コラム/経済先読み

「アベノミクスの信を問う」選挙の“明” と“暗”

グローバル総研所長 小林 良暢

衆議院が解散、師走選挙になった。

安倍首相は、記者会見で自らの経済政策を争点の前面に押し出し、「アベノミクス解散」と名付けた。だが、政府与党が「アベノミクスの信を問う」と胸を張るほど経済の現状は芳しくなく、むしろ危機的ですらある。この7~9月期の国内総生産(GDP)の実質成長率は年率換算で前期比1.6%減と、二期連続でマイナスである。これを報じたテレビの解説で、「テクニカル・リセッション」とか「ポリティカル・リセッション」という言葉が飛び交った。テクニカル・リセッションとは「2期連続マイナスを景気後退と定義する」という経済用語、ポリティカル・リセッションは「景気対策を打つ必要があるリセッション」という意味で、要するに日本経済は既に不況局面に突入しているということだ。しかし、政府与党はこの重大な事実と対策についてほお被りして、何も説明していない。

これに対して野党は、「景気の落ち込みはアベノミクスの失敗の結果だ」と一斉に攻撃している。しかし、与野党ともに日本経済の現状とかけ離れた“空中戦”に終始している感をまがれない。 野党側の「経済格差をかえって拡大し、経済の持続性の効果がでていない」とする点は心情的には理解できるとしても、残念ながら事実に基づく説得力のあるものになっていない。安倍政権の経済政策を批判するには、アベノミクスによるデフレ脱却の“明”の事実と「GDPマイナス1.6%ショック」の“暗”の部分は振り分けて、現実を踏まえた批判を展開しないと国民の理解は得られないだろう。  

安倍政権がスタートした2013年~3月期から数えて7四半期、この間の名目GDP成長率は今年の1~3月期までは5四半期はプラスであったが、4~6月以降の2期連続でマイナスになった。転換点は今年の1~3月、世間は消費税引き上げ前の駆け込み需要で沸いていたが、この時期に既に産業活動の深層で変化が始まっていた。

鉱工業生産指数は、2014年1月にピークをつけ、以降停滞・落ち込みに転じている。3月の駆け込み需要にむけて生産が拡大するはずなのに、なぜ停滞したのか。

じつは、この二ヶ月前の13年11月に完全失業率は3%台に突入、有効求人倍率も1.0倍を超えていた。この雇用2指標は、既に労働市場が完全雇用に近づきつつあることを示し、生産を拡大したくても、労働力不足でそれが出来ない状態になっていたのである。

その典型が自動車産業。自動車産業は円安による輸出の好調と消費税駆け込み需要に生産体制が対応できず、納車遅れが続出、その原因は期間社員の採用ができなかったからである。

この春ごろから、派遣請負会社の募集広告で、愛知県の自動車工場で「時給1500円」の高値が出るようになった。さらに、「残業・深夜手当30H込みで月給28.3万円」にプラスして「赴任手当2万円、食事手当1万円、寮無料、満期報奨金3か月9.1万円・6か月32.9万円」の高額を謳っている。それでも人が集まらない。トヨタには直雇用の期間従業員が4000人程いるといわれているが、出入りが激しいので、週に200人程度採用しないと工場が回らない。それが、今年に入って70人くらいになっているという。だから、思い切った増産シフトが組めず生産は頭打ち、それでも何とかやりくりして凌いだが、駆け込みの受注残が終わったあとは、落込みに転じたのである。住宅など建設産業も公共事業の増大と相俟って、同様の経緯をたどった。

現在、日本の産業循環は自動車産業を主循環にして動いている。いまひとつの循環を担ってきた電機産業がその座を降りてから、日本経済は自動車の「一人横綱」の状態である。今回のGDP統計「マイナス1.6%」は民間接投資と在庫の落ち込みによるところが大きいが、その原因は自動車産業にあり、元凶は労働力不足である。 アベノミクスに問われるべきは、かかる構造政策の欠落すなわちその元凶である労働力不足への対策の欠如である。

いまひとつの争点、アベノミクスによる円安の結果、身の回り品の物価高で実質賃金は増えておらず「暮らしは厳しくなっている」という点である。野党はこの点を捉えて、「物価上昇に賃金が追いつかなかったアベノミクスの責任」という。しかし、元凶は14春闘の賃上げの方にある。

安倍内閣は昨年夏の最低賃金を官邸主導で15円引き上げ、率にしてぴたり2.0%アップに着地させた。これで、14春闘で2%賃上げに持ち込むことを目論み、経済界に対して賃上げ要請を繰り広げた。しかし、肝心の連合のベア要求が1%、結果ベアは0.5%、これがGDPの6割を占める個人消費の足を引っ張った。

賃金決定の影響力をもつ連合の主力産別傘下の大企業労働組合は、増収増益企業でも賃上げには慎重で、一時金の増額に力が注いだために、春闘相場の波及力が細り、中小・未組織分野が賃上げから取り残され、その結果マクロの所得増への広がりに欠け、消費への波及効果をもたらさずに終わった。   

15春闘では、連合がベア2%要求する方向だか、これは一周遅れ。野党は、「持続的な賃上げをどう実現するかの具体策を示せ」というが、それを言うならまず、連合に「物価上昇+2%」の賃上げ要求を申し入れた方がいい。

最後に、以上二つの論点を踏まえて、当面の緊急経済対策を提起したい。

第一の労働力不足対策。それには、外国人労働者の活用拡大をはかる必要がある。政府が成長戦略で研修生・実習生の拡大・推進を用意しているが、当面はこれに頼るしかない・しかし、ベトナム、バングラディッシュなど現地の人材獲得競争で台湾・韓国などの後塵を拝し、要するに日本にくる人は少ない。このままではこの制度は役に立たないので、滞在期間を5年ではなくて10年に伸ばすこと、また臨時特別措置として労働基本権を保障する「労働者性」を付与することである。

第二に、消費拡大に賃上げが期待できない分、財政出動で有効需要を刺激する必要がある。この方が減税よりも直接需要に結びつくので効果が大きい。例えば5万円を定額給付すると、全人口1.2億人で6兆円。政府・与党は緊急対策賛3兆円を用意すると言っているので、線引きはこれからの議論だが、消費増税の打撃を蒙った低所得者層に優先して振り向けるとして3兆円を使えば6000万人、1.5兆円だと3000万人に給付できるので、これを呼び水に「経済の好循環」が実現すれば、十分お釣りがくる政策である。

こうでもしないと、年明けの日本経済ははマイナス1.6%シックから経済危機になりかねない。

こばやし・よしのぶ

1965年法政大学大学院修士課程修了、電機労連企画部部長、連合総研主幹研究員、現代総研常任理事を経て、グローバル産業雇用研究所を設立して所長。著書に『なぜ雇用格差はなくならないのか』(日本経済新聞出版社、2009年)

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