論壇
「清潔好き」は感染症蔓延を防ぐか
[君は日本を知っているか—15] ファクターXを歴史的に考える
神奈川大学名誉教授・本誌前編集委員長 橘川 俊忠
コロナ禍の「日本幻想」
世界は、今年初頭以来、新型コロナウィルス感染症の蔓延に苦しめられ、感染者も死亡者も増大の一途をたどり、未だに終息の気配すら見えない。特に、南北アメリカ、ヨーロッパ諸国の感染状況は酷く、二次、三次と流行の波に襲われ、現在でも、一日に数万人以上の感染者を数える国も少なくない。
そういうパンデミック下において各国政府の対応は、大きく二つに分かれた。一つは、感染の拡大を防ぐために、市民生活に厳しい規制を加える対応、もう一つは、「経済活動」の継続を優先し、規制を拒否する対応の二つである。一方は「経済活動」を停滞あるいは縮小させ、破産・失業などの犠牲を招き、他方は感染症を蔓延させ、生命や健康を重大な危険にさらす。そして、いずれの対応を選択するにせよ、社会は深く分断され、深刻な動揺にみまわれる事態を避けられない。
そして、「経済活動」優先を主張する場合、感染症の危険性を軽視ないし無視する発言が伴うことが多い。「風邪のようなものだ」とか、「夏には消える」とか、「ワクチンがすぐにできる」とか、ポピュリズム的統治者が、人々の「楽観への期待」を煽るかのような発言を繰り返す。その「経済活動」優先の姿勢を裏付けるかのような発言が、科学的合理的批判・評価に耐えるものであるかどうかはここでは問わない。ただ、それが破産・失業・生活破綻に怯える人々から一定の支持をえる結果になっていることは間違いない。しかし、それがさらに、「経済的活動」を維持するためには、「多少の」犠牲は覚悟しなければならない、あるいは許容されるというところまで行くと、分断は経済的・社会的・社会的領域から、倫理観・人間観に及ぶ深刻さを帯びることになる。
日本の場合、これまでのところ感染の拡大は、南北アメリカやヨーロッパ諸国のように蔓延が止まらない地域に比べれば、比較的低いレベルにとどまってきた。諸外国からは、それを不思議だとする声があがったり、日本政府が日本方式の成功だと誇るような談話が出されたりした。研究者・専門家の間にも、これの原因を解明しようとする動きが出てきたし、いくつかの仮説も示されるようになった。
日本人の遺伝子に感染から防御する情報が組み込まれているのではないか、すでに日本人は類似のウィルス感染症を経験しており、そのため抗体をもっているか、抗体ができやすい状態になっている、日本人のみならず東南アジア諸国にも共通の因子があるはずである、という遺伝子がらみの仮説や、マスク着用、手洗い、入浴、室内土足禁止など生活習慣によるという仮説、BCG接種が普及していることによるのではないか、さらには今のところ特定が難しいのでとりあえずファクターXとしておくが、何かあるはずであるというような説まで、いろいろな議論が提起された。
しかし、そもそも、感染者が少なく、重症化率や死亡率も低いということが、日本だけ、あるいは東・東南アジアだけに特有な現象なのかどうかの厳密な吟味が十分行われたかどうかという点に疑問がないわけではない。比較の基礎とするべきデータ自体の信頼性はどうか、データ化する基準・方法は共通化されているか、病状の現れ方とその社会の年齢構成、社会構造、医療体制、保健衛生制度との関連など検討すべき条件もきちんとクリアした上での議論なのか、議論の前提となる段階での問題が多すぎるという点をまず問題にしなければならないし、それが明らかにされなければ、議論全体が「日本幻想」にすぎないという批判を免れないことになる。
そして、その日本幻想は、経済活動優先の方向を採用する根拠にはならないとしても、新型コロナウィルス感染症への警戒感を緩め、経済活動優先の方向を受け入れやすくする心理的下地を作る効果は十分に持つ。研究者の純粋な知的好奇心に発する問題も、受け止め方いかんでは、あるいはマスコミ等による増幅のさせ方いかんでは、予期せぬ効果を発揮してしまうのである。
問題を確かな基礎の上に立て直す
では、感染拡大の程度や重症化率・死亡率の低さの問題は、検討に値しないのかといえば、そんなことはない。確かな基礎の上で考えれば、有益な見解も引き出せる。その確かな基礎とは何か。感染症の原因である新型コロナウィルス自体について、あるいは、その感染の仕方、発症の態様、重症化のメカニズム等について解明が進み、感染防御・治療などこの感染症に対処するために有用な知見が蓄積されてきた。確実な基礎とは、医療従事者・研究者・研究機関によって積み上げられた経験、相互に検討され、共有されるようになった知見にほかならない。
ここでは、その中で、感染防御に関する基本的なことだけを確認しておこう。まず、ウィルスは、宿り主である人間を媒介しなければ増殖できないこと。次に人間から人間に感染する場合、最も多いのは口鼻から吐き出される飛沫を吸い込むことによる感染であること。さらに物を経る場合は、飛沫を浴びたものから手指に移り、口鼻などから体内に入ることによる感染であること。これらのことから感染防御には、感染者との接触を遮断すること、感染者ができる限りウィルスを放出しない措置をとること、放出された場合には、その拡散、吸い込み防止、生活上触れなければならない物の消毒、触れる身体とくに手指の消毒の徹底が有効だということになる。
こうしたことを平たく言えば、社会的距離を確保すること、マスクの着用、手洗いの励行、定期的換気の実施が、感染防御に確実に必要だということである。ある意味では、この何の変哲もない方法だけが、今のところ最も信頼すべき感染防御手段であるということでもある。したがって、感染防御の成否は、この手段を社会の状況に合わせていかに具体化するかにかかってくる。
しかし、この具体化は一口で言えるほど簡単なことではない。社会的距離を保つとは、人と人との間にどのくらいの距離を置くべきか、交通機関内などではどうするか、会議や会食は可能か、マスクの着用についてはどのようなマスクが有効か、どの程度着用し続けなければならないか、手洗いに消毒液は不可欠か、手洗い用の水は十分に確保できるか、換気についても、空間の密閉性の程度に合わせてどの程度の喚起が必要か、公共交通機関の場合、飛行機・汽車・自動車等乗り物に合わせてどのような換気の仕方が可能か、等々検討すべき課題は数限りなくある。
そういう検討を経て、具体的方策を決定しても、それを人々に実行してもらうにはさらにいろいろなハードルを越えなければならない。協力要請にとどめるか、法的強制にまで踏み込むのか、要請に補償をセットするか、補償はどの程度にするか、強制の場合、科料・罰金・懲役等の方法、その程度は、あるいは要請の場合でも、どのように伝達、説得したらよいか等々も考えなければならないのである。
以上のように、感染防御についての基礎的な条件を分析した上で、日本の状況を国際的に比較・検討してみると、興味ある事実が発見できる。それは、上述したような防御策の実施にあたって、ほとんど軋轢らしい軋轢がないということである。マスコミ報道によれば、こういう防御策の実施によって、激しい論争が繰り広げられ、社会的対立や軋轢を生み、反対のための大規模なデモが行われたり、暴力事件が発生したりしている。日本にも、新型コロナウィルス感染症への対応をめぐって、対立・軋轢が生じていないわけではない。しかし、その程度は極めて低いことも事実である。この事実が、どこから来るのか、いわゆるファクターXとどのように関連しているのかは、検討に値するのではなかろうか。
ファクターXとしての清潔好き
そう考えてみると、特に、マスク・手洗いに関して日本ではほとんど抵抗感がないということ、そしてそれが日常的習慣のレベルで浸透していることに気づかされる。つまり、歴史的・文化的に根拠がありそうだということである。
そういう観点からまず思い出されたのは、渡辺京二の『逝きし世の面影』という著作であった。この著作は、幕末・明治期に来日した外国人の著述からうかがわれる当時の日本人の生活・文化についての記述を検討し、そこに現代の日本人が忘れていた日本人の姿をとらえ直し、考え直そうという目的で書かれたものである。
そこに紹介されている過去の日本人の生活・文化に関する記述は多岐にわたるが、本論との関係で注目されるのは、日本人の清潔好きに関する記述である。渡辺は、「汚れた長靴で立ち入るのをはばかるほどだ」と日本の家屋の清潔さについてのベルクの記述、「街路が掃ききよめられてあまりにも清潔なので、泥靴でその上を歩くのが気がひけた」というイザベラ・バードが日光や新潟を訪れた時の感想を引きつつ、「貧民ですら衣服も住居も清潔な日本」が外国人にとって驚異であっただろうと書いている。
この渡辺の著作は1998年に出版されたものなので、もっと古いものはないかと思って探したら、あった。芳賀矢一という国文学者が、1907(明治四十)年に刊行した『国民性十論』の「八 清浄潔白」という章に日本人の清潔ぶりに関する記述があった。その中で、芳賀は「小ざつぱりとした木綿物は気持ちがよい、新しい青畳は居心地がよいといふ我国民は清潔を愛する民族である」と主張し、その例証として入浴の習慣をあげ、「日本人の様に盛に全身浴をする国民は外にはあるまい。東京市の湯屋は八百余軒以上もあり、其外中流以上の家には各湯殿があつて、百三十万の住民の中凡そ三分の一づつは毎日入浴する割合だといふことである」と書いている。
さらに、芳賀は、その「清潔を愛する」態度は、古事記・日本書紀にも表れており、日本人の宗教行事・民間習俗の中に深く根付き、場合によっては、行き過ぎた禁忌すら作りだした。芳賀はそれを「神経過敏」と表現している。
外国人の観察や感想が、植民地支配に苦しめられている他のアジア諸国との比較や異国趣味によるものである可能性――渡辺は、その点についてもよく注意を払っているが――も否定できないし、芳賀のように神話的な起源に結びつけ、民族性の問題とする論じ方には問題があるが、日本人が今でも概ね「清潔好き」であり、それにはそれなりの歴史的背景があったであろうことは認めてもよいであろう。また、入浴にしろ、手洗いにしろ、それに必要な清潔な水が何時でも必要なだけ手に入れられる環境が整っていたことも、「清潔好き」を支える条件となっていたこともあるであろう。
いずれにせよ、「清潔好き」は、無意識のうちに感染防御に役立つ行動様式をとらせる下地を作っていたと言えそうである。また、手洗い、拭き掃除、入浴等の伝統的清潔保持のための行動が、感染防御上の効果があることも、超高速コンピューターによって実証されてきているが、そういう情報と併せてマスク着用が推奨されれば、無用な対立・軋轢をさけることもできる。その意味で、歴史を顧みることが、案外、感染症対策に貢献できるのではあるまいか。
自発性か、同調圧力か
もう一つ、歴史を顧みる時に問題になるのが、感染防御の方法は、ある程度以上の規模の集団によって実施されないと効果が発揮できないという性格があるが、その集団性に関することである。マスクも手洗いも、できれば社会の構成員全員で実施するのが好ましい。したがって、それをしない者に対してどうしても圧力がかかるという状況が生まれやすい。渡辺が紹介した、バードの日光や新潟の街路の清潔さの見聞について、それは政府あるいは「御上」の強制によるのではないか、という疑問を持つのも、常識的な近世・近代の歴史を教えられた者にとっては当然かもしれない。しかし、本当のところはどうなのか、歴史的に事実とされていることで、意外に実証されていないことも少なくないのである。
これは、筆者が、能登半島の近世文書を調査した時に気づいたことであるが、街並みの維持に関して、町の住民による自治があったのではないかということである。場所は、現在は輪島市に属しているが、近世には曾々木という幕府領(天領)と加賀藩領が入り組んだ複雑な成り立ちをしており、住人の生業も製塩・漁業・廻船業が多い集落で、町場的様相を呈していたと想像されるようなところである。そこの住人で三郎兵衛なる人物が、自分の屋敷から街路にはみ出して雪隠を作ったことで、周辺の住民と争いになり、結局名主が間に入り、雪隠を引っ込めることで決着がついたという事件があった。
これを記録した文書によると、事件は集落内で発生し、集落の長である名主の仲裁によって決着がつけられたこと、つまり領主の直接の介入はなかったことが確認できる。街並みの維持について、それは集落共同の問題であるという意識があり、それについての紛争は集落内部で解決が図られるという慣行があったのである。
こんな地方の片隅の小さな集落の小さな出来事で、何を言えるのかと批判を受けるかもしれない。しかし、近世、それも後期には民衆世界においても情報の伝達・共有の広がりは全国展開しており、その情報の質の高さ相当な水準に達していたことは近年の研究が示すとおりである。その意味で、社会の均質化も相当程度進んでいたと考えられる。片隅は、片隅ではない普遍性を持つこともあったと考えるべきであろう。
コロナウィルス感染症の第一次拡大期を過ぎた頃、「我国の国民の民度は高いから、感染の拡大を抑えられた」と自慢げに述べた政治家がいたが、その言葉に「政治家を除いた」という限定句を付ければ、言っていることに間違いはなさそうである。
きつかわ・としただ
1945年北京生まれ。東京大学法学部卒業。現代の理論編集部を経て神奈川大学教授、日本常民文化研究所長などを歴任。現在名誉教授。本誌前編集委員長。著作に、『近代批判の思想』(論争社)、『芦東山日記』(平凡社)、『歴史解読の視座』(御茶ノ水書房、共著)、『柳田国男における国家の問題』(神奈川法学)、『終わりなき戦後を問う』(明石書店)、『丸山真男「日本政治思想史研究」を読む』(日本評論社)など。
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