論壇

「コロナ一斉休校」と「9月入学」論議の茶番

取り残された「学校とは?」の問い

こども教育宝仙大学元教授 池田 祥子

 安倍首相は2月27日、突然「全国すべての小中高校と特別支援学校に臨時休校」を要請した(3月末まで)。学校関係者や、一番の当事者である子どもたち(児童・生徒)、保護者への承認を求める語りかけもまったくないままであった。確かにその頃すでに、コロナ感染が先行し異常事態に陥っていたヨーロッパ各国で学校休校は実施されてはいたが、日本の場合は、感染状態は各県で大きくばらつきがあり、しかも、安倍首相は、文科省とも教育の専門家たちとも事前の相談も準備もなく、まったくの独断的な要請であった。

「臨時一斉休校要請」の期間の延期と再延期

 新型コロナウイルスの実情もその対抗策も未だ十分に分かっていない状況下で、「3蜜」防止は掲げられはしても、なぜこの時期に「全国のすべての学校への臨時一斉休校要請」なのか・・・誰しもが驚き、首を傾げたにちがいない。なぜなら、「一斉休校」が要請された3月は、学校としては一年の締め括りの時期である。学びのまとめでもあり、教師や友達との別れ、さらには次への翔びたちを祝う時期でもあるからである。また、最終学年の子どもたちにとっては、「進学・受験」「就職」を控える節目の季である。

 それでも、各地方での多様な取り組みはなされたようではあるが(鳥取県、岩手県など)、大半は主だった苦情も異見もなく、臨時一斉休校は実施された。

 そして3月末、「一斉休校要請」が解除されるか否かの時期、東京を初めとする都市部で感染者が急増し始めた。それを受けて3月31日、今度は萩生田光一文科相が、「感染者急増の都市部などでの、新学期からの再度休校要請」を示唆した。その際に、「判断するのは自治体」と強調している。第一回目の「休校要請」を発した安倍首相の、内容の是非や責任は問われることなく、これ以降はいきなり「各自治体の判断」に委ねられることになってしまった。

 明けて4月1日、小池百合子東京都知事が、「都立校休校を5月6日まで延長」を発表し、小中に関わる区市町村にも協力を要請した。さらに、4月7日になって、7つの都府県で「緊急事態宣言」が発せられ、16日、この「緊急事態宣言」は感染者ゼロの地方も含めて、全国に拡大された(その結果、全国の小中高の「休校実施・決定」は94%と発表された。文科省4月24日)。

 今度は4月の学年初め、小・中・高いずれも進級の時期であり、新入生にとっては入学式の時期でもある。新しい友達との出会いの時期・・・この時期もまた、5月の連休明けまで引き続いての休校となった。

 もっとも、学校は「休校」とはいえ、教師にとっても児童・生徒にとっても、カリキュラムはこなさなければならない(「学習指導要領」の縛りがある)。急な「休校要請」で、教員たちの多くは、家庭学習のためのプリント配布や教科書の課題提示など、配布物の準備に忙殺されただろう(4月新学期の教科書配布や購入はもちろん延期のままである)。

 一方、学校・家庭ともにICT設備・環境の整っているケースでは、もっぱらオンライン学習が主流になったことと思う(私学は別にして、「双方向のオンライン授業」ができている自治体は全国で5%だと。学校間格差が露わになった)。

 ただし、小学校上級生や中学生・高校生にとっては、ドリルやオンラインでの自学自習もそれなりにこなせるかもしれない(ただ、毎日、それも長時間のオンライン学習で視力低下や眼の病気が問題になってはいるが)。それに比べて、とりわけ小学校の新一年生にとっての「自学自習」は、戸惑いの方が大きかったのではなかろうか(親の生活状況の違いや教育力の格差も露わになっただろう)。

 また、日中のそれぞれの家庭状況もさまざまである。在宅勤務になった父親や母親も家に籠っている場合や、どうしても働きに出かけなければならない親たちも居る。保育所(こども園)も原則休園が多かった。その場合、小学校以上の子どもは、自分で自分の勉強だけでなく、弟・妹の面倒を見ながら、食事をも用意しなければならない。

「学校に行く」ということは、教師や友達と顔を合わせ、勉強をする、お喋りをする、ということだけでなく、給食を食べる、ということも大きな生活的な要素である。学校給食は、ともあれ「食育」という観点の元で調理され配食されている。学校に行けない子どもたちの毎日の昼食はどうなっていたのか、「長期休校」とは、そういうことまでも問題になってくる事態である。

 ところが、5月のゴールデンウイーク期間、またもや新緑の季節。再度の感染者増である。この時もまた、「我慢しきれなくなった不心得者の大人たち」の責任が取り沙汰されたが。

 そして、連休の終わる直前の5月4日、緊急事態宣言が5月31日まで延長となった。当然、休校も5月末までの再々度の休校となった。大人はさておき、子どもたちにとっては、「我慢の期限の延長」というのは、想像以上に酷なことである。せっかく、目印にしていた期日まで「我慢して」行き着いたのに、それがさらに遠くに先にと、しかも再々度、延ばされるからである。

 この「全国一斉休校」要請は、結局は5月25日、全国緊急事態宣言の解除まで続き、漸く6月1日から、各自治体の判断に基づき、分散登校などの形を取りながら開校されることになった。

「9月始業・入学」論議のきっかけ

 ところで、すべての学校の「始まり」を9月にしてはどうかという提案は、意外にも早い4月1日、休校が5月6日まで延期されたその日の、都立高校3年男子のツイートだった。

 「学期の始まりを9月にして僕たちの学校生活を守る話」。「始まりはどんどん遅くなるのに、終点は変わってくれません」。

 確かに、休校期間が延びるのに合わせて、学習内容のこと、成績のこと、とりわけ高校3年生に向けても、大学入試の時期と内容について、文科省や東京都、さらには他の教育委員会も一切何も説明していない。

 このままグダグダと休校が続き、何らの手当てもなくそのまま受験?・・・と不安に思っていた高校3年生を中心にして、この「9月始まり」提案のツイートには多くの人が「いいね」をつけた。何でも9万7千件以上だったという。

 それに併行して、ネット署名サイトでも、「Spring Once Again~日本全ての学校の入学時期を4月から9月へ!~」と掲げ、友人たちへの賛同を呼びかけているのは大阪市公立高校3年の西野桃加さん。署名は1週間で3千人以上が賛同。4月の内に文部科学相に届けたいと語っている(「朝日新聞」2020.4.28)。

 このような動きを受けて、

・いまの状態が続けば、地域や家庭環境によって学ぶ機会の格差が広がる。これは「教育の機会均等」原則に反する。

・世界では9月始業が主流。

・受験も、インフルエンザや雪に悩まされなくて済む。

 等々の賛同意見が飛び交い、別途署名活動を始める人々が出てきた。

 また、このような動きを察してか、教育評論家の尾木直樹氏は、「ピンチをチャンスに変える絶好の機会」と賛同し、「政治主導でルネサンスを進めてほしい」と話している(同上)。

 一方、この段階で、たとえば松岡亮二・早稲田大准教授(教育社会学)は、「留学日程の組みやすさ以外の教育的メリットがみえにくい」と慎重な姿勢を示している(「同上」)。

 確かに、4月24日の会見では、荻生田文科相は、9月始業の動きは「承知している」と述べながらも、「まずは感染拡大防止の取り組みを徹底し、学習保証のための取り組みをより一層進めていく」と述べるに止まっていた(「同上」)。

 ところが、4月28日、小池百合子東京都知事が「こういう時にしか社会は変わらない。9月スタートもありだと思う」と賛意を示し、翌29日、安倍首相が「様々な要素を勘案しながら前広(まえひろ)に判断していきたい」と意見表明した。そして、その翌日の30日、杉田和博官房副長官を中心にして、まずは課題の洗い出しを指示した。

 その後、39県での緊急事態宣言の解除を決めた5月14日、「9月入学は有力な選択肢の一つだ」といつになく力を込めた安倍首相、「<総理はやる気だ>との雰囲気が政権内を席巻した」という(2020.6.3)。そしてほぼ同時期に、先の省庁での課題の洗い出し作業と並行して、自民党内にワーキングチーム(WT)が立ち上げられた。座長は柴山昌彦・前文科相である。

 ここでもまた安倍首相を中心とする「官邸主導」であり、周りの「忖度」による活性化である。ただし、教育現場はもちろん、現任の文科相ですら置き去りの態である。

「9月始業・入学」論議のプロセス―思いつき的ドタバタ劇

 以上見た通り、高校3年生を中心として主張され始めた「9月始業・入学」への提案は、丁寧な説明もなく納得を求められることもなく「休校」が続くことへの心配や焦り、さらにまた、「休校」によって無駄に流れてしまった(今後もそうなるかもしれない)「最後の高校生活」の奪還を求める思いでもあっただろう。それゆえに、今年の秋、すなわち2020年9月からの「始業」を前提にした呻き、願いであったのは当然である。

 ところが、動き始めた「9月入学」のためのWT(ワーキングチーム)は、何と、「今秋からの実施は、準備の時間がない」(5.19)と、あっさり断念して、「来秋(2021年)の9月入学問題」へとスライドさせてしまった。現高校3年生は、不安のままに、無慈悲にも置き去りにされてしまった。

 つまりは、今年の春の卒業生(高卒・大卒)の内定取り消し、就職難という事実への配慮もなく、またせっかく声を上げた現高校3年生への心もとない状況への共感も打開策もないままに、ただただ「9月入学」問題という掲げられたアドバルーンに向かっての、「手当たり次第」の論議が始められたのである。

 また、いま一つの「茶番」は、「9月入学」という表面の言葉にのみ闇雲に突き動かされたことである。「多くの先進国は9月始まり」という「口実」とグローバル化(留学促進)を理由に、1980年代半ばの臨時教育審議会(中曽根内閣)以来の「9月入学」論議は、入学始期の「7カ月前倒し」が前提であった。「6歳の小学校入学は、世界的に遅い」という共通認識に基づいていたからである。

それなのに、今回のWTは、「5カ月後ろ倒し」であり、そのままでは入学始期は、6歳と5カ月になってしまう。しかも、「留学」を想定する「9月入学」案は、大学にとってこそ現実問題だ、として、東京大学で2011年から2015年度に向けて検討されたが、諸々との関わりで「難しい」と断念されたことも未だ忘れられてはいないだろうに。

 という訳で、WTの論議は、学年では「若い(翌年の)」4月2日生まれから8月(正式には9月1日)生まれの子どもたちをどのように組み込めばいいのか・・・最初から厄介な問題を抱えての出発となった。何らの策もないままに、来秋の「9月入学」を額面通りに実施するとなると、この「4月~8月生まれの子どもたち」は、年間途中の9月までは幼稚園・保育所などに「年長組」として「残留」状態になるからである。

ワーキングチーム(WT)の検討内容―3つの「案」

◎第1案(一斉実施案:1年間で完成?)

 という訳で、当初は単純に「来秋9月入学」の構想で出発したものの、取り残される翌年の「4月~8月」生まれの子どもたちは、幼稚園や保育所に面倒を見てもらうの?せっかく幼稚園や保育所などで「同学年」で育ってきた仲間が、いきなり9月で分断されてしまうの?という素朴な疑問が即座に出されてくるや、WTは、「エイヤッ」とばかりに、新一年生の中に、一回限り特別に、この取り残される「4月~8月生まれ」を取り込む「1年間で完成」させる「一斉実施案」を提示した。

 となると、新一年生は、合計17カ月(4月2日~4月1日のこれまでの12カ月の子ども+次の年の4月2日から9月1日までの子ども)の膨れ上がった子どもたちを抱え込む学年になり、すぐに教室・校舎・教員問題が発生する。しかも、「1年間で完成」という案ではあるが、この膨れ上がった学年は、その先もずっと持ち上がって、終生「2021年9月入学特別生」として取り沙汰されることになるだろう。

 新たな政策案の検討には、当然、経費の試算が不可欠であり、この仕事は行政の官僚たちの「本務」であるはずであるが、今回は、苅谷剛彦(英オックスフォード大教授)の研究チームがいち早く試算に着手した。

 それによると、この「一斉実施案」では、次のような推計が提示された。

・保育所の待機児童   26万5千人

・学童保育の待機児童  16万7千人

・小学校の教員     2万8100人の不足

・地方財政支出     2640億円の増(卒業時まで継続)

◎第2案(「小学ゼロ年生」設定案)

 WTの構成メンバー、とりわけ実現に向けての「案」づくりの担当者は、この間相当のエネルギーを費やしたことだろう。掲げられた目標に向かっての実現可能なプランの作成、その必死の努力!・・・次に示された案の、なんと奇抜な構想力よ!現実の政治の世界でなければ、大いに感嘆されるアイディアであるかもしれない。

 つまり、「9月入学」問題に付きまとう現行の「4月始業」の学校システムとの調整である。第1案のように、翌年の「4月~8月生まれの子どもたち」をも強引に新1年生に括り込むには人数が多い。17カ月もの大勢の人数を抱えた学年の設定には問題がありすぎる。そこで考え出された「案」が、「ゼロ年生」の設定である。

 そのためには、まずは、今年度の子どもたちに限り、来年度はそのまま8月末まで延長。したがって、すべての学年が5カ月分の延長となり、4月に入学・始業から翌年8月に修了・卒業となる。このように、すべての学年の修了を、5カ月延長すれば、翌年からはすべての学年が「9月から8月」と統一される。しかも、1学年の子どもたちの生年は、これまで通り「4月2日~4月1日」、馴染みある「12カ月」の子ども集団が継承される。

 ただし、その分、翌年の「若い」「4月~8月生まれ」の子どもたちをどうするか?

 第1案のように、新一年生に繰り込めば「17カ月」の大規模学年ができてしまう。さりとて、即座に批判された「幼稚園や保育所に居残り」という「案」に舞い戻るわけにはいかない。そうして「苦肉の策」としてひねり出されたのが、「ゼロ年生」として小学校に受け入れる「案」なのである。

 こうして、「ゼロ年生」案は、これまで通り、「6歳」になっている子どもたち(4月2日~4月1日生まれ)全員は、まずは小学校に入学することになる。ただし9月までは「ゼロ年」という位置付であり、「プレ1年生」でしかない。しかし、小学校の在籍期間は、これ以降、この「ゼロ年」を加えての「6年5カ月」と延長される。

 ただし、この一見「名案」に見える「ゼロ年生」設置案も、制度的な問題も含め、課題は多い。

・小学校を「5カ月」延長させるためには、6・3・3制度の見直しが必要。

・「ゼロ年生」を「義務教育」として認めるのか。

・「学校教育法」など、法的な改定を必要とするのではないか。

・教員の人件費に、毎年度3千億円かかる。

◎第3案(段階的実施案:5年間かけて移行)

 上記第2案、折角の「ゼロ年生」設置の案も、結局は「制度改革」にまで波及・・・ということで断念された。そして、最後に出されてきたのがこの5年間かけて完成させる「段階的実施案」である。つまりは、第1案の修正版である。

 翌年の「4月2日~9月1日」生まれの子どもたちを、結局、1カ月ごと新一年生に加えていき、5年間かかって、ようやく全部を新1年生に吸収するというのである。具体的には、来年2021年度9月の新1年生は、「4月2日~5月1日」生まれの1カ月だけの子どもをつけ加えた「13カ月」の子ども集団となる。最終の2025年にようやく、最後の「8月2日~9月1日」生まれの子どもを加えた新一年生となり、翌2026年には、「9月2日~9月1日」生まれの12カ月の「学年集団」が目出度く完成するという「案」である(最年少で、6歳5 カ月での9月入学)。

 これまた、かなり煩瑣ではあるが、よくぞここまで「知恵を絞った」と思われる案である。

 この案では、問題の「4月~8月生まれ」の子どもたちを毎年「1カ月」ずつ新一年生に組み込んでいくために、第1案に比べれば、教員不足や新たに必要とされる経費は次のように相対的には軽少となっている。一ヶ月ずつ

・小学校の教員      2021年 1500人の不足

・小学校にかかる予算   2021年 新たに505憶円

 しかし、5年間に渡って取り残していく子どもたちのために生じる保育所の待機児童は、第1案、第2案に比べて、もっとも増加することになる。

・保育所の待機児童    2021~23年で、新たに計46万8千人(24年以降は解消)

・学童保育        初年度 2万8千人 → 5年間続く

 さらに、三つの「案」とも、「9月入学」を前提にすると卒業もまた「5カ月」後ろにずれ込むことになる。高校生・大学生がこれまでは4月から就業できていたものが、5カ月遅れの9月となることによる個々人の収入問題、またこれによる国への税収減という事態も、大きな課題であることが指摘されている。

 もっとも、この「9月入学」問題が論議され始めるや、先に見た通り「賛成」論もないわけではなかったが、大半はその「理念なき拙速」への危惧・反対論が大半であった。

主だったものに、日本保育協会、全国保育協議会、全国私立保育連盟、日本PTA全国協議会、全国連合小学校長会、全日本中学校長会、全国高校長協会、永田恭介・国立大学協会長、長谷山彰・日本私立大学団体連合会長、日本教育学会、田中愛治早大総長「教育システムの破壊になりかねない」などがある。それに加えて、「自民党有志の若手議員61名」による「拙速な議論に反対する」や、公明党の「拙速な検討反対」という首相への提言は、論議も混迷を深めていた後半以降また終了直前でもあり、WTにとってはかなりの痛烈なパンチとなったのではないだろうか。

 いずれにしても、他方で強行しようとしていた「検察庁法改訂案」が、当事者の黒川弘務・東京高検検事長の「賭けマージャン」の発覚により頓挫、さらに5月25日、「緊急事態宣言」が全国的に解除され、学校もまた徐々に「日常復帰」が始まり出すと、この「9月入学」論議はたちまちの内に萎んでしまった。そして、6月2日、この自民党内のWT(柴山昌彦座長)は「直近の導入は困難」という提言を安倍首相に手渡した。しかも、その際に、座長は、「第2派、第3派が来た時でも、今回の経験を生かし、なるべく全国的な休校措置などをとる必要がない形での取り扱いも可能ではないか」と述べたという(6.3)。大変な検討作業が報われなかった徒労感と、首相に対するせめてもの苦言ではなかっただろうか。

取り残された「学校とは?」の問い

 以上、とんだ「9月入学」騒動の顛末である。

 一件落着した後からも、「あまりにも拙速であった」という批判や、「日本のあまりにも余裕のない硬直した教育システムが一因」(小針誠・青山学院大学教授、5.30)という意見は後を絶たないが、ただ、「9月入学」問題が話題になるかならないかの早い段階で(5.19)、作家高村薫氏は、大学入学共通テストの混迷や、「教育のICT化」に対しても次のような意見を述べている。

 「ここでも足りないのは公教育のあり方についての地に足のついた議論です」。

 まったく同感である。ただし、これまで、現行の(近代)公教育に対して、「国家イデオロギーの教化」「能力主義による労働力の再生産」というかなり生硬な言葉で批判してきた私(たち)のあり様もまた問い直されている。ここでは、今後さらに深く再検討されるべき課題を列挙するにとどめるが、私たち自身の直近のテーマであることも忘れないでいたい。

◇ 「幼保一元化」の見直しと再評価 ⇒本文の太字

 今回の「9月入学」をめぐる議論の過程で、就学前の幼稚園・保育所、また小学校を支える学童保育の問題が、すっぽり抜けてしまっていた。小学校以上の教育は、それ以前の学齢前の子どもたちの問題や、家庭の親たちの就労状況と地続きである。さらに言えば、「9月入学」問題は、ゼロ歳児の保育問題でもある。文科省の視界の狭さが露呈されたのである。

◇ 「大学受験」体制の見直し

 フランスの「バカロレア」をモデルとして導入されたという「大学共通一次学力試験」(1979年~1989年)。しかし、現実は似ても似つかぬものになっている。その後の「大学入試センター試験」(1990年~2020年)そして最新の「大学入学共通テスト」(2021年度~)、これらが大学の格差づけ、受験生にとっての悩み多き過重な制度になっていること。「受験」と「受験問題」は、各大学の自由かつ自主的な方法で行われてしかるべきではないだろうか。

◇ 「学習指導要領」を「手引き」に

 戦後教育開始段階では、文部省作成の「学習指導要領」は、「手引き」(1947年)、「試案」(1953年)であった。しかし、1958年から「告示」されるようになり、法的な拘束力をもたされるようになってきた。内容的には、時代の流れに伴って、「ゆとり」が強調され、内容が縮小されることもあったが、昨今では、「世界に後れを取らないため」「ICT社会のため」必要な内容・技能が次々に盛り込まれている。子どもたち、教師にとって過重な縛りになっていないだろうか。「何を学ぶか」「何を教えるか」は、基本的には現場の教師の裁量だろう。その教師たちの目安や参考のためにこそ、市町村、都道府県そして文科省の「手引き」や「試案」が提示されるべきではないだろうか。

◇ 「全国学力テスト」の毎年度実施の再検討

 これは、文科省のための「子どもたちの学力実態把握」のための「行政調査」である。多額の予算を使って毎年、しかも全数の調査を行う必要のないものではないか。教師や子どもたちが、どれほど「学校のランクづけ」のためにお尻を叩かれているか、再検討されるべきだろう。

◇ 「教育機会確保法」の改訂

 もともと「不登校」の子どもたちの「学校以外の学ぶ場」「フリースクール」の認定を求められて考案された法律である(2016年成立)。しかし、結果的には排除されたままである。16万4528人(2018年)と過去最高になっている不登校の子どもたちの学びを保障していく必要があるだろう。

◇ 「生涯学習社会」を言葉通りに

 「学ぶ」ことは誰にとっても権利であり、生涯終わることのない要求であり権利である。人生のやり直しもOK。とりわけ高等教育には、途中からの受験もあり。「リカレント(還流)教育」の保障である。もちろん「受験」をして合格しなければならないが、合格者には、生活の保障もまた必要である(高等教育の無償化の徹底)。

◇ 「教育基本法」(2006年改定)の再改定(文科省の「指導性」の再検討、地方自治の確立) 

◇ 憲法の「教育を受ける権利」に「学習権」を追加し、「能力に応じて」を削除する。

 上記、最後の2項はやや大きすぎる課題ではある。しかし、日本の教育を問い直す際には、この2項は外すことのできない根本問題でもある。

(付記)本稿の校正段階で新たなニュースが飛び込んで来た。「教育再生実行会議」(座長鎌田薫・前早大総長)で「前倒し」の「9月入学」が議論され始めたという(7.20)。今後とも、さらに注視しなければならない。

いけだ・さちこ

1943年、北九州小倉生まれ。お茶の水女子大学から東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。元こども教育宝仙大学学長。本誌編集委員。主要なテーマは保育・教育制度論、家族論。著書『〈女〉〈母〉それぞれの神話』(明石書店)、共著『働く/働かない/フェミニズム』(小倉利丸・大橋由香子編、青弓社)、編著『「生理」――性差を考える』(ロゴス社)、『歌集 三匹の羊』(稲妻社)、『歌集 続三匹の羊』(現代短歌社、2015年10月)など。

ページの
トップへ