特集●コロナ下 露呈する菅の強権政治
労働者の支持するグローバリゼーションと自律
の時代に向けて (下)
パンデミック×ポピュリスト×政治経済学
同志社大学経済学部教授 小野塚 佳光
はじめに
第1節 コロナウイルス危機
コロナショック 連帯を問う
第2節 ポピュリストとパンデミック
ブレグジット×トランプの時代 民主主義の溶解 アメリカの分裂
第3節 政治経済学の危機
内外の矛盾 衝撃と恐怖(以上、前号)(以下、本号)戦費調達 債務と負担
新しいガバナンス グローバリゼーションの新秩序
第4節 エッセンシャル・ワーカーズ
政治が重要だ 労働者と市民 未来
結び
戦費調達
戦争、深刻な不況、パンデミックのような例外的状況で、国民の生活と命を守る政府の膨大な行動を支えるのも中央銀行の任務である注1。非常時において、特に戦争のとき、中央銀行は印刷した貨幣を政府に渡した。結果として起きるインフレに反対することは、危機の後まで、延期された。
政府がしなければならないことを助けるために、中央銀行は行動する。それを管理できる正しい方法を見出すことだ。量的緩和QEと財政赤字の「貨幣化」とに、明白な違いはない。
これほどの財政赤字と金融緩和を行った先に、各国の経済はインフレを恐れるべきか、低インフレ状態が続くのか注2。失業は予想をはるかに超えて高い水準だった。現金不足の家計や企業に、財政的な支援が行われた。それは利用可能な供給を超えて需要を増やすかもしれない。しかし、ソーシャル・ディスタンスで買い物ができず、不安による貯蓄が増えている。
ソーシャル・ディスタンスが終われば、需要が爆発的に増大し、インフレが起きると心配する者がいる。しかし需要の回復は、インフレ期待を不安定化するほど大きくも長くもないだろう。
政府がインフレ率を高めて、債務負担を減らそうとするかもしれない。若干のインフレは、その意味で望ましい。しかし、過去の高インフレが示すように、インフレ期待が生じ、それを抑えることができなくなると、ハイパーインフレーションに終わる。
1940年、J.M.ケインズは有名なパンフレット、『戦費調達論』を書いた。1930年代のデフレに対して、財政赤字の規模を気にせず、政府支出を拡大して対抗することを主張した。しかし、戦争による赤字で彼は意見を変え、適切なマクロ経済管理を主張した注3。
当時、数百万人が徴兵され、消費財の供給が削減された。他方、巨大な軍事支出が総需要を拡大した。それは必然的に、超過需要と「不足」の経済である。富裕層より中産階級が多く負担するようなインフレ税を抑えるべきだ。所得に増税し(高所得者の限界税率は97.5%)、国民に強制的な貯蓄をケインズは求めた。主要財の割当制とともに、これが戦時のインフレ抑制に役立った。
財政赤字の貨幣化はすでに始まっている注4。中央銀行は財政当局の赤字を貨幣化する。問題は、それを明確にするかどうかである。この10年間の量的緩和QEは、事後的に、その一部が貨幣化になるだろう。
こうした貨幣化に反対する理由はない。それは技術的に可能であり、賢明な財政・金融当局は「正しい」量を決めることができるだろう。しかし政治家たちが賢明でないときもある。
将来、成長率とインフレ率が上昇すれば、QEを逆転させるべきだ。個人や企業はこの逆転を恐れる。それは現在の消費や投資を抑圧するからだ。それゆえ、政府ではなく、独立した中央銀行が、インフレ目標を守って貨幣化の規模を決定し、他方、政府は支出の仕方を決定する、という正直なアプローチが良い。
債務と負担
パンデミックにかかるコストを支払う日が必ずやってくる。政府は今以上に、ビジネスや個人に税の公平な分担を求める必要がある。それはすでに、デジタル革命において始まっていた問題である。税制の公平性や効果が歪んでいる。
世界金融危機とその後の論争、間違った救済が再現しつつある、とR.フォローハルは考える注5。COVID-19の経済破壊は2008年の金融危機後をすでに上回っている。
大企業は必要な融資や資金を得た。プライベート・エクイティの大企業、航空会社に加えて、ボーイング、石油大企業、クルーズ船、ホテル、病院、カジノ、豚肉加工業、製薬会社、ドローン製造企業など。彼らは自社株式を買い戻していたことは問わない。Uberには、フルタイムの社員は少なく、大部分がギグ・ワーカーだ。失業手当のコストが納税者に転嫁された。
雇用創出の大きな割合を占める小企業に、支給が届くのは遅く、ばらばらだ。官僚的理由で融資が受けられず、大企業よりも厳しい雇用基準が求められた。保護を最も必要とするのは個人や小企業だ。議会は可能な限り早く追加の刺激策を決めるべきだ。大企業の救済には、労働者の保護を最優先する条件を付けるべきだ。
将来、アメリカ人は債務を返済しなければならず、より多く貯蓄する。政治家たちは、非生産的な債務を減らし、税制の抜け穴を閉じることから始めねばならない。
国内貯蓄を増やすだけでは不況になる。それを緩和するために、その負担をドル安によって外国(対米貿易黒字国)に転嫁する。財政赤字を増やすことは、金利がゼロ近辺である限り問題ないが、すでに低水準にある国内貯蓄がマイナスに低下するだろう。それは記録的な経常収支赤字と対外的なドル価値の急落をもたらす注6。
世界の支配的な準備通貨として、ドルは「途方もない特権」を持つ、と言われたが、COVID-19の時代に、その常識は通用しない。アメリカは保護主義に傾き、脱グローバリゼーション、デカップリングを進め、システム化された人種差別、警察の暴力に対する抗議デモが続いている。
連銀はインフレが続かない限り、金融緩和を継続する。変化は金利よりもドル安に向かう。この2-3年でドルは35%安くなる、とS.S.ローチは予想する。
われわれは連帯できるか、とフランスの蔵相はEU諸国民に訴えた。だれよりもドイツ国民に、コロナウイルス危機に連帯を示すことを求め、7500億ユーロの復興基金が成立した。パンデミックの後、ヨーロッパはユーロ債の論争に戻るだろう。ユーロ圏を政治的に持続可能なものにしたいなら、欧州委員会の財源を強化し、EU税を導入することだ注7。
新しいガバナンス
ガバナンスの質が問われている。US、UK、ブラジルが最悪の感染数と死者数を示すのは、無能で、イデオロギー的で、国際協調を拒む政府のせいである注8。国民国家はパンデミックに正しい対策を示せない。19世紀の国民国家は「鉄と血」でできた。今、新しい政治構造が「医療と経済政策」(雇用、平等、参加)から生まれる。
多くの人が急速なV字回復を期待したが、それは幻想だった、とスティグリッツは指摘する注9。ソーシャル・ディスタンシングから、構造変化に焦点が移るだろう。
パンデミック後の回復は、弱い、貧血症の回復になる。支出が減り、家計や企業のバランスシートが悪化し、倒産が増える。非常に慎重な行動が求められるからだ。同時に、ウイルスは、人と接触する産業に課税することに等しい。消費と生産、立地のパターンが変化する。それは広範な構造変化を意味する。
市場は、このような構造変化の実行に適していない。金融政策は効果がない。COVID-19が長くわれわれの経済に残るなら、われわれは政府支出でさまざまな問題を解決するべきだ。人種差別、不平等、医療サービス、化石燃料など。解決策に導く条件を公的支援の配分に反映させることが望ましい。
ウイルスの感染拡大を抑えるためには、検査、厳格な隔離、そして社会的な距離を取ることが重要だ。国内では、特に、インフォーマル部門、ギグ・ワーカーへの支援が必要だ。発展した諸国で、いかに多くの労働者が、不安定な、低賃金の部門において増大してきたか、このパンデミックが示した。ベーシック・インカムとしての現金給付は、システムが彼らを見捨てないというメッセージとして重要である。
コロナウイルスとその経済・社会的な崩壊は、未来へのタイムマシーンである、とA.スローターは考える注10。水平的な、開放型社会の特徴が現れている。それはしばしば非効率だが、トップダウンの閉鎖型社会より、革新的で、回復力に富む。空いたオフィスビルはアパートに改造して住宅問題の解決に役立てるべきだろう。未来の職場も開かれる。われわれは、より優れたアメリカを作るために、コロナウイルス危機を利用できる。
グローバリゼーションの新秩序
地政学の復活、冷戦終結、中国の台頭が、ポピュリストの台頭に影響した。そして、パンデミック後、国際秩序はどうなるのか注11。
リアリストに言わせれば、パンデミックは国家とナショナリズムを強化するだろう。あるいは、アメリカ中心のグローバリゼーションから、中国中心のグローバリゼーションに向かう。
しかし、リベラル派は反論する。確かに、パンデミックは経済的損失と社会的な破壊を拡大することで、ナショナリズム、大国間の対立、戦略的な市場の分断を加速する。しかし、1930年代、40年代のように、それに対抗する国際主義の動きが次第に現れるだろう。フランクリン・D・ルーズベルトら、国際主義者の目標は、新しい保護措置と、相互依存を管理する能力を備えたオープンなシステムを再建することだった。
最初はナショナリズムであるが、長期的には、実践的な、保護を組み込んだ国際主義の再建に向かう。
中国、アメリカ、EUは異なるガバナンスをめざしている。地政学的な対立を超えて、われわれはフォーラムを必要とする。言論の自由、プライバシー、パンデミックを予防する追跡・監視技術。1944年のブレトンウッズ会議は、有形財・資産の機能を規制するため、国家間の戦争状態を終わらせる国際機関を創設した注12。
しかし今、デジタル世界のプラットフォーマーとその社会政治的基礎とは切り離されてしまい、コロナウイルス危機後の世界で国家財政を考えるとき、そのギャップを無視することはもはや許されない。これから先、コロナウイルス危機後の諸政府が空前の債務を負い、ロックダウンから経済を再建する苦闘に直面する中、莫大な不労所得と、課税を免れる能力の見直しが求められる。
デジタル・インフラストラクチャ―は、国際システムの機能を高める集団行動を可能にする。社会的、政治的な包摂を求め、成長と社会・政治・経済コストとのバランスを取るように、市民たちは要求を強めるだろう。情報操作と偏見、政治の「部族」化を阻止し、グローバルな独占と不平等の出現を許さず、伝統的なガバナンスに代わる新しいアイデアの交換を促す空間を創出する。「世界の資本家と社会主義者は団結せよ。」注13
あるいは、A.スブラマニアンが考えるように、COVID-19の危機は3つのガバナンスの分水嶺になる注14。ヨーロッパ統合のプロジェクトが終わり、機能するアメリカ連邦という国が終わり、中国の国家と市民との間にある暗黙の社会契約が終わる。その結果、これら3つの「帝国」はパンデミック後に内部から弱体化し、グローバルな指導力を示せなくなるだろう。
第4節 エッセンシャル・ワーカーズ
コロナウイルスがeコマースのアマゾンAmazonを倒すことはないだろう。むしろ逆に、他のビジネスが縮小し、破滅する中で、アマゾンは新しい環境を利用して拡大した。ジェフ・ベゾスはアマゾン株式の11.1%を所有し、その価値は1650億ドルである注15。
顧客はウイルスを恐れてアマゾンに注文するが、そのリスクはアマゾンの労働者に転嫁される。荷物を箱詰めにし、配達しているのは、ベゾスではない。感謝するとしたら、少ない賃金で、過労状態の上に、感染リスクのある仕事に従事している労働者たちに対してである。
資本主義の問題、民主主義の問題、パンデミック。3つの関心が重なる場所を、エッセンシャル・ワーカーズが占めている。
政治が重要だ
私たちを、「敵」や社会の「寄生虫」とみなす者が多いことに、私は絶望する、とニューヨークタイムズ紙にY.カカンデは投稿した注16。パンデミックの危機でエッセンシャルとみなされた産業や職場でも、私たちの姿が見えると、そう攻撃される。私や私の弟のような移民は、あなたたちと同じように、働いて、家族を養いたい。そのためにここに来た。エッセンシャル・ワーカーとして、私たちは誇りを持っている。
多くの黒人が、アメリカで、コロナウイルス・パンデミックの最前線にいる。介護施設、医療の専門スタッフ、食料品店、配達業者。そして地方においては、多数の正規許可書を持たない移民労働者たちが、畑で、工場で、また社会の食物連鎖の機能を担う倉庫で働いている。
公衆衛生危機が終わったあと、移民が不可欠な労働者であることを認める政治的意志はできるか? あるいは、ポピュリスト政治家たちが復活し、移民たちを危険な犯罪者、雇用を奪うために来た、税金で運営される公共福祉を食い物にする寄生虫だ、と再び攻撃するのだろうか?
農業にも、エッセンシャル・ワーカーズがいる注17。イチゴ、レタス、ブロッコリーが実っても、摘み取るための労働者が集まらない。ウイルス感染を抑えるロックダウン、移動の禁止が行われる中で、UK農家は7万人の季節労働者を国内で募集した。それは主に東欧からの移民労働者たちがやっていた摘み取り作業である。
季節労働者は、ときに現代の奴隷労働と言われるような劣悪な条件で働いている。しかも、農場が感染のクラスターになる危険もある。キャラバンのような一時宿舎はソーシャル・ディスタンシングが困難だ。ドイツ政府関係者は、例外的にルーマニアから農業労働者の入国を飛行機で認めたが、空港に集まる夜行バスが満載した労働者たちを観て、恐慌に陥った。
コロナウイルス以前にも、世界には多くの深刻な問題があった、とA.センは注意した注18。世界で最も豊かな国であるアメリカに、何百万人も医療保険を持たない人がおり、苦しむ必要のない病気に苦しむ。EUの間違った財政緊縮のせいで、弱い立場の人々が公的支援のないまま放置された。反民主主義の政治が、ブラジルやボリビアから、ポーランドやハンガリーまで支持を広げていた。
政治が重要である。それは、支配者と統治される側との関係だ。
労働者と市民
パンデミックの後、私たちの社会はどうなるのか。財政支援や緊急融資で危機を緩和し、旧秩序を回復するだけでは、すでにある問題を悪化させる。
民主主義を求める一つの宣言がガーディアン紙に載った注19。
働く人々は単なる「資源」ではない。これは現在の危機が示す教訓である。病人を治療し、食事や投薬、その他の必要不可欠なものを届ける仕事、ごみを収集し清掃し、食料品店で棚に商品を並べ、レジを打つ仕事、人びとがパンデミックの中でも暮らせるのは、労働が商品以上のものであることを証明している。
労働を脱商品化することで、すなわち、すべての人々に有益な雇用を集団的に保障することで、すべての市民に尊厳を持てるような戦略的転換を実現できる注20。
労働の脱商品化は、ある種の部門を「自由市場の法則」から救い出す。すべての人が貢献し、そこに属する人々の尊厳を高める。世界人権宣言の第23条が、すべての者に、働く権利、職業選択の自由、公正で良好な労働条件、失業に対する保護を認めている。
N.ルービニにとってそれは「プレカリアートの革命」である注21。2008年の金融危機以後、多くの企業はコストを削り、特に労働コストを減らして利潤を増やした。高賃金で保障をもたらす正規の雇用者ではなく、パート、時給制、ギグ・ワーク、フリーランス、契約型の雇用を増やした。彼らは「プレカリアート」とよばれる。そして、労働者の内的な分断と、移民や社会的弱者を悪者にする、政治的過激化の危険な主張が広まった。
多くの若者がますます不確実なギグ・ワークに就いている。寡占市場に向かうアメリカ大企業は、不平等を強め、アメリカ市民の「限界化(周縁化)」を進めている。社会的上昇を阻むシステムに、若者たちは憤る理由がある。
未来
世界金融危機で、自由市場イデオロギーはダメージを受けた。しかし、西側においてはどこでも、金融システムを救済し、旧体制が復活した。それに対抗して、市民による民主主義を再生せよ、とM.ウルフは考える注22。
民主主義において、人びとは消費者、労働者、ビジネスの所有者、貯蓄者、投資家ではない。われわれは市民である。それは、共有された企画に関与する絆(きずな、紐帯)を意味する。安定した立憲的民主主義の必要条件は、中産階級(所得分配の中位の人びと)の繁栄である。彼らの生きる希望が失われれば、国家は富裕層の支配体制や、独裁制に向かう。
M.ペティスによれば、より多くの富を生産するグローバル経済の再編で、貿易不均衡が生まれたのではない23。制約の無い国際資本移動が不平等、失業と債務の増加を促している。巨大な貿易黒字を出す中国とドイツは、労働者たちの消費を抑えて貯蓄を増やし、他方、アメリカはウォール街の利益に従い、短期の、投機的な利益を増やした。「グローバル資本という尻尾が、経済という犬をふりまわす。」
かつて、国際金本位制が国内経済運営を縛る「金の足かせ」であった。インフレ目標により正当化される金融政策は、社会の変化を反映して、再び「金の足かせ」を解くよう求められる注24。J.パウエル議長は、アメリカ連銀の使命として、雇用やマイノリティー・コミュニティの改善にも言及した。
政府機関は、富裕層だけでなく、すべての市民の声を聴くべきだ。活力ある中産階級を増やし、すべての者のセーフティーネットを築くべきだ。人種、エスニック、信仰、ジェンダーが何であれ、市民は公平に扱われる権利がある。
毎週木曜日の午後8時に、G.ヤングは妻と玄関に立って、国民保健サービス(NHS)の労働者たちを励ます。それは現代の社会運動の典型だ注25。人気はあっても、問題を解決するには至らない、不十分な行動である。インターネットで呼びかけられ、ソーシャルメディアで広まる。指導者も、本部も、組織もない。人びとが広く感じている雰囲気。点火を持っている無色のガス。意味を求めるネット上の行為。
#BlackLivesMatterや、#MeTooもそうだ。その始まりを示す事件と、広がる時期や関心は違う。こうした運動には、会合も組織も存在しない。急速に反応するが、急速に消滅する。われわれが何を信じているとしても、クリック、送信、リツイート、いいね、という行為は、デモ行進やピケ、座り込みとは異なる。
世界中の都市で、鳥たちのさえずりが大きくなった注26。彼らはもはや交通の騒音と競争していない。コロナウイルスが気候変動を逆転させることはないだろう。しかし、われわれは自分の眼で、われわれがゴミに変えた地球を、自然界が再び取り戻すのを待っているのだ、ということを観る。
しかし、S.ティスダルはアメリカの軍事化を懸念する。重武装した乗り物や兵士が町を制圧し、威嚇する光景は、バグダッドやカブールの住民にとってなじみのものである注27。先週、ワシントンなど、アメリカの他の都市でも、抗議する市民たちが同じ扱いを受けた。
結び
グローバリゼーションと技術革新によって安定した産業構造や雇用が失われる社会、民族や文化の違いに加えて、領土的に分割された諸国家が支配する世界で、パンデミックは広がった。ナショナリズムやフェイク・ニュースを広める政治家たちは、このもっとも危険な時期に、同じ条件を利用して権力を握った。その政治スタイルは支持者を増やし、民主主義を冒し、苦悩する有権者たちを捕食する、政治的なパンデミックに向かう。
大規模な災害においては、政治的なコミュニティーが問われる。東日本大震災も、国民の連帯と支援の質を試すものであった。コロナウイルス危機において、もっとも欠けているのは、被災者の苦しみと社会の連帯感を、具体的な政策や仕組みとして、ダイナミックな経済の再生につなぐ、政治的対話である。
アメリカのBLM(黒人の命は大切だ)と香港民主派のデモは、この時代の巨大な台風の目のように、世界の政治的連帯を求めた。パンデミックに応える政治の力も、同様に、われわれが決める。あるいは、世界金融危機と同じように、再び金融緩和とポピュリストに未来を委ねるのか。
(2020年10月14日)
【脚注】
注1 Martin Wolf, "Monetary financing demands careful and sober management," FT (Financial Times) April 10, 2020.
注2 Olivier Blanchard, "Is there deflation or inflation in our future?" VoxEU.org 24 April 2020.
注3 Robert Skidelsky, "What Would Keynes Say Now?" PS (Project Syndicate) Mar 20, 2020;
Gavyn Davies, "The deflation threat from the virus will be long lasting," FT April 26, 2020.
注4 Adair Turner, "Monetary Finance Is Here," PS Apr 20, 2020.
注5 Rana Foroohar, "US big business gets help first but who needs it most?" FT May 26, 2020.
注6 Stephen S. Roach, "The COVID Shock to the Dollar," PS Jun 23, 2020.
注7 Gideon Rachman, "Eurobonds are not the answer," FT April 7, 2020.
注8 Harold James, "The Prehistory of Merkel’s Latest Coup," PS Jun 1, 2020.
注9 Joseph E. Stiglitz, "Priorities for the COVID-19 Economy," PS Jul 1, 2020.
注10 Anne-Marie Slaughter, "Forget the Trump Administration. America Will Save America." NYT(New York Times)March21,2020.
注11 "How the World Will Look After the Coronavirus Pandemic," FP (Foreign Policy) March 20, 2020.
ここに紹介したリアリストはStephen M. Walt、Kishore Mahbubani、リベラルはG. John Ikenberryである。
注12 Rohinton P. Medhora, Taylor Owen, "A Post-COVID-19 Digital Bretton Woods," PS Apr 17, 2020.
注13 Harold James, "Capitalists and Socialists of the World, Unite*" PS Oct 1, 2020.
注14 Arvind Subramanian, "The Threat of Enfeebled Great Powers," PS May 6, 2020.
注15 Robert B. Reich, "When Bosses Shared Their Profits," NYT June 25, 2020.
注16 Yasin Kakande, "We Are Not Enemies. We Are Essential Workers." NYT May 18, 2020.
注17 "How to move workers on to the land," FT May 5, 2020.
注18 Amartya Sen, "A better society can emerge from the lockdowns," FT April 15, 2020.
注19 "Humans are not resources. Coronavirus shows why we must democratise work," The Guardian, Fri 15 May 2020.
注20 Mariana Mazzucato, Robert Skidelsky, "Toward a New Fiscal Constitution," PS, Jul 10, 2020.
注21 Nouriel Roubini, "The Main Street Manifesto," PS Jun 24, 2020.
注22 Martin Wolf, “Democracy will fail if we don’t think as citizens,” FT July 6, 2020.
注23 Michael Pettis, "Global Capital Is the Tail That Wags the U.S. Economic Dog," FP, September 30, 2020.
注24 Leah Downey, "Defund the Bankers," FP JULY 6, 2020; Stefan Gerlach, "Crunch Time for Central Banks," PS Sep 15, 2020.
注25 Gary Younge, "What, precisely, are we making noise for?" FT May 5, 2020.
注26 Margaret Renkl, "Now We Know How Quickly Our Trashed Planet Can Heal," NYT April 27, 2020.
注27 Simon Tisdall, "Trump uses force as a first resort. And now the firepower is aimed at his own people," The Guardian, Sun 7 Jun 2020.
おのづか・よしみつ
1959年生まれ。同志社大学経済学部教授。専門は国際政治経済学。著書に、『グローバリゼーションを生きるー国際政治経済学と想像力』(萌書房、2007年)、編訳『国際通貨制度の選択―東アジア通貨圏の可能性』(J.ウイリアムソン著、岩波書店、2006年)、『平和を勝ち取るーアメリカはどのように戦後秩序を築いたか』 (J.ラギー著、前田幸男と共訳、岩波書店、2009年)など。
特集・コロナ下 露呈する菅の強権政治
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