特集 ●歴史の分岐点か2022年

トランプ「スロークーデター」の危機進行

「内戦」突入への道か、「議事堂襲撃」捜査の行方は

国際問題ジャーナリスト 金子 敦郎

事実を虚偽と言い、虚偽を事実にしてその上に自分だけの事実を積み重ねていく。何が事実で何が虚偽か分からない虚構の世界がつくりだされる。そんな「スローモーション・クーデター」(AP通信)と呼ばれるトランプの政権奪回戦略が着々と進行している。バイデン民主党政権は多くの難問題に突き当って立ち往生中。米民主主義は未知の挑戦に追い詰められている。民主党政権とトランプ共和党が激突する11月中間選挙(連邦上下両院、州知事・議会・州長官などの改選)に向かって、米国は内戦への道を突き進んでいるようにみえる。

バイデン超党派路線の誤算

年明けの6日は、武装グループを含めたトランプ支持勢力が議事堂に乱入して、バイデン当選を最終的に認証する議会審議を阻止し「トランプ当選」にすり替えさせようとしたクーデター失敗から1年。世論の批判を受けてトランプ勢力は衰えるというのが大方の見方だった。これはトランプという人物を、なおも見誤っていた。中でもバイデンは大きな誤算を犯した。

バイデンは民主、共和両党の深い分断状況を「正常」に戻す超党派政治を選挙戦の公約に掲げた。就任後もこれに固執して、事実無根の不正選挙を理由にバイデン政権を攻撃、政権奪還を目論んで活発な政治活動を進めるトランプを直接非難することを避けた。民主党内にはナイーブにすぎるとの批判があった。1年が経過した昨秋にはたまりかねて、対決姿勢を求める声が高まった。ブッシュとオバマの両元大統領も一緒に民主主義を守ろうと呼びかけている。

2022年に入ると米国の新聞、テレビ、ラジオなどの主要メディアに総合雑誌、新刊書も加わって「米国の民主主義は生き残れるのだろうか」「米国は内戦に向かっているようだ」「最悪のシナリオに備えよう」などと危機感を募らせた報道、解説、論考が目立つようになった。J・カーター、F・フクヤマ、T・フリードマン、M・ゴールドバーグ、E・ドリュー、J・スチーブンス/S・シモンズ、R・ドウザットら著名人の名が並んでいる。彼らも黙っていられなくなったのだ。

バイデンは議事堂襲撃事件から1年の6日、ようやくトランプと共和党の「虚偽」戦略を強い言葉で批判する「宣戦布告」のスピーチを行った。続いて黒人差別反対運動を率いたM・L・キング牧師デーに向けて南部ジョージア州に飛んで、黒人投票権規制を狙う州選挙法改変を激しく攻撃した。このバイデン演説の聴衆席に黒人差別反対運動のリーダーたちの姿はなかった。「遅すぎた」という抗議のボイコットだった。

「黒人差別」で議会支配奪回狙う

トランプは議事堂襲撃事件の批判を浴びながらホワイトハウスを去った。しかし、すぐに行動力のある極右勢力や白人至上主義あるいは陰謀論組織の熱狂的支持者で周辺を固め、共和党議員には「選挙を盗んだのはバイデン」とする虚言を踏み絵に使い、逆らえば中間選挙でその選挙区に刺客を擁立するなどして党支配を固め直した。そして中間選挙で民主党から議会多数の奪還を狙って動き始めた。2020年にバイデンと民主党を勝たせたのは黒人やヒスパニック(中南米系移民)の歴史的な高い投票率だった。彼らの投票行動を徹底的に妨害すれば次は勝てるというわけである。

写真付き身分証の携行義務化、黒人やヒスパニックなどが多数居住する地域の投票所や投票函設置場所の大幅削減、期日前・不在投票(郵便投票が多い)の書き込み事項の厳格化および期間短縮・休日を外すなど。マイカーも運転免許証も所有者は少なく、非正規雇用者が多くて投票のための時間も取りにくい黒人その他の少数派にとって、こうした締め付けは投票行きを諦めさせる効果が相当あるとみられている。露骨な人種差別なので、共和党は表向きに「再び不正投票を防ぎ、選挙への不信を取り戻すため」という大義を掲げている。だが、中間選挙最大の焦点が「黒人の投票権」をめぐる攻防にあることは明らかだ。 

「黒人の投票権」をはさんで両党が対峙するのは3回目である。最初は南北戦争後の南部の「再建時代」。奴隷制度は廃止されて黒人奴隷は解放されたが、白人はKKKなどの秘密組織を張り巡らせて武力抵抗を続け、黒人は「隔離」(ホワイトオンリー)という新たな差別に閉じ込められた。2回目は1950年代半ばから60 年代にかけての公民権運動で、公民権法と投票権法が生まれたが、差別はなくならなかった。

トランプ派は投票ルールの改変に加えて選挙実施、開票結果の監査や認証に当たる中立機関にトランプ派共和党員を押し込んでいる。これは選挙結果が気に入らなければトランプにならって拒否するという宣言をしているようなものだ。

「投票権」に手を付けことには世論の批判が強く、米大リーグ機構はその先頭を切ったジョージア州の首都アトランタで開催することにしていたオールスター戦を取り止め、地元のコカ・コーラやデルタ航空から始まって全米数百の企業が反対を声明、政治献金を止める企業も出た。

各州で強行されているこの選挙ルール改変に、連邦政府は直接口を出すことができない。大英帝国植民地が集まって独立した米国では各植民地独自の州権が根強く温存されており、「合衆国」というよりは「合州国」という実態があるからだ。民主党は司法省や州組織を通して、共和党の州法改変は投票権で人種差別することは憲法違反とする訴訟を起こしている。だが、連邦や州の司法制度も連邦政府あるいは州政府の指名権の下に置かれ、政党の支配介入を受けているので、期待通りの判決が得られるとは限らない。最高裁は9人の判事のうち保守派が(トランプ指名の3人が加わって)6人と圧倒的多数を握っている。

「ゲリマンダー」を提訴

トランプ再選戦略のもうひとつの柱は「ゲリマンダー」である。連邦および州の下院選の選挙区は10年ごとの国勢調査の結果をもとに、新しい人口動態に合わせて線を引き直す。両党は自党に有利になるような選挙区を設定(ゲリマンダーと呼ばれる)しようと争ってきた。その結果、現在は選挙区の線引き権限を中立機関にゆだねたり、中立機関が線引きをしても決定は州下院が握っていたり、州議会が依然全権を離さない―などと州によって様々だ。  

共和党は前回2010年の線引き後、オバマ政権発足から2年目の中間選挙で多くの州で下院の多数を奪い、ゲリマンダーで州支配力を伸ばした。2020年国勢調査はコロナ感染で実施が遅れたが、トランプが無理やり急がせて共和党有利の下に新しい線引きが行われた。2010年のゲリマンダーが生んだ典型的な悪例として挙げられるのがウィスコンシン州下院。民主党が投票総数の64%を獲得したのに46%の議席しか得られなかった。

11月選挙ではどんな結果が出るか分からないが、共和党支配のオハイオ州では新しく線引きをした選挙区で選挙が行われるとして、2020年選挙で両党が得た得票をあてはめると共和党が55%の得票で70〜80%の議席を獲得することになる。民主党が訴えた裁判で、州最高裁が引き直しを命令した。アラバマ州でも、州人口の27%を占める黒人が14%しか代表されていないとの人権団体の訴えを受けた連邦地裁がこれを認めて、共和党議会の線引き案を差し戻した。あまり酷いケースではこうした例も出るだろう。

しかし、ゲリマンダーは民主党支配の州でも行われている。ある程度のことは他の民主主義国でもあるかもしれないが、こうしたゲリマンダーは次の国勢調査までの10 年間、そのままにされるのだから怖い。米国民主主義の汚点のひとつではないかと思う(「少数派投票の妨害」「ゲリマンダー」などについて詳しくは『現代の理論』27号、28号の拙稿参照)。

米国は「民主主義国」ではなくなった

ニューヨーク・タイムズ紙の常連コラムニストM・ゴールドバークは、新年早々に出版され同じように米国内戦の危機をテーマにして注目を集めた2冊を紹介している。カリフォルニア大学サンディエゴ校政治学教授B・E・ウォルターズ『内戦はいかにして始まるか:それをいかに止めるか』(How Civil Wars Start:And How to Stop Them、筆者仮訳)と、カナダ人作家・批評家S・マーシュ『次の内戦: 将来の米国からの至急報』(The Next Civil War: Dispaches from American Future、同)。どちらも米国では既に内戦が始まっているか、勃発が差し迫っているとみているという。

前著のウォルターズは1月25日付けワシントン・ポスト紙(電子版)への寄稿で、米国は既に民主主義国ではなくなったという調査報告を紹介している。民主主義国家と専制主義国家の統治システムと平和の関係を調査してきたワシントンの「組織的平和センター」(CSP)はその国が民主主義か専制主義かの尺度として、ゼロ「0」を中心に置いて一方に民主主義度を+1から10まで、反対側に専制主義度を-1から10までの目盛りを付ける。+5と以上は民主主義国、-5と以下は専制主義国、+5と-5の間は民主主義と専制主義の中間国としている。

米国は+8の民主主義国だったが、トランプ政権の登場で民主主義国から転落して、+5と-5の間をさまようになった。バイデン政権が生まれて+8に回復したが、トランプの州選挙法の改変などがあってふたたび+5と-5の間に落ち込んで揺れている。

「中間選挙」は内戦の引き金?

世論調査を基にした最近の米報道によれば「選挙を盗まれた」とするトランプ虚言を共和党支持者の6割超が信じていて、同党議員の大半が信じるといわざるを得ない状況にある。民主党支持者では8割が信じていないが、全体では3割近くが信じている。

中間選挙では敗北した共和党候補者がトランプの真似をして敗北を受け入れない可能性がある。これには誰がどう対応するのだろうか。敗北した民主党候補からも、同じような虚偽主張が出てくることはないのだろうか。

こうした事態が起こると、ほとんど暴力的な衝突に発展するとみていいだろう。トランプ政権の4年間にそれを想定させる出来事が何回も起こっている。黒人青年が白人警察官の過剰な実力行使で死亡した事件に抗議して全米に広がった「BLMデモ」が、2021年5〜6月には首都ワシントンでもホワイトハウスを取り囲んだ時のこと。トランプ大統領は現役の米軍実戦部隊をデモ鎮圧に使おうとした。国防長官および制服組のトップ、統合参謀本部議長ら4軍指導部は「米軍は憲法順守を誓約しており、政治目的に奉仕することはできない」と拒否し、何代かにわたる歴代の制服組トップも揃ってこれを支持した。

ウィスコンシン州では同8月、BLMデモに対抗して出動した極右「自警団」との間に衝突が発生、ライフル銃をもって「自警団」に加わっていた18歳少年がBLM 側の3人を射殺。2人は武器を持っていなかった。少年は陪審員裁判で正当防衛として無罪となり、「自警団」側は少年をヒーロー視、BLM 側は強く判決を非難して国論が二分された。そして2021年1月の議事堂襲撃・乱入事件が起こり、その延長として中間選挙へ向けてさらなる分断が進んでいる。

「自警団」というのは「民兵」と重なっていて、常備軍が整っていなかった植民地時代の自衛組織を意味する。憲法は第2条に「民兵の武装の権利」を謳っている。今では「民兵」とは何かよくわからないまま、国民一般が武器を持つ権利があると解釈されているようだ。議事堂襲撃デモの中核にいたのは武装した極右や白人至上主義組織のメンバーだった。彼らも「自警団」を任じていた。

「トランプ訴追」―捜査は進展

国会襲撃・占拠デモは司法省(FBIなどの捜査機関)と下院特別調査員会の捜査によって、トランプによるクーデター未遂事件であることが、そのシナリオも含めて全体像はほとんど明らかになっている。ジャーナリストの突っ込んだ調査報道もそれに大きく貢献している(『現代の理論』28号拙稿)。最近トランプ政権時代のホワイトハウス・スタッフ、政権や共和党幹部、法律顧問、トランプファミリーなど多数が計画にかかわっていたこともわかってきた。残るのはトランプ訴追にもっていく直接関与の証拠がつかめるか否かである。米報道によると、それにつながるいくつか重要な動きがあった。

▽下院特別委員会がトランプとメドウス(首席補佐官)らに当時の関連書類の提出命令や聴聞会への出席を求める召喚状を出している。トランプらは大統領特権を盾に協力を拒否していたが、最高裁は現職を退いたので特権は主張できないとするバイデンの判断を認めてトランプの提訴を却下。委員会は既に国立公文書館保管の膨大な資料を入手。聴聞会出席拒否の1人を逮捕。

▽議事堂襲撃事件で逮捕された極右・白人至上主義団体のリーダーら19人を騒乱謀議罪で起訴。起訴状によると、デモの目的がバイデン当選の選挙結果をひっくり返すためだったと認め、リーダーはその計画についてトランプと話した(謀議に当たる?)と供述。

▽トランプは1月6日両院合同会議で選挙結果をひっくり返すために5州で、バイデン支持の大統領選挙人に代えて別の選挙人を勝手に選んで議会に送り込もうとした。下院特別委員会はトランプの反乱陰謀に直結する違法行為として、代替選挙人になった14人に召喚状を出した。同委員会の捜査にはトランプの近くにいたホワイトハウス法律顧問やスタッフが協力、捜査進行を助けている。

バイデンの責任

トランプの「虚偽発言」から始まる今の混乱状態はその発信源を訴追し、「虚偽発言」がまさに「虚偽」であると権威づければ、一気に解決に向かうはずだ。バイデンが異常な事態を引きずったまま、最悪の場合はトランプ勢力に政権を譲り渡すリスクを含む中間選挙を実施するとすれば、大統領として許されない責任回避ではないだろうか。

大統領にはいずれトランプ訴追を迫られる時がくると思う。それはトランプ支持勢力の「自警団」蜂起を引き起こす可能性は強く、不可避とも思える。だが大統領は米軍最高司令官でもある。現在の米軍指導部はトランプのBLMデモ鎮圧の出動要請を拒否したが、トランプの「虚偽の世界」の脅威から民主主義を守るための出動はいとわないだろうし、国民も支持するだろう。世論調査によると、「正しい目的」のために「暴力」を使うことに3〜4割が支持を寄せる国である。(1月30日記)

かねこ・あつお

東京大学文学部卒。共同通信サイゴン支局長、ワシントン支局長、国際局長、常務理事歴任。大阪国際大学教授・学長を務める。専攻は米国外交、国際関係論、メディア論。著書に『国際報道最前線』(リベルタ出版)、『世界を不幸にする原爆カード』(明石書店)、『核と反核の70年―恐怖と幻影のゲームの終焉』(リベルタ出版、2015.8)など。現在、カンボジア教育支援基金会長。

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