コラム/経済先読み
「合意形成型春闘」に舵を切った15春闘
グローバル産業雇用総合研究所所長 小林 良暢
2015年春闘の賃上げ額は、連合集計で6481円、率にすると2.2%、注目のベースアップは額が2039円、率で0.7%となった。また、大手有力組合が結集する国際インダストリオール傘下の金属労協(JCM)では、トヨタがベア4000円、日立3000円など有力産別の主要組合がほぼ1.0%の一斉ベア回答を引き出した。この結果について金属労協が個別賃金による現行方式を採用して以来の高額ベアだとプレス・リリースしたものだから、新聞は1面トップで「賃上げの春再び、ベア最高相次ぐ」、「2002年以来の最高の賃上げ」と書きたてた。
■ベアゼロ春闘からの脱却
「2002年以来」と聞いてピンとくる人はかなりのプロだ。「02春闘」はデフレの真っただ中、トヨタが史上最高の利益1兆円を上げてベア回答を用意するも、当時の奥田経団連会長のいわゆる「奥田の一喝」でベアなし回答になり、「ベアゼロ」が定着した春闘だった。爾来12年「ベアゼロ春闘」が続いてきたが、安倍内閣による政労使会議の下で2年連続ベア回答が復活した。だが、長い「奥田トンネル」を抜けたら、春闘の景色はがらりと変っていた。
何が変ったか。まず労働組合の賃上げ要求方式が様変わりした。連合は、15春闘の基本構想で、賃金の引上げ要求を「定期昇給の確保を前提とし、2%以上の獲得をめざす」とし、具体的には「定昇2%+ベア2%」で合せて4%を要求基準とした。この水準については、連合構成組織やマスコミ、一部識者からも、かつてベア要求を掲げてきた時代の「定期昇給+過年度物価+生活向上分(実質成長)」の方式からすると、過年度物価分がそっくり抜け落ち、連合要求は低すぎるとの疑問が出された。これに対して連合の古賀会長は記者レクなどの場で、「大企業の労働者だけが高い賃上げを取ることが許される時代ではなく、むしろすべての働く者・生活者の視点をベースに据えて、底上げ・格差是正を通じて社会を変えていくことが重要だ。今までは賃金の引下げを食い止める20年だったが、ようやく賃金改善ができる状況を迎えて、かつての“定昇+物価+ベア"には戻れない、戻らない」と言い切った。
春闘は、まず組合の要求ありきだ。ここが変った。
次に、闘い方である。15春闘で流行ったのは「官製春闘」という言葉、今年の流行語大賞に推薦したいくらいだ。ただ、この言葉をよく使うのは「朝日・毎日・東京」の3紙、「読売・日経・産経」は使わない。安保法制と同じ対立の構図だ。記者レクの度に聞かれた連合の古賀会長は、一斉回答日の記者会見で「官製春闘と言うのは一部のマスコミだけ」と反発、「我々は政労使会議を社会対話の場として捉えている」と胸を張った。さらに、政労使会議を「我々はアドホックなものではなく、欧州のような常態的なものにするよう求めている」と、政労使トップが一つのテーブルにつく春闘の新たな方式として前向きに捉えてみせた。春闘ゼネストで大幅賃上げを引き出す闘い方、つまり産別統一闘争としてのストライキは、そのセッター役の電機労連が1980年春闘で24時間ストに突入したのを最後に、姿を消した。春闘60年のうち35年にわたって「ストなし春闘」を続けているのだから、今となってはもう戻れない。
■「合意形成型春闘」へ
労働組合の「要求」と「闘い方」が変われば、春闘は変質する。では、これからの春闘をどう変えるのか。
私は、春闘60年の最初の20年(1955~74)を太田薫が作った「太田春闘」、次のオイルショック以降の15年(75~89)を宮田義二がモデルチェンジした「宮田春闘」、さらに1990年の連合時代を「連合春闘」とりわけ後半(02~2014)を「奥田春闘」と呼んできた。だが、政労使会議下の15春闘から新しい時代に入った。これを「古賀春闘」と呼ぶか、「アベノ春闘」と呼ぶかは、まだ決めかねている。いずれにしろ、春闘60年の節目を越えて政労使トップによる欧州型の「合意形成型」に大きく舵を切るのか、政党政治の枠組みに積極的に関与するアメリカ流の「コーポラティズム型」に向かうのか、連合は前者の欧州型に向かう道を選択したが、私はそれがリアリティある方向として、我が国の労使関係にとって画期的であると評価したい。
こばやし・よしのぶ
連合総研、電機総研を経て、現在グローバル産業雇用総合研究所長。著書に『なぜ雇用格差はなくならないか』(日本経済新聞社)など
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