、金融市場改革を伴うので年単位の時間を要する。その間に、Free fall(自由下落)とCapital flight(資本流出)という二つの市場かのリスクが襲いかかる。

まず株式の暴落の構造である。たとえば、今回の株安で1月4日から中国当局が発動させた「サーキットブレーカー」。日本にもサーキットブレーカーがあるが、先物とオプションのみで現物株は対象外、米国も取引が終日ストップするためはS&P 500指数が前日比20%超下げたときだけに限定している。しかし、上海、深圳証券取引所では、株価指数が前日終値に比べて7%超下落すると、全銘柄の取引が終日ストップする仕組みである。本来なら過度の下落を防ぐ制度だが、売る機会を逃したくない投資家はろうばい売りに走り、株価の下落を増幅した。慌てた中国政府は8日からサーキットブレーカーの運用を一時停止したが、こうした制度設計が稚拙さと恣意的な運用の「官製株式市場」では、今後も問題多発の火種になる。

いまひとつ、人民元の為替取引における「オンショア市場」と「オフショア市場」という2つがあること。オンショアは上海など中国本土での取引の場、オフショアは香港やシンガポール、ロンドンなど本土外での取引だ。中国本土の参加するオンショア取引には、様々な規制があり、中国人民銀行が毎日発表する対ドルの「基準値」の上下2%の範囲内で誘導するのはこの市場である。一方、オフショア取引ではこのような規制がなく市場の実勢で動くので、オンとオフで相場に乖離が生じ、中国当局は「オフショア市場」に振り回されることになる。

為替市場における元売り圧力に対しても同様で、円安誘導で製造業の国内回帰も目立ち始めた日本に照らして、外貨準備を取り崩して人民元買い支え(ドル売り)をやめればいいのだが、中国当局がそれを躊躇する。その理由は、人民元の下落に歯止めがかからなくなることへの懸念である。これが「フリーフォール」(自由下落)で、人民元安が止まらなくなるリスクの先には、中国当局がもっとも怖れる債券市場での中国からの「キャピタルフライト」(資本逃避)の進行が現実化してくる。「キャピタルフライト」はすでに米国やカナダの不動産、株式に資金を移動、一部は東京の不動産にも向けられている。中国の外貨準備高は2014年6月末の3兆9000億ドルをピークに急減しており、15年11月末には3兆4000億ドルまで減少しており、人民元売り圧力の強さを反映している。

この1月16日、アジアインフラ投資銀行(AIIB)が正式に業務を開始した。中国が資本金1000億ドル(約11兆7千億円)のうち3割を負担するのとは別に「特別基金」として5000万ドルを拠出する方針を表明し、中国が最大の出資国となる。この開業式典では世界銀行のジム・ヨン・キム総裁、アジア開発銀行(ADB)の中尾武彦総裁らが祝意を述べるビデオメッセージが流されたなど、中国側はAIIBに参加を見送った米・日両国への配慮を示して融和ムードの演出に力を入れた。とくに今年半ばの実施をめざす第1号融資でも世銀やADBとの協調を検討するとしている点が注目された。この背景には融資案件の資金調達でロンドン債券市場における起債への応札が芳しくないという事情が表面化しているからだと伝えられる。昨年6月のAIIB発足時の日の出の勢いは、いまや昔日の感がある。

以上、年初の人民元ショックは、基軸通貨としての未整備・未成熟な中国が引き起こしたパニックだということになる。これが、中国パニックに止まるか、中国発の「世界恐慌」にまでなるかは、今のところはまだ蓋然性の域を出ない。だが、その根底に累積している過剰設備・過剰生産については手つかずのままである。

例えば、中国の鉄鋼は粗鋼生産能力約11億5000万トンに対し、内需と輸出の合計は8億トンにとどまり、世界の鉄鋼需要の2割にもあたる供給力が遊休状態にある。自動車も2500万台程度の需要に対し、3500万台を越える過剰生産能力を抱える。このほか造船、アルミ、家電、建設などの主要産業のほとんどで莫大な過剰生産能力を抱え、最近ではアップルがiPhone6の減産を発表、その大半を委託製造する中国が過剰設備を積み増しすることになる。これら過剰設備・過剰生産の解消には5年・10年かかることからすると、人民元危機や中国信用危機を引き金に、歴史上初めて世界の景気循環を主導する立場に躍り出た中国だが、その最初の試練が中国発の世界同時不況誘発の2016年になりそうだ。

こばやし・よしのぶ

連合総研、電機総研を経て、現在グローバル産業雇用総合研究所長。著書に『なぜ雇用格差はなくならないか』(日本経済新聞社)など

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