特集 ●混迷する時代への視座

不正投票の事実なし、国会襲撃は武装反乱

米下院特別委が調査結果公開、トランプ刑事訴追へ重圧

国際問題ジャーナリスト 金子 敦郎

トランプ前米大統領の再選が不正投票で阻まれたとする主張には全く根拠はなく、2021年1月のトランプ支持勢力による米国会襲撃は選挙結果を覆そうとした不法な武装デモだった。同事件を調査している米下院特別委員会がこうした結論をまとめた膨大な報告書の内容を6〜7月の6週間で8回にわたる公聴会で次々に公表した。トランプ氏の「虚偽」の世界は崩れ去ろうとしており、主要メディアでは司法省がトランプ氏の刑事訴追に踏み切るとの見方が強まっている。

これにはトランプ派が猛烈に反発し、米国は内戦状態に陥るとの懸念も広がる一方、民主主義の根幹である選挙結果を不法手段で覆そうとするトランプ氏の行動を容認すれば、米民主主義への打撃はより大きいとする声も強い。訴追・内戦か、「虚言」放任か。米民主主義は逃げ道のない危機に追い詰められている。

2,000人の証言-内部からの「告発」

同委員会は下院の多数を持つ民主党が主導し、共和党からの参加は反トランプ派の2議員にとどまっている。しかし、11カ月にわたる調査にはトランプ政権のホワイトハウス高官、政権内外の側近、主要省庁高官、2020年選挙にかかわった共和党幹部、連邦・州関係者など2,000人を超える証人が面接調査に応じた。反トランプを鮮明にしている人はもちろんだが、今もトランンプ支配の共和党にとどまっている人たちがほとんどだったという。その中からメディアが「爆弾証言」と一斉に報じる重大証言がいくつも飛び出した。

それでもトランプ氏は今も、自らは証拠を示すことなく「不正選挙があったと信じている」と主張している。しかし、いまだにトランプ氏からはもとより、不正投票をちょっとでも疑わせる情報はどこからも出てこない。

トランプ氏は支持派の国会襲撃デモについては、暴力デモになったのは極左組織がトランプ氏に罪を着せるために挑発したからで、自分の支持者のデモは不正選挙を正すよう議会に請願する平和的なものだったと主張し続けている。連邦捜査局(FBI)を中心とする捜査当局はすでに700人を越えるデモ参加者を暴力行為、不法侵入などの罪で訴追、トランプ氏を熱狂的に支持する極右、白人至上主義や陰謀論の団体などの指導者10人以上を反乱・共謀の重罪で起訴している。トランプ氏と彼らの言動との間にどんなつながりがあったのか。

「トランプの虚構」の柱になっているこの2点について、公開された証言がトランプ氏の主張がいかに「虚言」であるかを明るみに出している。これを司法省が裁判の場でトランプ有罪に持ち込む十分な証拠としてどう評価するのだろうか。公開された証言は「トランプとは何者なのか」を見事に浮かび上がらせている。その主なものを拾った。

不正投票?ばかばかしいと「法の番人」

不正選挙を否定した証人の中で特に注目を引いたのは、トランプ政権で選挙不正があれば取り締まる立場にいた司法長官で、辞任を決めたうえで「不正はなかった」とメディアに発言したバー氏である。改めて「不正があったなんてばかばかしい話」と大統領をこき下ろした。バー氏はトランプ氏が根拠を示すことなく「選挙は盗まれた」と声を上げるまでは、最も忠実な側近とされていた。バー氏はある開票所に不正投票を詰め込んだ大きな箱がどこからか持ち込まれた、自動投票機がバイデン票を増やすように操作されていたなど、トランプ氏と一部の側近が持ち出した「不正選挙の訴え」はすべて捜査した結果、「選挙結果を左右する」不正はなかったと説明、他の出席者もいた3回の会議でトランプ氏に選挙の不正はなかったことを認めるよう説得したと述べている。

米大統領選挙制度には独立まで英帝国の自治植民地だった時代からの州権限が強く残されていて、大統領当選を決めるのは州を代表する大統領選挙人が有権者の一般投票の結果をもとに投じた票。大統領選挙人による投票が行われ(12月14日)バイデン当選が決まった。この票は選挙運営上は封印されて、司法長官、共和党上院院内総務ら政府、議会の首脳からトランプ氏に大統領選挙の結果が決り選挙は終わったと、公式に通告された。

トランプ氏の上級顧問を務めた娘イバンカ、その夫クシュナー両氏の離反も注目された。両氏も不正選挙はなかったと考えていて、イバンカ氏はバー氏の「不正否定」発言について、バー氏を尊敬していると述べて支持の立場を示した。ニューヨーク・タイムズ紙(国際版)によると、夫妻はトランプ氏が不正選挙と言い出したところで同氏と距離を取るようになり、父親とともにビジネス拠点にしていたニューヨークを離れてフロリダに移った。

司法省首脳は断固協力拒否

トランプ氏は支配下の各州共和党を動員して60件を超える「不正投票―選挙無効」の訴訟を起こしたが、最高裁判断も含めてすべて「証拠なし」と却下されている。これも加えてトランプ氏はあらゆる「不正選挙」はなかったという忠告や警告を全て拒絶しているだけでなく、この独断「不正選挙」を受け入れるよう政権や共和党の幹部に圧力行使も続けてきた。11月の中間選挙(連邦、州の議会や州知事など改選)では共和党の立候補者はトランプの推薦が欲しいこともあって、7〜8割が「不正選挙を許さない」という立場をとっていると報じられている。

しかし、選挙にかかわるポストにいた人たちからは強い抵抗を受けている。詳細は省略して一例を上げるにとどめる。トランプ氏は(前出のバー長官が辞職した後の)司法長官代行らの同省首脳部にも協力するよう指示した。さすがに法の支配の元締めである同省は動かない。珍しく中堅幹部でトランプ氏に協力を申し出た人物がいて、トランプ氏は長官に抜擢しようとしたが、首脳部がそれを強行するなら同省幹部200人が総辞職すると抗議、断念させた。

武力クーデターも計画、断念はしたが…

トランプ氏は選挙人選挙で当選者が決定、選挙は終わったと通告を受けてから4日後、政権および共和党の外にいる腹心に立案させた武力クーデター計画をホワイトハウス・スタッフに提示した。大統領命令で選挙無効を宣言、州兵を動員して国家防衛隊を編成、接戦州の投開票集計機を押収し、特別捜査官を任命して「盗まれた選挙」の捜査を開始する―という内容。立案に当たったと思われる極右・陰謀論者たちとホワイトハウス顧問弁護士らが夕方から未明まで、長時間におよぶ大激論を戦わせて反対した末、この計画は阻んだ。

トランプ氏はこの計画は断念したが、激論が終わった翌日未明「選挙で負けたということはできない。1月6日ワシントンで大規模な抗議デモをする、集まれ、荒々しいことになるだろう」とツイッター発信した(この日は当選者を最終的に認証する儀式的な上下両院合同会議が開かれる)。

武装デモ気にしない、国会に入れろ

1月6日朝、ホワイトハウス近くの広場に集まったトランプ支持者が(ライフル銃などで)武装していることを大統領警護隊(シークレット・サービス)が懸念(首都ワシントンは武器の持ち込みを禁じている)。大統領は「自分を傷つけるために来ているのではないから、まったく気にしない」といったうえで、「彼らが国会に向かい、全員が中に入れるように(国会入口で武器携行をチェックする)金属探知機を撤去させるように」と指示した。

トランプ氏は集会で「死ぬつもりで戦おう」「一緒に国会へ行こう」などと演説、警護隊の車に乗り込んで「国会へ行け」と指示した。大統領警護隊長がデモ隊の多数が武器を携行しているので安全は保障できない、職務上議事堂へ行くことはできないというと、トランプ氏は激高。「俺は大統領だ」と言って後部座席から身を乗り出し、副隊長が握るにハンドルを奪おうとした。隊長がトランプ氏の腕を抑えて止めに入り、もみ合いになった。トランプ氏は結局、ホワイトハウスに連れ戻された。

「ペンスを首吊りに」

この日の上下両院合同会議では議長を務める上院議長のペンス副大統領が大統領選挙人の投票を開封し、当選者が決まったと発表する。トランプ氏はペンス議長がここでトランプ氏が再選されたと虚偽の発表をするよう迫っていた。ペンス氏は補佐官らから憲法は議長にそんな権限は与えていないと忠告されて、苦悩していたようだ。トランプ氏がデモは「荒々しいものになる」とツイッターで予告したのは、ペンス氏への威嚇だった。ペンス氏は結局、前日にトランプ氏取り巻きの「作戦本部」(トランプ氏が経営するホワイトハウス・近くのホテルの一室)に憲法に従うと連絡、当日朝にトランプに直接伝えた。トランプ氏は「裏切り者」と面罵した。

国会に乱入した武装デモ隊は口々に「ペンスを首吊りにしろ」と叫んで、ペンス副大統領の姿を探し回ったが、議会警察官の機転で間一髪、避難室に逃れた。国会議事堂前の広場には西部劇によく出てくる首吊り台が前夜のうちに建てられていた(ニューヨーク・タイムズ紙)。デモ隊の「ペンスを首吊りにしろ」について「もっとなこと」「ペンスはそれに値する」というトランプ氏の発言を周辺にいた何人ものスタッフが聞いた。

デモ鎮静化のスピーチ拒絶

前例のない国会乱入はホワイトハウスや議会をパニックに陥れた。スタッフや議員からはトランプ大統領が直接デモ隊に鎮静化を求めて欲しいという訴えが殺到した。しかし、トランプ氏はホワイトハウスでテレビ報道を見守りながら何の行動もとらなかった。2時間余りたってやっと、スタッフが用意したビデオ・スピーチを始めたが、暴力デモ批判のくだりは飛ばして「家に帰るように」とは要請したものの、「アイラブユー」とか「ユアースペシャル」とデモ隊を称賛する言葉を並べて、スタッフを愕然とさせた。

動くか―慎重な司法長官

トランプ氏の言動が次々に公開されて、これまで慎重だった米メディアにも、トランプ氏の刑事訴追を求める論調が強まっている。しかし、トランプ氏は公聴会で公開された情報はすべて「フェイク」(でっち上げ)と切り捨てているし、支持勢力の多くは一般の新聞やテレビ報道にはほとんど接することはなく、トランプ絶対支持メディアのニュースやネット情報しか信じないという現実がある。それでも世論の動向に詳しい世論調査の専門家によれば、中間層(緩い共和党支持層や無党派)には影響が及んでいくとの見方も出ている。だが、トランプ氏が刑事訴追を受けるか否かは世論の反応もさることながら、最も注目されるのが極めて慎重な姿勢を取ってきたガーランド長官の判断である。

ガーランド長官をはじめとするトランプ訴追慎重派が懸念するのは、第一に政治的反応である。トランプ氏は前大統領であり、しかも現在のバイデン民主党政権と激しく対立してきた。トランプ訴追にはトランプ派および共和党から「政治捜査」非難が突き付けられることは間違いない。前大統領を次の大統領の政権が訴追することは、それなりの理由があったとしても、将来悪しき前例として使われる可能性がある。

トランプ訴追には同氏支持勢力が猛然と反撃に出ることは間違いないだろう。国会襲撃を見れば十分に予想できる。暴力的なデモ、そして内戦状態に発展する可能性が強い。米国の連邦および州の検察局、裁判所の主要人事は政権指名あるいは選挙による選出を通して強い政治色を帯びている。裁判制度も独特の陪審制度を土台にしている。こうした背景からトランンプ氏を訴追に持ち込んでも、有罪にできない場合も十分にあり得る。

こうした理由でトランプ氏の「民主主義破壊」を強く批判しながらもトランプ訴追に慎重ないし懐疑的だった多くのメディアが、ようやく訴追推進派に転じている。その背後には民主党の苦境があることも指摘できる。

訴追しない方が打撃大きい

民主党は選挙結果を認めないという前例のない攻撃に対する有効な反撃ができず追い詰められている。11月の中間選挙で上下両院とも大きく議席を失う可能性は高いと見られており、2024 年大統領選挙では共和党候補(必ずしもトランプ再出馬が有力とは言えない状況だが)はたとえ敗れてもまた「不正投票」を持ち出して、共和党の権力独占の時代が始まるのではないかとの暗鬱とした危機感が漂う状況にある。下院特別委員会報告書の連続的公開には、トランプ訴追という「切り札」を司法当局に発動させるしか、民主主義を守る方法はないとの切迫した期待が込められているとみて間違いない。

ワシントン・ポスト紙論説副委員長ルース・マーカス記者は「トランプ訴追には反作用の大きさからためらいと疑念があったが、まだ確信とは言えないものの、トランプ氏は訴追されるべきだし、有罪になるとの見方が強くなった。もし有罪にならなくても、民主主義を破滅させ、平和的な政権移譲を拒否したことに目をつぶることの方が米国により大きな打撃を与える」と論じている。これは民主党の現在の立場も的確につかんでいるように思える。

かけ離れた2つの国家像

トランプ派勢力による国会襲撃事件に、日常化したように見えるライフル銃による無差別大量殺傷事件と進まない銃砲規制、半世紀にわたって人工妊娠中絶の権利を認めてきた最高裁判決を覆した新判決を重ねてみると、米国を真二つに分断したものが何だったかが浮かび上がってくる。議会制民主主義のモデルとされてきた民主、共和両党が目指す国家像が大きくかけ離れてしまったことだ。

民主党が目指すのはリベラルで多元的な民主主義国家。トランプ氏率いる共和党および極右・白人至上主義・陰謀論グループのそれは、トランプ氏が2016年大統領選挙以降掲げてきた「米国を再び偉大な国に」(MAGA)に集約されている。「偉大な米国」がいつの米国かはわからないが、トランプ氏の言動から「白人主導の米国」を意味していることは明らかである。

人工妊娠中絶の権利を認めた1973年の最高裁判決が覆された。憲法にはそんな権利は書いていないというのが理由だ。半数を超える共和党支配の州では早速、中絶禁止あるいは厳しい条件を課す州法制定に動き出している。民主党支配州では、実質的にこの権利を守る対策に大わらわだ。バイデン大統領は「悲劇的誤り」と非難したが、49年にわたり日常になっていた権利を突然取り上げられた女性たちは今、次々に人道的悲劇に見舞われている。

ニューヨ-ク州では百年以上も前に制定された州法で、自宅外で拳銃を持つには特別な理由が必要とされてきた。最高裁はこれを憲法が認める銃砲保持・携帯の権利を侵すとする判決を下した。同じような内容の州法がある州は少なくとも5州はあるという。ニューヨーク州議会は直ちに、人が密集する場所での銃の携行を禁止する州法を可決して、反撃に出ている。報道によれば、同議会は人工妊娠中絶の権利を否定する最高裁判決に対抗して同権利を擁護する巻き返しにも乗り出している。

近代化否定の復古主義

最高裁のどちらの判決も、女性の権利も男女同権もなく、小銃の元祖とされるマスカット銃しかなく、正規軍もない時代に書かれた憲法の条文を当時のままに解釈した判決だった。米植民地が集まって一つの国として独立した当時の原点に立ち戻れという論理を原点回帰主義(オリジナリズム)、あるいは復古主義と呼んでもいいのかもしれないが、最高裁は近代化を否定するのかと批判を招いている。

この復古主義はバイデン民主党が米国を破壊していると非難して、過去のよき米国に立ち戻ろうとするトランプ派の「米国を再び偉大な国に」が目指すものと重なってくる。

まったく相容れない2つの国家像。この深い分断を議会制民主主義の枠内で埋めることは、もうできないのではないか。そんな疑問を抱いて、米国の行方そして世界への影響に強い関心を寄せている。(7月27日記)

かねこ・あつお

東京大学文学部卒。共同通信サイゴン支局長、ワシントン支局長、国際局長、常務理事歴任。大阪国際大学教授・学長を務める。専攻は米国外交、国際関係論、メディア論。著書に『国際報道最前線』(リベルタ出版)、『世界を不幸にする原爆カード』(明石書店)、『核と反核の70年―恐怖と幻影のゲームの終焉』(リベルタ出版、2015.8)など。現在、カンボジア教育支援基金会長。

特集/混迷する時代への視座

第31号 記事一覧

ページの
トップへ